本日は桜・恋日和 ーツアーコンダクター 紫都の慕情の旅

光月海愛(こうつきみあ)

文字の大きさ
77 / 84
第七章 紫都の新しい旅

部屋呑み

しおりを挟む
     ラインや電話してこないところも岡田らしい。
    
    私は、念のために【今からそっちに行きます】と打って送った。
    部屋に鍵をかけて、隣のドア前で、やっぱり躊躇う。
 
     鹿児島で、お客様の木下さんに部屋に入られたこと、岡田に叱られたっけ。
    隙があるって。
     
    そんな人だから、余計に色々考えちゃうのよ。
     私を部屋に招いたのは、自身が完全に安全な男だから?
     それとも、男女の関係になることを前提として誘った?
  
     わからない。
  
     私は、息を吸って、吐いたのと同時にドアを二回叩いた。


    鍵は開いていたみたい。
    解錠の音はせずにドアノブが動いた。
  
  「遅かったな、先にやってた」
  
    岡田が扉を大きく開けて、私を招き入れる。
  
    部屋が薄暗くてドキッとした。
 
  「………すみません、テレビに観ハマってて」
    
    嘘だけど。
 
  「何か面白いのやってたか? 俺は即効、消した」

     そう言う岡田の部屋のテレビには、有料の映画が………。
  
  「これ、なんですか?」

  「いや、タイトル分かんない。好きなの無かったから適当に選んだ。ボンヤリ観てるだけ。多分、ヒューマン系かな」
   
  「…へぇ………」
 
    お金払うのに、適当に選んだんだ。
    アダルト観てたら、それはそれで引いたけど。
   
 「つっ立ってないで、好きなの取れよ」
   
    岡田が冷蔵庫を開けた。
    
    サイドテーブルを見ると、飲みかけのビールがあったので、私もビールを取った。
   
  「無理して合わせなくていい、女はチューハイやカクテルが好きだろ?」
  
   「そこまで甘いものが好きなわけじゃないです」
 
   「………あ、そう」
    
    とりあえず、椅子に腰をおろして乾杯する。
    仕事のような、そうじゃないような旅の夜に。

   「お疲れ」「お疲れさまです」
     
    初めて見る岡田の飲酒姿に、やっぱりプライベートなんだなって思えて、また少し緊張してきた。



    呑みながら、始めはやっぱり仕事の話になった。
 
    岡田自身が添乗員をしていた事もあり、思いの外、盛り上がる。
  
  「講習受けて、資格取って、先輩添乗員についてツアー回ってさ、三回目からは一人立ちだったよな」
   
  「そう! 私も! 無謀だなぁって思ったけど、逆に鍛えられた感じがする」
   
  「実際、添乗員は不足してるからそうしないと回らないのかもしれない。特に海外は………」
   
    海外にも行っていた岡田の話はとても興味深かったし、国内の身近な話もお互いに共感できた。
   
  「対客電話って休みの日にしてるだろ?」
  
  「そうですね、それをしないと最終確認できた事にならないので」

  「あれって、ボランティアじゃん、客が出ない時って無駄だと思わね? オレオレ詐欺が横行してたし、警戒されて電話すら取って貰えなかった」
 
  「私もですよ、最近は携帯にかけてもなかなか…それで休みが潰れたり………」
  
   はぁ、と私がため息をつくと、岡田がハッとしたように私を見た。
 
 「そういえば、よかったのか?  次のツアーの対客電話………」
 
  「打ち合わせが明日なので、それ以降で大丈夫です」
    
    今日は、たまたま、ツイていた。
    
    もし、仕事 が入っていたら、赤石さんの迎えには行けなかった。
  
  「そっか、ラッキーだったな、俺も」

  「………え」
 
    岡田が、二本目のビールを空けて呟くように言った。
  
   「じゃなきゃ、この時間、一人で後悔してた」

   「………後悔? 何を?」
  
    この前、ツアー終わりのバスの中で見たような、暗い陰が岡田の顔に表れた。
  
  「過去、を」
   
  「… …どうして?」
    
     私は、ピーナッツの殻を剥いていた手を止めた。
 
  「赤石婆さんを見ていたら、元嫁の事を何となく思い出すから………」
    
    そっか。この人、バツイチだった。
     言葉の端に刹那を感じさせる岡田は、私が殻を剥いたピーナッツを、一つ摘まんで口に入れ、
  
  「赤石さんと奥さんって似てるの?」
    
   私の質問が悪かったのか、それを喉に詰まらせていた。

  「そういう意味じゃない!」
    
   咳き込みながら、涙目で首を横に振る。
   そんな全力で否定したら赤石さんが可哀想だ。
  
 「………俺と離婚してから、誰かと再婚してたり、子供を授かったりしてくれていればいいけど、そうでなかったら救われないなって話」
    
    …あぁ。
    だから、赤石さんには親身なんだ。
     
    夫を失い、 独り身になった女性だから。
    ずっと聞きたかった事が聞けて、ちょっとスッキリした。
  
  「奥さんから連絡は、ないの?」
  
  「ないな。元々関東の女だったし」
 
  「心配?」
   
  「ちょっとは………でも、実際は女の方が立ち直るのが早いのかもしれない」
    
   そう言うと、岡田は冷蔵庫から缶チューハイと日本酒のカップを取り出して見せた。

     私のビールが空いたのを気が付いていたらしい。
 
  「あんたの場合もそうだろ、男の方が未練タラタラだった」







 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夢見るシンデレラ~溺愛の時間は突然に~

美和優希
恋愛
社長秘書を勤めながら、中瀬琴子は密かに社長に想いを寄せていた。 叶わないだろうと思いながらもあきらめきれずにいた琴子だったが、ある日、社長から告白される。 日頃は紳士的だけど、二人のときは少し意地悪で溺甘な社長にドキドキさせられて──!? 初回公開日*2017.09.13(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.03.10 *表紙イラストは、イラストAC(もちまる様)のイラスト素材を使わせていただいてます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了持ちの執事と侯爵令嬢

tii
恋愛
あらすじ ――その執事は、完璧にして美しき存在。 だが、彼が仕えるのは、”魅了の魔”に抗う血を継ぐ、高貴なる侯爵令嬢だった。 舞踏会、陰謀、政略の渦巻く宮廷で、誰もが心を奪われる彼の「美」は、決して無害なものではない。 その美貌に隠された秘密が、ひとりの少女を、ひとりの弟を、そして侯爵家、はたまた国家の運命さえも狂わせていく。 愛とは何か。忠誠とは、自由とは―― これは、決して交わることを許されぬ者たちが、禁忌に触れながらも惹かれ合う、宮廷幻想譚。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。 見ると幸せになれるという 珍しい月 ブルームーン。 月の光に照らされた、たったひと晩の それは奇跡みたいな恋だった。 ‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆ 藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト 来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター 想のファンにケガをさせられた小夜は、 責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。 それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。 ひと晩だけの思い出のはずだったが……

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...