ー密 会ー溺れる前に抱き止めて 【最後にSS】

光月海愛(こうつきみあ)

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fluctuation 変動

匂い

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 「君、結構イケるね!」

   取引先の専務がかなりの酒豪で、私に日本酒とワインまで勧めてきた。
   ……このピッチで飲むとさすがにマズイ。
  弱くはなくても、接待どころじゃなくなってしまう。
  立道もかなり顔が紅くなってきたけれど、

 「まだ次もありますので!」

  何とか役目を果たそうと、皆を二件目に誘導していた。

  私も、ぼぉッとしながらでも、初めての接待を成し遂げようと、会計を済ませてから皆の後を付いていった。


 「立道くん!カラオケじゃなくて、スナックかバーにしてくれよ!」

  二次会をカラオケボックスで済まそうとしていた立道は、慌てて予定変更。

   良く、飲み会で使う店へと移動したのだけど、……女一人。

   タクシーの中では、ドラマや漫画で見るような ″ 性接待 ″ に近いものが始まっていた。




  酒豪ではあっても、焼肉店では、下ネタも一切なかった紳士的な男性ばかりだったのだけど……。

 「たまには社外の女の子と飲むのも、いいもんだな!」

  密着したタクシーの中で、

 「寒くない?」

  気を遣う振りをしながら、膝を触ってきたり、肩を抱いたりしてきた。
 この時は、まだしっかりとした意識もあって、

 「お気遣いありがとうございます」

  初対面の相手、相応の返しができていた。




 「おい、鷲塚、しっかりしろよ」

  けれど。
  スナックでもお酒を断れなかった私は、とうとう潰れてしまい……。

   取引先の部長が、ノリにノッて歌っているところまでは覚えていたものの、その後からの記憶が途切れてしまった。



  記憶に何となく残っているのはーーー

 「スミマセン、鷲塚は、まだ営業になって間もなくて」

  そんな風に謝罪する声と、


 「いや、彼女はタクシーで送り届けますので大丈夫です。本日はありがとうございました。お気をつけてお帰りください。後日改めまして、室岡の方から……」

  先方を見送る言葉。

  そして、私を抱き上げるようにした、男性特有の匂いがとても心地よくて、襲ってくる睡魔に身を任せてしまっていた。



 「鷲塚さん! 着いたよ。 ここでしょ? 家!」

   冷たい手に頬を軽く叩かれ、体を揺さぶられて目を覚ます。
   暖かいタクシーの中で、熟睡寸前だった。

 「ここ……どこ」

 「さあ、どこだろうな」

   重い瞼を開けて、うっすらと捉えた視界には、私の住むボロアパートがあって。

  あー……。
  無事に帰ってきたんだ……と、思った。

  でも、タクシーから降りた途端、

 「……キャッ……!!」

  ガクッと足を挫いて倒れてしまった。

  ただでさえ重い頭を、どこかにぶつけてうずくまる。
   すると、胃からこみ上がってくるものが……。

 「ウゥ……!」

 我慢出来ずに、道端にゲーゲーやる。

 「おいっ! こんな所で吐くなよ!!」

  あー、…立道が怒ってる。

  続けて、私の背中を擦ったあと、口元を何かで拭いてくれている。

   この人、私のこと嫌いなはずなのに、こんな時は優しいのね。

 ほら、こんな風にお姫様抱っこしてくれるし。

   ふわり……と浮いた感覚が、まるで遊園地の遊具に乗ってるみたいで……。
   これが私を襲おうとした男だとわかっていても、
思わずその首にしがみついた。

  まるで、お父さん、ううん、私の王子様みたい。

  そして、すぐに脱力。

  とにかく眠たくて仕方なかった。


 「あーー!鷲塚さん! ちょっとちょっと!」

  浮いた状態の私に、玄関前で誰かが話しかけてきたけれど、私はもう、目を開けたり返事をする事もできなかった。
  代わりに、″ 王子 ″ が返答していたみたい。


 「警察が」

 「ストーカーらしき人は居なかったとか、聞いてきてね」
 「防犯カメラの設置をしたらとか」

  夢現ゆめうつつでの、断片的な声の主は、どうやら大家さんみたいだったけど。

  そこから、完全に睡魔と心中したらしく、目覚めたのは、朝。

  しかも、ーーー出社時間をとおに過ぎた9;00だった。


  起きた途端に、激しい頭痛。
  同時に、昨夜の失態を思い出し、まず体に異変がないかを見た。

 『……良かった、乱れてない』

  ここまで運んで、立道が何もしなかったのが意外だった。

  布団から出ると、スーツのスカートはシワになっていたけど、上着はご丁寧にハンガーにかけてあった。

  あれは、きっと私じゃないよね?
  立道がかけた? ますます意外。

  通常出勤は諦めて、遅刻する旨を室岡さんに電話した。

 「昨日、急遽悪かったね 。疲れただろ? 俺はまだ出張中だから葉築に電話しておくよ」

 そうか。室岡さん、不在だった。
 でも、葉築さんには電話しづらかったので甘えることに。

 「申し訳ありません、よろしくお願いします」

  電話を切って鏡を見たら、アザにもなってた。


  ……私、どこかにぶつけた? 肝心なところ覚えてない。

  バスルームへ向かう途中、ゴミ箱に布が捨ててあるのを見つける。
  摘まんでみると、自分のモノではない白いハンカチで、かなりの悪臭がした。

  どうやら、これで私の汚れた口やらを拭いてくれたらしい。
  嫌いな後輩相手に、親切過ぎるくらいだ。
 ちょっと見直した。
  立道に、新しいハンカチを返したほうがいい?


   シャツを脱ぐ時に、酒とは違う香りを感じてその手を止める。

  どこからか、珈琲の薫りがする……?

  クンクンとシャツを嗅いで、そこからだとわかる。

  ……私、帰りに珈琲でも飲んだの?



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