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fluctuation 変動Ⅲ

鷲掴み

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  ……なんというか、特徴もへったくりも無い女の子だった。

  髪はボブカットで、真っ黒。
  色白だけど、多分俺の方が白い。
  細身で背は低い方。ナイスボディとかではない。
  貧乳というほどではないけど、まだ胸は未発達な感じ。

  何より……、表情が薄い。

   表現方法は間違ってるかもだけど、本当に消えてなくなりそうな存在感だ。

   恐らく何かの係で、そんなハシッコに立ってるんだろうけど、ぼぉっとしてて、どこを見てるか分からない目が死んでるみたいだった。

  「鷲塚さん! そこ、立つとこ間違ってるよ! あなたはトラックCのゴールのとこでしょ?!」

   上級生の女子に注意を受けて、「あ」と声を漏らす女。

  やっぱり、あれが鷲塚。

  「……スミマセン」

  立つ場所間違うとか、天然?

   鷲塚は、いつの間にか人ゴミに紛れて、俺の視線から消えていた。


   あの女の子が、何かの間違いで義兄と不倫をしていたとしても、直ぐに別れなかったとしても、
  ……姉さん達家族に危機は訪れないような気がした。

  だから、俺は、その時は、鷲塚伊織を見ただけに留めたんだ。


  けれど、事態は思いの外、悪い方に転がり、姉さん達夫婦は別れる事になった。

  その後もずっと、姉さんの精神的な悩みは、重度の統合失調症となって家族を苦しめ続けた。


  あの、幽霊みたいな女のせいだ。
  なんで、あの時、あの女を野放しにしたんだろう?

  変わり果てた姉さんを見る度に後悔した。


  そして、9年後。

  鷲塚伊織と、再び会うことにーー。


   EDKKグローバル会社。
  ディーラー向け管理システム販売の会社に入社して一年後。
  社内報に載っていた、全国社員名簿を見て目を疑った。

 [鷲塚伊織]東京三田営業所 庶務課

  忘れるわけもない。

   高校の時、ただのエロガキだった俺は、こいつの名前は、″ 胸を鷲づかみ ″ だなって感じで覚えてたから。

  何よりも、載っていた写真を見て確信した。

  あの頃より、若干、はっきりした顔になったけど、どこか薄幸な雰囲気は健在だった。


 「会ったらどうしてやろう」

  そんなことばかりを思ってたけど、社員旅行やスポーツ大会に参加しない彼女との接点は皆無。

  月日は流れ、一年後。
  三田営業所の営業主任が急遽退職。
  元々人員不足だったそこは、地方の営業職員にも赴任を打診していたようだ。
  その代理赴任に、俺は自ら手を挙げた。

 「俺が行きます」

  千葉には、彼女がいるのにも関わらず。
  それよりも、鷲塚伊織に近づく事が優先だった。

  自分では分からないうちに、鷲塚伊織という女の幻に、ずっと囚われていたのかもしれない。



  
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