114 / 134
determination 決意
守るべきもの
しおりを挟む玄関ドアのノブが、回る音がした。
立道の動きが止まり、「チッ……!」と舌打ちして、私の耳元に置いてあった包丁を掴んだ。
ーー葉築さん?
今日、会えないと連絡したのに、来ちゃったの?
″ 助かった ″、という思いよりも、立道が逆恨みをしてる張本人が現れたらどうなるか、それが不安で仕方なかった。
「さっき、伊織の電話……変だったから、気になって」
「!」
違う。
この声は、先生だ。
ーー橋元先生!
私の口元を押さえ、息を殺す立道の下で、″ 来ちゃダメ! ″ と何度も口ごもった。
「伊織、電気点けるぞ?」
橋元先生の申し訳なさ気な声と一緒に、真っ暗だった空間に、やっと明かりが灯された。
すぐに、橋元先生の驚いた顔が目に飛び込んできた。
「……なに、やってる?」
私の、ヤられる寸前の姿を目撃した先生は、迷う事なく立道を目掛けて走り寄ってきた。
「 クソッ!」
立道も瞬時に私から離れて、勢い良く包丁を掴んで振りかざす。
「先生っ!!」
「伊織ッ!、今のうちに出ろッ!」
立道の腕をとらえた先生は、暴れるそれを必死に押さえながら、私に逃げろという。
腕を縛られたまま、ズボンも下着も穿くことが出来ない私は、部屋から出ることを躊躇った。
「伊織!」
そうしてるうちに、立道の手に握られていた包丁が、鈍い音を立てて床に落ちた。
今だ!と思った私は、立道の背後に、勢い良く体当たり。
立道は、体勢を崩して、先生とともに床に崩れた。
が。最悪な事に、 倒れた立道は、橋元先生よりも先に包丁を手に取ってしまった。
「動くなっ!!」
一瞬、時が止まったように、先生も私もピタリと静止した。
立道が刃先を先生の喉元に押しあてた際、皮膚をピッ……!と切ってしまい、
「先生!!!」
先生は、喉元を押さえて倒れ込んだ。先生の白いジャージが、赤い血で汚れていく。
「奥田、このオッサンと二股かけられてたってわけか!笑えるな」
立道は、包丁を握ったまま私を押し退けて、自身のズボンと靴を、ベッドから掴み取った。
「じゃあな、鷲塚! せいぜい男とやりまくってろ」
もたつきながら、ズボンと下着をまとめて雑に穿くと、立道は包丁を持ったまま、逃げていった。
「先生……」
私は、倒れた先生のもとへ駆け寄った。
「大丈夫ですか?!」
「大丈夫だ、ちょっと大袈裟に倒れてみただけだ」
先生は、喉元の傷は、けして深くはなかったようで、出血はだいぶ止まっていた。
「それより、お前の手、テープ取らないと……」
「…あ…は、い」
先生は、血だらけの手で、巻き付いたガムテープを剥がしてくれた。
ようやく、手を動かせるようになり、
「先生、これで」
とりあえず先生の傷にタオルを当てた。
「ハレンチ過ぎて目のやり場に困る、早く穿け」
そう言われて、急いで下着とズボンを穿き、スマホを手に持った。
「先生、病院に行かなきゃ。血は止まってもそこからバイ菌入りますよ!」
119番を押す。
躊躇う先生をよそに、私は、泣き寝入りなんてするつもりはなかった。
救急車は直ぐにやって来た。
橋元先生は、救急車に乗せられてからも、ずっと私の事を気にしていた。
「……さっきの男が不正してたことを、会社が伏せてるなら、伊織にもトバッチリが来るかもしれないぞ」
「そうなった時はそうなった時です。別に今の会社に固執してるわけじゃないので」
「だけど……」
「あー、あんまり喋らないでください! 傷口開きますから!」
私と先生の間を割って、救急隊員が処置の為に先生に近寄る。
別にこれで会社をクビになっても構わないと思った。
あの立道がそれで罰せられるなら。
私を二回も襲おうとして、会社の信頼を落とし危機に晒した男だもの。
葉築さんだってそう……。
ひかれて危ない目にあった。
犯人が立道だとわかり、逮捕されたら安心するはずだ。
……たとえ、私と先生が、まだ繋がっていたと判ったとしても。
「伊織……本当に大丈夫なのか?」
絞り出すような声で改めて聞いてくる先生は、昔より、かなり痩せてしまっていた。
喉も、手首も。
肩も、顔回りも……。
どうして、もっと早く気が付かなかったんだろう?
「もう、私、高校生じゃないんですよ」
私は、溢れる涙を隠して、先生に笑って見せた。
十年前。
先生が守ってくれたから。
今度は、私がーーーー
そう、決意して。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
121
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる