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determination 決意

守るべきもの

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   玄関ドアのノブが、回る音がした。

   立道の動きが止まり、「チッ……!」と舌打ちして、私の耳元に置いてあった包丁を掴んだ。

   ーー葉築さん?

   今日、会えないと連絡したのに、来ちゃったの?

  ″ 助かった ″、という思いよりも、立道が逆恨みをしてる張本人が現れたらどうなるか、それが不安で仕方なかった。

 「さっき、伊織の電話……変だったから、気になって」

 「!」


   違う。
   この声は、先生だ。

   ーー橋元先生!

    私の口元を押さえ、息を殺す立道の下で、″ 来ちゃダメ! ″ と何度も口ごもった。


  「伊織、電気点けるぞ?」

   橋元先生の申し訳なさ気な声と一緒に、真っ暗だった空間に、やっと明かりが灯された。

   すぐに、橋元先生の驚いた顔が目に飛び込んできた。


  「……なに、やってる?」


   私の、ヤられる寸前の姿を目撃した先生は、迷う事なく立道を目掛けて走り寄ってきた。

 「 クソッ!」

   立道も瞬時に私から離れて、勢い良く包丁を掴んで振りかざす。


 「先生っ!!」

 「伊織ッ!、今のうちに出ろッ!」

   立道の腕をとらえた先生は、暴れるそれを必死に押さえながら、私に逃げろという。

   腕を縛られたまま、ズボンも下着も穿くことが出来ない私は、部屋から出ることを躊躇った。

 「伊織!」

   そうしてるうちに、立道の手に握られていた包丁が、鈍い音を立てて床に落ちた。

   今だ!と思った私は、立道の背後に、勢い良く体当たり。

   立道は、体勢を崩して、先生とともに床に崩れた。


   が。最悪な事に、 倒れた立道は、橋元先生よりも先に包丁を手に取ってしまった。

「動くなっ!!」

   一瞬、時が止まったように、先生も私もピタリと静止した。

   立道が刃先を先生の喉元に押しあてた際、皮膚をピッ……!と切ってしまい、

 「先生!!!」

   先生は、喉元を押さえて倒れ込んだ。先生の白いジャージが、赤い血で汚れていく。

 「奥田、このオッサンと二股かけられてたってわけか!笑えるな」

   立道は、包丁を握ったまま私を押し退けて、自身のズボンと靴を、ベッドから掴み取った。


 「じゃあな、鷲塚! せいぜい男とやりまくってろ」

   もたつきながら、ズボンと下着をまとめて雑に穿くと、立道は包丁を持ったまま、逃げていった。

「先生……」

   私は、倒れた先生のもとへ駆け寄った。



 「大丈夫ですか?!」

 「大丈夫だ、ちょっと大袈裟に倒れてみただけだ」

   先生は、喉元の傷は、けして深くはなかったようで、出血はだいぶ止まっていた。


 「それより、お前の手、テープ取らないと……」

 「…あ…は、い」


   先生は、血だらけの手で、巻き付いたガムテープを剥がしてくれた。
  ようやく、手を動かせるようになり、

 「先生、これで」

   とりあえず先生の傷にタオルを当てた。

 「ハレンチ過ぎて目のやり場に困る、早く穿け」

   そう言われて、急いで下着とズボンを穿き、スマホを手に持った。

  「先生、病院に行かなきゃ。血は止まってもそこからバイ菌入りますよ!」

   119番を押す。

   躊躇う先生をよそに、私は、泣き寝入りなんてするつもりはなかった。



   救急車は直ぐにやって来た。

   橋元先生は、救急車に乗せられてからも、ずっと私の事を気にしていた。

 「……さっきの男が不正してたことを、会社が伏せてるなら、伊織にもトバッチリが来るかもしれないぞ」

 「そうなった時はそうなった時です。別に今の会社に固執してるわけじゃないので」

  「だけど……」

  「あー、あんまり喋らないでください! 傷口開きますから!」

   私と先生の間を割って、救急隊員が処置の為に先生に近寄る。


   別にこれで会社をクビになっても構わないと思った。
   あの立道がそれで罰せられるなら。

   私を二回も襲おうとして、会社の信頼を落とし危機に晒した男だもの。
    葉築さんだってそう……。
   ひかれて危ない目にあった。
   犯人が立道だとわかり、逮捕されたら安心するはずだ。

   ……たとえ、私と先生が、まだ繋がっていたと判ったとしても。


  「伊織……本当に大丈夫なのか?」

   絞り出すような声で改めて聞いてくる先生は、昔より、かなり痩せてしまっていた。

   喉も、手首も。
   肩も、顔回りも……。

   どうして、もっと早く気が付かなかったんだろう?

  「もう、私、高校生じゃないんですよ」

    私は、溢れる涙を隠して、先生に笑って見せた。


   十年前。
   先生が守ってくれたから。

   今度は、私がーーーー

   そう、決意して。

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