86 / 110
決意
就職と離職
しおりを挟む
✲
就職活動は思いの外というか、案の定うまくいかなかった。
何とか面接までこぎ着けても、まず、真っ先に懸念されるのが、まだ小さい胡桃のことだ。
「三ヶ月の乳児がいるの?」
「はい」
「ご主人いらっしゃらないんですか?」
「……はい」
「保育園はお決まりなんですか?」
「いいえ。時期的に申し込み間に合わなくて。民間の託児所を探してます」
「まだお母さんの免疫残ってるけど、これからよその子供から色んな感染症を貰うことになるわよ」
女性の面接官もあくまで雇用側の人間として難色を示した。
わかってる。
そんなのは育児書で何回も読んだ。子供は予防接種以外では他人から感染することで免疫が付くのだということも。それでも急遽のときは、実母を頼れると言っても、
「同じ三十歳の方を雇用するなら、お子さんが小学生とか、逆にいらっしゃらないとかの方が安心してお仕事任せられるんです。事務員さんにはやはり一日中事務所をお任せするので」
「……そうですか」
私はほぼ事務職しかしたことない。
大手企業の事務職は、人気職であるために、スキルや若さを求められて書類選考すら通らない。
かと言って、個人経営や中小企業の一営業所に一人の事務員体制では、私のようなシングル・マザーは懸念される。
もう、こんなのばっかり。
「それと………」
面接官が私の履歴書を見て眉をひそめた。
「スマート・グッドさんには秘書で入られたんですよね? 短期で辞められたのは何故ですか?」
履歴書に嘘は書けないし、正直に話す。
「妊娠がわかって、入院を余儀なくされたからです」
半分本当だが、本当はそうじゃない。
スパイをスパイしようとして、脅迫されたなんて恐ろしい事は口が裂けても言えないし、どうしても不安感や躊躇が顔に出るらしい。
「わかりました。お忙しいところ来て頂いてありがとうございました。採用させて頂く場合は三日以内に連絡差し上げますので」
″訳アリの女″という白い視線に晒されつつ、私はお辞儀をして部屋を出た。
おまけに、問題は乳児やシングルということだけでは無かった。
私は正式な手続きを経てスマート・グッドを退職していない。
すなわち、離職票が手元にないのだ。
なので失業保険の申請もできていなかったし、たとえ採用が決まったとしても転職先にそれを提出する必要がある。
一年も連絡していないのだから、退職させられているとは思うが、一度スマート・グッドに確認をしないといけない。
前職に連絡を取ることがこんなにも憂鬱なんて。
スマート・グッドは乗っ取りを避けられた。
CEOは神城くんのままだ。
もう、接触しても平気、だよね?
ホームページの代表の電話番号をクリックしようとしては、息が止まりそうになり、指を引っ込める。
この躊躇いは、命の危険云々ではなく、やはり社会人としての常識から生まれているのだ。
「………どうか、知ってる人が電話取りませんように」
道中で独り言ち、えいっと番号をクリック。
「お電話ありがとうございます。スマート・グッド総合課の岩﨑です」
良かった。
総合窓口だった。
「お忙しいところ恐れ入ります、実は……――」
およそ一年前に手続きを経ずに急遽退職したこと、改めて転職に向け離職票が欲しいのだと話した。
「お調べしますので少々お待ちください」
保留中のクラッシック音楽が眠気を誘う。
公園のベンチに腰を降ろし、一年前のクレームの嵐の時、顧客はこんな呑気な気持ちで待ってはいなかったのだろうな、などと思い耽った。
「大変お待たせ致しました」
数分後、岩崎というオペレーターは、とても丁寧な口調でこう回答した。
「鈴木なつみさんは現在、休職扱いとなっておりまして、離職票は発行されないとのことです」
就職活動は思いの外というか、案の定うまくいかなかった。
何とか面接までこぎ着けても、まず、真っ先に懸念されるのが、まだ小さい胡桃のことだ。
「三ヶ月の乳児がいるの?」
「はい」
「ご主人いらっしゃらないんですか?」
「……はい」
「保育園はお決まりなんですか?」
「いいえ。時期的に申し込み間に合わなくて。民間の託児所を探してます」
「まだお母さんの免疫残ってるけど、これからよその子供から色んな感染症を貰うことになるわよ」
女性の面接官もあくまで雇用側の人間として難色を示した。
わかってる。
そんなのは育児書で何回も読んだ。子供は予防接種以外では他人から感染することで免疫が付くのだということも。それでも急遽のときは、実母を頼れると言っても、
「同じ三十歳の方を雇用するなら、お子さんが小学生とか、逆にいらっしゃらないとかの方が安心してお仕事任せられるんです。事務員さんにはやはり一日中事務所をお任せするので」
「……そうですか」
私はほぼ事務職しかしたことない。
大手企業の事務職は、人気職であるために、スキルや若さを求められて書類選考すら通らない。
かと言って、個人経営や中小企業の一営業所に一人の事務員体制では、私のようなシングル・マザーは懸念される。
もう、こんなのばっかり。
「それと………」
面接官が私の履歴書を見て眉をひそめた。
「スマート・グッドさんには秘書で入られたんですよね? 短期で辞められたのは何故ですか?」
履歴書に嘘は書けないし、正直に話す。
「妊娠がわかって、入院を余儀なくされたからです」
半分本当だが、本当はそうじゃない。
スパイをスパイしようとして、脅迫されたなんて恐ろしい事は口が裂けても言えないし、どうしても不安感や躊躇が顔に出るらしい。
「わかりました。お忙しいところ来て頂いてありがとうございました。採用させて頂く場合は三日以内に連絡差し上げますので」
″訳アリの女″という白い視線に晒されつつ、私はお辞儀をして部屋を出た。
おまけに、問題は乳児やシングルということだけでは無かった。
私は正式な手続きを経てスマート・グッドを退職していない。
すなわち、離職票が手元にないのだ。
なので失業保険の申請もできていなかったし、たとえ採用が決まったとしても転職先にそれを提出する必要がある。
一年も連絡していないのだから、退職させられているとは思うが、一度スマート・グッドに確認をしないといけない。
前職に連絡を取ることがこんなにも憂鬱なんて。
スマート・グッドは乗っ取りを避けられた。
CEOは神城くんのままだ。
もう、接触しても平気、だよね?
ホームページの代表の電話番号をクリックしようとしては、息が止まりそうになり、指を引っ込める。
この躊躇いは、命の危険云々ではなく、やはり社会人としての常識から生まれているのだ。
「………どうか、知ってる人が電話取りませんように」
道中で独り言ち、えいっと番号をクリック。
「お電話ありがとうございます。スマート・グッド総合課の岩﨑です」
良かった。
総合窓口だった。
「お忙しいところ恐れ入ります、実は……――」
およそ一年前に手続きを経ずに急遽退職したこと、改めて転職に向け離職票が欲しいのだと話した。
「お調べしますので少々お待ちください」
保留中のクラッシック音楽が眠気を誘う。
公園のベンチに腰を降ろし、一年前のクレームの嵐の時、顧客はこんな呑気な気持ちで待ってはいなかったのだろうな、などと思い耽った。
「大変お待たせ致しました」
数分後、岩崎というオペレーターは、とても丁寧な口調でこう回答した。
「鈴木なつみさんは現在、休職扱いとなっておりまして、離職票は発行されないとのことです」
2
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる