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1. No pain, No gain.
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「まぁ、まぁ。颯、そんな強く言わなくても」
俺は右隣に座っている彼を宥める。付け爪を眺めながら他人事のように言い放ったことが気にくわなかったのだろう。
「とりあえず、嗣乃は賛成ってことでいい? てことは、多数決で黙認するに決定で」
勝矢が割り込んだ。彼女はこれ以上議論する必要ないと言わんばかりに、立ち上がりドアを出て行った。佐環は急いで後を追いかけていき、残ったメンバーも無言で退室した。結局、俺と颯以外意見が曖昧なまま今日は解散した。
二年前の決断は間違っていなかったと思っているし、今も変わらない。嗣乃の発言は気になるけれど、このまま黙っていることが最善の選択なんだ。
帰宅するため、地下鉄の入り口へ向かう。長い階段を降りると、人の波と熱気が押し寄せてきた。勝手が分からない観光客とぶつかりながら改札をくぐる。さらに深いところにあるホームへ降りると、ちょうど電車が到着したところだった。これを逃すと、次の急行を待つのに十分はかかる。
「駆け込み乗車はお止めください」という駅員のアナウンスを無視して、ドアの隙間へ滑り込だ。座席に空きはなかったが、優先席は空いていた。しかし次の駅で席が空きそうだったので、そのまま立っていることにした。
揺れがひどく、吊り革に捕まった。痴漢を疑われないために念のため片手をポケットに入れる。すると、肘の辺りを何度か軽く叩かれた。気になって振り向くと、黒髪の長髪に黒いマスクをした低身長の女性がカーキ色の瞳でこちらを見上げている。
「やっぱり耳塚くんだ」
はっきりと俺の名字を呼んだ。一方で、顔に見覚えがなくどこで出会ったかも思い出せない。
「ほら、私だよ。演劇サークルで一緒だった灰島だよ」
その言葉を聞いて薄っすら記憶が蘇ってきた。サークル内の劇で何度か主演を勤めていた子だ。
「え、あの灰島さん? 随分とオシャレしているから分からなかったよ」
「そうでしょ? 役作りの最中だから、黒染めしてストレートパーマもかけてるの。あ、この目の色はカラコンも入れてるからなんだ」
人差し指に毛先を巻き付けながら言う。正直なところ、彼女について覚えていることはあまりない。良くも悪くも、演技が無難だったからかもしれない。それに、同じサークルに属していたと言えど、嗣乃ほど親しくなっていなかった。
「ところで、よく俺だって分かったね」
「黒のパンツにTシャツとくれば耳塚くんかなって。横顔もすごく似てたから」
「そうだったんだ。サークルの打ち上げ出てないから、卒業以来だね」
「ホントだよ。耳塚くんも来ればよかったのに」
行けるはずなかった。あの事で頭がいっぱいだったから。
電車は一つ目の停車駅を出発した。乗車してくる人に奥まで追いやられる。電車内に熱気が籠る。アンダーシャツにジワリと汗が滲んできた。
灰島さんは両手の親指を素早く動かし、スマートフォンを操作していた。体幹を鍛えているのか、ちょっとの揺れでは微動だにしない。
電車が減速し次の停車駅のアナウンスが流れると、座っていた乗客がぞろぞろと立ち始めた。 灰島さんも出口の方へ体を向ける。
「私、ここで降りるんだ。耳塚くんは?」
「まだまだ先」
「そっか。……ねぇ、耳塚くんのSNSアカウント教えてくれない? フォローしたいんだ。せっかく会えたんだからさ」
「いいけど、ほとんど更新しないよ」
俺は右隣に座っている彼を宥める。付け爪を眺めながら他人事のように言い放ったことが気にくわなかったのだろう。
「とりあえず、嗣乃は賛成ってことでいい? てことは、多数決で黙認するに決定で」
勝矢が割り込んだ。彼女はこれ以上議論する必要ないと言わんばかりに、立ち上がりドアを出て行った。佐環は急いで後を追いかけていき、残ったメンバーも無言で退室した。結局、俺と颯以外意見が曖昧なまま今日は解散した。
二年前の決断は間違っていなかったと思っているし、今も変わらない。嗣乃の発言は気になるけれど、このまま黙っていることが最善の選択なんだ。
帰宅するため、地下鉄の入り口へ向かう。長い階段を降りると、人の波と熱気が押し寄せてきた。勝手が分からない観光客とぶつかりながら改札をくぐる。さらに深いところにあるホームへ降りると、ちょうど電車が到着したところだった。これを逃すと、次の急行を待つのに十分はかかる。
「駆け込み乗車はお止めください」という駅員のアナウンスを無視して、ドアの隙間へ滑り込だ。座席に空きはなかったが、優先席は空いていた。しかし次の駅で席が空きそうだったので、そのまま立っていることにした。
揺れがひどく、吊り革に捕まった。痴漢を疑われないために念のため片手をポケットに入れる。すると、肘の辺りを何度か軽く叩かれた。気になって振り向くと、黒髪の長髪に黒いマスクをした低身長の女性がカーキ色の瞳でこちらを見上げている。
「やっぱり耳塚くんだ」
はっきりと俺の名字を呼んだ。一方で、顔に見覚えがなくどこで出会ったかも思い出せない。
「ほら、私だよ。演劇サークルで一緒だった灰島だよ」
その言葉を聞いて薄っすら記憶が蘇ってきた。サークル内の劇で何度か主演を勤めていた子だ。
「え、あの灰島さん? 随分とオシャレしているから分からなかったよ」
「そうでしょ? 役作りの最中だから、黒染めしてストレートパーマもかけてるの。あ、この目の色はカラコンも入れてるからなんだ」
人差し指に毛先を巻き付けながら言う。正直なところ、彼女について覚えていることはあまりない。良くも悪くも、演技が無難だったからかもしれない。それに、同じサークルに属していたと言えど、嗣乃ほど親しくなっていなかった。
「ところで、よく俺だって分かったね」
「黒のパンツにTシャツとくれば耳塚くんかなって。横顔もすごく似てたから」
「そうだったんだ。サークルの打ち上げ出てないから、卒業以来だね」
「ホントだよ。耳塚くんも来ればよかったのに」
行けるはずなかった。あの事で頭がいっぱいだったから。
電車は一つ目の停車駅を出発した。乗車してくる人に奥まで追いやられる。電車内に熱気が籠る。アンダーシャツにジワリと汗が滲んできた。
灰島さんは両手の親指を素早く動かし、スマートフォンを操作していた。体幹を鍛えているのか、ちょっとの揺れでは微動だにしない。
電車が減速し次の停車駅のアナウンスが流れると、座っていた乗客がぞろぞろと立ち始めた。 灰島さんも出口の方へ体を向ける。
「私、ここで降りるんだ。耳塚くんは?」
「まだまだ先」
「そっか。……ねぇ、耳塚くんのSNSアカウント教えてくれない? フォローしたいんだ。せっかく会えたんだからさ」
「いいけど、ほとんど更新しないよ」
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