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第1章 酔いどれおじさんと青年
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ユーティスは深く息を吸い込んで、冷静に告げた。
「一年後までに1000万テイル。これは決定事項です。そして俺がそれを立て替えることも」
「そんな」
「あなたは俺のそばから離れることはできない。そもそもあなたには住む場所がないので、俺は保護監督者という立場をとっているんです。俺から離れられると思わないでください」
「ええ」
「これは決定事項です。明日もジェラリアの診察がありますから、今からでも休んでください。何かあればこのベルで呼んでくださいね」
目がほとんど見えていないと診断されたロランを案じたのだろうか、ユーティスは手に直接乗せてベルを渡してくれた。
そしてロランが部屋に残され一人悶々と考えて出した結論は、粛々とユーティスの言うことに従うことだった。
冷静に状況を整理すると、夜会帰りの貴族の怒りを鎮めてくれたのも、いく当てがないロランの保護監督者として身元を証明してくれているのもユーティスだ。
いちアラサーであるロランにここまでの手間をかけてくれる人間はそういない。
(それに俺、ユーティスくんの初めてを奪っちゃてるらしいし)
『あなたが初めてだったのに』『俺のこと好きだと言ってくれたのは嘘だったのですか』などと年下の男に切実な声音で言われてしまえば、おじさん心は簡単にくすぐられてしまう。
「やばいなあ」
色っぽさを纏った声が頭から離れない。
どう考えてもロランとユーティスの関係は健全なものとはいえない。だが若者の恋心など、移ろいゆく季節と同じだ。
今はこの気持ちが恋だと思っていたとしても、時間が経てばなんてことない感情だったのだとわかるだろう。
加えて彼は男と関係を持つことが初めてだったようだから、勘違いをしても当然だ。
「寝るか」
ぐだぐだ考えていたとしても、すぐに現状を変えることはできない。
今できることは、働き口を探すことと、ユーティスにお金を返せる体になるように治療を進めることだけだ。
......
次の日、ロランは目を覚ました。昨日と変わらず、視界はぼやけている。
すると扉をノックする音がして、やってきたユーティスが朝食は取れそうかと尋ねてきた。
世話になっている身で、家主に長尺を持って来させるのはいかがなものかと思った。しかしすでに用意された食事を反故にしてしまうのはもったいないので、ありがたくいただくことにした。
「朝食を持って来ました」
「申し訳ない。ありがとう」
「どうして謝るのですか、俺がしたくてしていることなのに」
「謝り癖がついているのは、おじさんが持つ難点のうちの一つかもな」
「すみません。俺、そんなつもりで言ったわけじゃ」
「深読みしなくていいよ、本当のことだから」
町の食堂に就職をして、失敗をしては頭を下げる日々。年々謝罪することへの躊躇が薄くなっているように感じる。そして、馬車に轢かれ前世の記憶を思い出してからは、その感覚がより顕著になった。
前世では教師として生徒たちと向き合いながら、大人としての役目も果たさなければならなかった。いちいち間に受けていてはキリがないのだ。
「......すみません」
「ううん。俺の方こそごめんな」
心の傷と常に向き合っていては、本当に大事にしたいものを見失ってしまう。それが前世では生徒たちの成長であり、今世ではご飯を食べることとお酒を嗜むことだった。
(そのどちらも、もう厳しいよな)
目がほとんど見えていないロランはベッドの上で朝食を食べる。ユーティスはベッドの横に机と椅子を持ってきて、同じように食事をとった。
ロランは少しずつ食事を口に運んだものの、損傷を受けた体は食べ物を簡単に受け入れてはくれなかった。結局、朝食はほとんど残してしまった。
「全然食べられないや。せっかくのご飯を駄目にしてごめん」
「いいえ、少しだけでも食事をとってくれて嬉しいです」
「ありがとう」
ユーティスが本当に嬉しそうにいうものだからロランの口角は自然と上がってしまう。
「......かわいすぎる」
「え」
「笑っている顔、かわいいです」
たまらないというような口ぶりだ。
ロランは自分がどんな顔をして笑っているのか確認することはできない。しかし、おじさんの笑顔に対してかわいいと表現することが適していないことはわかる。
「ユーティスくんはお世辞が上手いよね」
「お世辞なんかじゃありませんよ。それと俺のことは呼び捨てで呼んでくださいと言ったはずです」
「できないよ。それに君は、多分いいところのご子息だろ? 平民の俺にはおこがましいことだよ」
すでにため口で会話をしている時点で失礼だとわかっているが、初めにため口で話してから直す機会を逃してしまったのだ。
ユーティスは何も言わないが、ロランは少しだけ胃が痛い。せめてもの線引きにと、くん付で呼んでいたのだが、不満に思っていたようだ。
「いいんです。確かに俺は貴族の出ではありますが、家族とは縁を切っています。籍も抜けているので、俺はもう貴族ではありません」
「で、でもこの家はそれなりに広いだろ? こんなことを言っては失礼だけど、君の年齢を考えるとどうにも立派だ。どこの貴族かは知らないけど雇われ騎士をしているんだろう?。そうすると、やはり敬称は必要だよ」
「職は、確かに同年代の人間に比べてしまえば立派なものかもしれませんが、俺はやっぱり呼び捨てで呼んで欲しいです」
「どうしてそんなに呼び捨てにこだわるんだ」
「だってそっちの方がロランとの距離が近くなったみたいで嬉しいじゃないですか」
敬称を外してほしい理由がそんなにかわいらしいものだったなんて反則だ。かわいいという言葉はユーティスの方が、よほど相応しい。
「俺のことは呼び捨てで呼んで?」
「......!」
「ほら、早くしてくださいよ」
「......ユ、ユーティス」
「はい、何ですか、ロラン」
「君が呼べって言ったんだろ」
「ふふ、そうですね。ありがとうございます。嬉しいです」
火が吹いてしまいそうなくらい、ロランは顔を真っ赤にした。機嫌が良くなったユーティスは手を伸ばしてぎゅうとロランの手を握った。
「一年後までに1000万テイル。これは決定事項です。そして俺がそれを立て替えることも」
「そんな」
「あなたは俺のそばから離れることはできない。そもそもあなたには住む場所がないので、俺は保護監督者という立場をとっているんです。俺から離れられると思わないでください」
「ええ」
「これは決定事項です。明日もジェラリアの診察がありますから、今からでも休んでください。何かあればこのベルで呼んでくださいね」
目がほとんど見えていないと診断されたロランを案じたのだろうか、ユーティスは手に直接乗せてベルを渡してくれた。
そしてロランが部屋に残され一人悶々と考えて出した結論は、粛々とユーティスの言うことに従うことだった。
冷静に状況を整理すると、夜会帰りの貴族の怒りを鎮めてくれたのも、いく当てがないロランの保護監督者として身元を証明してくれているのもユーティスだ。
いちアラサーであるロランにここまでの手間をかけてくれる人間はそういない。
(それに俺、ユーティスくんの初めてを奪っちゃてるらしいし)
『あなたが初めてだったのに』『俺のこと好きだと言ってくれたのは嘘だったのですか』などと年下の男に切実な声音で言われてしまえば、おじさん心は簡単にくすぐられてしまう。
「やばいなあ」
色っぽさを纏った声が頭から離れない。
どう考えてもロランとユーティスの関係は健全なものとはいえない。だが若者の恋心など、移ろいゆく季節と同じだ。
今はこの気持ちが恋だと思っていたとしても、時間が経てばなんてことない感情だったのだとわかるだろう。
加えて彼は男と関係を持つことが初めてだったようだから、勘違いをしても当然だ。
「寝るか」
ぐだぐだ考えていたとしても、すぐに現状を変えることはできない。
今できることは、働き口を探すことと、ユーティスにお金を返せる体になるように治療を進めることだけだ。
......
次の日、ロランは目を覚ました。昨日と変わらず、視界はぼやけている。
すると扉をノックする音がして、やってきたユーティスが朝食は取れそうかと尋ねてきた。
世話になっている身で、家主に長尺を持って来させるのはいかがなものかと思った。しかしすでに用意された食事を反故にしてしまうのはもったいないので、ありがたくいただくことにした。
「朝食を持って来ました」
「申し訳ない。ありがとう」
「どうして謝るのですか、俺がしたくてしていることなのに」
「謝り癖がついているのは、おじさんが持つ難点のうちの一つかもな」
「すみません。俺、そんなつもりで言ったわけじゃ」
「深読みしなくていいよ、本当のことだから」
町の食堂に就職をして、失敗をしては頭を下げる日々。年々謝罪することへの躊躇が薄くなっているように感じる。そして、馬車に轢かれ前世の記憶を思い出してからは、その感覚がより顕著になった。
前世では教師として生徒たちと向き合いながら、大人としての役目も果たさなければならなかった。いちいち間に受けていてはキリがないのだ。
「......すみません」
「ううん。俺の方こそごめんな」
心の傷と常に向き合っていては、本当に大事にしたいものを見失ってしまう。それが前世では生徒たちの成長であり、今世ではご飯を食べることとお酒を嗜むことだった。
(そのどちらも、もう厳しいよな)
目がほとんど見えていないロランはベッドの上で朝食を食べる。ユーティスはベッドの横に机と椅子を持ってきて、同じように食事をとった。
ロランは少しずつ食事を口に運んだものの、損傷を受けた体は食べ物を簡単に受け入れてはくれなかった。結局、朝食はほとんど残してしまった。
「全然食べられないや。せっかくのご飯を駄目にしてごめん」
「いいえ、少しだけでも食事をとってくれて嬉しいです」
「ありがとう」
ユーティスが本当に嬉しそうにいうものだからロランの口角は自然と上がってしまう。
「......かわいすぎる」
「え」
「笑っている顔、かわいいです」
たまらないというような口ぶりだ。
ロランは自分がどんな顔をして笑っているのか確認することはできない。しかし、おじさんの笑顔に対してかわいいと表現することが適していないことはわかる。
「ユーティスくんはお世辞が上手いよね」
「お世辞なんかじゃありませんよ。それと俺のことは呼び捨てで呼んでくださいと言ったはずです」
「できないよ。それに君は、多分いいところのご子息だろ? 平民の俺にはおこがましいことだよ」
すでにため口で会話をしている時点で失礼だとわかっているが、初めにため口で話してから直す機会を逃してしまったのだ。
ユーティスは何も言わないが、ロランは少しだけ胃が痛い。せめてもの線引きにと、くん付で呼んでいたのだが、不満に思っていたようだ。
「いいんです。確かに俺は貴族の出ではありますが、家族とは縁を切っています。籍も抜けているので、俺はもう貴族ではありません」
「で、でもこの家はそれなりに広いだろ? こんなことを言っては失礼だけど、君の年齢を考えるとどうにも立派だ。どこの貴族かは知らないけど雇われ騎士をしているんだろう?。そうすると、やはり敬称は必要だよ」
「職は、確かに同年代の人間に比べてしまえば立派なものかもしれませんが、俺はやっぱり呼び捨てで呼んで欲しいです」
「どうしてそんなに呼び捨てにこだわるんだ」
「だってそっちの方がロランとの距離が近くなったみたいで嬉しいじゃないですか」
敬称を外してほしい理由がそんなにかわいらしいものだったなんて反則だ。かわいいという言葉はユーティスの方が、よほど相応しい。
「俺のことは呼び捨てで呼んで?」
「......!」
「ほら、早くしてくださいよ」
「......ユ、ユーティス」
「はい、何ですか、ロラン」
「君が呼べって言ったんだろ」
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火が吹いてしまいそうなくらい、ロランは顔を真っ赤にした。機嫌が良くなったユーティスは手を伸ばしてぎゅうとロランの手を握った。
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