いたずらはため息と共に

常森 楽

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1.恋愛初心者

45.靄

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「それが、ちょっと誘いにくくてね」
「え?付き合ってるんですよね?」
「うーん、そうなんだけど、忙しいみたいで」
「それは…大変ですね」
本当にそう思ってくれてるのかなあ?と疑ってしまうほどに棒読みだ。
「それで、学校でも話せていない…という状況なんですか?」
察しが良いようで…。
私が俯くと、金井さんが大きくため息をついた。
「両角先輩、モテるんですよね?」
「え、う、うん」
「先輩、そんなんでいいんですか?誰かに取られちゃいますよ?」
一瞬で佐藤さんが脳裏に過る。
「でも、私は選ばれたって…前に金井さんが」
また大きくため息をつかれる。
先輩相手でも、本当に容赦ないなあ…。
「そこに胡座をかいてどうするんですか。ちゃんと先輩も積極的にならないと」
「積極的!?」
「そうですよ。付き合ってるんですから、堂々としてないと」
授業をまとめたノートを持っていったのは、けっこう自分でも頑張ったと思うのだけれど…それが裏目に出たような、望まない形になったような…だから少し臆病になっているのは事実かもしれない。

「私、身近で知ってますよ」
金井さんはなぜかニヤリと笑いながら、私を見る。
「誰よりもチャンスがあったのに、ビビって何もできず、見事に他人ひとに好きな人を奪われた人」
全然笑えない。なんで金井さんは笑ってるの!?…怖い。
「諦められてないのに、必死に諦めたフリして、強がってる人」
金井さんから一瞬笑みが消える。
でも姪に話しかけられて、すぐに笑顔を作る。
「あっという間に奪われたんですよ。…奪われるときは一瞬です。付き合ってるからって、そこに胡座かいてると、後悔しますよ」
それは、本当にその通りだと思えた。
「相手が忙しいからってなんですか。だからって遠慮してたら、いつまで経っても一緒になんていられません」
「…なんか、金井さんって恋愛のエキスパートみたいだね」
「なにふざけたこと言ってるんですか?」
真顔で言われて、つい顔が引きつる。
べつにふざけて言ったわけじゃないんだけどな…。

「私は人生で誰とも付き合ったことがありません。先輩は少なくとも今恋人がいるんですから、先輩のほうが…先輩のはずです」
少しふくれっ面になっている。
…そうか、そう言われてみればそうなのかもしれない。
「でも私はこれまで恋について全く考えてこなかったから、恋愛初心者も初心者だよ。金井さんはこれまでずっと考えてきたから、こうして適切なアドバイスをしてくれるんでしょう?」
大きく目が見開かれる。
唇を尖らせて、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「…まあ、そうですね」
耳がピンク色に染まっている。
「でも例えば…キス、とか…そういうことをするときになったら、先輩、アドバイスしてくださいよ」
「え!?」
予想外の話の展開に驚いて、思わず砂場で遊ぶ子供達を見る。
子供達は各々自分の世界に浸っているようで、楽しそうに、でも真剣に遊んでいる。
ホッと胸を撫で下ろす。
「こ、子供の前で…!」
小声で言うと、勢い良く顔が戻ってきてびっくりする。
「べつに、恥ずかしいことでもなんでもないじゃないですか」
うぅ…。顔が熱くなる。

「それで、先輩はどこまでやったんですか?」
少し目が輝いて見えるのは気のせいだよね?
…前にも同じことを聞かれたなあ。
金井さんは、気になったらどこまでも追求する人なんだね。
絶対に逃してくれない…そんな感じがする。
顔の熱は冷めないまま、チラチラと彼女を見て“逃してくれないかなあ?”なんて期待するけど、ジーッと見られたまま、時だけが過ぎていく。
私は「ハァ」とため息をついて観念する。
なるべく子供達に聞かれないようにと、彼女の耳元に口を近づける。
彼女も察してか、体を少し傾けてくれる。
「キ、キス」
「へえ、まだそこまでですか」
「…まだって!」
金井さんが楽しそうに笑う。
「付き合って1ヶ月も経ってないんだよ?」
「まあ、そうですね。あんまり進展が速すぎても引きますし」

彼女は、うーんと何かを考えるようにして、私に向き合った。
だからつい私も姿勢を正して、彼女に向き合う。
「ちなみに、どんな感じでした?」
たぶん、飲み物が口に入っていたら吹き出していたと思う。
「いや、それ聞く!?」
「気になります。教えてください」
「えー…」
答えたくないけど、でも絶対次会ったときにまた同じことを聞かれるのだと思うと、今話すべきなのかを迷う。
でもこんな、子供達の前では言いにくいにもほどがある。
「…まあ、よかったよ」
「へえ」
聞いといてその反応!?
「具体的にどうぞ」
「いやいや、無理だよ。さすがに…ねえ?」
子供達のほうをチラチラ見る。
「なんだ、つまんない」
心底つまらなさそうな顔をする。

私達は金井さんの姪っ子の元に行き、一緒に砂で遊んだ。
一緒に遊ぶ内に打ち解けて、私に対しても普通に話してくれるようになった。
拙いながらも、一生懸命伝えようとしてくれる姿が愛らしい。
こんなに小さな子と遊ぶのはいつぶりだろう?
小さかった誉とよく遊んだことを思い出す。
その後、滑り台にも行き、紐でできたジャングルジムでも遊んだ。
ブランコにも乗せて、彼女が何度も「もう1回」と言うので、気づけば夕暮れになっていた。
遊び疲れてプッツリ電池が切れたように眠ってしまって、金井さんは彼女を抱っこして家に帰った。

帰り道、私はスマホを見ていた。
なんだかデジャブ。
永那ちゃんとのメッセージのやり取りを眺める。
誰かと…日住君と金井さんしかいないけど…2人と話すと、いつも刺激を受ける。
どれだけ今まで自分が人の話に関心を持ってこなかったか、どれだけ考えてこなかったかが何度も思い知らされて、恥ずかしくなる。
でも過去を嘆いていても仕方ない。
積極的に!
フゥーッと深呼吸して『来週の土日のどちらか、よければ私の家でテスト勉強しない?』とメッセージを送る。
『忙しければ無理しないでね』と付け加える。
返事はいつも通り、すぐにはこない。
きっとくるのは朝。
私はスマホをしまって、家に帰る。

帰ると、誉の友達は既にいなかった。
お母さんも起きていて、ご飯の支度をしてくれていた。
「2人で勉強、できたらいいなあ」と願いを口にして、その日、私は眠りについた。
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