いたずらはため息と共に

常森 楽

文字の大きさ
285 / 595
5.時間

284.一緒

しおりを挟む
今日は最終日だから、宿に忘れ物がないか、入念にチェックした。
「帰りたくないな」
永那ちゃんがポツリと言ったのを聞いて、ギュッと手を握る。
フゥッと息を吐きながらも、笑ってくれる。
「そういうわけにもいかないね」
「私が、いるから」
「うん」
いつもの、優しい笑み。

永那ちゃんにつけられたキスマークはほとんど消えていて、隠さなくても大丈夫そうだった。
部屋を出る前、優里ちゃんが「お世話になりました」と頭を下げたから、みんなで真似した。

宿を8時に出発して、1時間半バスに揺られた。
土石流災害で被害にあった家屋が保存されている公園に行き、約3時間の山登り。
お昼を食べた後、温泉と噴気が噴出するスポットを観光して、みんなで温泉卵も食べた。

夕方4時半に空港について、飛行機に乗った。
到着したら、学校までバスに揺られる。
みんな疲れていて、飛行機もバスも、寝ている人がほとんどだった。
私もほとんど寝て過ごした。
永那ちゃんと手を繋ぎながら、頭を寄せ合って寝た。

「永那ちゃん」
学校について、永那ちゃんを起こす。
ずっと座ったまま寝ていたからか、体がバキバキだ。
伸びをしながら、永那ちゃんの名前を何度か呼ぶ。
外はもう暗い。
指で唇を一度撫でると、永那ちゃんは目を覚ました。
「ハァ」と息を深く吐いて、永那ちゃんも両手を上げて伸びる。
みんながバスからおりていって、最後に私達もおりた。
先生から挨拶があった後、解散する。

「永那、お母さんによろしくね」
優里ちゃんが言う。
「うん」
「永那ちゃん、私、いつでも電話出られるようにしておくから」
永那ちゃんの手を握る。
永那ちゃんはまっすぐ私を見て、頷いた。
「穂、また月曜日ね」
千陽が言うから、「うん、また月曜日」と笑みを返す。
千陽は永那ちゃんと腕を組んで、森山さんの手を引っ張りながら歩き出す。
3人の背中を見送った後、優里ちゃんともバイバイして、家に帰った。

珍しくお母さんが既に帰ってきていて、2人にお土産を渡した。
2人ともすごく喜んでくれて、これからはどこかに行ったら買ってこようと思った。

永那ちゃんのことを心配しつつも時は過ぎて、日曜日の夕方頃、スマホが震えた。
すぐに出る。
「穂」
「永那ちゃん、大丈夫?」
「うん。詳しいことは、明日にでも話すけど…お母さん、しばらく入院することになったよ」
「そうなんだ」
「うん。…それで、明日から、私、ひとり暮らしすることになった」
「え!?」
「今の家に、だけどね。お姉ちゃんは、さっきまでいたんだけど…もう帰ったし。あ、だから…明日からっつか、今日から?」
「だ、大丈夫なの?ひとりで」
「うん。…なんか、変な感じはするけど…全然、平気」
「そっか…。あ、ご飯は?」
フフッと彼女が笑う。
「大丈夫だよ。適当に買うから」
「そっか」

「それで…さ?」
「うん」
「穂、明日から、1週間くらいでいいから、泊まりに来ない?」
ゴクリと唾を飲む。
心臓がトクトクと音を鳴らし始める。
「さすがに、1週間は…長いかな?」
「お、お母さんに!聞いてみる!」
「おー」
「ちょっと、待ってて!…あ、後でかけ直してもいい?」
「うん」
電話を切って、部屋を出る。

お母さんはラグに寝転んでテレビを見ていた。
その横に、誉も寝転んでいる。
一時期お母さんはソファを買おうか真剣に悩んでいた時期があった。
でも「いや、ダメだ!私は荷物置き場にしてしまう…!」と頭を抱えて、買うのを諦めていた。
「お母さん」
「んー?」
「永那ちゃんがね」
そう言うと、お母さんは跳ねるように飛び起きた。
「うん」
真剣な眼差しで見つめてくれるのが、なんだか嬉しい。
「お母さんが、入院することになって、しばらくひとり暮らしするんだって」
「え!?大丈夫なの!?」
「…うん。…それで、1週間くらい泊まりにこないか?って聞かれたんだけど。だめかな?」
お母さんは眉間にシワを寄せて考える。

「永那ちゃんのお母さんは、どのくらい入院する予定なの?」
「え?…あ、聞いてない」
「入院する期間が短いなら、穂が泊まりに行ってあげたらいいと思う。長いなら、うちに呼びなさい」
「え?」
「高校生だよ?まだ子供。…本当は、ひとりにしちゃダメだと、お母さんは思う」
お母さんの強さに、優しさに、瞳が潤んでいく。
「…なんて、お母さんが言えた立場じゃないんだけど」
お母さんが眉根を下げながら言う。
「お母さんだって、なんでもかんでも穂に任せっきりで…」
「そんな…お母さんが頑張ってくれてるのは、知ってるし、私、そんな…」
「いいの」
ギュッと抱きしめられる。
「穂が、しっかりしてて、お母さん本当に助かってる。でも、ずっとね、“しっかりするようにさせてしまった”って思ってた。小さい頃は、もっと、無邪気で、素直な子だったのに…私のせいで、いろいろ我慢させてるって後悔してる」
お母さんの声が震えている。
「だから…穂が、永那ちゃんのこと話してくれて、本当に嬉しかったの。穂は、お母さんには、何も話してくれないと思ってたから」
お母さんが離れて、まっすぐ目が合う。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...