29 / 106
第一章 暁を之(ゆ)く少年
第十七話 終焉は落日の如く(1)
しおりを挟む
そして、伯陽が現れた。どうか逃げていてくれという、朱昂の万感の祈りは、小さな足音に裏切られる。
「やめて、やめてくれ……」
朱昂は叩頭の姿勢をとらされていた。
嗚咽が背を震わせるごとに、白木の棒が音を立てて朱昂に振り下ろされる。その度に、真血は律儀に王子の体を治した。
真血などいらない。もうここで死んだっていい。滅多打ちで死んでもいいから、どうか伯陽だけは助けて。
朱昂の滲んだ視界に、伯陽が膝をつくのが見えた。
「朱昂」
心配げなその声。囁かれた声に、朱昂の正気は失われた。
「ああああああ、やめてくれ、っぐあ!伯陽!逃げろ伯陽、ぐぅ、っにげてくれぇえ」
「何をする!」
何度も振り下ろされる打撃に、伯陽が叫んだ。しかし、伯陽も打たれ、倒れる伯陽の姿が朱昂の視界に映った。愛しい黒の瞳が、朱昂を見た。
「朱昂……」
「ごめんよ、暁ちゃん。暁ちゃん、ごめん」
朱昂は我が身を呪った。
自分が愛した者はことごとく不幸になる。自分のせいで不幸になるのが耐えきれず、父をこの手で殺めた。その罪によって、次は伯陽が。
そうはさせじと、奮い立たせる力は、もうなかった。
石の床に広がった主従の黒髪が重なる。視線を交わし合う。
「朱昂、聞け、朱昂」
「な、に?」
龍王が何かを言っているが、もう分からない。しもべの声にだけ全神経を傾ける。何を言いたいの、伯陽。
必死に目を見開く朱昂へ、伯陽が無理に笑顔を作る。涙が石の床に染みを作った。
「――俺は強いから、大丈夫だって」
「はく、」
「――の力を行使し、真血の幼主へ罰を与えん」
伯陽の体が引きずり上げられる。
朱昂が叫びながら体を起こした。棒が振り下ろされるも構わない。いつの間にか広間へ降りていた龍王が、伯陽の襟を掴み上げている。伯陽は、恐怖の表情を浮かべながらも、抵抗をしなかった。口を閉じ、目を見開きながらも身じろぎひとつしない。
それは、大いなる暴力から主を守ろうとする、しもべの必死の姿だった。
伯陽の頭上にかざす龍王の手に置かれたのは、ある箇所で開かれた黒い表紙の分厚い書物。本が、否、それに書かれた文字が、翠色に発光を始める。
伯陽が窒息をするように喉を掻きだした。これ以上ないほど大きく、口が開く。恐ろしいことに、牙が翠色に光っていた。
「あああああああああああ――――」
なりふり構わず駆け出そうとした朱昂を両脇の龍兵が抱きかかえる。その時、龍王の瞳が、朱昂を映した。真血公、と唇が動く。
「罪は、償わなければなるまい」
「き、さま……っ!!」
龍王に掴みあげられた体が、打ち上げられた魚の如く、びくりと大きく震えた。伯陽の牙が、翠色の光に包まれて、本に吸いこまれていく。
突如巻き起こった強風に書物がバラバラと音を立て、やがてひどく硬そうな表紙が閉じた。
――パタン。
その音がしたと同時に、朱昂の眼前が白に染まった。
「ギャアアアアアアア!!!!」
身内をごっそりと抉られるような痛み、いや感覚というべきものが、朱昂を襲ったのだ。意識が途切れるまでのわずかな時間が、永劫の拷問のようだった。
「はく、よ……」
悲鳴の後、小さな音が聞こえた。四肢を突っ張り、背中を反らしていた朱昂が、くずおれる。
「は……」
円形の広間が、静まりかえった。
これが、分かちがたく結ばれたはずの主従の、終焉であった。
「やめて、やめてくれ……」
朱昂は叩頭の姿勢をとらされていた。
嗚咽が背を震わせるごとに、白木の棒が音を立てて朱昂に振り下ろされる。その度に、真血は律儀に王子の体を治した。
真血などいらない。もうここで死んだっていい。滅多打ちで死んでもいいから、どうか伯陽だけは助けて。
朱昂の滲んだ視界に、伯陽が膝をつくのが見えた。
「朱昂」
心配げなその声。囁かれた声に、朱昂の正気は失われた。
「ああああああ、やめてくれ、っぐあ!伯陽!逃げろ伯陽、ぐぅ、っにげてくれぇえ」
「何をする!」
何度も振り下ろされる打撃に、伯陽が叫んだ。しかし、伯陽も打たれ、倒れる伯陽の姿が朱昂の視界に映った。愛しい黒の瞳が、朱昂を見た。
「朱昂……」
「ごめんよ、暁ちゃん。暁ちゃん、ごめん」
朱昂は我が身を呪った。
自分が愛した者はことごとく不幸になる。自分のせいで不幸になるのが耐えきれず、父をこの手で殺めた。その罪によって、次は伯陽が。
そうはさせじと、奮い立たせる力は、もうなかった。
石の床に広がった主従の黒髪が重なる。視線を交わし合う。
「朱昂、聞け、朱昂」
「な、に?」
龍王が何かを言っているが、もう分からない。しもべの声にだけ全神経を傾ける。何を言いたいの、伯陽。
必死に目を見開く朱昂へ、伯陽が無理に笑顔を作る。涙が石の床に染みを作った。
「――俺は強いから、大丈夫だって」
「はく、」
「――の力を行使し、真血の幼主へ罰を与えん」
伯陽の体が引きずり上げられる。
朱昂が叫びながら体を起こした。棒が振り下ろされるも構わない。いつの間にか広間へ降りていた龍王が、伯陽の襟を掴み上げている。伯陽は、恐怖の表情を浮かべながらも、抵抗をしなかった。口を閉じ、目を見開きながらも身じろぎひとつしない。
それは、大いなる暴力から主を守ろうとする、しもべの必死の姿だった。
伯陽の頭上にかざす龍王の手に置かれたのは、ある箇所で開かれた黒い表紙の分厚い書物。本が、否、それに書かれた文字が、翠色に発光を始める。
伯陽が窒息をするように喉を掻きだした。これ以上ないほど大きく、口が開く。恐ろしいことに、牙が翠色に光っていた。
「あああああああああああ――――」
なりふり構わず駆け出そうとした朱昂を両脇の龍兵が抱きかかえる。その時、龍王の瞳が、朱昂を映した。真血公、と唇が動く。
「罪は、償わなければなるまい」
「き、さま……っ!!」
龍王に掴みあげられた体が、打ち上げられた魚の如く、びくりと大きく震えた。伯陽の牙が、翠色の光に包まれて、本に吸いこまれていく。
突如巻き起こった強風に書物がバラバラと音を立て、やがてひどく硬そうな表紙が閉じた。
――パタン。
その音がしたと同時に、朱昂の眼前が白に染まった。
「ギャアアアアアアア!!!!」
身内をごっそりと抉られるような痛み、いや感覚というべきものが、朱昂を襲ったのだ。意識が途切れるまでのわずかな時間が、永劫の拷問のようだった。
「はく、よ……」
悲鳴の後、小さな音が聞こえた。四肢を突っ張り、背中を反らしていた朱昂が、くずおれる。
「は……」
円形の広間が、静まりかえった。
これが、分かちがたく結ばれたはずの主従の、終焉であった。
0
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
素直に同棲したいって言えよ、負けず嫌いめ!ー平凡で勉強が苦手な子が王子様みたいなイケメンと恋する話ー
美絢
BL
勉強が苦手な桜水は、王子様系ハイスペックイケメン幼馴染である理人に振られてしまう。にも関わらず、ハワイ旅行に誘われて彼の家でハウスキーパーのアルバイトをすることになった。
そこで結婚情報雑誌を見つけてしまい、ライバルの姫野と結婚することを知る。しかし理人は性的な知識に疎く、初夜の方法が分からないと告白される。
ライフイベントやすれ違いが生じる中、二人は同棲する事ができるのだろうか。【番外はじめました→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/622597198/277961906】
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる