五番目の婚約者

シオ

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 反応の無くなったノウェを何度も貫き、中で果てた。ノウェの体はどこもかしこも真っ白で、その白い肌に貼りつく赤い髪はとても美しかった。ノウェを抱いている実感が持てず、何度も何度も確かめた。

「イーヴ、もう良いぞ」

 名残惜しいがノウェの中から己のものを抜き、ノウェの体をうつ伏せにしてシーツを掛ける。そうして俺は、扉の向こうに向かって声を掛けた。ノックもなく、ガチャリと扉が開く。

「やっとか。もう少し早い段階で呼んで欲しかったね」

 イーヴァン・ダレルは俺の即位と共に国の内務卿となった、謂わば、俺の片腕のような存在だった。短い銀色の髪と、緑の瞳。眼鏡を掛けたその姿を、俺は幼少期から知っている。俺たちは共に、選ばれた子供たち、ミルティアディスだった。

「ノウェの意識があるうちは呼べない」
「まぁ、俺が突然やって来たら驚いて泣いちゃうだろうからね。俺の監視のもとに性交するのが本来のやり方だって言ったら、お嬢さんは逃げ出してたかな?」
「……逃す訳がないだろう」
「そういう話じゃないんだけど」

 饒舌なイーヴの多弁を聞き流す。イーヴは、ノウェのことをお嬢さんと呼ぶ。イーヴがノウェの名前を口にすると、俺が不快そうな顔していたらしく、それ以降、イーヴは俺の前ではノウェという名前を呼ばなくなった。

「ったく。内務卿としての俺の最初の仕事が、幼馴染みの性液を確認することだ、なんて過酷すぎない?」

 ノウェの小さな後孔が見えるように、シーツを少しだけずらす。本当は誰にも見せたくはないのだが、俺たちがしっかりと交わったことを内務卿には確認させなければならないのだ。

「中で出し過ぎだろ。お腹壊しちゃうよ」
「今から綺麗にする。……おい、見過ぎだ」
「可哀想に。こんなに細い腰で、お前の極悪な陽物を受け入れなくちゃいけないなんて」
「確認したなら、さっさと出て行け」
「俺にも優しく話しかけてくれよ。お嬢さんにするみたいに」

 その口振りは、俺たちの睦言を聞いていたということをはっきりと示していた。思わず顔をしかめる。ベッドでの言葉を聞かれて嬉しい夫婦などいないだろう。

「会話まで聞く必要があるのか」
「あるね。組み敷かれることに逆上したお嬢さんが、お前を殺しちゃったりしたら大変だろ」
「ノウェが俺を殺したいと言うなら、それでも良いさ」
「良い訳ないだろ。お嬢さんを娶ることを交換条件に、良き皇帝になるって。俺と約束したよな?」

 ミルティアディスになって数年後に、俺はノウェへの初恋を抱いた。けれど、幼かった俺はそれをどう成就すれば良いのかが分からなかったのだ。そんな俺にイーヴが囁く。皇帝になれば、配偶者を好きに選べる、と。

 俺はその囁きで生き方を定めたのだ。そして、俺の初恋を実らせるため、イーヴは俺を支えてくれた。それは契約だったのだ。イーヴの願いは、良き皇帝の下で働くこと。俺はそれを叶えなければならなかった。

「帝位になんて興味はない。やりたいなら、お前がやれば良い」
「俺だって帝位には興味ないさ。ただ、俺はキングメーカーになりたいんだ。その方が面白い」

 ミルティアディスとして生き続ける者たちの中には可笑しな連中が多い。地位や財産などを強く欲しない人間を選抜し続けていくと、どうしても変人が多く集まってしまうようだ。

 例に漏れず、イーヴも可笑しなやつだった。自分は皇帝になどなりたくないが、国の中で第二の権力者である内務卿となり、裏から国を操作したいのだという。それに快感を覚えるのだと言っていた。

「それに、皇帝になったお前が無理に婚姻を結ぶでもしないと、お嬢さんは一生お前に靡いたりしないぞ。……まぁ、今だって靡いてる訳じゃないけど。ロア族は同性結婚なんて絶対にしない」
「分かってる」

 リオライネンの文化と、ロア族の文化は異なる点が多い。彼らは同性愛に対しては不寛容なところがあった。一族、というものを重んじる風土があるせいで、一族を繋いでいく子作りを生きる目的のように扱っている。だからこそ、子を実らせない同性愛を受け入れられないのだ。

 ノウェも、そう思っているようだった。男同士で結婚なんてする訳がない、と考えていることだろう。婚約者だと言っても、友好関係の証として必要な人質のようなものだと思っているのだ。だからこそ、彼にとっては理解の及ばない存在である、男の婚約者という立場に八年も甘んじてくれていた。

「……媚薬入り、だっけ? これ」

 床に落ちた小瓶を拾い上げて、にやにやと笑いながらイーヴが俺に見せつけて来る。もとはベッドの上にあったのだろうが、行為の途中で床に落ちてしまったようだった。

「そう言えば、ノウェが気にしなくて済むだろ」
「ただの潤滑油でここまで楽しめるんなら、体の相性はバッチリってことか。良かったね」

 媚薬など、入っていなかった。ノウェが、そう思いたいと願っていることが汲み取れたから、合わせただけだ。媚薬というのは、そんなお手軽なものではない。効き目が強くなればなるほどに、それは体を蝕む毒となる。そんな危険なものをノウェに使う気は、毛頭なかった。

 ふいに、ノウェが小さな声を出す。眠りは深いままで、目覚めた様子はないが、俺たち二人の視線はノウェに向く。すると、晒された後ろの孔がひくひくと動き、大きく口を開けた。中から、俺が果てたものがどろりと出て来る。俺を誘っているような、刺激的な光景だった。

「うわぁ、淫靡だねぇ」
「見るな」
「偶然見えちゃったんだよ」

 ノウェに掛けたシーツを掛け直し、全てを隠す。もっと早くにこうすべきだったのに、一体俺は何をしていたのか。愚鈍な自分に腹が立った。にやにや顔のままのイーヴが、俺の下半身を指差す。

「もう元気になってるじゃないか、お前のそれ」

 ミルティアディスとして、長年寮生活を送り、裸など何度も見合ったイーヴに対しては恥という概念がもう無いため、俺はイーヴの前で全裸のまま立っていた。だからこそ、それが首を擡げ始めたのは、すぐに知られてしまう。

「お嬢さん、女だったら腹が休まる暇もないほど孕んでただろうね。男で良かったじゃないか。やり放題だ」
「……出て行け」

 いつまでも夫婦の寝所に居続けるイーヴを睨みつけ、退室を促す。肩を竦めて、大袈裟な溜息を吐き捨てながら、イーヴはこの部屋を後にした。扉を出る瞬間に、俺に小言を言うのを忘れることなく。

「程々にな。明日からは普通に政務が始まるんだから」
「分かってる」

 二人だけの空間になり、俺は再びノウェの上に跨った。腰を掴んで上げ、腰の下にいくつものクッションを押し込んで体勢を保つ。晒された後孔に、俺の立ち上がったものを当てがった。

「……ノウェ……っ」

 ゆっくりと押し込んでいく。何度も挿入を繰り返したおかげで、ノウェの穴は随分と容易く俺を受け入れてくれた。そして腰を前後に動かす。ノウェの中は温かくて、気持ちがいい。すぐにもう果ててしまいそうだ。

 ずっと、ずっと、こうしたい思っていた。
 手に入らないと、諦めたことも何度もある。

 記憶は、十年程前に遡る。
 俺はリオライネンの貴族に名を連ねるレンダール家に生まれ、貴族の子息が当たり前のように受験するミルティアディスの試験を受けた。だが、俺には国の政に対する興味などなかった。

 だと言うのに、俺は選ばれた子供たちの一員になってしまった。両親は喜んでいたと思う。けれど、俺にはどうでも良いことだった。やりたいことも、なりたいものも、存在しなかった。だから、流されるままにミルティアディスとしての人生を開始したのだ。

 ミルティアディスは親元から離され、実家に戻ることが出来るのは、適正無しと判断された時だけだった。巨大な学園で育てられ、寮生活を送る。そうすることで、親の思想に染まらず、自立した精神が得られると言うことなのだそうだ。

 いつだって、どこにいたって、俺の風景は灰色だった。感情表現の乏しい子供だったと思う。何事もそつなくこなすが、情熱といったものは皆無だった。そんな俺に、色が芽生えた日があった。

 心を焼き尽くす炎の色だった。

 小さな体が馬に跨り、子供用の弓を力一杯に引いて的を射抜く。的中したことが嬉しいのか、馬上で屈託なく笑うその姿を見た時に、俺の世界は色付いた。

 ミルティアディスの教育の一環として、ロア族の領土へ足を踏み入れていたのだ。当時、帝国にはロア族の領地を帝国領へと編入したいという思惑があり、その交渉に追従し、見学すると言うものだった。

「……髪が、赤い」

 黒髪が多いロア族の中で、その子供は赤い髪を有していた。頭の高い位置で結ばれた髪が、馬の尾のように揺れている。どうしてそんなに楽しそうに、嬉しそうに笑えるのだろう。俺に、笑いかけて欲しい。それは、心の奥底から湧き上がる純粋な願望だった。

「あぁ。ノウェの髪色は変わっているだろう」

 赤い髪の子供を眺める俺の傍に、男が立っていた。名前と顔はしっかりと記憶している。ヌアド=ジュ・ロア。ロア族の長だ。何百もの細かく分かれた氏族をまとめあげる男。

 それぞれの氏族の長たちによる徹底した合議制を敷くため、族長が強権的な権力を持つわけでは無いが、それでもこのヌアドという族長は慕われ、信任の厚い男だということだった。

「ノウェ……?」
「あの子の名前だよ。私の息子だ」

 息子。あの赤い髪の子は、男だったのか。性別など気にしていなかった。リオライネンでは同性で結ばれる者もいるため、偏見がなかったのかもしれない。だがそれ以前に、男であれ、女であれ、あの赤髪の子を欲する気持ちが先行していたように思う。

「弓が、上手ですね」
「あぁ。あの年頃にしては達者なものだ。……だが、どうにも体格が小さい。まだ育つ余地は残っているが……母親も小さかったから、戦士としては使えないだろうな」

 言葉の後半は、男の独り言のように聞こえていた。戦士として生きることが出来るかどうか。そのことにロア族は強く拘る。馬に乗り、弓を持ち、獲物を狩る。それが男として生きる第一条件なのだそうだ。

 そのように生きられないのであれば、女たちと共に羊の世話をしたり、洗濯や食事の準備などを行うらしい。そうして生きる男たちは嘲笑の的となり、肩身の狭い思いをするのだという。

 体躯の小さい息子の将来を悲観しているのか、男の声は憐憫を含んでいた。族長として、役に立たないと判断しながらも、父親として、そんな息子を不憫に思っているようだった。

「……いらないなら、欲しい」

 俺が発したその言葉は、無意識的に口から落ちていったものだった。何かを強く欲しがったことなど、今までにあっただろうか。裕福な家に生まれ、何もかもが身の回りにあったとは言え、これほどまでに強く欲したものはなかったと思う。

 そうして、俺は手に入れたのだ。

 湯をたっぷりと入れたバスタブに、ノウェの体をゆっくりと下す。本来であれば、こう言った世話は侍女や侍従が行うのだが、ノウェの裸を誰かに見せる気など毛頭なかった。

 適温に調整された湯の中で、ノウェの体を撫でて穢れを落としていく。意識を手放したノウェのおもては、あどけない寝顔のようで可愛らしい。だが、目元は赤くなっており、随分と泣かせてしまったのが手に取るように分かった。

「ノウェ……、すまない」

 怒らせることも、悲しませることも、怖がらせることも分かっていた。男と同衾するという習慣のないロア族のノウェを、俺は無理に組み敷いたのだ。配偶者を抱くこと。それが皇帝となった自分の最初の仕事だった。だから、仕方がなかったのだ。

 仕方がないと言いながら、それを幸運だと思う自分も心の中には確かにいた。かつてない好機だと思ったのだ。きっとノウェはもう二度と、俺が触れることを許してはくれないだろう。それでも良いとさえ思った。たった一度の僥倖を、生涯噛み締めて生きようと思っていたのだ。

「……俺は、やっと手に入れたんだ」

 ノウェの熱を味わうことがもう出来ないのだとしても、ノウェが俺のそばにいてくれるのなら、それで良い。憎まれても、嫌われても良い。ただ、ノウェが俺の配偶者として、近い距離にいてくれるのなら、それで十分だった。

「愛してる、ノウェ」




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