君のために僕は歌う

気持ちを揺るがす

気持ちを揺るがす③

「鈴奈、絵書けんだ？」
「ええ、少しだけど。これでも美術オール5だったのよ。水彩画は得意なんだから」
「へぇー。今度見せてよ。なんなら今から鈴奈の部屋行ってもいい？」

歌だけではなく芸術的センスも持ち合わせている彼女に関心しながらも、さり気なく煩悩をひた隠して問う。活動が順風満帆であることは嬉しいけど、そろそろ俺たちのことでは鈴奈に男として意識してもらいたい気持ちもあるのが本心だった。

「馬鹿言わないの。女子寮の階に男子は厳禁だって知らない訳じゃないでしょ？その逆もしかり。絵は出来たら見せてあげる」
「ちっ、ケチくさっ」

僅かな期待を抱いていただけに、口を尖らせてボヤく。女子寮が男子禁制とはいえ、事務所内で交際をしている奴らは隠れて行き来していることは知っている。変なところ真面目な鈴奈に手玉で転がされている感は否めないが、律仁の心をより奮闘させられていることには間違いなかった。

「ケチくさいって、誰がこんな下心剥き出しの男を自分の部屋に入れようと思うのよ。そんなこと言うならあんたの絵が私より上手かったら考え直して上げてもいいわよ？」

「上等じゃん。俺の絵は泣く子も黙る、あのゴッホ越えだからな」

レッスン用の鞄から紙とペンを取り出すと鈴奈の顔を見ながら似顔絵を描く。
美術には自信はないが、人並み以上に絵が描けることに自信はある。

本人を目の前に実力を披露するのは恥ずかしかったが、鈴奈の部屋に入る権限を貰うために真面目にペンを動かしていた。

「あんた、それ本気で上手いと思ってんの？」

描いている途中にもかかわらず、覗いてくる鈴奈に慌てて用紙を立てて全貌を隠す。

「まだ書いてる途中なんだから見るなよ」

幼い頃から芸能にいるためプロ意識が備わっているせいか、何事にも完成品を見られるならまだしも、中途半端な出来のものを見られるのは恥ずかしくてならなかった。