42 / 92
気持ちを揺るがす
気持ちを揺るがす④
しおりを挟む
詰め寄って覗こうとしてくる鈴奈を避けながら絵を描いていると
携帯の着信音が聞こえてきた。有名女性シンガーソングライターの着うたが聴こえてくることから鈴奈の携帯であろう。律仁自身は着信音に拘りがないがないので初期設定のままであった。
着信音に気づいた彼女は律仁から離れると徐にズボンのポケットからスマホを取り出す。「ごめん、律仁。親からだわ」と言ってソファから立ち上がるとマンションの外へと出て行ってしまった。
上京した娘を心配して連絡してくるのは親としては当然のことなのだろう。
律仁にはあの女が自分に連絡してくることなど、金のこと以外はない。
心配してもらえる家族がいる彼女が羨ましくもあり、少しだけ寂しくもあった。
鈴奈の似顔絵を描き終えたものの、ゴッホ越えなど豪語していても下手であることは知っている。角張った輪郭に、質感のない長毛。猫のように目の枠組みとアーモンドのような形をして正気のない黒目。
実物の鈴奈はもっと顔をくしゃりとさせて笑うし、のっぺりした顔じゃない。
それでも「似てない」などとキツく彼女に言われることを期待している自分がいた。
暫くしても戻ってこない鈴奈。
ラウンジで待っていても退屈だった律仁は、盗み聞きなんて趣味が悪いと分かっていても鈴奈の事が気になってマンションの自動ドアを抜けて外へと出る。
マンション前の敷地内にある樹木が植えられた休憩スペースのベンチに
鈴奈がスマホを耳に当てて座っていた。
律仁は彼女に気づかれないように、マンションの柱に隠れて遠巻きに聞き耳をたてる。静かな夜の敷地内は彼女の頷く声がよく通った。
「分かった。賢介の学費は任せて。ちゃんと早く有名になって
稼げるように頑張るから……。お母さんは無理しないで。あたしは寮に住んでるから大丈夫だし。バイト代多めに送るね」
神妙な面持ちで母親と話す鈴奈。彼女の話している言葉から、相当実家はお金に困っているのだろうことが伺える。鈴奈の家は父親が死別して、母親が女で一つで3人姉弟を育ててきた。その弟の一人は中学三年だったはずだから今年は高校受験なのだろう。
バイト代を送ると言ったって鈴奈のバイト代ではたかが知れている。
律仁と一緒に過ごしていても、イベントの話を率先して持ってきてくれていた。きっと責任感の強い彼女だから家族にもそうなのだろう。ほんの数分前に心配してくれる親がいて羨ましいなんて思ってしまったことが恥ずかしくなる。
そんな鈴奈が俺と一緒にいるときだけでも拠り所になれたなら……。
その為にもイベントを成功させて、少しでも知名度をあげることに精を出すしかなかった。
拳を強く握り決意したところで鈴奈が電話を終え、スマホを下ろしてベンチから立ち上がったので、律仁は慌ててマンションの中へと入って行った。
携帯の着信音が聞こえてきた。有名女性シンガーソングライターの着うたが聴こえてくることから鈴奈の携帯であろう。律仁自身は着信音に拘りがないがないので初期設定のままであった。
着信音に気づいた彼女は律仁から離れると徐にズボンのポケットからスマホを取り出す。「ごめん、律仁。親からだわ」と言ってソファから立ち上がるとマンションの外へと出て行ってしまった。
上京した娘を心配して連絡してくるのは親としては当然のことなのだろう。
律仁にはあの女が自分に連絡してくることなど、金のこと以外はない。
心配してもらえる家族がいる彼女が羨ましくもあり、少しだけ寂しくもあった。
鈴奈の似顔絵を描き終えたものの、ゴッホ越えなど豪語していても下手であることは知っている。角張った輪郭に、質感のない長毛。猫のように目の枠組みとアーモンドのような形をして正気のない黒目。
実物の鈴奈はもっと顔をくしゃりとさせて笑うし、のっぺりした顔じゃない。
それでも「似てない」などとキツく彼女に言われることを期待している自分がいた。
暫くしても戻ってこない鈴奈。
ラウンジで待っていても退屈だった律仁は、盗み聞きなんて趣味が悪いと分かっていても鈴奈の事が気になってマンションの自動ドアを抜けて外へと出る。
マンション前の敷地内にある樹木が植えられた休憩スペースのベンチに
鈴奈がスマホを耳に当てて座っていた。
律仁は彼女に気づかれないように、マンションの柱に隠れて遠巻きに聞き耳をたてる。静かな夜の敷地内は彼女の頷く声がよく通った。
「分かった。賢介の学費は任せて。ちゃんと早く有名になって
稼げるように頑張るから……。お母さんは無理しないで。あたしは寮に住んでるから大丈夫だし。バイト代多めに送るね」
神妙な面持ちで母親と話す鈴奈。彼女の話している言葉から、相当実家はお金に困っているのだろうことが伺える。鈴奈の家は父親が死別して、母親が女で一つで3人姉弟を育ててきた。その弟の一人は中学三年だったはずだから今年は高校受験なのだろう。
バイト代を送ると言ったって鈴奈のバイト代ではたかが知れている。
律仁と一緒に過ごしていても、イベントの話を率先して持ってきてくれていた。きっと責任感の強い彼女だから家族にもそうなのだろう。ほんの数分前に心配してくれる親がいて羨ましいなんて思ってしまったことが恥ずかしくなる。
そんな鈴奈が俺と一緒にいるときだけでも拠り所になれたなら……。
その為にもイベントを成功させて、少しでも知名度をあげることに精を出すしかなかった。
拳を強く握り決意したところで鈴奈が電話を終え、スマホを下ろしてベンチから立ち上がったので、律仁は慌ててマンションの中へと入って行った。
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる