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第8話『超激辛カレー』の決闘
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冒険者ギルド
冒険者を支援する組織はどこの町にも存在している。
この町でもギルドと併設している酒場はガヤガヤと賑わっている。
だが、景気が良いわけではないようだ。 昼間から酒を飲んでいる冒険者たちの会話に聞き耳を立ててみれば───
「おい、お前たちはどうだ?」
「あぁ、例の山賊討伐依頼か。金払いは良いが……」
「わかっている。どうも、きな臭いよな?」
「近隣の国々で戦争があったわけでもないのに、山賊が多すぎる。こりゃ山賊に偽装した───」
「おっと! 酒の飲み過ぎだ。喋っちゃまずい事まで言っちまうぞ」
「はっはっ、酒は怖いな。注意しようぜ……お互いにな」
冒険者たちの情報網は意外なほどに正確だ。 情報の重要性を侮った奴から死んでいく。
だから、命賭けの仕事で得た金銭を情報屋に渡すのだ。
しかし、何事にも例外はある。例えば、冒険者になって数か月の新人だ。
噂をすれば───
「おい、ジェイク! 今日も下水でネズミ退治か?」
ジェイクと言われる少年が酒場に入って来た。
ふらふらした足取りで、「あぁ」と少年は片手を上げて返事を返すのが精一杯。
「また、金が欲しくて無茶してきやがったのか? 死んじゃ意味ねぇぞ」
ベテランの冒険者が心配しながら「奢ってやるから食えよ」と適当に注文を始めた。
「わかってるよ、俺だって死にたくはない。あと、飯はありがとうよ」
ドーンと目前に置かれたのは山盛りのパスタだ。 少年は泳ぐように食べ始めた。
少年の姿───
ボロボロになっている新品の革服。 腰にはナイフと棍棒。
武器と防具は、それだけだ。 新人には、中古の剣だって買える金額じゃない。
少年は、上等な剣を購入するため、食費を削って、宿は馬小屋……そして依頼は、連日休むことなく受けていた。
とは言え、新人の依頼と言えば───
下水で大ネズミを倒すか、新人同士で即興徒党《パーティ》を作り、ゴブリン退治。
(もうダメかもしれねぇ。 どうせなら、中級ダンジョンで誰かが落とした剣でも探しに行くかぁ)
無謀な、しかし普通の冒険者らしく一攫千金の計画を頭に過ぎらしていた。
そんな時だった。 急に酒場の空気が変わった。
(なんだこれ!? いつも、陽気なおっちゃんたちが、急に……なんて言うか、怖くなった?)
彼等が酒場で見せる表情と別物になっていた。すなわち、冒険者の顔に変わった。
遅れて酒場に2人組が入って来る。 男女の冒険者……少なくとも、ジェイクは初めて見る冒険者だった。
「聞いていた通りでしたね。この町から先は、通行が止められていました」
「あぁ、進む方法は山賊退治か、強行突破しようとする商人の護衛か……」
「後者は、正式な依頼ではないので、バレると冒険者の資格が剥奪されてしまいますよ」
「なぁに、物事には、抜け道ってのがある。やろうと思えば、なんとでもなるさ」
もしも、ギルド職員が聞いていたら卒倒しそうな会話の内容だ。間違ってもギルド併設の酒場する話ではない。
「おい、兄ちゃんたち。見ない顔だな……他所から来た冒険者か?」
そう話かけてきたのは、さっきまでジェイクに飯を奢っていたベテラン冒険者だった。
「私はそうだ」とセリカが答える。 それからシロウを指し「こっちは私の連れだ。冒険者の資格は……ありましたよね?」
「あぁ」とシロウは頷いた。
「そうかい。余所者じゃ知らねぇと思うが、これから先の町は通行止めだ。目的のある旅なら、悪いがここで終わりだな」
「セリカ、もしかして俺たちは挑発されているのか?」とシロウは声を小さくしてセリカに訊ねた。
「えぇ、縄張り意識の高い冒険者……と言うよりも、仕事がなくてイラついているという感じでしょうね」
「なるほど、わかった。できるだけトラブルは避けよう」
そんな2人の様子にベテラン冒険者は───
「おいおい、俺を無視して、何をイチャついてやがる!」
怒りを隠さず、今のも殴りかかってきそうな勢い。 しかし、それを止めたのは酒場の店主だった。
「旦那、酒の飲みすぎですよ。ここはギルドに併設されている酒場、何かあったら不味いじゃありませんか?」
「ちっ! わかったよ、店主《マスター》」とベテラン冒険者は、渋々といった感じで下がって行った。
「助かりましたよ、店主《マスター》」とセリカは深々と頭を下げる。
「俺の仕事は客を守ることだ。ただし、注文した分だけだ。アンタら、食事をしたらすぐに町から出て行った方が良い」
「そうかい……それじゃ店主。牛乳をできるだけ多く。酒用のジョッキで並々と注いでくれ」
店主が片眉をピクリと上げた。それから……
「アンタ、何かを嗅ぎ取ったのかい? 例えじゃなく、文字通りの意味で」
「あぁ、俺も料理人なんだ。料理に対して鼻は利く……文字通りの意味でな」
共に料理に関わる職業の者同士。 何か意味ありげな会話に取り残されたセリカは、
「シロウ? 一体、何の話をしているのですか?」
「あぁ、覚えていた方がいい事ある。男ってのは基本的にバカだ。だから、どんな馬鹿げた事でも競い合いたがる性質があるんだよ」
「???」となるセリカ。その間に店主が牛乳を用意してテーブルに置いた。
「ほら、まずは注文通りの牛乳だ」
しかし、それを見た冒険者たちは笑い始めた。
「おいおい、酒場で牛乳《ミルク》を頼む奴がいるかよ」
「初めてみたぜ、そんな奴をよぉ!」
「さっさと家に帰って、ママにミルクを飲ませて貰ったら良いんじゃねぇか?」
だが「……」とシロウは無言で牛乳を飲み干した。それから、
「店主、この店で一番辛い料理はなんだ」
「……カレーだよ。甘口から超激辛まである」
「それじゃ、超激辛を2つ!」と注文すると、勢いよく立ち上がり振り向いた。
「1つは俺の奢りだ。誰か食べたい奴はいるか?」
「───」と一瞬で酒場が静寂に支配されていった。
少しの間があり、小さな声が聞こえてくる。
「以前に超激辛に挑戦していたアイツはどうなった?」
「もう1週間は見てない。行方不明って事だ」
「おいおい、食べたら行方不明になるカレーって何だよ!?」
「家で寝込んでいるって事だろ? 流石に刺激物を食べて、神官さまに回復してもらうわけにいかないからな」
「そもそも回復させられるのか? 超激辛のダメージって?」
その内容はとんでもない話だった。
「大丈夫なのですか、シロウ? 聞こえてくる話が、食べ物ではなく毒物のように聞こえてならないのですが」
「問題はない。俺は料理人……それも地上最強の料理人と呼ばれる男。俺に食べれない料理は存在しない」
「料理人だから、何でも食べれるわけではないと思いますよ!?」
そんな会話を交えている間だった。
「俺が受けよう!」と声を出したのは、シロウたちに絡んできたベテラン冒険者だった。
「俺も腕に覚えがある……この場合は舌か。 ここで逃げる奴は男じゃない」
「あぁ、ありがとう。 アンタの名前は?」
「俺は、ガストン・コールドだ。ガストンと呼んでくれ」
「俺はシロウだ。シロウ・ムラサメ……互いに健闘を祈ろう」
2人はガッチリとした握手を交わした。 その間に、何か香りがしてきた。
「おっ! カレーの匂いが……うわぁ! 鼻が、鼻がやられた!」
「流れて来る湯気が赤い色をしてるぞ! 気を付けろ、鼻だけじゃない。目にも来るぞ!」
「おいおい! 近くにいるだけで阿鼻叫喚じゃねぇか。これを食べるつもりか! 考え直せ!」
「どんな香辛料を……いや、刺激物をブチ撒けたら、こんなものができるんだよ。さっきから汗と震えが止まらねぇ」
そして、それはテーブルの上─── 2つの皿が並べられた。
「さぁ、この地獄の一皿に挑む勇気があるのか?」と店主はニヤリと笑った。
テーブルに置かれたカレーは暴力的であった。
ルーは黒ずんだ赤色。表面に浮かぶナニカが毒々しく光っている。
まるで魔術師が生み出した禁術の薬のようだ。
スプーンで掬うと、その粘度の高さと絡みつく辛味粒子が目に見えるような気がした。
きっと、誰もが思っただろう…… これは本当に食べ物なのか?
当事者であるガストンは眉間に皺を寄せ、皿をじっと見つめた。
やはり、彼も視線で訴えてくる。
(お前、本気か? 本気でやるのか? 止めるなら・・・・・・いや、俺が悪かった。止めようぜ)
だが、その訴えはシロウに届かなかった。いや、気づかないフリをしているのかもしれない。
「それじゃいくぞ!」と赤いルーを白いご飯をスプーンで掬い上げると、口をつけた。
その直後、「うっ!」とシロウが声を出した。
「やべぇ! 死んだか?」とギャラリーから心配(?)の声が上がる。
だが、シロウは親指を上げた。
「・・・・・・うん、旨辛ってやつだ。 全身に熱が通り抜けて、力が漲ってくるような錯覚もある」
「それは流石に、錯覚だと思うのですが」と横のセリカの声は聞こえていないらしい。
「そうか、旨いのか・・・それじゃ俺も食わねぇとだめだよなぁ!」
ガストンは勢いよく超激辛カレーを食べた。
次の瞬間
───っ
───っ
───っ
彼の額から滝のように汗が吹き出した。それから、不自然な時間の経過から、数秒であれ、自分が意識を失っている事実に気づいた。
「旨辛・・・・・・? これが? これは、旨辛ではなく攻撃の間違いではないのか?」
舌への痛み。
ガストンは大量の水を飲み干した。だが、それは悪手と言うもの。
一気に辛さ口内に広がっていく。
「う、うぐぅ……あぁ……あああ!!!」
辛みとは刺激だ。
人間は、痛みに近い刺激を幸福に感じる・・・らしい。
対して涼しげな顔のシロウ。
「気づいてなかっただろう? なぜ、俺が食事前に大量の牛乳を飲んだのか? 牛乳は腹の中で膜になり、辛さのダメージを軽減してくれる」
「……い、いや、この辛さは、そんな問題じゃない……はず」
そんなガストンの声は、シロウには聞こえてないようだ。
なぜなら────
(うん、本当に美味しい。 野菜は大きめだが、長時間煮込んでいるのだろう。ふっくらとしていた柔らかい。 肉は・・・・・・牛肉か)
ガストンは驚愕するしかなかった。苦しんでいる自分の横で、超激辛料理を吟味しながら、味の分析までしているシロウの姿に・・・・・・
「こいつ、楽しんでいやがる。勝てるわけがねぇ・・・・・・激辛に苦しんでる俺が、激辛を楽しんでいるコイツに!!!」
その言葉とは裏腹にガストンの速度が上がっていく。
周囲の冒険者たちは気づいている。
「お、おい! あれヤバいじゃないか?」
「あぁ、似ている。まるで、ダンジョンの階層主……その暴走した姿に!」
ダンジョンの階層主が一番強くなる瞬間。
死の直前に放つ咆哮────断末魔の叫び。 冒険者にとって、最も油断のできない瞬間だ。
だが、同時に知っている。 その一瞬の輝き、それが終わった後には屍が残るだけだと・・・・・・
その事に最初に気づいたの誰だろうか? その人物の呟きは────
「こ、こいつ・・・・・・食ったまま、気を失っている!」
ガストンは失神していた。 失神しても、スプーンを動かす手は止まらず、そして運ばれた赤い物体を飲み込んでいる口も止まっていなかった。
「もういい、ガストン! もう良いんだ!」と彼の仲間らしき冒険者が、後ろから羽交い締めをして、彼を止めた。
集まっていた冒険者たちは歓声を上げた。もちろん、勝者であるシロウを称える声。
しかし、それ以上にガストンの奮闘を称える物も多かった。
この後、しばらくは冒険者たちの腕試しや度胸試しで超激辛カレーに挑む者が相次いだ。
さらに数年後には、この町の冒険者たちにとって伝統となり、
数百年後には、年に一度に町で行われる大きな祭りとして紡がれていくことになるだが・・・・・・
それは、シロウも、セリカも知らない。また別の物語である。
冒険者を支援する組織はどこの町にも存在している。
この町でもギルドと併設している酒場はガヤガヤと賑わっている。
だが、景気が良いわけではないようだ。 昼間から酒を飲んでいる冒険者たちの会話に聞き耳を立ててみれば───
「おい、お前たちはどうだ?」
「あぁ、例の山賊討伐依頼か。金払いは良いが……」
「わかっている。どうも、きな臭いよな?」
「近隣の国々で戦争があったわけでもないのに、山賊が多すぎる。こりゃ山賊に偽装した───」
「おっと! 酒の飲み過ぎだ。喋っちゃまずい事まで言っちまうぞ」
「はっはっ、酒は怖いな。注意しようぜ……お互いにな」
冒険者たちの情報網は意外なほどに正確だ。 情報の重要性を侮った奴から死んでいく。
だから、命賭けの仕事で得た金銭を情報屋に渡すのだ。
しかし、何事にも例外はある。例えば、冒険者になって数か月の新人だ。
噂をすれば───
「おい、ジェイク! 今日も下水でネズミ退治か?」
ジェイクと言われる少年が酒場に入って来た。
ふらふらした足取りで、「あぁ」と少年は片手を上げて返事を返すのが精一杯。
「また、金が欲しくて無茶してきやがったのか? 死んじゃ意味ねぇぞ」
ベテランの冒険者が心配しながら「奢ってやるから食えよ」と適当に注文を始めた。
「わかってるよ、俺だって死にたくはない。あと、飯はありがとうよ」
ドーンと目前に置かれたのは山盛りのパスタだ。 少年は泳ぐように食べ始めた。
少年の姿───
ボロボロになっている新品の革服。 腰にはナイフと棍棒。
武器と防具は、それだけだ。 新人には、中古の剣だって買える金額じゃない。
少年は、上等な剣を購入するため、食費を削って、宿は馬小屋……そして依頼は、連日休むことなく受けていた。
とは言え、新人の依頼と言えば───
下水で大ネズミを倒すか、新人同士で即興徒党《パーティ》を作り、ゴブリン退治。
(もうダメかもしれねぇ。 どうせなら、中級ダンジョンで誰かが落とした剣でも探しに行くかぁ)
無謀な、しかし普通の冒険者らしく一攫千金の計画を頭に過ぎらしていた。
そんな時だった。 急に酒場の空気が変わった。
(なんだこれ!? いつも、陽気なおっちゃんたちが、急に……なんて言うか、怖くなった?)
彼等が酒場で見せる表情と別物になっていた。すなわち、冒険者の顔に変わった。
遅れて酒場に2人組が入って来る。 男女の冒険者……少なくとも、ジェイクは初めて見る冒険者だった。
「聞いていた通りでしたね。この町から先は、通行が止められていました」
「あぁ、進む方法は山賊退治か、強行突破しようとする商人の護衛か……」
「後者は、正式な依頼ではないので、バレると冒険者の資格が剥奪されてしまいますよ」
「なぁに、物事には、抜け道ってのがある。やろうと思えば、なんとでもなるさ」
もしも、ギルド職員が聞いていたら卒倒しそうな会話の内容だ。間違ってもギルド併設の酒場する話ではない。
「おい、兄ちゃんたち。見ない顔だな……他所から来た冒険者か?」
そう話かけてきたのは、さっきまでジェイクに飯を奢っていたベテラン冒険者だった。
「私はそうだ」とセリカが答える。 それからシロウを指し「こっちは私の連れだ。冒険者の資格は……ありましたよね?」
「あぁ」とシロウは頷いた。
「そうかい。余所者じゃ知らねぇと思うが、これから先の町は通行止めだ。目的のある旅なら、悪いがここで終わりだな」
「セリカ、もしかして俺たちは挑発されているのか?」とシロウは声を小さくしてセリカに訊ねた。
「えぇ、縄張り意識の高い冒険者……と言うよりも、仕事がなくてイラついているという感じでしょうね」
「なるほど、わかった。できるだけトラブルは避けよう」
そんな2人の様子にベテラン冒険者は───
「おいおい、俺を無視して、何をイチャついてやがる!」
怒りを隠さず、今のも殴りかかってきそうな勢い。 しかし、それを止めたのは酒場の店主だった。
「旦那、酒の飲みすぎですよ。ここはギルドに併設されている酒場、何かあったら不味いじゃありませんか?」
「ちっ! わかったよ、店主《マスター》」とベテラン冒険者は、渋々といった感じで下がって行った。
「助かりましたよ、店主《マスター》」とセリカは深々と頭を下げる。
「俺の仕事は客を守ることだ。ただし、注文した分だけだ。アンタら、食事をしたらすぐに町から出て行った方が良い」
「そうかい……それじゃ店主。牛乳をできるだけ多く。酒用のジョッキで並々と注いでくれ」
店主が片眉をピクリと上げた。それから……
「アンタ、何かを嗅ぎ取ったのかい? 例えじゃなく、文字通りの意味で」
「あぁ、俺も料理人なんだ。料理に対して鼻は利く……文字通りの意味でな」
共に料理に関わる職業の者同士。 何か意味ありげな会話に取り残されたセリカは、
「シロウ? 一体、何の話をしているのですか?」
「あぁ、覚えていた方がいい事ある。男ってのは基本的にバカだ。だから、どんな馬鹿げた事でも競い合いたがる性質があるんだよ」
「???」となるセリカ。その間に店主が牛乳を用意してテーブルに置いた。
「ほら、まずは注文通りの牛乳だ」
しかし、それを見た冒険者たちは笑い始めた。
「おいおい、酒場で牛乳《ミルク》を頼む奴がいるかよ」
「初めてみたぜ、そんな奴をよぉ!」
「さっさと家に帰って、ママにミルクを飲ませて貰ったら良いんじゃねぇか?」
だが「……」とシロウは無言で牛乳を飲み干した。それから、
「店主、この店で一番辛い料理はなんだ」
「……カレーだよ。甘口から超激辛まである」
「それじゃ、超激辛を2つ!」と注文すると、勢いよく立ち上がり振り向いた。
「1つは俺の奢りだ。誰か食べたい奴はいるか?」
「───」と一瞬で酒場が静寂に支配されていった。
少しの間があり、小さな声が聞こえてくる。
「以前に超激辛に挑戦していたアイツはどうなった?」
「もう1週間は見てない。行方不明って事だ」
「おいおい、食べたら行方不明になるカレーって何だよ!?」
「家で寝込んでいるって事だろ? 流石に刺激物を食べて、神官さまに回復してもらうわけにいかないからな」
「そもそも回復させられるのか? 超激辛のダメージって?」
その内容はとんでもない話だった。
「大丈夫なのですか、シロウ? 聞こえてくる話が、食べ物ではなく毒物のように聞こえてならないのですが」
「問題はない。俺は料理人……それも地上最強の料理人と呼ばれる男。俺に食べれない料理は存在しない」
「料理人だから、何でも食べれるわけではないと思いますよ!?」
そんな会話を交えている間だった。
「俺が受けよう!」と声を出したのは、シロウたちに絡んできたベテラン冒険者だった。
「俺も腕に覚えがある……この場合は舌か。 ここで逃げる奴は男じゃない」
「あぁ、ありがとう。 アンタの名前は?」
「俺は、ガストン・コールドだ。ガストンと呼んでくれ」
「俺はシロウだ。シロウ・ムラサメ……互いに健闘を祈ろう」
2人はガッチリとした握手を交わした。 その間に、何か香りがしてきた。
「おっ! カレーの匂いが……うわぁ! 鼻が、鼻がやられた!」
「流れて来る湯気が赤い色をしてるぞ! 気を付けろ、鼻だけじゃない。目にも来るぞ!」
「おいおい! 近くにいるだけで阿鼻叫喚じゃねぇか。これを食べるつもりか! 考え直せ!」
「どんな香辛料を……いや、刺激物をブチ撒けたら、こんなものができるんだよ。さっきから汗と震えが止まらねぇ」
そして、それはテーブルの上─── 2つの皿が並べられた。
「さぁ、この地獄の一皿に挑む勇気があるのか?」と店主はニヤリと笑った。
テーブルに置かれたカレーは暴力的であった。
ルーは黒ずんだ赤色。表面に浮かぶナニカが毒々しく光っている。
まるで魔術師が生み出した禁術の薬のようだ。
スプーンで掬うと、その粘度の高さと絡みつく辛味粒子が目に見えるような気がした。
きっと、誰もが思っただろう…… これは本当に食べ物なのか?
当事者であるガストンは眉間に皺を寄せ、皿をじっと見つめた。
やはり、彼も視線で訴えてくる。
(お前、本気か? 本気でやるのか? 止めるなら・・・・・・いや、俺が悪かった。止めようぜ)
だが、その訴えはシロウに届かなかった。いや、気づかないフリをしているのかもしれない。
「それじゃいくぞ!」と赤いルーを白いご飯をスプーンで掬い上げると、口をつけた。
その直後、「うっ!」とシロウが声を出した。
「やべぇ! 死んだか?」とギャラリーから心配(?)の声が上がる。
だが、シロウは親指を上げた。
「・・・・・・うん、旨辛ってやつだ。 全身に熱が通り抜けて、力が漲ってくるような錯覚もある」
「それは流石に、錯覚だと思うのですが」と横のセリカの声は聞こえていないらしい。
「そうか、旨いのか・・・それじゃ俺も食わねぇとだめだよなぁ!」
ガストンは勢いよく超激辛カレーを食べた。
次の瞬間
───っ
───っ
───っ
彼の額から滝のように汗が吹き出した。それから、不自然な時間の経過から、数秒であれ、自分が意識を失っている事実に気づいた。
「旨辛・・・・・・? これが? これは、旨辛ではなく攻撃の間違いではないのか?」
舌への痛み。
ガストンは大量の水を飲み干した。だが、それは悪手と言うもの。
一気に辛さ口内に広がっていく。
「う、うぐぅ……あぁ……あああ!!!」
辛みとは刺激だ。
人間は、痛みに近い刺激を幸福に感じる・・・らしい。
対して涼しげな顔のシロウ。
「気づいてなかっただろう? なぜ、俺が食事前に大量の牛乳を飲んだのか? 牛乳は腹の中で膜になり、辛さのダメージを軽減してくれる」
「……い、いや、この辛さは、そんな問題じゃない……はず」
そんなガストンの声は、シロウには聞こえてないようだ。
なぜなら────
(うん、本当に美味しい。 野菜は大きめだが、長時間煮込んでいるのだろう。ふっくらとしていた柔らかい。 肉は・・・・・・牛肉か)
ガストンは驚愕するしかなかった。苦しんでいる自分の横で、超激辛料理を吟味しながら、味の分析までしているシロウの姿に・・・・・・
「こいつ、楽しんでいやがる。勝てるわけがねぇ・・・・・・激辛に苦しんでる俺が、激辛を楽しんでいるコイツに!!!」
その言葉とは裏腹にガストンの速度が上がっていく。
周囲の冒険者たちは気づいている。
「お、おい! あれヤバいじゃないか?」
「あぁ、似ている。まるで、ダンジョンの階層主……その暴走した姿に!」
ダンジョンの階層主が一番強くなる瞬間。
死の直前に放つ咆哮────断末魔の叫び。 冒険者にとって、最も油断のできない瞬間だ。
だが、同時に知っている。 その一瞬の輝き、それが終わった後には屍が残るだけだと・・・・・・
その事に最初に気づいたの誰だろうか? その人物の呟きは────
「こ、こいつ・・・・・・食ったまま、気を失っている!」
ガストンは失神していた。 失神しても、スプーンを動かす手は止まらず、そして運ばれた赤い物体を飲み込んでいる口も止まっていなかった。
「もういい、ガストン! もう良いんだ!」と彼の仲間らしき冒険者が、後ろから羽交い締めをして、彼を止めた。
集まっていた冒険者たちは歓声を上げた。もちろん、勝者であるシロウを称える声。
しかし、それ以上にガストンの奮闘を称える物も多かった。
この後、しばらくは冒険者たちの腕試しや度胸試しで超激辛カレーに挑む者が相次いだ。
さらに数年後には、この町の冒険者たちにとって伝統となり、
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北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
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笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
異世界で無自覚に最強だった俺、追放されたけど今さら謝られても遅い
eringi
ファンタジー
「お前なんかいらない」と言われ、勇者パーティーを追放された青年ルーク。だが、彼のスキル【成長限界なし】は、実は世界でも唯一の“神格スキル”だった。
追放された先で気ままに生きようとした彼は、助けた村娘から崇められ、魔王を片手で倒し、知らぬ間に国家を救う。
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無自覚な最強男が歩む、ざまぁと逆転の異世界英雄譚!
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