皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

文字の大きさ
126 / 132
第9話

9-23

しおりを挟む

 こめかみにくちづけを降らせれば、仁瑶はくすぐったそうに吐息を漏らす。
「小玲と。どうかそのようにお呼びになってください」
 甘えるように乞えば、紫紺の瞳が狼狽えたふうに瞬く。
「それに、わたし相手に丁寧な言葉遣いは必要ないと申しあげましたでしょう? 仁瑶様が話しやすいように、自然にしてくださってかまわないのですよ」
「っ、ぁ……」
 じゃれるように耳殻をやわらかく食めば、仁瑶の喉が跳ねた。
 白い耳の輪郭をなぞり、首筋へとくちづけを落としていく。そっとついばむような淡い愛撫をくり返せば、仁瑶はむずかるように身をよじった。
「だめですよ」
 くちづけから逃げようとする躰を傍近くへ引き寄せ、甘く囁く。
「今宵はあなたを愛してよいと、他ならぬ仁瑶様が赦してくださったのですから。逃げないで、わたしに御身を愛でさせてくださいませ」
 こちらを見つめる仁瑶の顔には、いまだわずかな怯えの色が残っている。翠玲は慾を溶かした眼差しを向け、なだめるようにくちびるを重ねた。
 甘い吐息を食んで、怖がらなくてよいのだと教えていく。
「ッ、っ……」
 表面をこすりあわせるだけの、子供騙しのくちづけをくり返す。仁瑶の躰からこわばりが抜けるのを待ってから、翠玲は徐々にくちづけを深く濃くさせていった。
 慾の獣は仁瑶の甘い唾液をすすりながら、淫悦に浸っている。
 腕の中で戦慄いた躰をきつく抱きしめて、馥郁とした花蜜の香りを肺腑の奥まで吸い込んだ。
 口内の奥へ逃げていた仁瑶の舌を搦め取り、濡れた粘膜を味わい尽くす。床帷の内側にいやらしい膠接音が響き、仁瑶の肌からあふれる香りが強く濃くなっていく。
「ん、っ、ぅんン……っ」
 仁瑶はまだ戸惑っているのか、翠玲の舌の動きにされるがままになっていた。
 びくびくとふるえる躰が愛しくて、揶揄うようにやわらかな口蓋を舌でなぞってやる。そうすると甘やかな嬌声が朱に染まった喉からこぼれそうになり、翠玲はそれすら惜しいとばかりにくちびるを塞いだ。
 天陽種とは本当に醜いものだと思う。
 転化する前、翠玲は閨房に関するいかなる行為も好きではなかった。皇胤を産むという役割があったからこそ耐えられていたものの、否応なしに身を暴かれる醜悪さといったら言葉にするのも厭わしい。
 父や異母兄弟たちに複数の妾がいたことも、天陽種を嫌悪する要因となっていたに違いない。
 王族の婚姻は、総じて政略的な意味合いが強い。琅寧ではそれが顕著で、愛情で結ばれた天陽種同士はおろか、天陽と下邪も見たことがなく、それはおのれの父母も例外ではなかった。
 天陽が下邪を孕ませようとするのは征服慾を満たすためであり、それはいっそ動物的な本能に近い。好意の有無など関係なく、ただ慾求に突き動かされているだけ。
 発情した仁瑶を情動のままに犯したおのれは、なにより嫌っていた天陽種そのものに成り下がってしまったようでもあった。だからこそ赦せなかったのだと、今更に思う。
 されど、仁瑶は翠玲に抱かれたいと言ってくれた。
 翠玲になら、すべてを奪われてもよいと。
 転化したからこそ、下邪種の肌香がどれほど抗いがたい魅力を孕んでいるのか身をもって知った。そうしてまた、おのれの身が仁瑶以外の下邪の肌香にはわずかにも反応しないのだということも。
 囲場でひらかれた夜宴には、永宵へ献上される下邪が数名、歌妓として参加していた。
 発情期でなくとも、下邪の肌香は常に微弱に香っている。その匂いを楽しむことも趣向のひとつなのだけれど、翠玲は特によい香りだとも思わなかった。たとえ彼らが発情していたとしても、なんの慾も湧いてこないと確信できるほどに。
 翠玲の身體は、仁瑶の香りにだけ反応する。それは翠玲が下邪から転化した天陽種だから持ち得た、特異な性質なのかもしれない。
 仁瑶が翠玲としか番えないように、翠玲も仁瑶としか番うことができないのだ。
 仁瑶だからこそ、その肌から下邪独特の爛熟した花蜜の香がわずかに匂うだけでも本能を煽られてしまう。翠玲の愛慾を狂おしいほどに掻きたててくる。
 ましてその仁瑶がおのれを恋うてくれているとなれば、なおのこと慾が募った。翠玲の身の内にひそんでいる獣の醜い本能が、首をもたげて理性を喰らい尽くそうとする。
 今の自分を永宵や颯憐が見たら、きっと鼻で笑われるだろう。
 そんなことを考えていると、仁瑶が顔をそらして苦しそうに喘いだ。
「っふ、ぅあ……っぁ、すいれ、まっ、待って、ッ」
 翠玲は離れてしまったくちびるを追いかけ、含羞に染まる頬に、鼻梁に、甘やかに吸いつく。
「ま、ッ……ぁ、あっ」
「待てだなどと仰らないで。ずっと我慢していたのですから、どうかもっとわたしの相公を味わわせてくださいませ」
「ッ――」
 仁瑶の腰をなぞり、寝苦しくないようにと簡単に結ばれていた帯をほどく。
 はだけた合わせ目から手を差し入れ、腰紐も解いてしまえば、褥の上に白い肌があらわになった。羞恥で淡く染まった肌はやわらかな果実のようでもあり、翠玲が指でそっとたどっただけで甘やかに色を増す。
「少し火照っておられますね。長湯のせいでしょうか、それとも花梨酒をお飲みになったから? それとも、……わたしのせいでしょうか」
 自惚れたことを囁けば、仁瑶はくちびるを結び、羞恥にたえかねたふうに頭を振った。
 恥ずかしそうに目を伏せる様子がたまらなく愛おしくて、翠玲は甘えるように顔を寄せる。
「わたしのせいでしょう? ね、仁瑶様」
 仁瑶はたぶん、翠玲の歳下らしい仕草に弱いのだろう。
 上目遣いで見やれば、少しだけ困ったふうな顔をしたものの、躊躇いがちに答えてくれる。
「あなたのせいだと言ったら、冷ましてくれるのか」
 どこか挑むような、誘いかけてくるような眼差しを向けられ、翠玲は無意識のうちに破顔した。
「いいえ。もっと熱く、とろけさせてさしあげます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

【完結】利害が一致したクラスメイトと契約番になりましたが、好きなアルファが忘れられません。

亜沙美多郎
BL
 高校に入学して直ぐのバース性検査で『突然変異オメガ』と診断された時田伊央。  密かに想いを寄せている幼馴染の天海叶翔は特殊性アルファで、もう一緒には過ごせないと距離をとる。  そんな折、伊央に声をかけて来たのがクラスメイトの森島海星だった。海星も突然変異でバース性が変わったのだという。  アルファになった海星から「契約番にならないか」と話を持ちかけられ、叶翔とこれからも友達として側にいられるようにと、伊央は海星と番になることを決めた。  しかし避けられていると気付いた叶翔が伊央を図書室へ呼び出した。そこで伊央はヒートを起こしてしまい叶翔に襲われる。  駆けつけた海星に助けられ、その場は収まったが、獣化した叶翔は後遺症と闘う羽目になってしまった。  叶翔と会えない日々を過ごしているうちに、伊央に発情期が訪れる。約束通り、海星と番になった伊央のオメガの香りは叶翔には届かなくなった……はずだったのに……。  あるひ突然、叶翔が「伊央からオメガの匂いがする」を言い出して事態は急変する。 ⭐︎オメガバースの独自設定があります。

ハヤブサ将軍は身代わりオメガを真摯に愛す

兎騎かなで
BL
言葉足らずな強面アルファ×不憫属性のオメガ……子爵家のニコルは将来子爵を継ぐ予定でいた。だが性別検査でオメガと判明。  優秀なアルファの妹に当主の座を追われ、異形将軍である鳥人の元へ嫁がされることに。  恐れながら領に着くと、将軍は花嫁が別人と知った上で「ここにいてくれ」と言い出し……?

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

処理中です...