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第9話
9-23
しおりを挟むこめかみにくちづけを降らせれば、仁瑶はくすぐったそうに吐息を漏らす。
「小玲と。どうかそのようにお呼びになってください」
甘えるように乞えば、紫紺の瞳が狼狽えたふうに瞬く。
「それに、わたし相手に丁寧な言葉遣いは必要ないと申しあげましたでしょう? 仁瑶様が話しやすいように、自然にしてくださってかまわないのですよ」
「っ、ぁ……」
じゃれるように耳殻をやわらかく食めば、仁瑶の喉が跳ねた。
白い耳の輪郭をなぞり、首筋へとくちづけを落としていく。そっとついばむような淡い愛撫をくり返せば、仁瑶はむずかるように身をよじった。
「だめですよ」
くちづけから逃げようとする躰を傍近くへ引き寄せ、甘く囁く。
「今宵はあなたを愛してよいと、他ならぬ仁瑶様が赦してくださったのですから。逃げないで、わたしに御身を愛でさせてくださいませ」
こちらを見つめる仁瑶の顔には、いまだわずかな怯えの色が残っている。翠玲は慾を溶かした眼差しを向け、なだめるようにくちびるを重ねた。
甘い吐息を食んで、怖がらなくてよいのだと教えていく。
「ッ、っ……」
表面をこすりあわせるだけの、子供騙しのくちづけをくり返す。仁瑶の躰からこわばりが抜けるのを待ってから、翠玲は徐々にくちづけを深く濃くさせていった。
慾の獣は仁瑶の甘い唾液をすすりながら、淫悦に浸っている。
腕の中で戦慄いた躰をきつく抱きしめて、馥郁とした花蜜の香りを肺腑の奥まで吸い込んだ。
口内の奥へ逃げていた仁瑶の舌を搦め取り、濡れた粘膜を味わい尽くす。床帷の内側にいやらしい膠接音が響き、仁瑶の肌からあふれる香りが強く濃くなっていく。
「ん、っ、ぅんン……っ」
仁瑶はまだ戸惑っているのか、翠玲の舌の動きにされるがままになっていた。
びくびくとふるえる躰が愛しくて、揶揄うようにやわらかな口蓋を舌でなぞってやる。そうすると甘やかな嬌声が朱に染まった喉からこぼれそうになり、翠玲はそれすら惜しいとばかりにくちびるを塞いだ。
天陽種とは本当に醜いものだと思う。
転化する前、翠玲は閨房に関するいかなる行為も好きではなかった。皇胤を産むという役割があったからこそ耐えられていたものの、否応なしに身を暴かれる醜悪さといったら言葉にするのも厭わしい。
父や異母兄弟たちに複数の妾がいたことも、天陽種を嫌悪する要因となっていたに違いない。
王族の婚姻は、総じて政略的な意味合いが強い。琅寧ではそれが顕著で、愛情で結ばれた天陽種同士はおろか、天陽と下邪も見たことがなく、それはおのれの父母も例外ではなかった。
天陽が下邪を孕ませようとするのは征服慾を満たすためであり、それはいっそ動物的な本能に近い。好意の有無など関係なく、ただ慾求に突き動かされているだけ。
発情した仁瑶を情動のままに犯したおのれは、なにより嫌っていた天陽種そのものに成り下がってしまったようでもあった。だからこそ赦せなかったのだと、今更に思う。
されど、仁瑶は翠玲に抱かれたいと言ってくれた。
翠玲になら、すべてを奪われてもよいと。
転化したからこそ、下邪種の肌香がどれほど抗いがたい魅力を孕んでいるのか身をもって知った。そうしてまた、おのれの身が仁瑶以外の下邪の肌香にはわずかにも反応しないのだということも。
囲場でひらかれた夜宴には、永宵へ献上される下邪が数名、歌妓として参加していた。
発情期でなくとも、下邪の肌香は常に微弱に香っている。その匂いを楽しむことも趣向のひとつなのだけれど、翠玲は特によい香りだとも思わなかった。たとえ彼らが発情していたとしても、なんの慾も湧いてこないと確信できるほどに。
翠玲の身體は、仁瑶の香りにだけ反応する。それは翠玲が下邪から転化した天陽種だから持ち得た、特異な性質なのかもしれない。
仁瑶が翠玲としか番えないように、翠玲も仁瑶としか番うことができないのだ。
仁瑶だからこそ、その肌から下邪独特の爛熟した花蜜の香がわずかに匂うだけでも本能を煽られてしまう。翠玲の愛慾を狂おしいほどに掻きたててくる。
ましてその仁瑶がおのれを恋うてくれているとなれば、なおのこと慾が募った。翠玲の身の内にひそんでいる獣の醜い本能が、首をもたげて理性を喰らい尽くそうとする。
今の自分を永宵や颯憐が見たら、きっと鼻で笑われるだろう。
そんなことを考えていると、仁瑶が顔をそらして苦しそうに喘いだ。
「っふ、ぅあ……っぁ、すいれ、まっ、待って、ッ」
翠玲は離れてしまったくちびるを追いかけ、含羞に染まる頬に、鼻梁に、甘やかに吸いつく。
「ま、ッ……ぁ、あっ」
「待てだなどと仰らないで。ずっと我慢していたのですから、どうかもっとわたしの相公を味わわせてくださいませ」
「ッ――」
仁瑶の腰をなぞり、寝苦しくないようにと簡単に結ばれていた帯をほどく。
はだけた合わせ目から手を差し入れ、腰紐も解いてしまえば、褥の上に白い肌があらわになった。羞恥で淡く染まった肌はやわらかな果実のようでもあり、翠玲が指でそっとたどっただけで甘やかに色を増す。
「少し火照っておられますね。長湯のせいでしょうか、それとも花梨酒をお飲みになったから? それとも、……わたしのせいでしょうか」
自惚れたことを囁けば、仁瑶はくちびるを結び、羞恥にたえかねたふうに頭を振った。
恥ずかしそうに目を伏せる様子がたまらなく愛おしくて、翠玲は甘えるように顔を寄せる。
「わたしのせいでしょう? ね、仁瑶様」
仁瑶はたぶん、翠玲の歳下らしい仕草に弱いのだろう。
上目遣いで見やれば、少しだけ困ったふうな顔をしたものの、躊躇いがちに答えてくれる。
「あなたのせいだと言ったら、冷ましてくれるのか」
どこか挑むような、誘いかけてくるような眼差しを向けられ、翠玲は無意識のうちに破顔した。
「いいえ。もっと熱く、とろけさせてさしあげます」
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