19 / 47
第十七話 狙われた葉月
しおりを挟む
病院の階段を一気に駆け上り、目的の階についた聖夜は、ちょうど病室から出てきた葉月の母親とでくわした。母親は申し訳なさそうな、それでいでほっとした顔を見せた。
「月島くん、来てくれたのね」
「はい。葉月の容態は? いったいなにがあったんですか?」
「夕べね、身体がだるいって言って、葉月、ろくに食事もとらないでベッドに入ったの。朝になっても起きてこないからようすを見にいったら、呼吸が浅くて……」
そう言ってベッドに視線を送る。
「いくら揺すっても目を覚まさないのよ」
母親は異変を感じ取り、救急車を呼んだと話してくれた。
病室に入った聖夜は、ベッドに横たわる葉月を観察した。特に首のまわりを念入りにチェックすると、左の首のつけ根あたりに、虫に刺されたような小さな傷を見つけた。
まちがいなく吸血鬼の牙の痕だ。
葉月の顔色は蝋のように白く、唇は紫色になっていた。素人目でも極度の貧血状態だと解る。左腕には、点滴の痕なのだろう、絆創膏が貼られていた。
美奈子、孝則、そして葉月。どうして聖夜の大切な友だちが集中して狙われるのだろう。自分が目的なら、なぜ直接来ない?
それともこれは吸血鬼ドルーにとってただのゲームで、聖夜が苦しむのを見て、楽しんでいるのか。
たったそれだけの理由で三人を狙ったのか?
いや、大切な仲間だけではない。見知らぬ人たちも何人も犠牲になっている。目的がなんであれ、ドルーのしたことへの怒りに、聖夜は我知らず拳をにぎりしめた。爪が手のひらを刺し、痛みがさらなる怒りへと変わる。
「月島くん、そろそろ学校へ行かないと」
「いいんです。それよりお願いがあります。今日一日、ぼくに葉月のつきそいをさせてもらえませんか?」
「でも月島くんも忙しいでしょう。受験を目の前に控えているし。それにつきそいが必要なほど悪いわけじゃないのよ」
「お願いします。今日だけでも」
理由を聞かれたらなんと答えようかと、聖夜は内心ひやひやしていた。が葉月の母親は説明を求めず、聖夜の申し出を受け入れた。命に関わる病状ではないと思っているからだろう。
聖夜は、快く許してくれた葉月の母親に感謝した。
* * *
窓にあしらわれたステンドグラスが、射し込む冬の陽射しを受け入れる。そこを通った光は鮮やかな色に装飾され、教会の床や椅子に、さまざまな色となって落ちる。
柔らかな冬の陽射しは、暖かな模様となり、ホールを美しく飾っていた。
正面におかれたキリスト像は、月島を見下ろし、聖母マリア像は慈悲深い笑みを浮かべている。それらを見ているだけで、胸を支配する苦悩からほんのひととき解放される。
神々しいものたちに囲まれ、月島は束の間の安らぎを感じていた。
自分が勤め、子供が通う学校の校庭で、無惨な姿となった生徒が発見された。以来、月島の心は休まることがなかった。幸いにして犯人は聖夜ではなかったものの、事態は良い方向に進んでいるとはいえない。
誕生日まであと三日、それまではなんとしても持ちこたえなくてはならない。そのことだけを考えて、今日まで生きてきた。
扉が開き、初老の神父が入ってきた。懐かしい顔に、月島の緊張がほぐれる。神父は手のひらほどの十字架と小瓶に入った聖水を渡してくれた。
「お望みの品です。お持ちになってください」
礼を言って受け取る月島に、神父は静かな口調で尋ねた。
「どうしても行かれるのですか」
「ええ。十七年前の決着をつけるために」
月島は正面のキリスト像を見上げた。
今の聖夜も、この像と同じように十字架を背負っている。そこから解放される日を、あの日以来ずっと待ち続けた。そしてその日は、目前に迫っている。
解放されるも、背負い続けるも、あと三日にかかっていた。
月島は神父に視線をもどし、口元に寂しげな笑みを浮かべた。
「父親として、あの子にしてやれる最後のことになるかもしれません。それだけにわたしは、できるだけのことをやっておきたいのです」
「そうですか。いや、行くな、などと言うつもりはありません。わたしに月島さんが選んだ道をどうこう言う権利などありませんよ。それより——」
神父は一度言葉を切り、月島の目を見て、また口を開いた。
「無事のご帰還を祈っています」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げたあとで、月島は決意に満ちた顔を上げた。
もう迷いも苦悩もない。大切な者を守るために、自分の信じる道を力強く進む。これこそが最良の方法だ。
教会を出る月島の背後で、神父の声が響いた。
「聖なる夜に生まれた少年に、神のご加護があらんことを」
教会は三日後のクリスマス・イヴに向けて、きれいに飾りつけが施されていた。隣接する幼稚園の園児が作ったのだろう、画用紙でできた素朴な味わいのオーナメントが、庭におかれた樅の木にも飾りつけられている。
イルミネーションは消えていたが、日が沈むころには明りが灯され、ステンドグラスとはちがう華やかさを演出するだろう。
十八年前のクリスマス・イヴの夜、これと同じような光景を、すぐそばにある産院の一室から見下ろしていた。
その日聖夜はこの世に生をうけた。雪の降り積もる夜に生まれた子供は、母親の死という悲しみを乗り越えて、すくすくと育っていった。月島の危惧するようなことは、なにひとつ起きなかった。
「あと三日なんだ。せめてその日がすぎるまで、なにも起こらないでくれ」
十八年の歳月を経て、ようやく訪れようとしているその日。聖夜にかけられた呪縛の解ける日が、ここにきて、遠い未来のように思えてならない。そのことを考えるたびに、月島の胸には不安のみが広がっていく。
鐘がおごそかに鳴り響く。教会の庭に立ち、月島は軽く目を閉じた。神々しい鐘の音が、心をむしばむ暗雲をかき消す。
胸に広がる温もりを抱き、月島はしばらく幸せだった日々の思い出に浸っていた。
* * *
「月島くん、来てくれたのね」
「はい。葉月の容態は? いったいなにがあったんですか?」
「夕べね、身体がだるいって言って、葉月、ろくに食事もとらないでベッドに入ったの。朝になっても起きてこないからようすを見にいったら、呼吸が浅くて……」
そう言ってベッドに視線を送る。
「いくら揺すっても目を覚まさないのよ」
母親は異変を感じ取り、救急車を呼んだと話してくれた。
病室に入った聖夜は、ベッドに横たわる葉月を観察した。特に首のまわりを念入りにチェックすると、左の首のつけ根あたりに、虫に刺されたような小さな傷を見つけた。
まちがいなく吸血鬼の牙の痕だ。
葉月の顔色は蝋のように白く、唇は紫色になっていた。素人目でも極度の貧血状態だと解る。左腕には、点滴の痕なのだろう、絆創膏が貼られていた。
美奈子、孝則、そして葉月。どうして聖夜の大切な友だちが集中して狙われるのだろう。自分が目的なら、なぜ直接来ない?
それともこれは吸血鬼ドルーにとってただのゲームで、聖夜が苦しむのを見て、楽しんでいるのか。
たったそれだけの理由で三人を狙ったのか?
いや、大切な仲間だけではない。見知らぬ人たちも何人も犠牲になっている。目的がなんであれ、ドルーのしたことへの怒りに、聖夜は我知らず拳をにぎりしめた。爪が手のひらを刺し、痛みがさらなる怒りへと変わる。
「月島くん、そろそろ学校へ行かないと」
「いいんです。それよりお願いがあります。今日一日、ぼくに葉月のつきそいをさせてもらえませんか?」
「でも月島くんも忙しいでしょう。受験を目の前に控えているし。それにつきそいが必要なほど悪いわけじゃないのよ」
「お願いします。今日だけでも」
理由を聞かれたらなんと答えようかと、聖夜は内心ひやひやしていた。が葉月の母親は説明を求めず、聖夜の申し出を受け入れた。命に関わる病状ではないと思っているからだろう。
聖夜は、快く許してくれた葉月の母親に感謝した。
* * *
窓にあしらわれたステンドグラスが、射し込む冬の陽射しを受け入れる。そこを通った光は鮮やかな色に装飾され、教会の床や椅子に、さまざまな色となって落ちる。
柔らかな冬の陽射しは、暖かな模様となり、ホールを美しく飾っていた。
正面におかれたキリスト像は、月島を見下ろし、聖母マリア像は慈悲深い笑みを浮かべている。それらを見ているだけで、胸を支配する苦悩からほんのひととき解放される。
神々しいものたちに囲まれ、月島は束の間の安らぎを感じていた。
自分が勤め、子供が通う学校の校庭で、無惨な姿となった生徒が発見された。以来、月島の心は休まることがなかった。幸いにして犯人は聖夜ではなかったものの、事態は良い方向に進んでいるとはいえない。
誕生日まであと三日、それまではなんとしても持ちこたえなくてはならない。そのことだけを考えて、今日まで生きてきた。
扉が開き、初老の神父が入ってきた。懐かしい顔に、月島の緊張がほぐれる。神父は手のひらほどの十字架と小瓶に入った聖水を渡してくれた。
「お望みの品です。お持ちになってください」
礼を言って受け取る月島に、神父は静かな口調で尋ねた。
「どうしても行かれるのですか」
「ええ。十七年前の決着をつけるために」
月島は正面のキリスト像を見上げた。
今の聖夜も、この像と同じように十字架を背負っている。そこから解放される日を、あの日以来ずっと待ち続けた。そしてその日は、目前に迫っている。
解放されるも、背負い続けるも、あと三日にかかっていた。
月島は神父に視線をもどし、口元に寂しげな笑みを浮かべた。
「父親として、あの子にしてやれる最後のことになるかもしれません。それだけにわたしは、できるだけのことをやっておきたいのです」
「そうですか。いや、行くな、などと言うつもりはありません。わたしに月島さんが選んだ道をどうこう言う権利などありませんよ。それより——」
神父は一度言葉を切り、月島の目を見て、また口を開いた。
「無事のご帰還を祈っています」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げたあとで、月島は決意に満ちた顔を上げた。
もう迷いも苦悩もない。大切な者を守るために、自分の信じる道を力強く進む。これこそが最良の方法だ。
教会を出る月島の背後で、神父の声が響いた。
「聖なる夜に生まれた少年に、神のご加護があらんことを」
教会は三日後のクリスマス・イヴに向けて、きれいに飾りつけが施されていた。隣接する幼稚園の園児が作ったのだろう、画用紙でできた素朴な味わいのオーナメントが、庭におかれた樅の木にも飾りつけられている。
イルミネーションは消えていたが、日が沈むころには明りが灯され、ステンドグラスとはちがう華やかさを演出するだろう。
十八年前のクリスマス・イヴの夜、これと同じような光景を、すぐそばにある産院の一室から見下ろしていた。
その日聖夜はこの世に生をうけた。雪の降り積もる夜に生まれた子供は、母親の死という悲しみを乗り越えて、すくすくと育っていった。月島の危惧するようなことは、なにひとつ起きなかった。
「あと三日なんだ。せめてその日がすぎるまで、なにも起こらないでくれ」
十八年の歳月を経て、ようやく訪れようとしているその日。聖夜にかけられた呪縛の解ける日が、ここにきて、遠い未来のように思えてならない。そのことを考えるたびに、月島の胸には不安のみが広がっていく。
鐘がおごそかに鳴り響く。教会の庭に立ち、月島は軽く目を閉じた。神々しい鐘の音が、心をむしばむ暗雲をかき消す。
胸に広がる温もりを抱き、月島はしばらく幸せだった日々の思い出に浸っていた。
* * *
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる