【完結】黄昏の少年

須賀マサキ(まー)

文字の大きさ
20 / 47

第十八話 誰そ彼ときは戦いのとき

しおりを挟む
 聖夜は病室の窓から沈む夕日をながめていた。
 冬の短い昼が終わり、街は黄昏れどきを迎える。雲は紫から灰色に染められ、夕日は街を赤く彩る。

 空には昼と夜の境目は存在しない。光から闇へと移りゆく。
 北風の冷たさをものとせずに外を走りまわる子供たちの声が、遥か遠くに聞こえる。その影は長く伸び、やがて夜に消えていく。一日が終わり、だれもがひと息つける時間だ。

 だが聖夜にはちがった。黄昏れどきは戦いの始まりを告げる合図だ。
 ひとたび太陽が沈めば、敵はいつ姿を現すか解らない。一瞬として気の抜けない時間がやってくる。

 聖夜は朝からずっと葉月のそばですごした。なにができるわけでもない。そして昼間、吸血鬼は襲撃してこない。そのことは充分解っている。
 でも葉月をひとりにすることはどうしてもできなかった。孝則と美奈子の轍《てつ》は踏みたくなかった。

 病室に射し込む夕日で、葉月の頬が赤く染められた。青白い肌を、ほんのひととき太陽が隠してくれる。
 それを見て聖夜はあることを思い出し、バッグから小さな包みを取り出した。
 キュートなサンタクロースやスノーマンが描かれているラッピングペーパーに包まれ、赤と緑のリボンがかけられているそれは、葉月へのクリスマス・プレゼントだ。

 本当は三日後のクリスマス・イヴに渡すつもりだった。だが誕生日を一緒にすごす約束は守れないかもしれない。
 崩れ落ちていく平凡な日々。ささやかな幸せが、指のすきまからさらさらとこぼれ落ちる。

 つい最近までの聖夜は、こんな試練が自分に降りかかってくるなど、夢にも思わなかった。受験勉強が大変でも、友だちと諍《いさか》いを起こしても、すべては明日につながる日常の出来事にすぎなかった。

 だが今聖夜が対峙しているものは、いとも簡単に穏やかな日々を打ち砕き、過去と未来を分断しようとしている。
 すべては自分のせいなのか。自問しても答えはでない。
 ひとつだけ解っていることは、自分の存在が吸血鬼を呼び寄せ、大切な友だちをまき込んでしまったということだ。
「ぼくはどうなってもいい。孝則が、葉月が無事でいてくれるなら」

 吸血鬼になってしまった美奈子のことを思うと、胸がはりさけそうになる。もっと早くこのことに気づいていたら、救うこともできたかもしれない。
 聖夜はベッドのそばの椅子に座り、眠り続ける葉月の手をにぎりしめた。暖かい病室にいてなお、真冬の空気にさらされたように冷たい。

 明るく優しい日だまりのような暖かい葉月。いつだってその笑顔は、聖夜だけでなくまわりの者たちに優しい温もりを与えてくれる。
 なのに今は、その輝きは感じられない。命の灯火は弱々しく、今にも消えようとしている。葉月の手をにぎりしめる聖夜の手には、いつしか力が込められていた。

 ふと自分の手の中で、葉月の手が動いたような気がした。ハッとして顔を見ると、閉じたまぶたがわずかに動き、やがて葉月はゆっくりと目を開けた。
「葉月」
「え? 聖夜……? あれ、ここは?」
 呼ばれた当の本人は、自分のおかれた状況を把握できず、とまどいの表情を浮かべながら病室を見まわしている。聖夜はいぶかしがる葉月に、事情を説明した。

「そう。みんなに迷惑をかけちゃったんだ。人騒がせね、あたしって。ごめんね」
「謝ることないよ。葉月が悪いわけじゃないんだ。それにぼくはだれに頼まれたわけでもない、自分がいたかったからここにいるんだ」
 聖夜の言葉に葉月は微笑んだ。だが元気な口調とは裏腹に、それは弱々しい笑みだった。

「昨日、ぼくの家を出たあと、なにかあった?」
「孝則くん家に行ったけど。え、そこで? 別になにもなかった——いや、ちょっとひっかかることがあったかな」
「ひっかかることって?」

「孝則くんと紅茶を飲みながらCD聴いて話をしてたのよ。好きなアーティストだったからじっくり聴いてたつもりだったのに、途中をよく覚えてないの。
 あれ、そう言えば淹れたばかりのお茶だったはずなのに、二口目を飲んだときはすっかり冷めてた。なぜそのときに気がつかなかったのかな」

 葉月の記憶に空白部分がある。完全に欠落しているようだ。
 吸血鬼に襲われたときのことは、記憶から消されているのだろう。その吸血鬼は、美奈子だろうか。あるいはすでに孝則も向こう側に行ってしまったのだろうか。
 葉月を救い出すには、闇に引きずり込まれる前に、手を下した吸血鬼の息の根を止めるしかない。だがふたりはとても大切な友だちだ。葉月を守るためとはいえ、ためらうことなく倒せるだろうか。

「……夜、聖夜ってば」
 険しい表情をしている聖夜に、葉月が恐る恐る声をかけた。
「あ、ごめん。なに?」
「ねえ、あれなあに?」
 葉月が指さしたのは、おいたばかりのプレゼントだ。
「ちょっと早いクリスマス・プレゼント兼お見舞いだよ」
 葉月の反応を想像しながら、聖夜はそれを渡した。包みを開けて中を見た葉月は、目を丸くして聖夜の顔を見上げた。

「聖夜、どんな顔して買ってきたの?」
「そ、そんなこと聞くもんじゃないよ」
 なかばぶっきらぼうに、そしてなかば照れながら聖夜は答える。葉月はくすくすと笑いながら聖夜をじっと見つめている。
 その手の中には、ローズ系の口紅があった。デパートのコスメ売り場で、葉月の写真を店員さんに見せて選んでもらったものだ。

 葉月は気怠そうに起き上がり、手元の鏡を見ながらたどたどしい手つきで紅を引いた。口紅は、葉月のもつ少女らしい美しさに、より彩りをそえる。
「やっぱり女の子だ。口紅ひとつで変わるなんてさ」
「なにがやっぱり、よ。自分で選んでおいて、それはないんじゃない?」

 葉月はふざけて聖夜を軽くたたこうとしたが、力が残っていなかった。そっとにぎられた拳は、聖夜の胸に力なく触れるだけだ。口調がしっかりしているだけに、聖夜はそれがつらかった。
「そうだ。目を覚ましたってみんなに連絡してくるよ。葉月は横になって待ってて」

 そう言って椅子から立ち上がったときだ。
 聖夜の感覚は、空気のわずかな変化をかぎとった。

「聖夜……?」
「しっ、静かに」
 人差し指を葉月の唇にあててだまらせる。
 聖夜は目を閉じ、神経を張り巡らせた。鋭敏な感覚が、微量の邪気を察知する。

 来たか。

 気づいたとき、外はすっかり日が落ち、世界は魔物たちの支配する夜の時間に変わっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...