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第二十二話 ブラッディ・マスター
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「聖夜、やっとわたしの元にきてくれたか」
唐突に声をかけられてふりむくと、昨夜出会った銀髪の青年ドルーが扉のそばに立っている。聖夜と目があうと、影のように音もなく室内に入ってきた。反射的に緊張して身構える聖夜にソファーを勧め、自分も正面に腰掛ける。
昨夜のような邪気は感じられない。本当に彼は吸血鬼なのかと、疑問に感じるほどだ。
「お待たせしました」
ひとりの女性が赤ワインを持ってきた。二十代前半で、派手な顔立ちと整ったスタイルが、ファッションモデルを連想させる。自分でもそれを意識しているのか、スタイルのよさを強調するような服に身を包んでいる。
女性がワインをそそぐ。暖炉の炎がグラスに反射し、ゆらゆらと不安定に揺れた。ドルーが女性を下がらせ、客間はふたりになった。
「麗――今の女性をどう思う?」
「え、ええ。きれいな人ですね……」
ドルーの唐突な質問に、聖夜はとまどう。相手の真意をはかりきれずに、無難な返事しかできない。
「麗は自分の美に貪欲な女だ」
ドルーはワイングラスを手にした。優雅な身のこなしとあの残虐性がどうしてもつながらない。
「今の美しさを永遠にするために、わたしのもとにきた。家族を犠牲にして」
聖夜は眉をひそめた。犠牲という言葉から、どうしても残酷で血生臭いものを連想してしまう。
「女としてもっとも美しいうちに、永遠の命を手に入れようとしている。未来など必要ない。今にすがりつくことだけを考えている」
——今が幸せだから、今のままでいたい。
美奈子の言葉を思い出し、聖夜の胸に鈍い痛みが走った。
「それであなたは、永遠の命を与えたのですか?」
「首筋に小さな傷が残っていただろう。麗は人間のままだ」
ドルーの口元が妖しくゆがむ。
「毎夜わたしのもとを訪れて、その身を差し出す。今宵こそ永遠の美と命を手にしようとしてな。太陽の下で自由に生きる一生より、スレーブとして夜の世界に生きることを望んでいる」
永遠の命を餌にして人間を食い物にする。やはり目の前にいるのは人間とは異なる生き物だ。
「美の規準ほどいいかげんなものはないということが、麗には解っていない。時代や文化に左右され、絶対というものはないのだからな。今の自分の美しさが、いつまでも受け入れられるなど、ただの幻想にすぎない」
ドルーは麗を哀れむ。
「永遠に変わらないものなどこの世にありはしない。我らとて不死身ではないのだから」
「それでもぼくたち人間とはちがい、老いることも死ぬこともありません」
「ヴァンパイアを滅ぼそうと、我らの命を狙う者はいつの時代にも存在するからな」
「でもあなたたちは、自分の意志で簡単に仲間をふやせます。それに人間が倒すには、力の差が大きすぎる。刺客がきても、殺すか仲間に入れれば、ほぼ無敵じゃないですか。そんなに簡単に滅びるとは思えません」
聖夜にはドルーの言葉の意味が理解できなかった。
「血を与えることで仲間になったものたちは、わたしとは根本的にちがう。彼らはブラッディ・マスターのもとでスレーブになるだけだ」
「ブラッディ……マスター?」
その言葉を耳にするのは二度目だった。
「なんですか、ブラッディ・マスターというのは」
聖夜は身をのりだした。
「ヴァンパイアにはふたつの種族に分けられる。ひとつはスレーブと呼ばれる、元は人間だった者たち。もうひとつは生まれながらのヴァンパイア。それがブラッディ・マスターだ」
ドルーはワインを飲み干し、言葉を続ける。
「ブラッディ・マスターとスレーブ。そこには主従関係が存在する。血を与えられてヴァンパイアになったものは、意志や行動、さらに生死にいたるまでマスターの手ににぎられている」
——あたしには、自分の意志で動くことは許されない。
美奈子のあの言葉は、こういう意味だったのか。
「血の交換でスレーブはふえても、ブラッディ・マスターは生まれない。だが不幸なことに、ヴァンパイアの女性に生殖能力はない。純血種をふやす唯一の方法、それは人間の女性とのあいだに子供をもうけることだ。
産まれてくる子供は、人間でありながらヴァンパイアの血をもっとも濃く受け継いでいる。その子供がブラッディ・マスターになるためには、血の覚醒が必要だ。タイムリミットは十八歳の誕生日。その日までにヴァンパイアの血が覚醒しなくてはならない」
——まさかブラッディ・マスターだったなんてね。
吸血鬼の母と人間の父。そのハーフ——いや、ちがう。吸血鬼の女性には生殖能力がない。ではどうして美奈子は聖夜をブラッディ・マスターと呼んだのか。
導かれつつある結論を、聖夜は直視できない。重すぎる事実に全身が震えそうになる。
ドルーが聖夜のそばに移動した。冷たい手のひらが、慈しむように頬を包む。細くしなやかな指が首筋をすべり、爪が皮膚を切り裂いた。痛みを感じながらも、聖夜は声を上げることができない。ドルーは首筋の傷に口づけ、流れる血を受け止めた。
「甘い……酔いしれる……おまえの身体を流れる血は、極上のワインよりもすばらしい」
吐息が頬にかかる。
「わたしが愛した者の血が、おまえの身体の半分を占めている」
耳元で囁く。
「まさか、あなたは——?」
「おまえはわたしと流香のあいだに産まれた子供。数少ない貴重な、そして新たなブラッディ・マスターとなる者だ」
ドルーの言葉が聖夜の全身をつらぬいた。
「うそだっ。そんなこと信じられない。ぼくは——」
「真実から目をそらすな!」
ドルーの声に震えが止まる。聖夜はゆっくりと顔を動かし、耳元のドルーを見た。エメラルド色の瞳が聖夜を射抜く。
「わたしの送るビジョンをおまえは受け、憧れを抱き、同じことをやりたいと思ったはずだ。女の喉に食らいつき、牙を立てようとした。血の匂いを香しく感じただろう。身体の動きが少しずつ機敏になり、ヴァンパイアを見つける能力も芽生えた。すべて覚醒の前兆だ。ヴァンパイアの血が、目覚めのときを迎えている」
「ちがうっ」
聖夜はドルーの腕をふりはらった。
「あなたの言葉が真実なら、なぜぼくは父の元で育てられたんですか? あなたたちが両親だっていうなら、なぜぼくを手放したんですか?」
「その質問には、わたしが答えます」
声が背後で響いた。ふりかえると聖夜の母、流香が扉のそばに立っていた。
唐突に声をかけられてふりむくと、昨夜出会った銀髪の青年ドルーが扉のそばに立っている。聖夜と目があうと、影のように音もなく室内に入ってきた。反射的に緊張して身構える聖夜にソファーを勧め、自分も正面に腰掛ける。
昨夜のような邪気は感じられない。本当に彼は吸血鬼なのかと、疑問に感じるほどだ。
「お待たせしました」
ひとりの女性が赤ワインを持ってきた。二十代前半で、派手な顔立ちと整ったスタイルが、ファッションモデルを連想させる。自分でもそれを意識しているのか、スタイルのよさを強調するような服に身を包んでいる。
女性がワインをそそぐ。暖炉の炎がグラスに反射し、ゆらゆらと不安定に揺れた。ドルーが女性を下がらせ、客間はふたりになった。
「麗――今の女性をどう思う?」
「え、ええ。きれいな人ですね……」
ドルーの唐突な質問に、聖夜はとまどう。相手の真意をはかりきれずに、無難な返事しかできない。
「麗は自分の美に貪欲な女だ」
ドルーはワイングラスを手にした。優雅な身のこなしとあの残虐性がどうしてもつながらない。
「今の美しさを永遠にするために、わたしのもとにきた。家族を犠牲にして」
聖夜は眉をひそめた。犠牲という言葉から、どうしても残酷で血生臭いものを連想してしまう。
「女としてもっとも美しいうちに、永遠の命を手に入れようとしている。未来など必要ない。今にすがりつくことだけを考えている」
——今が幸せだから、今のままでいたい。
美奈子の言葉を思い出し、聖夜の胸に鈍い痛みが走った。
「それであなたは、永遠の命を与えたのですか?」
「首筋に小さな傷が残っていただろう。麗は人間のままだ」
ドルーの口元が妖しくゆがむ。
「毎夜わたしのもとを訪れて、その身を差し出す。今宵こそ永遠の美と命を手にしようとしてな。太陽の下で自由に生きる一生より、スレーブとして夜の世界に生きることを望んでいる」
永遠の命を餌にして人間を食い物にする。やはり目の前にいるのは人間とは異なる生き物だ。
「美の規準ほどいいかげんなものはないということが、麗には解っていない。時代や文化に左右され、絶対というものはないのだからな。今の自分の美しさが、いつまでも受け入れられるなど、ただの幻想にすぎない」
ドルーは麗を哀れむ。
「永遠に変わらないものなどこの世にありはしない。我らとて不死身ではないのだから」
「それでもぼくたち人間とはちがい、老いることも死ぬこともありません」
「ヴァンパイアを滅ぼそうと、我らの命を狙う者はいつの時代にも存在するからな」
「でもあなたたちは、自分の意志で簡単に仲間をふやせます。それに人間が倒すには、力の差が大きすぎる。刺客がきても、殺すか仲間に入れれば、ほぼ無敵じゃないですか。そんなに簡単に滅びるとは思えません」
聖夜にはドルーの言葉の意味が理解できなかった。
「血を与えることで仲間になったものたちは、わたしとは根本的にちがう。彼らはブラッディ・マスターのもとでスレーブになるだけだ」
「ブラッディ……マスター?」
その言葉を耳にするのは二度目だった。
「なんですか、ブラッディ・マスターというのは」
聖夜は身をのりだした。
「ヴァンパイアにはふたつの種族に分けられる。ひとつはスレーブと呼ばれる、元は人間だった者たち。もうひとつは生まれながらのヴァンパイア。それがブラッディ・マスターだ」
ドルーはワインを飲み干し、言葉を続ける。
「ブラッディ・マスターとスレーブ。そこには主従関係が存在する。血を与えられてヴァンパイアになったものは、意志や行動、さらに生死にいたるまでマスターの手ににぎられている」
——あたしには、自分の意志で動くことは許されない。
美奈子のあの言葉は、こういう意味だったのか。
「血の交換でスレーブはふえても、ブラッディ・マスターは生まれない。だが不幸なことに、ヴァンパイアの女性に生殖能力はない。純血種をふやす唯一の方法、それは人間の女性とのあいだに子供をもうけることだ。
産まれてくる子供は、人間でありながらヴァンパイアの血をもっとも濃く受け継いでいる。その子供がブラッディ・マスターになるためには、血の覚醒が必要だ。タイムリミットは十八歳の誕生日。その日までにヴァンパイアの血が覚醒しなくてはならない」
——まさかブラッディ・マスターだったなんてね。
吸血鬼の母と人間の父。そのハーフ——いや、ちがう。吸血鬼の女性には生殖能力がない。ではどうして美奈子は聖夜をブラッディ・マスターと呼んだのか。
導かれつつある結論を、聖夜は直視できない。重すぎる事実に全身が震えそうになる。
ドルーが聖夜のそばに移動した。冷たい手のひらが、慈しむように頬を包む。細くしなやかな指が首筋をすべり、爪が皮膚を切り裂いた。痛みを感じながらも、聖夜は声を上げることができない。ドルーは首筋の傷に口づけ、流れる血を受け止めた。
「甘い……酔いしれる……おまえの身体を流れる血は、極上のワインよりもすばらしい」
吐息が頬にかかる。
「わたしが愛した者の血が、おまえの身体の半分を占めている」
耳元で囁く。
「まさか、あなたは——?」
「おまえはわたしと流香のあいだに産まれた子供。数少ない貴重な、そして新たなブラッディ・マスターとなる者だ」
ドルーの言葉が聖夜の全身をつらぬいた。
「うそだっ。そんなこと信じられない。ぼくは——」
「真実から目をそらすな!」
ドルーの声に震えが止まる。聖夜はゆっくりと顔を動かし、耳元のドルーを見た。エメラルド色の瞳が聖夜を射抜く。
「わたしの送るビジョンをおまえは受け、憧れを抱き、同じことをやりたいと思ったはずだ。女の喉に食らいつき、牙を立てようとした。血の匂いを香しく感じただろう。身体の動きが少しずつ機敏になり、ヴァンパイアを見つける能力も芽生えた。すべて覚醒の前兆だ。ヴァンパイアの血が、目覚めのときを迎えている」
「ちがうっ」
聖夜はドルーの腕をふりはらった。
「あなたの言葉が真実なら、なぜぼくは父の元で育てられたんですか? あなたたちが両親だっていうなら、なぜぼくを手放したんですか?」
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