【完結】黄昏の少年

須賀マサキ(まー)

文字の大きさ
24 / 47

第二十二話 ブラッディ・マスター

しおりを挟む
「聖夜、やっとわたしの元にきてくれたか」
 唐突に声をかけられてふりむくと、昨夜出会った銀髪の青年ドルーが扉のそばに立っている。聖夜と目があうと、影のように音もなく室内に入ってきた。反射的に緊張して身構える聖夜にソファーを勧め、自分も正面に腰掛ける。
 昨夜のような邪気は感じられない。本当に彼は吸血鬼なのかと、疑問に感じるほどだ。

「お待たせしました」
 ひとりの女性が赤ワインを持ってきた。二十代前半で、派手な顔立ちと整ったスタイルが、ファッションモデルを連想させる。自分でもそれを意識しているのか、スタイルのよさを強調するような服に身を包んでいる。
 女性がワインをそそぐ。暖炉の炎がグラスに反射し、ゆらゆらと不安定に揺れた。ドルーが女性を下がらせ、客間はふたりになった。

れい――今の女性をどう思う?」
「え、ええ。きれいな人ですね……」
 ドルーの唐突な質問に、聖夜はとまどう。相手の真意をはかりきれずに、無難な返事しかできない。
「麗は自分の美に貪欲な女だ」
 ドルーはワイングラスを手にした。優雅な身のこなしとあの残虐性がどうしてもつながらない。

「今の美しさを永遠にするために、わたしのもとにきた。家族を犠牲にして」
 聖夜は眉をひそめた。犠牲という言葉から、どうしても残酷で血生臭いものを連想してしまう。
「女としてもっとも美しいうちに、永遠の命を手に入れようとしている。未来など必要ない。今にすがりつくことだけを考えている」

 ——今が幸せだから、今のままでいたい。

 美奈子の言葉を思い出し、聖夜の胸に鈍い痛みが走った。
「それであなたは、永遠の命を与えたのですか?」
「首筋に小さな傷が残っていただろう。麗は人間のままだ」
 ドルーの口元が妖しくゆがむ。

「毎夜わたしのもとを訪れて、その身を差し出す。今宵こそ永遠の美と命を手にしようとしてな。太陽の下で自由に生きる一生より、スレーブとして夜の世界に生きることを望んでいる」
 永遠の命を餌にして人間を食い物にする。やはり目の前にいるのは人間とは異なる生き物だ。

「美の規準ほどいいかげんなものはないということが、麗には解っていない。時代や文化に左右され、絶対というものはないのだからな。今の自分の美しさが、いつまでも受け入れられるなど、ただの幻想にすぎない」
 ドルーは麗を哀れむ。
「永遠に変わらないものなどこの世にありはしない。我らとて不死身ではないのだから」
「それでもぼくたち人間とはちがい、老いることも死ぬこともありません」
「ヴァンパイアを滅ぼそうと、我らの命を狙う者はいつの時代にも存在するからな」

「でもあなたたちは、自分の意志で簡単に仲間をふやせます。それに人間が倒すには、力の差が大きすぎる。刺客がきても、殺すか仲間に入れれば、ほぼ無敵じゃないですか。そんなに簡単に滅びるとは思えません」
 聖夜にはドルーの言葉の意味が理解できなかった。
「血を与えることで仲間になったものたちは、わたしとは根本的にちがう。彼らはブラッディ・マスターのもとでスレーブになるだけだ」

「ブラッディ……マスター?」

 その言葉を耳にするのは二度目だった。
「なんですか、ブラッディ・マスターというのは」
 聖夜は身をのりだした。
「ヴァンパイアにはふたつの種族に分けられる。ひとつはスレーブと呼ばれる、元は人間だった者たち。もうひとつは生まれながらのヴァンパイア。それがブラッディ・マスターだ」

 ドルーはワインを飲み干し、言葉を続ける。
「ブラッディ・マスターとスレーブ。そこには主従関係が存在する。血を与えられてヴァンパイアになったものは、意志や行動、さらに生死にいたるまでマスターの手ににぎられている」

 ——あたしには、自分の意志で動くことは許されない。
 美奈子のあの言葉は、こういう意味だったのか。

「血の交換でスレーブはふえても、ブラッディ・マスターは生まれない。だが不幸なことに、ヴァンパイアの女性に生殖能力はない。純血種をふやす唯一の方法、それは人間の女性とのあいだに子供をもうけることだ。
 産まれてくる子供は、人間でありながらヴァンパイアの血をもっとも濃く受け継いでいる。その子供がブラッディ・マスターになるためには、血の覚醒が必要だ。タイムリミットは十八歳の誕生日。その日までにヴァンパイアの血が覚醒しなくてはならない」

 ——まさかブラッディ・マスターだったなんてね。

 吸血鬼の母と人間の父。そのハーフ——いや、ちがう。吸血鬼の女性には生殖能力がない。ではどうして美奈子は聖夜をブラッディ・マスターと呼んだのか。
 導かれつつある結論を、聖夜は直視できない。重すぎる事実に全身が震えそうになる。

 ドルーが聖夜のそばに移動した。冷たい手のひらが、慈しむように頬を包む。細くしなやかな指が首筋をすべり、爪が皮膚を切り裂いた。痛みを感じながらも、聖夜は声を上げることができない。ドルーは首筋の傷に口づけ、流れる血を受け止めた。

「甘い……酔いしれる……おまえの身体を流れる血は、極上のワインよりもすばらしい」
 吐息が頬にかかる。
「わたしが愛した者の血が、おまえの身体の半分を占めている」
 耳元で囁く。
「まさか、あなたは——?」

「おまえはわたしと流香のあいだに産まれた子供。数少ない貴重な、そして新たなブラッディ・マスターとなる者だ」
 ドルーの言葉が聖夜の全身をつらぬいた。
「うそだっ。そんなこと信じられない。ぼくは——」

「真実から目をそらすな!」
 ドルーの声に震えが止まる。聖夜はゆっくりと顔を動かし、耳元のドルーを見た。エメラルド色の瞳が聖夜を射抜く。
「わたしの送るビジョンをおまえは受け、憧れを抱き、同じことをやりたいと思ったはずだ。女の喉に食らいつき、牙を立てようとした。血の匂いを香しく感じただろう。身体の動きが少しずつ機敏になり、ヴァンパイアを見つける能力も芽生えた。すべて覚醒の前兆だ。ヴァンパイアの血が、目覚めのときを迎えている」

「ちがうっ」
 聖夜はドルーの腕をふりはらった。
「あなたの言葉が真実なら、なぜぼくは父の元で育てられたんですか? あなたたちが両親だっていうなら、なぜぼくを手放したんですか?」

「その質問には、わたしが答えます」
 声が背後で響いた。ふりかえると聖夜の母、流香が扉のそばに立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...