25 / 47
第二十三話 闇につつまれた真実
しおりを挟む
十七年前、自分を産んだ半年後に死んだと聞かされていた母。記憶の中にあるのは、数枚の写真だけだった。そして目の前の流香は、そのころと寸分ちがわない。
「聖夜、会いたかった。この日をどんなに待ったことか」
流香は聖夜の腕にすがりつき、涙を流す。だがその姿を見ても、なんの感情も生まれない。
自分よりも小柄で華奢な少女。クラスメートのひとりだと言われても違和感がない。そんな少女を母だと言われても実感がわかなかった。温もりのない記憶しか持たないと、情もわいてこないのだろうか。
聖夜は流香の肩に手をのせ、そっと身体を離した。
流香は顔を上げて聖夜を見つめると、頬の涙をぬぐい、暖炉の前で膝をかかえて座った。
パチパチと音を立てて燃える炎をじっと見つめている。流香の影が部屋中に広がり、ゆらゆらと揺れる。
「わたしは高校生のとき、父の仕事の関係で欧州に渡った。そこでドルーと出会い、彼のことを愛した。そして聖夜、あなたを身ごもったのよ」
そう言ってふりかえる流香の瞳には、弱い光しかなかった。
流香はそのままドルーとともに暮らし、子供を産んだのちにヴァンパイアになるはずだった。
だが両親の事故死が運命を変える。海外での生活が困難になり、ドルーと離れ、単身帰国しなくてはならなくなった。
そんな流香を迎えたのは月島だけだった。
ふたりは幼なじみだった。月島に対して兄のような感情しか持っていなかった流香に対し、月島は流香のことをずっと愛していた。
欧州に戻りたくとも戻れない流香を説得し、強引に結婚した。
その年のクリスマス・イヴの夜、流香は男の子を出産した。
「今から十八年前のことだった」
流香は窓のそばに移動し、当時を思い出すように遠い目をして外をながめる。
「その年はめずらしく、街を雪が覆いつくした。めったに訪れないホワイト・クリスマスに、人々は歓声を上げていたの」
外の雨は、いつしか雪に変わっていた。十八年前のその日を思い出させるように、雪が舞い始める。
「赤ちゃんを抱えたわたしは、月島を頼る以外に術がなかった。でもいつかはドルーが迎えにきてくれると信じて、ずっと待ち続けていた」
暖炉の炎を反射し、流香の瞳が獣のように光る。それはまぎれもない吸血鬼のものだ。
「流香が帰国して一年がすぎた。いつまでも戻らない彼女の身を案じ、わたしはこの街にやってきた」
ワインをグラスに注ぎながら、ドルーが話をつなぐ。
月島のもとで一緒に暮らしている流香と聖夜。その姿がドルーの理性を砕いた。
「流香は裏切ったのか? いや、そんなはずはない。これは流香の意にそったことではない」
――月島が流香をうばいとった。
それに気づいたとき、ドルーの中で深い悲しみと激しい憎悪が生まれる。強い感情は、ヴァンパイアの中に眠る凶暴性を解放した。
月島たちの前に現れたドルーは、理性をなくし、本能のままに生きる凶悪なヴァンパイアだった。
流香のこともわからず、ひたすら血を求めるだけの獣。一度目覚めた魔性は、血の洗礼をうけるまで決して鎮まろうとしない。それはヴァンパイアの性質だ。
洗礼は、流香の血によっておこなわれた。目の前に現れた流香を見つけると、ドルーはその首筋に食らいついた。
炎のように激しく燃える憎悪を、その身をもって鎮める。それは、白い雪がすべてのものを覆いつくす姿にも似ていた。
理性が戻ったとき、目の前にあったのは、命の火が消えかかった流香の姿だった。
死なせるわけにはいかない。命の源を与えることで、消えかけた炎をふたたび灯したい。それだけが望みだった。ドルーは自分にそれができることも解っていた。
ドルーは爪で自分の胸の皮膚を切り裂いた。流香を腕に抱え、傷口に唇をあてさせる。流香は最期の力で口に含み、そのまま意識をなくした。
「それが死を意味するのか、ヴァンパイアへの変化の兆しなのか、そのときはまだ解らなかった。いつまでも目覚めない流香をあきらめかけたころ、ようやく彼女は目を覚ました」
ワイングラスを静かにテーブルにおき、ドルーは視線を流香に向けた。暖炉の炎は音を立てて燃え続ける。
血を求める魔性と、命を与える魔性。ドルーはそのとき、自分の中に潜むヴァンパイアの本性を、どのように感じたのだろうか。
「幸いにして流香は命をとりとめた。ヴァンパイアとして」
「でもそれはわたしの望みでもあったこと。いつかは仲間になり、未来永劫ともに暮らしたかった」
流香はドルーのそばに歩みより、胸元に頭をもたれかける。
「流香を見捨てた月島は、おまえをつれて教会に身を隠した。あの地は我らが近づくことのできない聖なる領域。おまえをこの腕に抱き、つれていきたくともかなわなかった」
流香のうるんだ瞳が、当惑する聖夜を映す。
「あなたのことを一度はあきらめた。でもどうしても忘れられなかったの。だからわたしたちは、あなたが覚醒できるうちに会い、すべてを伝えることにしたのよ」
一粒の涙が、つつ、と頬を伝う。流香は聖夜に両手を差し伸べた。
「今ならまにあう。あなたはすでに覚醒のときを迎えている。このままわたしたちとともに、夜の世界を生きましょう」
流香が流す涙、差し伸べる両手。
絵に描いたような悲劇の母親像だ。ともすれば情に流されて、母の腕に抱かれそうになる。
しかし聖夜はどうしても、ドルーや流香の言葉が信じられなかった。
自分の中に流れる血を忌わしく思う者が、愛する者たちを同じ運命に引き込もうとするだろうか。
愛しい人の命を救おうとする者が、あのような残虐な殺人を犯すだろうか。
ちがう。そうじゃない。
もっともらしい話を並べられても、聖夜は素直に信じられなかった。
罪もない女性たちを次々と殺したこと。美奈子をスレーブにして、その未来を奪ったこと。ドルーはまるでゲームを楽しむかのように、それらの残虐行為を重ねた。その姿と、今の話に出てくるドルーは、まるで別人だ。
それは流香も同じだ。数枚の写真だけが聖夜の知る流香だが、そこに写る姿は、どれも母親の顔をしていた。
だが目の前の流香からは、母親の姿は少しも感じられない。笑顔を浮かべていても涙を流していても、聖夜を見つめる目はときとして邪悪な影を宿す。差し伸べる手は愛情ではなく、相手を誘惑しようとする手だ。
ここにいる女性は本当に自分の母親で、傍らに寄りそう人物は本当に父親なのだろうか。
そんなふたりに「未来永劫ともに生きよう」と言われても、気持ちがついていかない。
だが月島はちがう。
きっかけはどうであれ、男手ひとつでここまで聖夜を育ててくれた。十八年のあいだ、ともに笑い、ともに泣いた姿は偽りではない。本物の愛情だけが持つことのできる優しさで、常に聖夜を包み、見守ってくれた。
そして父は、たったひとりですべてをかぶり、聖夜をこの事件から遠ざけようとしている。
ドルーの言葉と、聖夜の知る現実。
父を信じようとするのは、自分がまだ人間だからなのか。吸血鬼になれば、ドルーや流香の気持ちも理解できるのだろうか。
真実が見えなかった。
「あと二日、ですよね」
聖夜は流香の手を取れない。ふたりに背を向け、口を開く。
「十八歳の誕生日まで、まだ時間がある。一晩だけ考えさせてください」
* * *
夜明け前に聖夜は、レンの運転する車で元の公園までつれてこられた。
車を降りて見上げると、東の空が少しずつ明るくなっている。夜明けの訪れだ。その中で行動できるレンは、まちがいなく人間だ。
空には鉛色の雲がひろがり、太陽は顔を出さない。
雪が静かに降り、小さな街を白く飾る。聖夜は小雪の舞い散る公園に足を踏み入れる。
昨夜残してきた子猫のことが気にかかっていた。気まぐれな動物だから、どこかに行ってしまっただろう。でも聖夜は、朝には戻るという約束を忘れていなかった。
すがるような声で鳴いた子猫。おき去りにされることを恐れるように、聖夜の背中に向かって鳴いた。
いや、そうじゃない。
ひとりになりたくないのはあの子ではない。待っていてほしいと願っているのは、自分のほうだ。
空を見上げる瞳に雪が落ち、視界がぼやける。輪郭をあいまいにしかとらえられなくなった聖夜の目は、昨夜雨宿りをしていたベンチに座る人影を見つけた。まばたきを繰り返して溶けた雪を流し、もう一度人影に目を凝らす。
「あ、父さん……」
そこにいたのは聖夜の父だった。背中を丸めうつむく姿勢で、じっと膝の上を見ている。聖夜のマフラーがおかれ、中には夕べの子猫がくるまれていた。
音もなく近づく聖夜に子猫が気づき、にゃあと鳴く。
子猫につられて、月島も顔を上げた。聖夜を見て瞬間、安堵の表情を浮かべる。だがそれはすぐに消え去った。
月島は聖夜のことを見つめるだけで、決して自分から歩みよろうとはしない。
父の思いに気づきもしないで、一方的に家を飛び出した。
そのままドルーたちとともに去ってしまう可能性もあった。実際彼らに呼ばれ、話次第ではともに旅立ってもおかしくない状況だった。
帰らないかもしれない人を一晩中待っていたのか。寒さに凍えながらずっとここにいたのか。
逆らって出ていったのはこちらなのに。
血のつながりがない子供がどうなったっていいじゃないか。
本当に、あきれるくらいのお人好し。それが自分の父親だった。
聖夜は息を吸い、ほんの一瞬それをためたあとで口を開いた。
「父さん、ただいま」
「あ、ああ、おかえ……」
突然子猫が月島の膝を蹴り、聖夜の胸に飛び込んだ。言葉は途切れてしまう。
苦笑する月島を尻目に、子猫はゴロゴロと喉を鳴らして聖夜に甘えてきた。柔らかい毛皮の温もりが冷えきった身体に心地よい。
月島はようやく立ち上がり、
「寒くないか?」
と問いかけた。聖夜はだいた子猫の頭をなでながら小さく、うん、とうなずく。
月島は傘を広げ、聖夜にさしかけた。無言でそれを受け取る。
ふたりはゆっくりと、雪の中を並んで歩き始めた。
「聖夜、会いたかった。この日をどんなに待ったことか」
流香は聖夜の腕にすがりつき、涙を流す。だがその姿を見ても、なんの感情も生まれない。
自分よりも小柄で華奢な少女。クラスメートのひとりだと言われても違和感がない。そんな少女を母だと言われても実感がわかなかった。温もりのない記憶しか持たないと、情もわいてこないのだろうか。
聖夜は流香の肩に手をのせ、そっと身体を離した。
流香は顔を上げて聖夜を見つめると、頬の涙をぬぐい、暖炉の前で膝をかかえて座った。
パチパチと音を立てて燃える炎をじっと見つめている。流香の影が部屋中に広がり、ゆらゆらと揺れる。
「わたしは高校生のとき、父の仕事の関係で欧州に渡った。そこでドルーと出会い、彼のことを愛した。そして聖夜、あなたを身ごもったのよ」
そう言ってふりかえる流香の瞳には、弱い光しかなかった。
流香はそのままドルーとともに暮らし、子供を産んだのちにヴァンパイアになるはずだった。
だが両親の事故死が運命を変える。海外での生活が困難になり、ドルーと離れ、単身帰国しなくてはならなくなった。
そんな流香を迎えたのは月島だけだった。
ふたりは幼なじみだった。月島に対して兄のような感情しか持っていなかった流香に対し、月島は流香のことをずっと愛していた。
欧州に戻りたくとも戻れない流香を説得し、強引に結婚した。
その年のクリスマス・イヴの夜、流香は男の子を出産した。
「今から十八年前のことだった」
流香は窓のそばに移動し、当時を思い出すように遠い目をして外をながめる。
「その年はめずらしく、街を雪が覆いつくした。めったに訪れないホワイト・クリスマスに、人々は歓声を上げていたの」
外の雨は、いつしか雪に変わっていた。十八年前のその日を思い出させるように、雪が舞い始める。
「赤ちゃんを抱えたわたしは、月島を頼る以外に術がなかった。でもいつかはドルーが迎えにきてくれると信じて、ずっと待ち続けていた」
暖炉の炎を反射し、流香の瞳が獣のように光る。それはまぎれもない吸血鬼のものだ。
「流香が帰国して一年がすぎた。いつまでも戻らない彼女の身を案じ、わたしはこの街にやってきた」
ワインをグラスに注ぎながら、ドルーが話をつなぐ。
月島のもとで一緒に暮らしている流香と聖夜。その姿がドルーの理性を砕いた。
「流香は裏切ったのか? いや、そんなはずはない。これは流香の意にそったことではない」
――月島が流香をうばいとった。
それに気づいたとき、ドルーの中で深い悲しみと激しい憎悪が生まれる。強い感情は、ヴァンパイアの中に眠る凶暴性を解放した。
月島たちの前に現れたドルーは、理性をなくし、本能のままに生きる凶悪なヴァンパイアだった。
流香のこともわからず、ひたすら血を求めるだけの獣。一度目覚めた魔性は、血の洗礼をうけるまで決して鎮まろうとしない。それはヴァンパイアの性質だ。
洗礼は、流香の血によっておこなわれた。目の前に現れた流香を見つけると、ドルーはその首筋に食らいついた。
炎のように激しく燃える憎悪を、その身をもって鎮める。それは、白い雪がすべてのものを覆いつくす姿にも似ていた。
理性が戻ったとき、目の前にあったのは、命の火が消えかかった流香の姿だった。
死なせるわけにはいかない。命の源を与えることで、消えかけた炎をふたたび灯したい。それだけが望みだった。ドルーは自分にそれができることも解っていた。
ドルーは爪で自分の胸の皮膚を切り裂いた。流香を腕に抱え、傷口に唇をあてさせる。流香は最期の力で口に含み、そのまま意識をなくした。
「それが死を意味するのか、ヴァンパイアへの変化の兆しなのか、そのときはまだ解らなかった。いつまでも目覚めない流香をあきらめかけたころ、ようやく彼女は目を覚ました」
ワイングラスを静かにテーブルにおき、ドルーは視線を流香に向けた。暖炉の炎は音を立てて燃え続ける。
血を求める魔性と、命を与える魔性。ドルーはそのとき、自分の中に潜むヴァンパイアの本性を、どのように感じたのだろうか。
「幸いにして流香は命をとりとめた。ヴァンパイアとして」
「でもそれはわたしの望みでもあったこと。いつかは仲間になり、未来永劫ともに暮らしたかった」
流香はドルーのそばに歩みより、胸元に頭をもたれかける。
「流香を見捨てた月島は、おまえをつれて教会に身を隠した。あの地は我らが近づくことのできない聖なる領域。おまえをこの腕に抱き、つれていきたくともかなわなかった」
流香のうるんだ瞳が、当惑する聖夜を映す。
「あなたのことを一度はあきらめた。でもどうしても忘れられなかったの。だからわたしたちは、あなたが覚醒できるうちに会い、すべてを伝えることにしたのよ」
一粒の涙が、つつ、と頬を伝う。流香は聖夜に両手を差し伸べた。
「今ならまにあう。あなたはすでに覚醒のときを迎えている。このままわたしたちとともに、夜の世界を生きましょう」
流香が流す涙、差し伸べる両手。
絵に描いたような悲劇の母親像だ。ともすれば情に流されて、母の腕に抱かれそうになる。
しかし聖夜はどうしても、ドルーや流香の言葉が信じられなかった。
自分の中に流れる血を忌わしく思う者が、愛する者たちを同じ運命に引き込もうとするだろうか。
愛しい人の命を救おうとする者が、あのような残虐な殺人を犯すだろうか。
ちがう。そうじゃない。
もっともらしい話を並べられても、聖夜は素直に信じられなかった。
罪もない女性たちを次々と殺したこと。美奈子をスレーブにして、その未来を奪ったこと。ドルーはまるでゲームを楽しむかのように、それらの残虐行為を重ねた。その姿と、今の話に出てくるドルーは、まるで別人だ。
それは流香も同じだ。数枚の写真だけが聖夜の知る流香だが、そこに写る姿は、どれも母親の顔をしていた。
だが目の前の流香からは、母親の姿は少しも感じられない。笑顔を浮かべていても涙を流していても、聖夜を見つめる目はときとして邪悪な影を宿す。差し伸べる手は愛情ではなく、相手を誘惑しようとする手だ。
ここにいる女性は本当に自分の母親で、傍らに寄りそう人物は本当に父親なのだろうか。
そんなふたりに「未来永劫ともに生きよう」と言われても、気持ちがついていかない。
だが月島はちがう。
きっかけはどうであれ、男手ひとつでここまで聖夜を育ててくれた。十八年のあいだ、ともに笑い、ともに泣いた姿は偽りではない。本物の愛情だけが持つことのできる優しさで、常に聖夜を包み、見守ってくれた。
そして父は、たったひとりですべてをかぶり、聖夜をこの事件から遠ざけようとしている。
ドルーの言葉と、聖夜の知る現実。
父を信じようとするのは、自分がまだ人間だからなのか。吸血鬼になれば、ドルーや流香の気持ちも理解できるのだろうか。
真実が見えなかった。
「あと二日、ですよね」
聖夜は流香の手を取れない。ふたりに背を向け、口を開く。
「十八歳の誕生日まで、まだ時間がある。一晩だけ考えさせてください」
* * *
夜明け前に聖夜は、レンの運転する車で元の公園までつれてこられた。
車を降りて見上げると、東の空が少しずつ明るくなっている。夜明けの訪れだ。その中で行動できるレンは、まちがいなく人間だ。
空には鉛色の雲がひろがり、太陽は顔を出さない。
雪が静かに降り、小さな街を白く飾る。聖夜は小雪の舞い散る公園に足を踏み入れる。
昨夜残してきた子猫のことが気にかかっていた。気まぐれな動物だから、どこかに行ってしまっただろう。でも聖夜は、朝には戻るという約束を忘れていなかった。
すがるような声で鳴いた子猫。おき去りにされることを恐れるように、聖夜の背中に向かって鳴いた。
いや、そうじゃない。
ひとりになりたくないのはあの子ではない。待っていてほしいと願っているのは、自分のほうだ。
空を見上げる瞳に雪が落ち、視界がぼやける。輪郭をあいまいにしかとらえられなくなった聖夜の目は、昨夜雨宿りをしていたベンチに座る人影を見つけた。まばたきを繰り返して溶けた雪を流し、もう一度人影に目を凝らす。
「あ、父さん……」
そこにいたのは聖夜の父だった。背中を丸めうつむく姿勢で、じっと膝の上を見ている。聖夜のマフラーがおかれ、中には夕べの子猫がくるまれていた。
音もなく近づく聖夜に子猫が気づき、にゃあと鳴く。
子猫につられて、月島も顔を上げた。聖夜を見て瞬間、安堵の表情を浮かべる。だがそれはすぐに消え去った。
月島は聖夜のことを見つめるだけで、決して自分から歩みよろうとはしない。
父の思いに気づきもしないで、一方的に家を飛び出した。
そのままドルーたちとともに去ってしまう可能性もあった。実際彼らに呼ばれ、話次第ではともに旅立ってもおかしくない状況だった。
帰らないかもしれない人を一晩中待っていたのか。寒さに凍えながらずっとここにいたのか。
逆らって出ていったのはこちらなのに。
血のつながりがない子供がどうなったっていいじゃないか。
本当に、あきれるくらいのお人好し。それが自分の父親だった。
聖夜は息を吸い、ほんの一瞬それをためたあとで口を開いた。
「父さん、ただいま」
「あ、ああ、おかえ……」
突然子猫が月島の膝を蹴り、聖夜の胸に飛び込んだ。言葉は途切れてしまう。
苦笑する月島を尻目に、子猫はゴロゴロと喉を鳴らして聖夜に甘えてきた。柔らかい毛皮の温もりが冷えきった身体に心地よい。
月島はようやく立ち上がり、
「寒くないか?」
と問いかけた。聖夜はだいた子猫の頭をなでながら小さく、うん、とうなずく。
月島は傘を広げ、聖夜にさしかけた。無言でそれを受け取る。
ふたりはゆっくりと、雪の中を並んで歩き始めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる