【完結】黄昏の少年

須賀マサキ(まー)

文字の大きさ
38 / 47

第三十六話 ダンピール伝説

しおりを挟む
 コナーは私生児だった。
 父親不在で生まれた子供の中でもとくに、魔性とのあいだに生まれた子供たちは、忌み嫌われ虐待されるのが常だ。そんな時代において、コナーだけは例外だった。

 母親と引き離された彼は、村の人々に丁重に扱われ、特別な待遇を受けて育てられる。理由はひとつ。コナーが人間と吸血鬼のあいだにもうけられた子供——すなわちダンピールになりうる可能性をもっているからだ。

 吸血鬼に悩まされていた村人たちは、戦いの技術を伝えながら、コナーが覚醒するのを今か今かと待ち続けていた。
 村人たちは知っていた。父親が吸血鬼でも、覚醒する者としない者がいるということを。

 吸血鬼を父に持つ子供が多くいても、ダンピールになる者の数はほんのわずかだった。そのちがいがどこにあるのかは、だれも知らない。期待を裏切られるかもしれないという思いの中で、人々はそれらの子供たちを育てる。

 本来なら邪険に扱われてもしかたのない立場のコナーも、潜在能力を秘めているかもしれないというだけで特別に扱われてきた。だがタイムリミットの十八歳を迎えようとするのに、一向にその徴候が見られない。覚醒しない者のひとりだったかと、村人たちがコナーをあきらめかけたときのことだった。

 誕生日が数日後にせまったある日、コナーは突如ダンピールとなる。犠牲者は彼をずっと世話してきた少女で、コナーが信頼を寄せていた数少ない人物だった。
 少女の死を悲しむ一方で、人々は新しいダンピールの誕生を喜んだ。

 そのころ近隣の村では多くの吸血鬼が出現し、人々を毒牙にかけていた。犠牲者は次の犠牲者を生み、小さな村はたちまち吸血鬼の村と化する。コナーはダンピールの腕を買われ、あちこちの村に呼ばれた。
 優秀なハンターは一夜で確実に吸血鬼を退治する。その時点でコナーはヒーローだった。人々は彼を常に歓迎する。

 だがそれは表向きの顔にすぎない。人々は影で青年を忌み嫌っていた。
 それはコナーが吸血鬼の血を引いていたからだ。

 ダンピールも普段は普通の人間と変わらない。だがときとして彼らは人間の血を求め、人々を犠牲にする。その姿は吸血鬼そのものだ。
 コナーは自分の忌わしい血を呪い、いつしか吸血鬼退治のないときは、人前に姿を見せなくなった。
 それは自分によくしてくれる仲間たちを毒牙にかけないために、彼の取れる唯一の手段だった。


   *   *   *


 母の世界を守るために父の世界を破壊し続ける。そしてどちらからも受け入れられない。
 ダンピールたちは、昼と夜の狭間にわずかに存在する、トワイライトの住人だ。
 記録に残されたコナーという青年が、聖夜の姿と重なる。

「彼はその後どうなったのですか?」
「ダンピールといえど、無敵ではなかったようです。ある村に出現した吸血鬼を倒しに行ったまま、二度と帰らなかった。記録はそこで終わっています」
「では、コナーは吸血鬼に殺されたと?」

「わかりません。しかしその日を境に、村に吸血鬼は現れなかったそうです」
「相打ちになったのでしょうね」
 暖炉の火をじっと見つめて、月島はつぶやく。神父はなにも答えずに、ページをめくった。

「この顔に見覚えはありませんか?」

 神父の指した肖像画に、月島は我が目を疑った。
 端正な顔立ちをした青年だった。澄んだ瞳と通った鼻筋。唇はくっきりとしていて意志の強さを表し、シャープなあごとやや狭い肩幅が線の細い印象を伝える。
 肖像画のコナーは目を伏せ、唇に小さな笑みを浮かべている。だがどんなに微笑んだところで、瞳に秘められた悲しみの色は消せなかったようだ。

「これは——?」
 そこに描かれた顔は、月島が知っている人物にとてもよく似ていた。いや、本人といってもさしつかえない。

「聖夜……?」
「月島さんにもそう見えますか。しかしこれは聖夜くんではない。記録のダンピール、コナーの肖像画です」
「これはいったい、どういうことなんですか?」
「さきほど月島さんは、彼が吸血鬼と相打ちになったのかと尋ねましたね。実はわたしもそう思っていたのです。聖夜くんを見るまでは」

 神父は記録書を閉じた。
「こうは考えられませんか。ダンピールの青年は、最期の戦いでブラッディ・マスターになってしまった、と」
「そして今の時代まで生き続け、流香と出会った。そういうことでしょうか」
 流香が愛したのはこの青年だったのか。聖夜と同じ顔をしたコナーこそが、実の父親なのか。

「ダンピールであったがゆえに、戦いに敗れた青年はブラッディ・マスターとなったのでしょう。それまで破壊し続けた世界に入ってしまった彼の気持ちを考えると、不憫でなりません」

 ダンピールであるがゆえに。
 月島の心に暗雲が広がる。ダンピールの聖夜は、吸血鬼を倒す能力を持っている。だが同時にそれは、大きな危険を伴う。
「聖夜が危ない。一歩まちがえば、あの子はブラッディ・マスターになってしまう」
 月島は、今にも部屋を飛び出さんがばかりの勢いで立ち上がった。

「およしなさい。月島さんが行ったところで、なにができるというのですか。聖夜くんを手助けするどころか、足手まといになるだけです」
 出ていこうとする月島を、神父が激しい口調でたしなめる。だが月島は聞く耳を持たない。

「行かせてください。わたしは聖夜を守る。絶対に吸血鬼にはさせない。ブラッディ・マスターにならせない。それは流香の望みでもあるのです。ここでじっと帰りを待つだけなんてできません。したくはないのです」
「月島さんっ」
 背後で神父が声を荒げた。

 彼の言うことの正しさは理解できる。だがそれでも行かねばならないときがある。勝ち目のない戦いとわかっていても、挑まねばならないときがある。
 そう、今がそのときだ。

 月島は神父の制止をふり切って、教会を飛び出した。
 静かに雪が舞い降りて、月島にも落ちてくる。雪まみれになった自分を、流香が「まるで雪だるまね」といって笑ったことがあった。
 あれは遠い昔、聖夜が生まれた夜のことだ。

 あの日、流香と聖夜の幸せを守ることを心に誓った。
 破られた誓い。あたえてやることのできなかった、穏やかな日々の暮らし。だがわずかでも希望が残っているのなら、その可能性にかける。

 輝ける未来のために、月島は聖夜のあとを追いかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...