忠犬と痴犬

いっき

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私……3

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 一向に調子が上がらない。成果が無いのはこれで何日目だ? 私の手際が悪いわけがない。音もなく走れるし、狭い隙間でも抜群の身のこなしでするすると入りこめる。塀から塀へと飛び移ることだって可能だ。じゃあどうして。たぶん前に見た愚鈍そうな奴のせいでこんなにも警戒されることになったのだろうか。そうとしか考えられない。わたしとて右も左もわからない時期はとうに過ぎたのだ。やり過ぎないこと、何度か失敗をしてそれを学んだ。細く長く。しかし本当にわたしの思い通りに事は運んでいるのだろうか。現在の状況を見るにそうではないのだろう。いくら身を紛らわしていてもあれだけのパトロールの警察がいれば、じっくりと侵入経路を考える事すらできない。住宅街をあてもなく歩く私の姿はさぞ目立つだろう。何かしらの目的地に向かう以外に、外を出歩いてはいけないらしい。そんな時にいつも思うのが、この衣服を捨てなくて良かったという事だ。堂々としていればまず怪しまれない。本格的に怪しまれるまでの時間は稼げることは確かだ。

 私は静かに考えていた。

 無理は禁物である。私が現在身を置いているこの自由というものは、世間にとってみても自由に扱えるということであり、たとえ無闇に打ち捨てられたとしても文句は言えないのである。
 とにかく今は様子を見てしばらく静かにしていよう。ねぐらと仕事場が距離的にいくらか離れている事がこの時の私を安心させた。ねぐらの近くで獲物を探していた頃、自由の身となったばかりだったあの頃は、何事も初めは上手くいかないという世の常に従って、私も何度か危ない目に遭った。ねぐらの近くで獲物を探していた事も大きな原因の一つだった。獲物を探す事は、その場をいくらか汚すことになる。しかしそれが自分の生活圏の外であれば、割合ほっといてくれるらしい。無遠慮な詮索にさらされることもないのだ。

 もう二日になる。まともな物を食べていない。ここまでくればもう腹も鳴らない。残飯は探せば見つかるものだが、いつまでもそんなことしているつもりはない。身だしなみを整える事は、そっくりそのまま身を紛らすことに繋がる。痩せ衰えて、ギロリとした目つきはそれだけで周囲を不必要に警戒させてしまうものだ。

 横になる。寝るしかない。果報は寝て待て、だ。

 私は肉体的だけでなく、精神的な苦しみを押しやるために歯を食いしばって目を瞑った。さらに、良き思い出を頭に描くことによって空腹感を意識外へと追い出した。

 それは私が輝かしい未来へ足を踏み入れた日。自由を勝ち取った日。

 特に穏やかな日だったのを覚えている。俯瞰視することによって日常に平和を見たのはその時が初めてだった。しかし微かな違和感は激しい興奮に呑まれたのだった。

 その日、私は駆けたのだ。

 平和の真っただ中を、眼差しに火をともして。
 あの日、私は駆けたのだ。
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