忠犬と痴犬

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西口さん……4(最終話)

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 どっしりとした構えの地中深く根をのばしていそうな家というものは、大体において、家人が十分満足できる手の届く大きさの庭を持っているもので、西口さんの宅も例外ではない。少し苦労しながらも、雑草と植木の管理をしているおかげで、西口さんにとってもタロにとっても心地良い空間が出来あがっている。

 食品の宅配サービスをやめたのは、別にあの事件とはなんら関係が無く、西口さんが何年かぶりの物欲を蘇らせたからに過ぎない。これは良い方向の心境の変化だろう。オクラの不足に混乱する店と客、その人たちの混乱に触れていたいと思うようになったのだった。

 木田村君は気の毒だと、西口さんは自分よりも年若い青年の将来が心配だった。飛び出してきた男性にも非はあるのだろうが、法律的にはトラックを法定速度以上のスピードで走らせていた木田村君が全面的に悪くなる。茫然とした木田村君がとぎれとぎれに言った言葉によると、またも時間に追われていたこと、これ以上遅延配達をするわけにはいかないこと、そして驚く事に、警察とか事情聴取とかは後にして先に配達に行かせてくれとなぜか西口さんにお願いしてきた。今となっては一度疑ってしまった事に対する申し訳なさで、もう少し親身になって寄り添ってあげれていたらと思うのであったが、「大丈夫、だいじょうぶ」と背中を撫でてやることしかその時の西口さんにできることはなかった。

 あの日を境にしてタロの容体が少し悪化していた。

 タロがなぜあの時、事故現場にいたのか。轢かれた男性が界隈を騒がせていた空き巣魔と結びつくまではさっぱりわからなかった。事故現場で木田村君の相手をしている時に、ふらふらといつの間にかそばにいたタロ。タロの息が苦しげだったことや、いつも以上に怯えていた事に今なら考えを及ぼすことができる西口さんだったが、気が動転していたのもあるし、何より木田村君がタロのそんな様子を心配して、とんでもない状況を引き起こしたにもかかわらず、タロを撫でてやることによってなんとか落ち着きを取り戻したことにひとまず安心してしまい、可能性としてのタロの活躍は考えもしなかった。

 タロは後ろ足の片方がとうとうびっこを引くような状態となり、これまで通り外を散歩させるのが困難となっていた。庭にやってくるスズメを追いかけることもせず、このまま土の一部へと変わろうとしているように見え、西口さんはその姿につい自分を重ねてしまう。
西口さんは、早く返事が欲しいなという願いを一方的にしないために、自分だって中々返事を書くのが遅いと叱咤し、出したばかりの手紙の返事を待つのが、これからしばらくの間の楽しみだった。

 轢かれていた男性が、例の空き巣魔だと判明したのは、警察があの封筒を持って西口さんの家まで届けてくれたからだ。
 綺麗なスーツと銀行の封筒、西口さんは外回りの銀行マンだと思いこんで心配していたからそう聞いて多少は驚いた。だからといって今更恨む気持ちにもなれなかった。

 事情を呑みこんだ西口さんは、それからというもの出駆ける際には戸締りをきっちり閉めて回る事を忘れなかった。いつもは踏みいらない廊下の端っこに、いつか孫が手紙と一緒に送ってくれた新聞が落ちているのに気付いたのもこの時だ。読んでみてと言われても、英語ではない外国語の文字は記号としか見れない。美しいサンゴの写真にしばし思いを馳せた後、西口さんは手紙を書くべくいつもの便せんを取り出し、今ではもう顔も見たくない夢野さんの事を避けながら、自らは決して語ってくれない可能性としてのタロの活躍も含めて、今回の空き巣事件の顛末を丁寧に書いていったのであった。



ケイスケへ

 こんにちは。おばあさんです。

 いつも楽しいお手紙をありがとう。ボケですって? まだまだそんな年じゃありませんし、その上あなた達よりも多く生きてる分笑いに対する理解ってのは寛容です。あなたが思っているお年寄りに対するそのイメージですが、わたしから一つ、それについて意見があります。年をとってる分一度笑ったことのある事に出会うことも多く、その際に初めて出会うような顔で楽しげな様子でいるのが面倒くさくなるのではないでしょうか。だからあなた、学校の友達は笑わせられてもわたしを笑わせられるとは限りませんよ。少し厳しい事を言うようですけどね。でもあなたならこういう言葉もすべて良い方向に理解して自分の物にしてくれると思ってわたしは言うのです。

 こちらは相変らす穏やかな毎日をタロと過ごしています。ですが先日、ちょっと聞いたら驚くような出来事が起こりました。事の始まりは云々うんぬん……

 ほとんどロクな奴がいないという事実を、この年になってようやく認めようとしています。やっぱり人の良心というものを信じていたい気持ちが長らくわたしの中にもあったようですが、今はもうそんなことありません。タロがいれば十分です。残りの人生自分の好きなように生きて行こうと思います。幸いにして、おじいさんが残してくれた十分なお金があります。ここは一つ若い男でもひっかけてみようかと考えています。もちろん年はごまかしますよ。私は今七十一才ですから、そうですね……二十才くらいはサバを読んでもばれないでしょうね。え? 違いますよ。二十才多く言うんです。そっちのほうが成功する確率が云々……
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