俺と私の公爵令嬢生活

桜木弥生

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1話 俺と私の物語を始めましょう

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 最後に覚えているのは、照りつける太陽
 周りの喧騒
 赤く染まる視界
 全身の痛み
 目の前にある、少し前まではトラックであっただろう鉄の塊
 右隣にいるはずの姉の、小さくなっていく呼吸音
 そして、次第に暗くなっていく視界

―――17歳の夏、俺は死んだ―――

 ◆◆◆◆◆

「………様!お嬢様!!しっかりなさってください!!」

 頭がガンガンする…
 暑いのに全身からは冷や汗が出ているのか、服が肌に纏わりつく感触が気持ち悪い…
 背中にあたる、ふかふかの絨毯の毛も肌にくっついてきて気持ちが悪い…

「お嬢様!お気を確かに!!!」

 だるくて重いまぶたをゆっくりと開くと、そこには自分と同じ年齢くらいのメイド姿の少女が見下ろしていた。

「お嬢様っ!!」

 前髪から、くせ毛であると伺える緩やかなウェーブ掛かった赤毛をしっかりと後ろに結い上げ、メイド用のキャップを被っている少女は、まぶたを開いた俺を見ると目に涙を溜め安堵の息を漏らした。

 って、メイド??
 何故に??
 もしかして俺…

「…天国にきちゃった?…」

 あ。声に出てた。

 ん?でもおかしくね?
 なんか今の声、めちゃくちゃ高くなかったか?
 まるでこう、女、みたいな…

 ってか、さっきからメイドさん、俺のこと『お嬢様』とか呼んでなかったか…?
 いやまて、これは夢だ、夢に違いない。きっとそうだ。
 きっと寝たら治る。

 いやまて俺、さっき事故ったよな?
 確かトラックが突っ込んできて、姉の運転の車で出かけて…死んだ…?

「ってことはやっぱここ天国じゃーん!!」

 あ。また口に出しちゃった。

「アンリエッタお嬢様…?やっぱりどこかぶつけられたのでは?…今、すぐにお医者様をお呼び致します!!」

 慌てたようにメイド姿の少女は大きな音を立てて扉を開いて行ってしまった。

 って、今、アンリエッタって呼ばれたな…俺…って、アンリエッタ?
 そうだ。俺は『アンリエッタ』だ。
 …そうだ、と、思う。

 部屋を見ても、見覚えがある。

 化粧台にある綺麗な装飾の香水ビンは6歳の時にお母様が使い終わった物で、綺麗だったから頂いた物。

 大きな窓にかけてあるカーテンは15歳の時にお父様が屋敷に呼んで下さった商人から自分で選んで買って頂いた布で作った物。

 ベッドの側に所狭しと置いてある大量の花は、先日の『私』の17歳の誕生日パーティーで王子様方から頂いた物。

 …あぁ、やっとわかった。

 俺、転生したのか。


 瞬間、目の前が真っ白になった。
 流れてくる膨大な記憶が一気に脳裏に浮かぶ。
『桐谷悠馬』としての前世の記憶。
『アンリエッタ・グレイス』としての現世の記憶。
 そして、前世の記憶の中にある『アンリエッタ・グレイス』の記憶も。


 前世で、1つ上の姉がハマっていた乙女ゲーム。
『愛と友情の円舞曲』の主人公のライバルであり、元親友の公爵令嬢。

 何故『元』なのかと言えば、初めての主人公とアンリエッタの出会いの際に、主人公に助けられたアンリエッタは主人公に『親友になってちょうだい』と言うも、その後に攻略対象の王子に出会うと、『私達親友でしょう?』と言い王子を諦めさせようとし、諦めない主人公の邪魔や悪口の吹聴をしたりと性格が歪みまくっている為、俺の中で『元』を付けさせて頂いた。

 公式的には『親友』扱いなのが、死んだ今でも不思議だと思う。
 タイトルにも『友情』とあるが、友情パートなんてほとんどなかったし。

 姉はこのゲームが好きで何度もやっていたし、好きすぎて何故か俺もプレイさせられていた。
 だから知っていたのだ。
 なので、このゲームのアンリエッタの結末も知っている。

 攻略相手毎に違うエンディングではあるが、その全てが没落エンドで、その内の第一王子ルートだけが没落にプラスしてアンリエッタの死亡エンドだった。
 ちなみにどの攻略相手とも結ばれなかった場合の主人公のエンディングは、アンリエッタが主人公に『私達、ずっと良いお友達でいましょうね』と言って終わる。
 友情パートなんてそこだけだ。


 さて。記憶が戻ったのは良いのだが…
 混乱しつつも、『アンリエッタ』の部分が『いい加減床で横になるのはおやめなさい!!』と怒っているので、ゆっくりと身体を起こした。

「さて…どうしたもんかな…」

 急なこの事態に考えが纏まらず、そう独り言を言ってそのまま床に胡座をかき、頭をボリボリと掻く。
 目の端に映るのは、アンリエッタの特徴である、青銀髪の縦ロール。
 頭を掻く度に揺れるその髪は、きつく巻いてあるようで、凄く弾力がある。
 おもわず手に取って、横に引っ張って弾力を確かめて遊んでいると、バタンと騒々しくドアが開いた。

「お嬢様!お医者様をお連れいたしました!!!」

 扉の方を見ると、先程出て行ったメイドのユーリンが主治医のトム爺さんを連れて戻ってきたようだ。
 って、おいおい…トム爺さんめちゃくちゃ息切れてんじゃんか…
 つか、俺よりトム爺さんのが先に逝きそうだけど…
 80を越えたご老体に何無理させてんだ…

「あぁっ!…やっぱりどこかおかしくされたのですね…!
ご自慢の御髪をそんな風に…そんな格好でお座りになるなんて…!!!
もしや、何かに取り付かれて…それとも呪い…!?」

 ユーリンはトム爺さんと俺を放置して、またどこかへ走っていった。

 取り残された俺と、ぜーぜーと苦しそうな息整えようとするトム爺さんとで顔を見合わせる。

 「…アンリ嬢ちゃん…何があったね?…」

 仮にも公爵令嬢を愛称な上に『嬢ちゃん』なんて普段は許されないが、このトム爺さんはこのグレイス公爵家に俺の爺さんの頃から仕えてくれているから、それが唯一許されている。
 そんなトム爺さんは、普段は無いんじゃないかと思うような線のような目をまん丸にして俺を見つめてきた。

 そりゃそうか…今までお嬢様だった『私』が、胡座をかいて髪を横にびょんびょんと引っ張ったり縮めたりして手遊びする姿は、『私』とは程遠い。

「ちょっとめまいがして、倒れただけですわ。髪は乱れていたので直していましたの」

 引っ張っていた手で髪をさっと直して床から立ち上がる。
 普段の『私』の言葉遣いで、普段の『私』のように微笑む。

 しばしの沈黙。

「…何があったんだね?」

 あ。騙されてくれませんか、そうですか。

「急にめまいがして倒れて、少し、昔の事が頭に過ぎって…走馬灯…というのでしょうか?それで思わず死んでしまったのかと思って…」

 お恥ずかしいわと口に手を当てて令嬢スマイル。
 嘘は言っていないよ?嘘はね!
 ただ、見た記憶が『私』が生まれる前の記憶とかだったけどな!!

 トム爺さんはそれ以上聞いても無駄だと思ったのか、小さくため息をついてベッドを指差した。

「とりあえず身体の方に異常がないか見るから、ベッドに横になんなさい」

 言われた通り大人しくベッドに横になると、トム爺さんは脈を測ったり、額に手を当てて熱を測ったりと身体を調べてくれた。

「ふむ…特に異常はないようだが…もしまた同じことがあったら、すぐに言うんだよ?」
「えぇ、ありがとうございます。トム様」

 診察はこれでおしまいと、トム爺さんは往診用バッグからキャンディを取り出し、俺の手のひらに2つ置いてくれた。

 昔、薬が苦くて飲みたくないと駄々をこねた『私』に、薬を飲んだご褒美と、毎回診察の後は飴をくれるようになった。
 でもいつもは1つなのに何故?と不思議そうにトム爺さんを見る。

「ユーリン譲ちゃんがそろそろ戻ってくる頃だろうから、戻ってきたら1個おあげ」
「お嬢様!大丈夫ですか!?退魔師と解呪師を探して参りました!!!」

 トムじーちゃん、まじすごい。
 絶妙のタイミングでユーリンがまたドアを勢い良く開けた。
 その内このドア壊れるんじゃね?
 …そしてまた後ろにぜえぜえと二人死にかけているのが見えるんですが…

「ユーリン、トム様のお帰りです。お見送りをお願いね。私はもう大丈夫ですので」

 いつも通りの『私』の姿にユーリンはほっとしたように顔を綻ばせ、「はい!」とトム爺さんと、あとから連れてきた二人を玄関まで連れて行った。
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