俺と私の公爵令嬢生活

桜木弥生

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17話 俺と私のお茶会をいたしましょう⑥

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「…お願い…?」

 嫌な予感がする。マジで嫌な予感がする。
 これ絶対お願いの内容を聞いちゃいけないやつだ。って解ってはいるんだけど、サラの目力のせいか、それとも生前の姉貴に逆らっちゃいけないっていう本能なのか判らないが思わず聞いてしまった。

「王子様達を落としなさい」
「断る!」

 ほら。聞かなきゃ良かった。
 思わず即答した俺にサラはぷぅと小さく頬を膨らませた。…中身が姉貴じゃなければ可愛いんだけど…

「大体、何で中身男の俺が落とさなきゃいけないんだよ。ってか、あね…サラがヒロインなんだから、サラが落とせよ」

 いくら今世が女の身体でも中身は立派な男子高校生で、男とラブシーンなんてやりたくはない。ってかやれと言われても無理。絶対やだ。
 俺の心中を知っているはずのサラはいつの間にか食べ終わっているチョコレートケーキの皿をチーズケーキの皿に重ねると、おかわりの焼き菓子にフォークを突き刺した。行儀の悪い令嬢だ。見た目サラだけど、もう姉貴にしか見えなくなってきた。

「えー。全員攻略なんてめんどいから嫌よ。あんた四人受け持ってよ。そしたら一人だけ攻略できるから、他の王子達が寄ってこなくて攻略が楽なのよ」

 あぁ。サクっと推しメン落としたいだけですか。
 このゲームはヒロインが推しメンにモーションを掛け始めると何故か他の王子達が邪魔しに来たりする事がある。そしてその王子の誘いを断ったりすると推しメン王子に嫌われる。でも誘いに乗っても上手くやらないと推しメン王子に嫌われるので結構難しい。
 そしてその難しさを知っている俺だけど、やっぱり男相手にきゃっきゃうふふするのは嫌だ。

「お断りします。大体見た目がアンリでも中身は俺なんだから、男とラブりたくはない。BL展開はお断りだ」
「あら。おねーちゃんは大好物よ。むしろあんたの前世の顔は可愛い系だったし、王子達となら総受けで間違いないし、おねーちゃん脳内補完であんたのラブ見守るわ!むしろ応援するわよ!」

 あぁ…そうだった…
 格闘家の姉は腐ってたんだった…
 部屋のあちこちに隠しもせずに薄い本を大量に積み重ね、街中で男同士が歩いているのを見るだけで「受×攻…いや、攻×受か?…」等と宣い、何故か男の俺にまで布教して…腐女子というよりも、貴腐人まで昇格している程のBL好きだった。

 サラの言葉に思わずテーブルに突っ伏す。
 目の前にあったケーキと紅茶の皿をサっとサラが取り上げた。ケーキに顔を埋めなくて済んだけど絶対お礼なんて言ってやらん。

「危ないわね。こんな美味しい物粗末にしないでよ」

 話しながらも自分の皿の焼き菓子を食べてしまったらしく、救出した俺のチョコレートケーキにまでフォークを突き刺して食べ始めた。どんだけ食うんだこいつは。

「人の食うな。まだワゴンにいっぱいあるだろうが」
「そっちも後で貰うから」

 …まだ食う気か…

「てか、マジで嫌だからな。男と結婚するくらいなら修道院にでも入ったほうがマシだ」

 俺が全力で拒否するとサラは一瞬眉を寄せて睨むも、すぐに笑顔になった。でもやっぱり瞳は笑っていない。

「ん。わかった。無理強いしてもしょうがないものね」

 あれ?なんか珍しく聞き分けが良い。
 前世の姉貴なら、言うことを聞かせる為にプロレズ技の一つでも掛けてきたのに。

「まぁあんたも男だしね。仕方ないわね」

 うんうんと頷くサラ。
 どうしよう、逆に怖い。

「じゃあ、仕方ないから『キース王子』と『カイン王子』にいろいろと話をしておくわね。『アンリエッタ公爵令嬢に虐められました』とか『階段から落とされかけました』とか」
「なっ!!??」

 あまりな衝撃に思わずテーブルに突っ伏していた頭を勢い良く跳ね上げてサラを見詰める。
『キース王子』は第一王子で、この王子のルートをサラが選ぶとアンリエッタはギロチン処刑。グレイス公爵家も取り潰しになる。
 そして第三王子である『カイン王子ルート』は、サラがカイン王子にアンリからの虐めを訴えると、アンリはカイン王子の部下の男達に捕まり牢屋で犯され殺されるという結末だったはず…どちらも確実に地獄だ…

「…………喜んで王子達を落とさせて頂きます…」

 命には代えられない…弱い俺はしぶしぶ頷くしかなかった。
 その俺の台詞を聞いたサラは「よろしい」と満面の笑みでチョコレートケーキの最後の一口を口に含んだ。
 幸せそうなその顔が憎らしい。
 まぁ、サラには『落とす』と言っておいて実行しなくて…いや、実行できなかったとしても、上手くいかなかったとしてもしょうがないよねー。俺男だしー。

 そんな俺の心中を知らないサラは、欲しかった言葉を手に入れて満足したらしく、またケーキのワゴンに目が行っている。まだ食う気か。

◆◆◆◆◆

 ふと気付くと随分と話し込んでいたようで、外を見ると随分と日が落ちて辺りは赤く夕焼けに染まってきている。
 流石に送り迎えのある馬車があるとは言えサラは男爵令嬢。
暗くなる前に帰さないとまずい。
 俺の肯定からもまだケーキを食べ続け、全種制覇したサラはまだ食べようと残っているケーキを選んでいる。

「そろそろお開きにしよう。
…残ったケーキは全部持ち帰りにしてやろうか?…」

 まだ数種類あるケーキを選びあぐねているサラに思わず聞くと、落とさんばかりに瞳を大きく見開いて満面の笑顔で何度も頷いた。

そこまで嬉しいか。ってかサラさん、今日一日でいくつ食べたんですかあんた。

 サラの前には、前世で行った回転寿司の要領で皿が高く積まれている。流石に数えたくないなこれは。
 サラ程食べられなかった俺は紅茶だけ飲んでいた為、たぽんたぽんになった腹を擦りながら外で待機しているユーリンに持ち帰り用の箱を頼んだ。

「じゃあ帰りますね。次にお会いする日はアンリ様に予定が無い日でも手紙で教えて頂けましたら参上いたしますわ」

 サラの帰宅を受けて室内に見送りのメイド達が入ってきた為サラは男爵令嬢の皮を被って椅子から優雅に立ち上がる。凄い擬態だなぁと思わず感心して呆けてしまった。

「アンリ様?それで宜しいでしょうか?」

 可愛らしく首を傾げるサラにハっとして「ええ。わかりましたわ」と返事をして部屋から出てエントランスへ向う。ケーキは箱詰めが終わり次第ユーリンが馬車まで持ってきてくれる予定なので先にエントランスで待つ事にした。

 エントランスに着き、一緒に着いてきていた見送りのメイドは馬車と御者を呼びに行く。そこでサラとまた二人きりになった。

「あ。そういえばおねーさまの落としたい「おねーさま?」

 遊んで『おねーさま』とサラを呼んだ俺の言葉に聞き覚えのある低く柔らかい男の声が被さって来た。
 二人きりだと思って油断した俺が馬鹿だった…

 ゆっくりと声のした方を振り向くとそこには兄様と兄様のご友人の第二王子ランディス様が居た。
 どうしよう!?とサラを見るとすでにサラの皮を被った姉は淑女の礼を取っている。確かにね!俺には良く遊びに来るにーちゃんだけど、サラには王子様だもんね!

「おねーさまっていうのは何だい?」

 にこやかに、けれどどこか寂しそうに兄様が聞いてくる。

「えーっと…これは…つまり…その…」
「申し訳ありません。私が原因ですの。アンリ様は私を慕ってくださいまして…『時々で良いのでお姉さまとお呼びしても良いでしょうか?』と聞かれましたので思わず『良いです』と…私は一人っ子でずっと妹が欲しかったのでつい…身分も考えず…申し訳ありません」

 深々とお辞儀をするサラに、兄様は「本当か?」と視線だけで俺に問いて来た。

「本当ですわ。姉妹に憧れていましたの。お兄様の恋人になる方を待とうかとも思いましたけど、お兄様ったら全然そういう方をお連れにならないし…それならサラ様に時々お姉様になって頂こうと思いまして!」

 嘘を言うときは相手の眼から視線を離さない。前世で姉に教えられた言葉を実行し、兄様の深い青い瞳をじっと見詰める。
 あれ?なんか兄様、うるうるしてないか?

「…お…お兄様は…いらないのか?…」

 あ。これ拗ねるパターンだ。

「もちろんお兄様も大事ですし必要ですわ。でも、お判りになりますでしょう?女性同士でしかできないお話やお店にも行きたいんです」

 俺と兄様の話を聞いてくつくつと笑い出したのは兄様の後ろにいたランディス様だった。
 子供の頃から良く兄様と一緒にいらしたからアンリにとっても第二の兄のような存在のその人は、年を重ねる毎に色気が増してきている気がする。

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。お久しゅうございます。ランディス様」

 久しぶりに会うランディス様に淑女の礼を取ると「畏まらなくていいよ」と笑われた。
 本来なら『ランディス殿下』と呼ばなきゃいけないんだけど、俺は兄様の妹なせいか昔からランディス様に「ランディスもしくはランディでいいよ」と言われていた。愛称で呼んでいいわけがないから『ランディス様』で許して貰ってるけど。

「で。そちらの『お姉様』と呼ばれるご令嬢は紹介して貰えないのかな?」
「こちらのご令嬢はサラ・リーバス男爵令嬢ですわ。先日危ないところを救って頂きましてお友達になって頂きましたの」
「あぁ、さっきアランが話していたのはキミの事か。俺はアランの友人でランディス・エンディライト・ブロムリア。アンリ嬢は俺にとっても妹のような存在だから、今回の件は感謝するよ。ありがとう」

 サラは淑女の礼を取り直すと、さっきよりも深く深く頭を下げた。

「勿体ないお言葉痛み入ります。私は当然の事をしたまでですわ。ランディス殿下」
「ふむ。サラ嬢。俺の事はランディスかランディでいいよ。アンリ嬢の姉のような存在ならば俺にとっても妹のようなものだ。宜しく」

 相変わらず女性受けの良さそうな軽い調子で言うランディス様。そのモテスキル俺に下さい。いや、今貰っても困るか。
 サラは若干頬を赤らめながら「ではランディス様…とお呼びさせて頂きます」と微笑んだ。中身が姉貴じゃなければ可愛いんだけどなー。

 そんな会話をエントランスでしていると馬車の準備とお持ち帰りケーキの準備が出来たようで、執事のクロムが声を掛けに来た。

「ではまたご連絡しますね。サラ様」
「ええ。お待ちしております。アンリ様」

 未だ若干落ち込んだ兄様を放置してサラを見送り、その後に続いた馬車に乗り込むランディス様も一緒に見送った。

「アンリ嬢、また城に遊びにおいでね」

 そんな言葉を残すランディス様。えぇ。行きたくはないけどサラの思惑のせいで行く事になるでしょうね。その時は匿ってくださいね。と心の中で伝え「是非」と笑顔で送り出した。
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