俺と私の公爵令嬢生活

桜木弥生

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18話 俺と私のおしのび大作戦①

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 本日、サラとのお茶会の二回目の日である。
 前回かなりの量のお菓子を食べたサラの為にと、うちの料理長が腕を振るって作りに作りまくった大量のケーキや焼き菓子がバイキングかのように俺の部屋にワゴンで大量に置かれている。その数二十種類以上。数にするとおよそ五十個。
 よっぽど前回のサラの食べっぷりが嬉しかったとは言えいくら小さいと言えどこの数はやりすぎだと思う。
 正直匂いだけで甘すぎて気持ち悪くなりそう。

 今日は二回目だからか、父様も母様も兄様も出迎えはない。兄様は『お姉さま発言』に対抗心を燃やしたらしく出迎えたがっていたが、兄様付きの秘書兼執事見習いのロアが仕事しろと兄様の襟首を引っ張っていった。
 ロアは双子のロイと一緒に最近入ったばかりだと言うのにかなり優秀な為すでに兄様の右腕として動いている。
 そして双子の片割れのロイは俺の護衛兼召使になった。
 あの誘拐事件の後に父様が父様専属の護衛を一人付けてくれる事になったのだが、兄様が『年の近いのが一人居たほうがいいだろう』と二人目として兄様の部下で15歳の若さで騎士団入りしていたロイを俺に付けてくれた。

 騎士団から公爵家の一使用人になるなんて普通なら嫌がるものなんだけど、このロイに関しては二つ返事で了承してくれたらしい。

 そんなわけで今日は俺と、俺の後ろにユーリンとロイが控えて並ぶ形で三人で俺の部屋でサラを出迎えている。
 もう一人の護衛のおっさんは普段は父様の護衛のままで、俺が外出したい時は前日までに父様に報告するとその日おっさんを貸してくれる事になっている。
 なので急に出掛けたくても出掛けられなくなったわけで。
 ぶっちゃけ面倒臭ぇ。


「本日はお招きいただきありがとうございます。アンリ様」

 執事のクロムに伴われて俺の部屋まで来たサラはドアを開け放った部屋の前で優雅にお辞儀をする。
 そんなサラの姿に今までむさくるしい騎士団にいたロイが背後で息を飲んだのがわかった。うんうん。男なら惚れるだろ。この容姿に佇まいなら。

「こちらこそ来て頂きありがとうございます。サラ様」

 にこやかに挨拶を返すとサラを部屋に通した。

「本日は雨が降ってしまいましたから大変でしたでしょう?
 ごめんなさいね。こんな日にお呼びしてしまって…」
「いいえ。またお呼び頂けて光栄です」

 今日は生憎の雨で、弱い雨が俺の部屋の大きな窓を弱弱しく打ち付けている。
 こんな日に招待した事に令嬢としての最低限の礼儀で詫びを入れた俺に、サラはその視線を向けない。その大きく優しげな双眸はテーブル周りのケーキの山を見回して…物色している。
 姉貴ってこんなに甘いの好きだっけ?前世ではあまり食べてる印象なかったんだけど…

「先日サラ様がお気に召して頂けたようで沢山召し上がられたでしょう?
 うちの料理長がとても喜んでいまして、本日もサラ様が来られる事を伝えましたら沢山作ってくださいましたの」

『お好きなものをどうぞ』と手でケーキを勧めると、ユーリンはそれを合図とばかりに即座に紅茶を淹れてくれた。
 ロイはと言うと窓際で腕を後ろに組み直立のままそばかすだらけの頬を若干赤く染めてサラを見詰めている。
 俺と会ったときは普通だったのにサラ相手だと赤くなりますか。
 断じて男にモテたくはないけどなんかムカムカするのは姉貴に負けたと思ってしまうからなのか。いや、負けてもいいんだけど前世の粗忽物だった姉を知っている身としてはなんとなくムカムカというかモヤモヤする所もあったりする。

 ユーリンが紅茶の準備を終わらせ、テーブルにショートケーキと紅茶が並ぶとサラを椅子に促し俺も椅子に着く。

「ユーリン、ロイ。ちょっとサラ様と大切なお話がありますから、二人きりにさせてくれる?」
「俺は護衛です。護衛対象を一人にする事は禁じられています。お二人のお話を外部に漏らす事はいたしませんのでこのまま残らせて頂きます」
「私も同じくお嬢様のお世話がありますから」

 うちの使用人達は主人の命令を本当に聞かない子ばかりです。ってか普通命令に背くとかクビ対象だからね?

「私からもお願いできないでしょうか?
 とても大切なお話で…第三者のお耳に入れたくないんです…私の身体的なお話もありますし…その…お恥かしいお話もあるので…」

 サラが顔を赤らめながらクネクネと身体を揺らし、第三者には絶対に聞かれたくないと主張すると、流石に二人は慌てて客人に対する礼を取った。

「申し訳ございません。差し出がましい真似を致しました。それでは私達は失礼させて頂きますが、もしアンリエッタ様が何か失礼をした際にはすぐに申して下さいませ」

 オイ!信用なさすぎだろ!?
 前回サラを泣かせた事があるからかユーリンの視線が一段と厳しい。
 俺の侍女筆頭のユーリンが下がるとロイもそれに続き部屋から出て行く。顔がさっきよりも赤く 前かがみになっているのは『身体的なお話』で変な想像をしているんだろうなと元男の俺は事情を察する。
 まぁ15歳なんて一番そういうのに敏感なお年頃だしねー。仕方ないよねー。

 部屋のドアがパタンと小さな音を立てて閉まると、サラは即座にフォークを取った。綺麗な顔で口を大きく開けケーキを食べる。二口から三口で一個を完食。
 完食するとまた新しい皿を取り食べるという行動を繰り返すサラを見ているだけで胸焼けがしてきた。

「で。今日の呼び出しは何?」

 一頻り食べて満足したらしいサラの横の、元々ケーキが乗っていたワゴンの最上段には20皿以上の空き皿が重ねられている。

「この前さ父様に剣やりたい事を言ったんだよ。自分の身を守れるようにって。けどさ、『令嬢なんだからそんなものは必要ないだろう。護衛をつける』で終わっちゃってさ。で、自分で剣を買ってきて一人で練習しようかと思ったんだけど、外出も父様に言わないといけねーし、しかも護衛付きだから買ったもの父様にバラされて怒られるしだしさ。どうしたもんかと」
「あー。あんた前世で剣道してたもんね。護身術なら剣のが楽なのか。
 アラン様とか剣持ってるでしょ?一本くらい借りれば?」
「兄様のはダメだ。長すぎて使えん。それに兄様も剣を持つことに反対してるからダメって言われたし」
「さっきの護衛君のは?丁度同じくらいの体型だからいいんじゃない?」
「ロイのは一本しかないから無理。あとあいつ全部兄様に報告するからダメ」

 攫われかけた後日、父様と母様と兄様が珍しく揃っていた食事の場で自衛の為にと剣術を習いたいと言った俺に全員良い顔はしなかった。
 公爵令嬢なんだから守られるのが役目とばかりに言う家族全員の反対に成すすべがなく、いくら「何かあった時の為に護身術くらい」と伝えても全員首を横に振るだけだった。
 でも俺だって元男だ。守られているだけなんて嫌だし、俺とサラが転生した事でゲーム通りにならなかったとしても、万が一没落した場合に俺だけ手に職が無い状態になる。
 父様は頭がいいからどこでも仕事ができるだろう。兄様は剣の道がある。
 母様も領主代理としてその腕を振るうだけの頭脳があるからどこででも働ける。
 そんな事を考えたとき『じゃあ俺は?』となった。
 刺繍は苦手だし家事も無理。頭もあまり良いとは言えない。
 特出している事と言えばこの容姿くらい。
 だから出来る仕事と言ったらオトナなお店で男にご奉仕するような仕事しかないだろう。それだけは絶対に嫌だ。男に組み敷かれるなんて嫌だ。奉仕なんてもっての他だ。

 そんな事を考えていたら、思いついたのは『前世の記憶』で。

 俺は前世で子供の頃から中学三年まで剣道をしていた。
 中学三年の最後の試合の時、子供の頃から頑張り続けた足は悲鳴を上げ使い物にならなくなった。
 左足の靭帯損傷。きちんと治療してリハビリすれば治るしまた剣道が出来ると言われた。
 けれど俺は完治しても剣の道には戻らなかった。
 また怪我をするのが怖かった。

 けれど死んで後悔した。『もっと剣道したかった』と。
 色々ある後悔の中で剣の道を諦めた事も入っていた。
 剣道を辞めて二年過ぎて、もうちょっとで三年目になるというのにそれでも剣の道を諦め切れなかったと死んでから気付いた。
 だから、手に職を就けるなら『剣の道』が良いと思った。
 二度目の人生だからもう後悔はしたくない。何より、あの事件の後に小さめの箒で軽く剣道の形を取ったらしっくりきたんだ。
 だからこそまた剣をしたいと思った。

 けれど周りからは『ダメ』の一点張りで。
 そんな内容をサラにたどたどしく伝える。思った事を口に出すのは難しい。

「じゃあさ。内緒で抜け出して剣買いに行けば?さっきの…ロイだっけ?あの子に服借りてさ。同じくらいの体型でしょ?胸は…何かで締めれば入るだろうし。見た感じ、私にホレたみたいだし?『内緒にしててくれたらサラとお茶させてあげる』とか、私をだしにしていいからさ」

 サラが女神に見えた。
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