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3.マケドニアの擾乱
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いまや単独の王となったピュロスは、プトレマイオスとベレニケ夫妻に敬意を込めてアンティゴネとの間に生まれた幼い息子にプトレマイオスを名乗らせ、エピロスの半島部に新都市を築いてこれをベレニキスと呼んだ。やがて彼はさまざまな偉業を夢見るようになったが、野望の手掛かりとしてまずは近場に腕を伸ばすことを考えた。つぎに書くような理由で、マケドニアの国情に介入しはじめたのである。
カッサンドロスの息子たちに内紛が生じ、年長のアンティパトロスは生母テッサロニケを殺害して弟のアレクサンドロスを追放した。アレクサンドロスはデメトリオスに助けを求めて使いを送り、この呼びかけはピュロスにも届いていた。あいにくデメトリオスは身の回りの難事に忙殺されて動けなかったが、ピュロスは軍隊をつれて救援にやってきた。彼は盟約の手付け金としてマケドニアのステュンパイアとパラウアイア、そして勝利の報酬としてさらにアンブラキア、アカルナニア、アンフィロキア※1の割譲をせまった。
年若いアレクサンドロスは要求をなす術なく受け入れたため、ピュロスはこれらの地域を占拠し、守備隊を置いて統治下に組み入れた。ついでアンティパトロスに攻めかかると王国の残りの部分を奪い取り、アレクサンドロスに渡してやった。
リュシマコス王※2は常々アンティパトロスを助けてやっていたが、このときは国内問題に手一杯で援軍を送れなかった。彼はピュロスがプトレマイオスを慕っていて、少しでも恩義に報いたい、何があろうと嫌われたくない、と考えていることを知っていた。そこで贋物の書簡をピュロスへ送ることにしたのである。――そこには「アンティパトロスから300タラントンを受け取ることで話しはついた。貴方は遠征を中止して手を引くように」と記してあった。
ピュロスは手紙を開くやいな、リュシマコスの小細工を見破った。宛名がふたりの間で習慣となっていた「父よりわが子へ、健康と幸せを」ではなく、「プトレマイオス王よりピュロス王へ、健康と幸せを」とあったからである。
彼はリュシマコスの詐術に非難をあびせたものの、それでも望み通りのかたちで和平を結んでやることにした。王たちは取り決めを確認するため、みなで犠牲の誓いを立てるために集まった。ところが、牡牛、猪、牡羊を生贄に捧げる段になって、どうした訳か羊がひとりでに倒れて死んでしまった。
見物人たちは大笑いしたが、居合わせた予言者のテオドトスは「これは天啓であり、三人の王のうちの一人が命を失うことを暗示している」と主張して、ピュロスが誓いを立てるのを止めさせた。彼は和睦交渉から身を引くことになった。
こうしてアレクサンドロスをめぐるお家騒動は解決されたが、にもかかわらずここにデメトリオスが遅れてやって来た。もはや誰も歓迎していないことは明らかで、彼の存在はただ恐怖の的でしかなかった。
王たちは数日を過ごしたのち、互いへの不信感からさっそく陰謀を企て始めた。好機を逃すまいとデメトリオスは先手を打ってアレクサンドロス王子を殺害し、勝手にマケドニア王に即位してしまった。どうもこの一件にいたる前から、彼とピュロスの間には確執があったらしい。ピュロスはしばしばテッサリアを掠めとろうと軍隊を送っていたのである。
およそ王族というものは権力欲から無縁ではいられないが、デイダメイアの死後は、いっそう隣国どうしの骨肉の争いが激化していた。いまや両王ともマケドニアの一部を占領し、以前にもまして戦うべき理由が生じてしまったからだ。
そこでデメトリオスはアイトリア※3人への遠征を敢行して、彼らの土地を征服した。その後、腹心であるパンタウコスに大兵をさずけて駐屯させ、みずからは反転してピュロスに向かって進撃した。それと聞いたピュロスもまた敵をさして進軍をはじめた。ところがどちらが道を間違えたものか両者はすれ違い、デメトリオスの軍勢はエピロスに達して掠奪をはたらき、ピュロスのほうはパンタウコスと遭遇戦におちいった。
戦が始まるとまもなく兵士らの間で激しい衝突が繰り広げられたが、とりわけ将軍たちの戦いぶりは凄まじかった。パンタウコスは心技体いずれをとってもデメトリオスの家中屈指の強者であり、高潔さと勇気をふたつながらに兼ね備えていた。彼はピュロスに堂々白兵戦を挑んだ。
ピュロスはピュロスで、みずからの胆力と武力がすべての王を凌ぐものと任じ、またアキレウスの末裔としての誇りを血筋だけでなく勇名でもって示さんと願っていた。そこで最前線の兵卒らをかき分けて飛び出し、パンタウコスに対峙した。
両雄はまず槍を投げ合い、間合いをつめるとこんどは剣を抜き、力と技の限りを尽くして斬り結んだ。ピュロスは一太刀あびる間に相手に二太刀くらわせ、パンタウコスは首と腿に傷を負って敗走した。しかし、敵の仲間が出てきて邪魔をしたために討ち果たすことは叶わなかった。
エピロスの兵たちは勝利に興奮して王の勇猛さを口々に称えた。彼らはマケドニア勢の密集陣になだれかかりこれを粉砕、逃げ出すところを追い縋ってあまたを殺戮し、なおも5000名を生け捕りにしてみせたのである。
※1:エピロスの北部から東部にかけての周辺地域
※2:ディアドコイのひとり。トラキア王
※3:ギリシア北西部。エピロスの南部に広がる地域
カッサンドロスの息子たちに内紛が生じ、年長のアンティパトロスは生母テッサロニケを殺害して弟のアレクサンドロスを追放した。アレクサンドロスはデメトリオスに助けを求めて使いを送り、この呼びかけはピュロスにも届いていた。あいにくデメトリオスは身の回りの難事に忙殺されて動けなかったが、ピュロスは軍隊をつれて救援にやってきた。彼は盟約の手付け金としてマケドニアのステュンパイアとパラウアイア、そして勝利の報酬としてさらにアンブラキア、アカルナニア、アンフィロキア※1の割譲をせまった。
年若いアレクサンドロスは要求をなす術なく受け入れたため、ピュロスはこれらの地域を占拠し、守備隊を置いて統治下に組み入れた。ついでアンティパトロスに攻めかかると王国の残りの部分を奪い取り、アレクサンドロスに渡してやった。
リュシマコス王※2は常々アンティパトロスを助けてやっていたが、このときは国内問題に手一杯で援軍を送れなかった。彼はピュロスがプトレマイオスを慕っていて、少しでも恩義に報いたい、何があろうと嫌われたくない、と考えていることを知っていた。そこで贋物の書簡をピュロスへ送ることにしたのである。――そこには「アンティパトロスから300タラントンを受け取ることで話しはついた。貴方は遠征を中止して手を引くように」と記してあった。
ピュロスは手紙を開くやいな、リュシマコスの小細工を見破った。宛名がふたりの間で習慣となっていた「父よりわが子へ、健康と幸せを」ではなく、「プトレマイオス王よりピュロス王へ、健康と幸せを」とあったからである。
彼はリュシマコスの詐術に非難をあびせたものの、それでも望み通りのかたちで和平を結んでやることにした。王たちは取り決めを確認するため、みなで犠牲の誓いを立てるために集まった。ところが、牡牛、猪、牡羊を生贄に捧げる段になって、どうした訳か羊がひとりでに倒れて死んでしまった。
見物人たちは大笑いしたが、居合わせた予言者のテオドトスは「これは天啓であり、三人の王のうちの一人が命を失うことを暗示している」と主張して、ピュロスが誓いを立てるのを止めさせた。彼は和睦交渉から身を引くことになった。
こうしてアレクサンドロスをめぐるお家騒動は解決されたが、にもかかわらずここにデメトリオスが遅れてやって来た。もはや誰も歓迎していないことは明らかで、彼の存在はただ恐怖の的でしかなかった。
王たちは数日を過ごしたのち、互いへの不信感からさっそく陰謀を企て始めた。好機を逃すまいとデメトリオスは先手を打ってアレクサンドロス王子を殺害し、勝手にマケドニア王に即位してしまった。どうもこの一件にいたる前から、彼とピュロスの間には確執があったらしい。ピュロスはしばしばテッサリアを掠めとろうと軍隊を送っていたのである。
およそ王族というものは権力欲から無縁ではいられないが、デイダメイアの死後は、いっそう隣国どうしの骨肉の争いが激化していた。いまや両王ともマケドニアの一部を占領し、以前にもまして戦うべき理由が生じてしまったからだ。
そこでデメトリオスはアイトリア※3人への遠征を敢行して、彼らの土地を征服した。その後、腹心であるパンタウコスに大兵をさずけて駐屯させ、みずからは反転してピュロスに向かって進撃した。それと聞いたピュロスもまた敵をさして進軍をはじめた。ところがどちらが道を間違えたものか両者はすれ違い、デメトリオスの軍勢はエピロスに達して掠奪をはたらき、ピュロスのほうはパンタウコスと遭遇戦におちいった。
戦が始まるとまもなく兵士らの間で激しい衝突が繰り広げられたが、とりわけ将軍たちの戦いぶりは凄まじかった。パンタウコスは心技体いずれをとってもデメトリオスの家中屈指の強者であり、高潔さと勇気をふたつながらに兼ね備えていた。彼はピュロスに堂々白兵戦を挑んだ。
ピュロスはピュロスで、みずからの胆力と武力がすべての王を凌ぐものと任じ、またアキレウスの末裔としての誇りを血筋だけでなく勇名でもって示さんと願っていた。そこで最前線の兵卒らをかき分けて飛び出し、パンタウコスに対峙した。
両雄はまず槍を投げ合い、間合いをつめるとこんどは剣を抜き、力と技の限りを尽くして斬り結んだ。ピュロスは一太刀あびる間に相手に二太刀くらわせ、パンタウコスは首と腿に傷を負って敗走した。しかし、敵の仲間が出てきて邪魔をしたために討ち果たすことは叶わなかった。
エピロスの兵たちは勝利に興奮して王の勇猛さを口々に称えた。彼らはマケドニア勢の密集陣になだれかかりこれを粉砕、逃げ出すところを追い縋ってあまたを殺戮し、なおも5000名を生け捕りにしてみせたのである。
※1:エピロスの北部から東部にかけての周辺地域
※2:ディアドコイのひとり。トラキア王
※3:ギリシア北西部。エピロスの南部に広がる地域
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