ピュロス伝ープルターク英雄伝よりー

N2

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4.ピュロスの人となり

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不思議なことにこの戦闘は、負けたマケドニア人にピュロスへの怒りや憎しみを抱かしむるものではなかった。戦に加わった者らはピュロスの手並みを直に見ると、かえって彼に対する評価を上げ、その武勇を崇め、話題にするようになったのである。

というのも、人々はピュロスの容貌や電光石火の勢い、そしてあらゆる仕草を偉大なるアレクサンドロス大王になぞらえて、彼のなかに戦場における大王の力溢れる姿のまぼろしを見る思いだったのである。彼らに言わせれば、ほかの王たちはせいぜいが紫染めの衣や親衛隊、首を傾ける癖や大仰おおぎょうな口振りなどでアレクサンドロスの真似をしていたに過ぎない。ただピュロスひとりが、戦ぶりと物の具に懸けてアレクサンドロスを継ごうとしたのである。

戦術と指揮統率に関するピュロスの知識や能力の確かさについては、軍事について彼が書き残した著作群※1を読めば一目瞭然といえよう。かつてアンティゴノスは、最高の将軍は誰かと尋ねられたとき、「それはピュロスだろうな」と返答してから「ただし、長生きできたらの話しだが」と付け加えたという。

アンティゴノスのこの評価は、あくまで自分と同じ時代を生きた人々のなかで下したものである。しかしハンニバルは、私が『スキピオ伝』で書いておいたように、古今東西の将軍のうちで経験、実力ともに最も優れているのはピュロスであって、スキピオが二番、そして自分自身が三番手だと主張している。

どうやらピュロスは軍事をあらゆる学問の中で王者にふさわしい唯一の分野と見なしていたようで、日夜その探求を欠かさなかった。ほかの勉学など単なる手慰みでしかなく、一顧だにしなかったのである。例えばこんなことがあった。ある酒の席で「ピュトンとカフィシアスのどちらが楽師として優れているか」と質問を受けたのに、彼は「ポリュペルコン※2は良将だと思う」と返したという。つまり彼は、王とはそのような事柄だけに知識と関心を注ぐべきものだ、と示したかったのだろう。


友人たちには親切に心をくだき比較的温和な性格だったが、義理人情のたぐいには敏感で、しばしば衝動的ですらあった。友人アエロポスが亡くなったとき、彼は尋常ならざるほど悲嘆に暮れてこう言ったという。
「確かにアエロポスの死は、どの人間にも与えられた苦々しい運命のひとつに過ぎない。だが私は、彼の恩義に報いる機会を何につけ先延ばしにしてついに果たせなかった。そんな自分が呪わしいのだ」
これが借金ならば貸し主の死後も相続人に返済することが出来よう。だが友からこうむった恩をその人が気づく前に返さないのは、正義と良心を重んじる者にとっては失態だというのである。

アンブラキアにピュロスをさかんに誹謗中傷する男たちがいた。周りの人々は追放を進言したが、彼はこう言って退けた。「あすこに止まらせて、少数の連中のあいだで好きに言わせてやろう。全人類に悪口を撒き散らされるより遥かにましだ」

また別のところで若者らが酒を呑みながら彼を罵倒し、問題になったことがあった。ピュロスは彼らを引見して、まことそのようなことを言ったかと尋ねた。ひとりの者が「王さま、私どもたしかに申しました。もっと酒があったなら、もっと沢山申していたでしょう」と答えた。ピュロスは笑って放免してやったという。

アンティゴネの死後、彼はみずからの権益拡大のためつぎつぎに妻を娶った。パイオニア王アウトレオンの娘、イリュリア王バルデュリスの娘ビルケンナ、そしてシラクサの僭主アガトクレスの娘ラナッサである。ラナッサは、アガトクレスの占領下にあったケルキュラ市※3を化粧領としてピュロスにもたらした。

彼はアンティゴネとの間にプトレマイオス、ついでラナッサとの間にアレクサンドロス、そしてビルケンナとの間に末子ヘレノスをもうけた。息子らは取り上げられるとすぐ父の手に移され、その薫陶を受けて成長した。それゆえみな武器をとっては勇猛果敢、竹を割ったような気性に育った。あるとき彼は、まだ幼い子のひとりから誰に王国を譲るつもりか尋ねられて、こう答えたと伝わっている。

「お前たちの中で、最も切れ味するどい剣を持つ者に」

しかしこの言葉は、かのオイディプス家の悲劇※4をもたらす呪いと何が違うというのだろう。ようは兄弟は生まれの運ではなく「研ぎ澄まされた剣で家を分割せよ」というのだから。人の欲望の奥底には、かような野に棲まう獣のごとき蛮風が吹き荒んでいるのであろうか。



※1:散逸して今日読めるものはほとんどない
※2:マケドニアの実権をめぐってカッサンドロスと抗争を繰り返した将軍
※3:エピロス西方の島
※4:テーバイの王オイディプスの遺児ふたりが、街の支配権をめぐって争った伝説的故事
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