ピュロス伝ープルターク英雄伝よりー

N2

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6.裏切り

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ところがである。ここにリュシマコスが現れ、“デメトリオスの打倒は両者の共同作業である”と主張して王国の分割統治を要求してきた。ピュロスはまだマケドニアの国民に全幅の信をおけず、その協力を疑っていたためリュシマコスの案を受け入れ、都市と領土とを互いに二分することにした。

このやり方は差し当たっては有効で、二国間の戦争は回避された。しかし程なく彼らは、自分たちが望んでおこなったはずの分割が敵意を和らげるどころか、かえって不満と争いの種になっていることを悟った。山岳も海原も、いや人の住めぬ砂漠でも、このふたりにとってはあればあるだけ野心が騒ぐのである。ヨーロッパとアジアを隔てる境もその旺盛な欲望の足かせにはなり得ないような男たちが、隣りどうしで暮らしながら、どうして現況に満足して互いの土地を侵さないといえるだろうか。

ひとを妬みはかりごとを弄することこそ彼らの生来の本分であり、そうである以上争いは終わることはない。“戦争”と“平和”という二つの言葉も、こういった人間にはただのコインの裏表に過ぎない。正義とは関係なしに、自分にとって都合の良い面を好きなだけ使うのである。

“正義や友情なぞといったお題目のために不正を諦めぐずぐずしているよりも、覚悟を決めて公然と戦を仕掛ける方がはるかに立派な人間である”という意思を、ピュロスは兵馬を用いて明瞭に示そうとした。このころデメトリオスは重病を克服した者のごとくふたたび勢力を盛り返していたが、これを阻止すべくギリシア勢の援軍としてアテナイへ入ったのである。

彼はアクロポリスの丘に上り、アテナ女神に犠牲を捧げてその日のうちに街へ降りた。そして民衆たちに、「諸君らの信頼と好意にはおおいに満足している。だが今後はいかなる王にもかたく門を閉ざして、都市に入城させないのが賢明だ」と告げた。

その後、成り行きからまたデメトリオスと和平を結んだが、彼がアジアに向けて進軍をはじめた矢先、再びリュシマコスの口車にのってテッサリアを煽動して離反させると、ギリシアの諸都市に派遣されたデメトリオスの手兵に襲いかかった。マケドニア人というものは何もしていない時よりも外征中の方がくみしやすいと分かっていたし、ピュロスもまた、生来大人しくしていることの出来ぬ人間だったからである。

しかし、シリアにおいてついにデメトリオスは完敗を喫した※1。リュシマコスは後背になんの心配もいらなくなったので、ただちにピュロスに対して兵をあげた。このときピュロスはエデッサに陣取っていたが、リュシマコスは輜重隊しちょうたいを襲って糧道を抑えてしまった。

ピュロスの陣営に動揺が走るのをみると、リュシマコスは書簡や会談を通してマケドニアの有力者たちを調略していった。彼らが先祖をたどれば常にマケドニアに臣従していたような夷狄いてきの主に過ぎぬピュロスを戴いていること、またアレクサンドロス大王の友人や側近を国外に追放したことをさかんに批判したのである。

多くの人々が敵方へ寝返った結果、危機を感じたピュロスは、エピロスから連れて来た兵と同盟諸軍をまとめて逃げ出さざるを得なかった。こうして彼は、自らが手に入れた時と同じようにマケドニアを失う羽目になった。

ここまでの顛末てんまつをながめれば、民衆が目の前の利益のため変節しても、君主が文句をつけるいわれなどないとわかろうものだ。彼らはただ、王たちを不実と裏切りの師と崇め、その真似をしているに過ぎないからである。なんなら正義から一番遠い者こそいっとう有利だ、ぐらいに考えているのではないだろうか。



※1:この時点でディアドコイ(後継者)中最大の版図をもつセレウコスと戦って敗れ、捕虜となったまま数年後に病死している
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