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幼馴染たちとパーティーを組んだものの…

第4話 いきなりピンチ

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 意気込んで進んでみたは良いものの、道中は結構キツイものがあった。なるべく戦いを避ける為に気配を消して、ちょこまかと逃げ回るという戦法は良かったと思うのだが、いかんせんここの魔物は頭が良いのかすぐに見つけて追いかけまわしてくるのだ。

 ちなみに、一度も戦っていないのでレベルは1も上がっていない。

 というか真面目にやりあったら死ぬのは僕の方である。いのちだいじに! 痛いことは嫌いだし平和が一番なので。
 
「はぁ、はぁ……」

 奥に進むにつれて暗闇が深くなってきた。小さな声で魔法を唱えると、指先にぽっと火が灯り、辺りをぼんやりと照らしてくれた。

 何を隠そう、旅芸人は一応全属性の魔法を使えるのだが、残念なことに下級のものしか扱えない。せいぜい出来るのは小さい火の玉で暗いダンジョンを自分の周辺だけ明るく照らすぐらいで、到底ここの魔物に通用するとは思えなかった。

 もうだいぶ奥まで来たはずだ。いい加減最深部について欲しい。正直、走り回ったせいで体力は限界に近く、今にもその場にぶっ倒れてしまいそうだった。

 そんな僕の前に、いかにもといった風に繊細な装飾が施された大きな鉄の扉が現れた。ボロボロになっていてよく見えないが、何かの壁画だろうか? 人間らしき絵と竜のような生物が描かれている。まぁそんなことはどうだって良い。

 これ、絶対最深部に着いたんだ! 僕は今までの疲れも忘れて、その扉に両手をかけた。

 すると

「!? 」

 その扉から無数の黒い影が伸びたかと思うと、僕を包み込む。その影に触れるたびにチリチリと皮膚が灼けるような感覚と、今にも死にたくなるような虚無感が襲い掛かってきた。

 これは呪いだ。それも普通じゃない。

 僕がいつも身に着けさせられている呪いの装備なんて非じゃないほど強大な呪いがこの扉に掛けられていた。
 しかもこの呪いは逃げられない、体をよじっても暴れても、扉から手が離せない。

「ユキナ!! アスベル!! 近くにいるんだろう? 助けてくれ! 」

 じわりじわりと体力が奪われていくのが自分でも分かった。これは冗談でも済ませられない、早く回復魔法を掛けて貰わなければ死んでしまう。

 しかし彼らから返事はない。

「誰か!! 誰か助けて! 」

 僕の悲鳴は虚しく宙に浮く。

 そしてその永遠に続くとも思われた苦痛から解放されたのは案外直ぐだった。急に体が楽になったかと思うと、扉が一人でに重たい音を立てて開いたのだ。しかしそれでも僕が瀕死の状態であるのは変わらなかった。

 たまらずその場に倒れ込んでしまった僕は、もう声も出せない。

 アスベル、ユキナ! お願い、助けに来てくれ!!

 そんな僕の願いが届いたのか、後ろの方で二人分の足音が響いた。

「おー、やっと開いたか」

「生物の命の糧にして開くなんて悪趣味な扉ね」

 アスベルとユキナの声だ! 安心した僕の瞳からは涙が伝った。

「お? これあいつ? 」

 僕を見つけたのであろうアスベルが口を開いた。そうそう、僕だよ! 助けてくれ。

「うん、だいぶHPを奪われてるみたい。どうする? 」

 何だか二人の様子がおかしいような気がする……。ユキナの声が心なしか冷たい。

「……ん…あ」

 何とか声を絞りだそうとしたのだが、空気が漏れるような音しか口から出なかった。

「きゃあ!! こいつまだ生きてる! 」

 ユキナが弾かれたように飛びのいた。

「おいおいまじかよ、しぶとい奴だな。よっと! 」

 次の瞬間、鳩尾に強い痛みが走った。勢いよく吹き飛ばされた僕は壁に叩き付けられる。
 口の中に血の味が広がった。

 僕は今起きてる状況が信じられないというように何とか顔を上げた。

 アスベルが僕を蹴り飛ばした……?

 そして僕は全てを悟った。
 ゴミを見るような二人の目。その瞳には優しさなんて一かけらもありそうになかった。

「何で? って顔してるな。悪いな、俺たちにも事情があるんだ」

「私たちみたいな最上の勇者パーティには役立たずを飼ってる暇なんてないの。分かるでしょ? 」

「そんなにはっきり言ってやるなってユキナ! 」

 ケラケラと笑うアスベルをユキナがでも……と熱っぽい目で見つめる。

「で、ただ追い出しても良かったんだけど、それだと昔からの幼馴染を追い出した勇者ってちょっと聞こえが悪いだろ? だから俺たち考えに考えたんだけど、それなら死んで貰った方が良いんじゃないかって思ったんだ」

 死んで貰う?

 アスベルの口から飛び出した言葉は到底信じられないようなものだった。
 彼は更にベラベラと気分良く喋りだす。

「幼馴染を亡くした悲しみを乗り越えて邪龍討伐、なんて泣ける話じゃないか。で、丁度この最深部の扉を利用しようと思ったわけ」

「あの扉には強力な呪いが掛けられていてね、私たちも先に進めなくて困ってたんだけど丁度良かったわ。勇敢な幼馴染が自分の命を投げ打ってその呪いを引き受けてくれちゃうなんてね」

 僕は全て分かってしまった。この二人、いやこのパーティに僕は利用されたのだ。
 初めから僕を消してしまおうとダンジョンに誘ってきたのだ。

「あ、そうそう」

 ユキナが思い出したように声をあげた。

「私のこと守ってくれる勇者様になってくれようとしたみたいだけど結構です。私にはもういますので」

 すると、ぶはっととアスベルが噴き出した。

「勇者? お前はただの旅芸人だろ、いやー、冗談もほどほどにしてくれよ」

「冗談じゃない、気持ち悪いわ」

 苦虫を噛み潰したような顔をするユキナを見て、僕の中の何かが壊れた。
 彼女は初めから僕のことなど好きじゃなかったのだ。それどころか嫌悪すら抱いていた。あの照れたような顔も全て嘘。僕を気分良くさせてここまで呼び寄せる為のただの餌にしか過ぎなかった。

「人の女からかうのはほどほどにしてくれよな」

「あっ……」

 不意にアスベルがユキナの唇を奪った。ユキナは僕に向けたことのないようなとろんとした顔で、拒否することなく、全てを受け入れる。

 唇を離したアスベルがこちらに笑顔を張り付けたままこう言った。

「でもま、ありがとよ。一応感謝しとく、天国で俺たちのこと見守っていてくれよ」

 僕に一瞥をくれることもなく、二人は奥の台座へと進んでいく。そこには一本の剣が突き刺さっていた。
 なるほど、彼らはこの武器が目的だったのか。

 しかし二人を追う気力はもう僕に残されていなかった。壁に持たれかかったままただじっとしているだけで精一杯であった。そして強い睡魔に襲われたが、本能的に僕は一度眠るともう二度と日の光を拝むことは出来ない気がした。

 しばらく睡魔と戦っていると、二人がなにやらぐちゃぐちゃ言い争っているような声が聴こえた。
 
 でももうどうでも良いや。

 少しだけ、少しだけ眠ってしまおう。僕はゆっくりと目を閉じた。
 
 あーあ、死にたくないなぁなんて最後に思った。
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