蒼炎の魔法使い

山野

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第十話 すれ違い

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 刃物同士がぶつかる音、訓練用の木刀がぶつかる音、魔術の炸裂音、訓練に必死な兵士たちの声、一人一人の持つ熱気が辺りを霞ませる程の勢いでぶつかり合う訓練場の端で、息も絶え絶えな状態のショウが訓練場で倒れていた。

「うわーあいつこの前アルドにボコられてたやつじゃね?」

「だな、兵士長直々に鍛えるらしいぞ?」

「うわーそれはご愁傷様だわ!」

「一週間徹底的に走り込みだろ?」

「あぁ、一週間罵声を浴びせられながらただ訓練場を全力で走り込むだけ。内容は単純だけど辛いんだよなー精神が」

「体鍛えるってより心を何度も折っては立ち直らせ、精神を鍛えるってのが本当の狙いらしいからな」

「極限状態で永遠と自己否定され続けるもんな……今年あれ耐え切れたのアルドだけだろ?」

「新人だけど根性だけはあるからなあいつ、あれを乗り切ったやつは成長も早い。」

「まぁ俺たちは外野で見学させてもらいますか」

 訓練に一段落した兵士達がショウの方をみて雑談していると、兵士長の怒号ショウへ飛んだ。

「おい小僧!、まだまだ終わりじゃないぞゴミが!一ヶ月後にお前は正式に姫様の騎士となる!それまで俺が貴様のようなうじ虫野郎をビシバシ鍛える、甘えは許さん!少し休んだら全力で走り込みだ!!」

「はぁ……はぁ……ま……じ……ですか?」

 きつすぎるだろ流石に!【リフレッシュ】をこっそかけて疲れを取って立ち上がる。

「貴様……疲れた振りをしていたな?もう一回立てなくなるまで全力で走りこめ!」

「そ、そんなぁ……」

 どうやら下手に回復しない方がいいらしい。

 そうやってただただ走るだけの訓練が半日程続きが、今は大の字になり満身創痍で天井を見あげていた。

 喉が乾いてくっ付きそうだ、息を吸い込みたいのに吐く出す量の方が多くて追いつかない……

 胃に固形物があったら全部吐き出してしまいそうだ、昼ごはんを食べるなとはこういう事だったんだな……

「今日はこれで終わりだが、明日もまだまだ続くから覚悟しておけ!逃げ出すなら今のうちだぞ小僧!」

 もう答える元気もなかった……
 気が付くと周りに居た兵士達の姿はなく兵士長と俺の二人だけになっていた。

「動けるようになったら医務室行ってポーションもらって来い。明日筋肉痛で動けないのは困るからな!」
 げっアメリアさんのところかー、気が進まないなぁ……
 こんなに疲れたのはいつ以来だろうか?確かに地球では全力を出す事もあまりなかったもんな。
 というよりも全力を出すのかっこ悪いみたいに思ってたし。

 少し体が回復した所で鉛のように重い体に鞭打ち無理やり立たせる。服に着いた砂をを払う動作をするだけでピキピキとした痛みが走る。

「気が乗らないけどポーション貰いに行くか……」
 全身を襲う倦怠感と共に足を引きずって訓練場を後にする。


 医務室に向かう道中イレスティさんと出くわす。

「あ、ショウ様お疲れ様です。その様子だと早速ガルラ兵士長にやられたみたいですね?」

 クスッと口元を隠し上品に笑う。

「えぇ、一日中走らされながらず罵倒され続けましたよ。」

 今日の訓練を思い出すと、自然と天井を見上げていた。

「ショ、ショウ様?!瞳から輝きが失われておりますよ?!」

「は?!今日の事を思い出していたらつい……色々罵られたのですが、『お前何て友達も居ない、社会の役にも立たず、誰からも必要とされていない。仕事もせず親に頼りきりのゴミだ!自分はゴミですと言ってみろ!』って罵られのが特に効いたんですよ、ははは」

 乾いた笑いが自然とでる。

「でもショウ様って記憶ないんですよね?」

「そうなんですが……何か胸に刺さるものがありまして……」

 思い当たり過ぎたのだ!実際地球では友達も居らず中学、高校は暗黒時代……大学に入ってからは孤高気取ったボッチ……
 バイトは高校生の時から色々な職種を計40回以上面接したけど全落ち……
 誰かに頼られたりなんてあるはずもなく……
 親からも、そろそろあんたも大学生だし独り立ちしても良いんじゃない?とプレッシャーを与えられる毎日……

「俺って実はそんな人間だったのかも知れません……」

 自然と声のトーンが落ちてしまう。

「では今のショウ様はどうでしょうか?」

 真っ直ぐ射る様に俺の目を見る。

「今のショウ様は今ルーメリア様の騎士となるべく努力されているのでは?それにルーメリア様にはショウ様が必要だと私は思います。幼少の時よりお仕えさせて頂いておりますが、あの方の心の柔らかい所に触れることが出来たのは貴方だけでしょう。」

 悔しそうに唇を噛み、黒いワンピースをギュッと握る。

 自分にはできなかった事が悔しいのだろう。

「あの方の隣に立つ事は、並大抵の事じゃありません。今まで幾人もの方々が挑戦してきましたがチャンスすら与えられませんでした。このチャンスを生かすも殺すも貴方次第。過去はどうあれ、今の貴方はそんな人間ではありませんよ。ルーメリア様に必要とされ、役に立とうとしている。誇りこそすれど卑下する必要はありません。」

「イレスティさん……俺そんなにはそんな良いもんじゃないです……ルーを守りたいのは本当ですけど自分の為でもあって……ルーを利用……」

 グッと距離を詰め、優しい包み込むような笑顔を浮かべ、言葉を遮るようにイレスティの人差し指がショウの唇に優しく添えられる。

「ショウ様……それ以上は必要ありません。どの様に考えていても貴方はルーメリア様を守りたい。そしてルーメリア様は貴方を必要としている。それだけでよいではありませんか。」

 ありきたりだけど大事なのは今で昔の自分は関係ない。

 打算も有るけど根底にあるのはルーを守りたい気持ち。何を下らない事で落ち込んでたんだまったく……

「イレスティさんって凄く大人ですね……おかげて沈んだ気持ちが一気に吹き飛びましたよ!」

「それはよろしゅうごさいましたっ」

 パチンとウインクするイレスティさんの顔はいつものキツめな印象ではなく、とても愛らしく見えて思わず見惚れてしまう。

「おや?私も脈ありですかね?」
 ちょこんと舌を出す あざと可愛いなおい!

「な、何を言ってるんですか!」

「ふふふ♪」

 心なしか笑う声も弾んでるように感じる
 しっかりした大人の魅力に程よい幼さが混在する事でより一層イレスティの魅力を引き上げてる。控えめにいってタイプである。ひと昔のお姉さん物をばかりをコレクションしていた俺ならさっきの一撃で落ちてたね!だがイレスティ!残念だったな!私は天使に出会ってしまったのだよ!

「ルーメリア様には内緒にしといてあげますねっ!」
 片目を瞑り人差し指を顔の前にだしシーっとポーズを取る
 綺麗なお姉さんは好きですか?大好きです!
 ボクガコンナコトデ、オチルワケナイジャナイデスカ

「そ、そういえばメイドさんの服ってそれが標準的なんですか?」
 誤魔化す為に話題をやや強引に変える

「ええ、これが一般的な作業服と言えますね。世界的にもこの黒いゆったりとしたワンピースタイプが浸透していますよ」
 はぁやっぱりか異世界メイドなのにあまりの落差にがっかりしたのは記憶に新しい……

「でもこれ着替えるの結構面倒だったりするですよ、前の方とかすぐ汚れえるから着替える事も多いんです。」

「じゃあエプロンつければいいんじゃないですか?」

「エプロン?それはどんなものなのですか?」
 何?この世界にはエプロンが存在していない?!ということは結婚したばかりの新婚ほやほやなお宅で毎日当たり前のように起こる、裸エプロンイベントが存在しない?!
 仕事で疲れて帰って来た旦那を労う為に、嫁が裸エプロンで出迎えることで発生する通称玄関前の最終決戦ラグナロク
 お仕事疲れ様♡ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ・た・し?という一見三択あるように見せかけて全く選択権を与えていないという鬼畜選択肢!どれを選んでも問題なさそうに思えるがそれはトラァァァアアアッッップ!まず最初の二枚はブラフ!!例え一週間何も口にしていないとしても……例え海に入った後、泥沼に落ち、炎天下の中フルマラソンした後だとしても、三つ目を選ばなければ平和は訪れる事は決してない。三つ目を選び続ければ子孫を残せるが、三つ目以外を選び過ぎると、残されるのは実家に帰らせていただきますというメモのみ。

 地球では当然新婚さんの家で毎日起こるイベントだったが、エプロンがなけりゃ裸エプロンフラグ自体立たたんでしょ。異世界少子化撲滅の為にも俺がこの世界に革命を起こす!

「エプロンっていうのはですね、布の前掛けみたいなものです、汚れてもエプロンだけを変えればいいだけなので便利だと思います」

「それは便利そうですね、すぐに打診してみようと思います!」
 よしエプロンの件はこれでよしっと、異世界の少子化を防いだ俺マジ神!

「エプロンもいいですがエプロンドレスというものがありましてですね……」
 俺の知りうるメイド服という物のディティールを事細かに、それはもう事細かに小一時間程伝えた。

「そ、それは機能的でとてもいいですね、それならすぐにでも取り掛かれると思いますよ」
 作業服に興奮するとはどういう事なのでしょうか?などという引き気味の声は聞こえなかったことにする。

 ふふふ、これで俺の異世界ライフがより異世界らしくなるぞ!
 ことごとく異世界に裏切られてきた俺氏、自ら異世界を創造する!
 どっかのWEB小説のタイトルの様な決意を胸に刻み込む。

「ところで、今更ですがショウ様はどちらへ?」

「医務室にポーションを貰いに行く途中ですよ」

「あらそうでしたか、足止めしてしまい申し訳ありません。ですが急がれた方がいいと思います。本日は早めに帰宅するとアメリが言っていたと思いますから」

「え?そうなんですか?じゃあすみませんけど行きますね!」

「ええ、それではまた」
 完璧な侍女の動作で頭を優美に下げ俺を見送ってくれた

「なんか嫌なんだよなぁ……【リフレッシュ】や【リカバリー】で回復すれば手っ取り早いけど、医務室行ってないのばれるとややこしい事になりそうだし……」
 はぁっと溜息をついて覚悟を決めてドアを開ける。

 ベットがたくさん並んでいるが今日は特に誰かいるわけでもないみたいだ。
「アメリアさんいますか?」
 俺の声がむなしく医務室に響く

 するとルーに膝枕されていたカーテンの仕切りがあるベットの所から人の気配を感じる。

「アメリアさんいらっしゃいますか?」
 と声を変えるのと同時にカーテンをそっと開ける
 そして目に飛び込んできたのは、こちら側に体を横にしたアメリアさんだった。胸が大きく開いて谷間が良く見えピチっと肌に吸いつくような服がまくれ上がり、スリムながら柔らかさを感じるお腹が露出していた。ゴクリと生唾を飲んで一呼吸置くが、まくれ上がったタイトスカートからのぞく肉好きのいい太ももに目を奪われてしまう。どちらも芸術的に下着が見えない。ここまでくるともはやこっちのがエロイ。

「うぅ~ん……ショウ君?どうしたのぉ~?」
 こちらに気付き寝起きで少し舌ったらずでゆっくりとした口調で話す

「……ポーションを貰いにきたんですけど……それよりもそれなんとかしてもらえませんか?」

「ショウ君って知恵者って聞いたけどこういう事には初心なのぉ?」
 寝ころんだまま瞼をぱちぱちさせて俺の方をみながら色っぽく質問する

「ちょっと刺激が強すぎます……」

「意外ねぇ、うぅーーーーっ、ポーションね」
 体を起こし固まった体をほぐすように両手を挙げて伸ばす。胸が開いている所はボタンで留めているのだが……今にも胸圧でボタンがはじけ飛びそうになっている。眼福にございます。

「じゃあ取ってくるからここで待ってて」
 とベットをトントンと叩き俺を誘導する。
 少しするとアメリアが戻ってきたのだが……

「アメリアさん何してるんですか?」

「何ってショウ君が頼んだポーションじゃないのぉ?」

「……確かに頼んだんですけど、なんで谷間に挟んでるんですか?!」

「どうせなら飲ませてあげようと思ってぇ、どうかしら?」

「どうかしらって!ダメに決まってるじゃないですか!」

「あら?どうしてぇ?こっちの方が元気になると思うけどぉ?」

「何を元気にするつもりですか?!」

「何って決まってるじゃない、ナ二よ」

「そんな使い古された定型文いらないですよ!」

「もぉうるさいわねぇ~ほらいくわよぉ」
 アメリアさんが俺を押し倒し顔の前に二つの山が……よく見ると突起物……

「ほらぁ飲ませてあげるから口開けなさい」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 おおよそ今日思いつく限り最も最悪と言えるタイミングで一番この場に来てほしくない人が来てしまい、そんなふざけたやり取りをしている俺と目が合う。

「ショウ大丈夫?……みたいだね……」


 一気に重苦しい静寂が場を支配する

「……ごめんまたね」
 そういってルーは出口に向かって走って行ってしまう!

「待って!」
 がもう遅かった……

「ルーメリア様には悪い事をしてしまったかしらぁ?」

「はぁ、どうしよう……」

「とりあえず続きするぅ?」

「やらせねぇよ?!」

 それからは……記憶がおぼろげにしかない。食堂で味がわからないご飯を食べてルーの部屋の前を何往往復かし扉の前の護衛に注意され部屋に帰って来たと思う。

 そうして自分の部屋に入るとベットで丸まってしまっていた。

 はぁこの前の気まずい感じもまだ解消してないっていうのにこれかよ……どうしたらいいんだろう……っていうか嫌われてないかな……追いかけられなかった……もし追いかけて、俺になんて最初から興味ないって言われたら?ルーには受け入れてもらってると思ってたけどそれがもし違ってたら?もう傷つかないのは無理な位自分を見せてた……

 またボッチに戻るのは辛いなぁ……さっきイレスティさんと話して確認したばっかりなのに……
 何で力づくで振りほどかなかったんだよ俺のバカ!……いや違うか、俺多分楽しかったんだろうな……

 異世界に来て地球に居た頃じゃ出会えるどころか存在するかもわからないレベルの美少女と仲良くなって、美人なメイドさんと気安く話せたり……スタイルのいいお姉さんに冗談で迫られたり……俺楽しかったんだよ……ずっと一人だったから……調子に乗ってた……

 調子にのってルーを傷つけた……そもそも傷つけたなんて、いつからそんな上から目線になったんだよ。単に軽蔑しただけかもしれないのに……怖いなルーに嫌われるの……

「俺どうしたらいい?見てるっていったじゃん……教えてよ……」
 窓から見える彼女と同じ真っ赤な色の満月を見上げながら呟くが風と共に夜空へ消える。
 いつもは優しく包む月明かりが今日はどこか悲しみを帯びているようだった。

 ◇  ◇  ◇  ◇
 ルーは医務室から出るとふらふらと自室に戻っていた。

 ベットにうつぶせに倒れこみ先程の事を思い出す。
「……私バカだ……」

 何でこんなに苦しいんだろう……辛いよぉ……あんなのいつものアメリアの遊びなのはわかってる……わかってるけど……アメリアにムッときちゃった……こんな感情誰かに感じたことない……

 ショウの前だと自然な私になれる……自然に笑える……私はショウと居たい……
 でもあなたは別に私じゃなくてもいいの?ねぇ教えて……でももし……もし、はっきり私じゃなくても良いと言われたら……怖いな……どう思われてるのか知りたいのに知りたくない……色々な感情で心がぐちゃぐちゃだよぉ……

 嫌な女だったよね……いきなり出て行っちゃって……初めて目を見て綺麗と言ってくれた人……初めて私の心まで踏み込んでくれた人……始めて自分の全部をあげたいと思った人……

 あなたに出会って自分の事好きになったけど、それと同じぐらい自分の事嫌いにもなった……
 本当は今日何があったか話したかった……訓練どうだった?体は大丈夫?今日は何食べたの?魔法の事、魔術の事、あなたの事私の事……会う前に沢山何話すか考えた……もっと知りたい、知ってほしい……
 なのに……

「私どうしたらいいの?あなたを見れないよ……ねぇ教えて……」
 窓際に立ち彼を想ながら自分の瞳と同じ赤い月を見て呟くが、誰の耳にも届く事はない。
 互いに同じ想いを持ちながら、月食のように黒い感情が心を蝕んでいく。
 真実を知っているのは赤く輝く月だけだった。
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