婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

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お使い③

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「朝早くからご苦労様~」

 大勢の騎士が大聖堂の正面を占領する事態を訪れた信仰者達は怯えながら眺め、のんびりな口調で現れた大神官の登場に安堵した。先頭に立つのはイナンナもよく知る堅苦しい騎士隊長。無断で此処に連れて来られたベルティーナの返還を求められた。


「騎士隊長、陛下が貴方にどう言ったか知らないけど、彼女は自分の意思で此処にいるの。お引き取り願おうかしら」
「そうはいきません。陛下はベルティーナ嬢の救出を望んでいるのです」
「まるで無理矢理連れて来たみたいな言い方~。私が陛下と話します。アンナローロ公爵令嬢を戻すか、戻さないかはその時に決めましょう」


 優雅な足取りで騎士隊長の前に立ち、怖気づく騎士達に艶笑を浮かべ見せたイナンナはさっさと王城へ向かって歩き出した。騎士隊長がハッとなって呼び止めても足は止まらず、慌てて付いて行った。
 建物内からこっそりと様子を窺っていたリエトは不安を覚えながらも、速やかに王城へ戻った。
  

 騎士を引き連れて登城したイナンナを謁見の間で出迎えた国王イグナートは眉間に濃い皺を寄せ、不敵に微笑んで見せるイナンナを不快気に見下ろしていた。


「大神官自らが出向くとは、余程アンナローロ公爵令嬢を返したくないと見た」
「イグナート君おでこが広くなったわね~禿げた男は嫌われるわよ~?」
「その話は今関係ない! 大神官、アンナローロ公爵令嬢をアンナローロ家に返すのだ」


 さり気無く王冠を深く被って額を隠そうとする姿に笑いを堪えつつも、隣に座る王妃が不安げに二人を交互に見ていると気付き、イグナートではなく敢えて王妃に声を掛けた。


「王妃殿下」
「!」
「一つお聞きしても?」
「今は私が!」
「お黙りなさいな、今話し掛けているのは王妃殿下の方だ」


 いつもの、のんびりな声色から一転、他者を威圧し畏怖させる低い声でイグナートを強制的に黙らせ王妃に問うた。
 勿論、声色は戻して。


「アンナローロ公爵家にモルディオ公爵家のクラリッサ嬢を養女にする件をアンナローロ公爵令嬢から聞きました。陛下は賛成のようですが王妃殿下の意見を聞かせてほしいですわ」
「……私は反対です。陛下も最初は反対でした。ですがモルディオ公爵夫人が話に入ってから陛下は急に意見を変えてしまって……賛成をしました」


 イナンナは心中でやっぱり、と溜め息を吐いた。

 通常の思考ならベルティーナを修道院送りにしてクラリッサをアンナローロ家の養女にする等という話に賛成する筈がない。クラリッサが下位貴族の令嬢ならばまだ理解を示せるが彼女はモルディオ公爵家の長女で、たった一人の跡取り。モルディオ夫妻が跡取り教育を施しているかは不明でも、直系は彼女しかいない。モルディオ公爵ルイジの弟妹の子を養子に迎えれば良いだけなのだろうがそれはクラリッサに跡を継ぐ資格がない場合のみ。婿を貰って家を継がせる気もないのなら、端からクラリッサをアンナローロ公爵家の養女にしか考えていなかった。という事となる。
 そうまでしてクラリッサを養女にしたい理由……考えられるのは一つだけ。


「陛下、何故賛成をしたのですか? 普通に考えてクラリッサ嬢をアンナローロ家の養女にし、ベルティーナ嬢を修道院へ送る理由がないではありませんか」
「大神官、其方ら大聖堂は政治を知らぬから言えるのだ。クラリッサ嬢を王太子妃にすることでアンナローロ家とモルディオ家、二つの公爵家が後ろ盾となり、更にベルティーナ嬢を修道院へ送る振りをしてクラリッサ嬢の影として使えば——」
「ああ、もういいわ、ありがとう」


 イグナートの台詞を途中で遮ったイナンナは大股で玉座の前に立ち、瞠目するイグナートの額に指を当てた。


「目の濁りは薄くて意識も明確なら……」


 一言二言、とても小さな声で紡いだイナンナはそっとイグナートの額から指を離した。瞠目していたイグナートは何度か瞬きを繰り返すとイナンナと王妃を交互に見た。


「い、一体何を……」
「どう? 今の気分は」
「私は何を……」
「一つ良いかしら。陛下はアンナローロ公爵令嬢を修道院へ送って、クラリッサ嬢をアンナローロ公爵家の養女にする件、本当に賛成なのですか?」
「何を言う! その話は最初から反対していたではないか!」


「え!?」と吃驚する王妃に戸惑いの眼をやるイグナートから離れ、魅了されていたのが短期間且つ、強く掛けなかったのが幸いして簡単に解除が成功した。後は自分のやらかしを聞いて精神を不安定にされると困るのでベルティーナ達から精神安定剤を受け取ってイグナートに飲ませよう。
 長期間魅了を掛けられた人達はこうはいかない。

 イナンナはイグナートと王妃に事の理由を話し、アンナローロ公爵家とモルディオ公爵家を王命により呼び出してほしい旨を告げた。
 事実を知ったイグナートは「すぐにでも」と頷き、王妃は自分のよく知る国王に戻ったイグナートに安堵した。




  
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