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私が代わりをする⑥
しおりを挟む驚愕に見開かれる藤色に困惑してしまう。彼の中では、湖で溺れた自身を助けたのはベルティーナとなっている。が、ベルティーナ本人にリエトを助けた記憶がない。今必死に記憶の引出しを開けて探ってはいるが見つからない。仮に助けたとしてもリエトを見たら忘れられない。
『人違いでは……?』
『そ、そんな筈はない! あれは確かにベルティーナだ!』
毛先が青の黄金の髪、濃い紫水晶の瞳を持つ貴族の令嬢と言えば確かにベルティーナしかいない。
ただ、である。
『私が仮に殿下を助けた少女としましょう。それなら、何故今まであのような態度を?』
初恋の君を想うが故に、政略で結ばれた婚約が嫌だった筈。最初から歩み寄る気が更々ないリエトしか知らない。問われたリエトは気まずげに視線を逸らし、言い難そうに口を開いた。
『……言い訳にしかならない……スペード公爵やアンナローロ公爵からベルティーナの悪評を聞かされ続け、お前の側にはあの従者が常にいた。お前に信頼を寄せられるあの従者が羨ましかった』
『……』
現在の国王が王太子だった時代、嘗て婚約破棄をされた令嬢の生家スペード公爵からすれば、王太子の地位を盤石とさせるアンナローロ公爵令嬢との婚約は面白くなく、態と王太子の耳にベルティーナの悪評を流し続ける事で不信感を抱かせた。ベルティーナの父アンナローロ公爵さえもベルティーナの悪口をリエトに言い、悪評を肯定してしまった事。その頃から既に父娘の仲は最悪で従妹のクラリッサを可愛がらないベルティーナは悪とされていた。
『だとしても……調べる手段は幾つもあった筈です』
それが真実であるか、嘘であるかの調査方法はあった。しなかったのはリエトの怠慢だ。
『私は今更殿下の心配は必要としていませんし、たとえ殿下を助けていた少女だとしても貴方への気持ちは既に底を尽きました。この件が終わったら婚約破棄はしていただきます』
『婚約破棄をしてお前はどうするんだ』
『そうですね……』
魅了の被害者とは言え、アンナローロ家もタダでは済まない。
『お父様達の計画通り公爵家を追放されるのも悪くありません』
『なっ……公爵令嬢がどうやって一人で外の世界で暮らす!』
『一人だと決めないでください。アルジェントは連れて行きます』
売ればお金になる物は彼に預けている。それらを売って贅沢をしなければ当面の生活費はなんとかなる。後は組合に行って自分でも可能な仕事があるか見つけるのみ。信じられないと顔を歪ませ、アルジェントの名を出した途端違う意味で歪んだ。
『結局従者頼りじゃないか』
『否定はしません。まあ、本人が拒否したら強制しませんが』
『……王太子妃になるつもりはないのか』
『寧ろ、こんな事になってしまっては他のご令嬢を探すしかないかと』
どうあってもベルティーナが王太子妃になる未来は何処にもない。
それ以上何も言わなくなったリエトは無言のまま帰って行った。ベルティーナに謎に拘る理由は何となく解したものの、やはり湖で溺れたリエトを助けた覚えがない。
アルジェントに訊ねても「ない」と言われるだけと思いながらも話を振ると——予想外にも心当たりがあると言われた。
「嘘」
「ベルティーナに言われて思い出した。俺に助けたって気は無かったからすっかり忘れてたけど」
双子の振りをして女装少年となっていた時に、水中で溺れている人間を引っ張り上げた記憶があると話された。
ベルティーナには付近に大人がいないか探してもらい、アルジェントは魔法で大判タオルを出して助けた人間を拭いていた。周囲にいないならと上空を飛んで探しに行く代わりにベルティーナに拭き係を代わってもらったのだ。
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