婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

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覚えていますか?①

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 翌日、ベルティーナはアルジェントを連れてアンナローロ公爵邸に戻った。ビアンコは幸運にも不在で、何処へ行ったと聞いてもないのに家令が行先を告げた。


「ビアンコ様はクラリッサ様とお出掛けに」


 思わず足を躓きそうになりながらも倒れはしなかった。昨日はクラリッサを我が家に泊め、朝になると二人出掛けて行ったと。何をしているのかと深い溜め息を吐きつつも、今日やって来た目的は二人にないからと緩く首を振った。


「お父様は?」
「昨日からずっとお眠りに」
「お母様は?」
「奥様は……」


 言い難そうに口を開閉させる家令に更に訊ねようとした矢先、奥の方から甲高い悲鳴が上がった。声の主はベルティーナもよく知る母の声。急ぎ向かおうと体を向いたベルティーナは手を掴まれた。
 振り向いたら家令に首を振られた。


「奥様は……昨夜からずっとあの調子です。今朝早く、神官様が来て精神安定剤を処置してくださいましたが……」
「効果がなかったのね……」


 長期間魅了に侵され続けた者に精神安定剤は効かず、短い間魅了を掛けられた者には効果を現す。遠くから聞こえる母の叫び声はどれも父やアニエスを否定し、罵倒する言葉ばかり。
  

 気持ち悪い
 気持ち悪い
 気持ち悪い男、気持ち悪い女
 何故私は兄妹で交わる二人を微笑ましく見ていたのか
 気持ち悪い
 気持ち悪い


 呪詛のように続く言葉の数々をこれ以上ベルティーナに聞かせたくない家令が暫くは屋敷に近付かないよう言うがベルティーナは断った。今日は父に会いに来たのだから、何もせず帰られない、と。


「旦那様が起きていらっしゃるかどうか」
「眠っているなら、日を改める。お願い、お父様の部屋に通してちょうだい」
「畏まりました」


 引く気のないベルティーナに折れてくれた家令を先頭に父の寝室に入った。大きな寝台の上で静かに眠る父を見つめた。

 ——お父様って……こんなに老けていたかしら

 衰えを見せない美貌は数多くの貴婦人を魅了し続けた。あまり皺も目立っていなかった肌には目に見える皺があり、目元には薄らと隈が浮かんでいて。黄金の髪に白が多く混じり、たった一日で一気に歳を取った風に見える。


「このまま、目を覚まさない事が旦那様にとっては幸せなのかもしれません」
「だとしても、目を覚ましてもらわないといけない」


 するとベルティーナの前を光る球形が現れ、父の顔周辺をぐるぐる回り出した。以前にもベルティーナの前に現れ、顔の近くを回った後消えた。
 ベルティーナには分からなくてもアルジェントなら分かるしれないと光る球形の正体を問うが、返された言葉に耳を疑った。


「なんの話?」
「え」


 光る球形をアルジェントには見えていない。家令に訊いても何もいないと言われた。
 自分にだけ見える? と呆然としていると光る球形は父の額に乗り、粒子となって消えた。


「まだいるの?」
「い、いいえ、もう消えた」


 一体何だったのか。急に消えるのは前と同じだが自分以外に見えないのは何故か。考えていたら閉じたままだった瞼がピクリと動き、ゆったりとした動きで開いた。自分と同じ濃い紫水晶の瞳がぼんやりと天井を見上げ、軈て近くにいる自分達へ視線を向けられた。

 微かに瞠目した後、掠れた声がベルティーナを呼ぶ。


「……」
「……」


 無言が包み込む。

 父の次の言葉を待った。


「……ベルティーナ……」
「……」
「今更……お前に言うことは何もない。私がアニエスの術中に嵌まっていようが私がお前にしてきた事がなかった事にはならない」
「ええ……私もお父様の謝罪なんて真っ平ごめんです。そんなもの、今更欲しくもありませんし、謝罪されて許せる寛容な人間ではありません」
「それでいい……どんな仕打ちを受けようと許す人間など、何処にもいない……」


 今まで父と会話をする時、静まり返った室内だった時はほぼない。大体父が声を荒げるか、同席している母が怒声を上げるかのどちからで、その都度ベルティーナは言い返してきた。落ち着いた気持ちでベッドに横たわる父と会話をする日が来るとは思いもしなかった。
 一旦、アルジェントと家令には席を外してもらい二人だけになった。椅子をベッドの側に置いて座ったベルティーナは生まれてすぐに亡くなった双子の姉ミラリアについて切り出した。


「お父様の日記を読んで初めて知りました。お父様は覚えていますか」
「覚えている……忘れられる筈がない。アニエスの言うがままに動き、自分の意識が無くなっても、ミラリアの事だけは……決して忘れなかった。ミラリアの墓にも毎日足を運んだ」


 不思議な事にミラリアに関する事だけは不意に意識が戻っていたと語られた。


 ——ひょっとして……あの光る球は……


 ある予想をベルティーナは抱いた。

  

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