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花祭りー『マリンの幸せな恋物語』ー

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 オレンジ色の髪をハーフツインにした少女が本を両手に抱えて廊下を歩いていた。
 歩く度に揺れる髪の動きが少女は好きだった。一部の生徒からは可愛こぶっていると囁かれるが、自身の容姿に自信のある少女は気にしなかった。


「あ……マリン」
「メーラ様!」


 少女――マリンは、親友とも呼べるメーラに駆け寄った。些か元気のないメーラが気にかかり訳を聞いてみた。


「どうされたのです? 落ち込んでいるように見えますが……」
「ええ……、今度の花祭り、殿下をお誘いしたのだけれど断られてしまって」


 花祭りとは、王都で季節に応じて開催される名物祭りの1つ。既に春、夏は過ぎており、次は秋の花祭りとなる。開催まではもうすぐ。通常は恋人や家族で参加する。


「そうですか……なんと、言えばいいか」
「いいえ……気にしないでちょうだい。殿下が決めたのなら、わたくしは従うまでよ」


 隣国の王女だった母を持つラフレーズと王国の王太子ヒンメルの婚約は、両国の関係の為に必要なもの。重要な婚約者を差し置いてメーラを大切にし、恋人にしてくれたヒンメルにマリンはずっと感謝していた。
 

 悲しげに瞼を伏せたメーラを見ていると心が痛む。ヒンメルを好きな気持ちは、ラフレーズにだって負けていないだろう。寧ろ、八つ当たりのようにクイーンという恋人を作ってヒンメルを拒絶するラフレーズの気持ちはたかがその程度なのだ。

 メーラを元気付ける方法はないか考える。
 マリンはある考えを口にした。


「メーラ様、元気を出してください。花祭りはまだ1回残されています。最後の1回はメーラ様と行ってくれるよう殿下に頼んでみましょうよ」
「そうね……殿下も義務だから、ラフレーズ様と行かなければと思って断ったはずだもの。マリンのおかげで元気が出てきたわ」
「そんな、私はメーラ様に元気になってほしいだけです」


 本心からの願い。様子も段々普段と変わらなくなってきたメーラに安心し、別れた。図書室に入ったマリンは司書に本を返却した。手続きを終えると新たな本を探すべく室内を歩いた。適当に本棚を巡って本を探していく。テスト期間じゃない図書室はとても静かだ。
 周囲に誰もいないのを確認し、本棚に凭れたマリンはほくそ笑んだ。


「ふふ。私の願い通りになっているわね」


 だが、慎重に――。


「そう、慎重によ。本当なら、悪女のメーラがヒンメルと結ばれる未来はこの世界にないんだから」


 マリンは手を強く握って自分に言い聞かせた。


「『マリンの幸せな恋物語』でのヒロイン――それがマリン=コールド。そしてヒーローはヒンメル。マリンの邪魔をし、最後に悲惨な結末を辿るのが悪女メーラ」
「ラフレーズは物語の途中にヒンメルの仕打ちに耐えられなくなって失踪。ベリーシュ伯爵や父王の叱責を受け、いなくなってから必死にラフレーズの愛を乞うヒンメルを励まし、時に相談を受けてヒンメルに助言を与えるのがマリンの役目。読者の間じゃ自業自得だっていう意見が殆どだったけど、ラフレーズだってクイーンに頼りきっていたから私あんまり好きじゃないのよね」


 物語が大きく動き出すのは、王妃になるに不適合だと判断されたラフレーズとヒンメルの婚約が解消されてから。必ずラフレーズの居場所を突き止めて見せると叫んでいたヒンメルを止めたのはベリーシュ伯爵と父王。2人はラフレーズが何処にいるのかを知っており、これ以上傷つけさせない為に婚約解消をした。ヒンメルの意思は関係ない。

 絶望し、空虚な日々を送ることとなったヒンメルを元気付けたのがマリンだった。
 学院で出会い、平民特有の気さくさと天真爛漫な性格が一部の令息からは人気があった。同性にも好かれていた。
 ヒンメルにとっては同じ学院にいる生徒程度の認識だったみたいだが、交流を続けていく内に段々とマリンを信用し始めた。ラフレーズとの関係に悩む自分を応援するマリンの姿が信頼に値すると見えたのだろう。

 ラフレーズと婚約解消されてすぐにヒンメルの側にいるようになったのがメーラ。昔からラフレーズに嫌がらせをし、筆頭公爵家ファーヴァティ家の娘という立場を利用して尊大で傲慢な振る舞いを続けてきた。ヒンメルの相談の中にメーラの事もあった。ラフレーズへの嫌がらせが酷くなっていると。1度注意をしたようだが涙目になられ強く出られなかった。
 ずっとヒンメルを見続けているメーラがマリンの存在に気付かない、なんてのはなく。身分が男爵と平民の侍女の娘なのもあり、ラフレーズ以上の嫌がらせを受けるのだ。


「でも、この世界のメーラはとっても友達思いの良い子よ」


 小説の世界でのメーラの最後は悲惨そのもの。生きていようが地獄だ。
 不幸になるのは悪女のメーラのみ。
 途中、失踪をしたラフレーズは1年後公の場にクイーンの婚約者として現れる。完全なる失恋をしたヒンメルを再び元気付け、前を向けさせたのはマリン。どんな時だって自分を励まし、悩みを聞き、側にいてくれたマリンに次第に惹かれていくヒンメル。

 身分の低い貴族の令嬢と婚約者を大切に出来なかったせいで失恋し、どん底から這い上がった王太子の物語の結末はハッピーエンド。
 メーラ以外、幸せになって終わる。


「メーラの性格がきついのは、家庭環境のせいもあるのに、悪女だからって理由で追放され皆から嫌われるのは可哀想だわ」


 最初に小説を読んだ時からマリンは悪女の虜になった。容姿も地位も家柄も文句なしの完璧な令嬢。ヒロインとヒーローを結ばさせる為に創造された悪女設定に心を痛めた。


「私がこの世界のマリンヒロインになった理由は分からないけれど……メーラを絶対にバッドエンドになんてさせない」


 マリンの地道な努力のお陰でメーラと親友になり、一部の高位貴族達とも親交を持てた。ヒンメルからメーラに近付いて来たのは予想外だったが都合が良かった。メーラは魅力的で性格さえ良ければヒンメルには勿体無い相手だ。絶対に幸せになってほしい。

 これからも積極的に、でも不自然と抱かれないように、メーラとヒンメルの仲を進展させていこう。


「どうせ、脇役のラフレーズはクイーンという相手がいるのだから」


 ヒンメルがいなくたってクイーンがいる。
 だが、メーラにはヒンメルしかいない。


「さっきは、今年の花祭りはまだ最後の冬があると言ったけれど……。やっぱり、秋も冬も今度こそメーラと行ってほしいわ。ラフレーズは放っておけばクイーンが構うだろうしね」


 ここ数日の動きを見て分かった。
 2人の間にどんなやり取りがあったにせよ、本心からラフレーズを大切にしているクイーンは何かあれば必ず駆けつけている。小説の世界でも同じだった。


「明日殿下にどうにか頼んでみましょう」


 本棚に凭れたまま、作戦を思案するマリンは空が夕焼けに染まっても同じ場所に居続けた。




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