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連載
早々に退散
しおりを挟む憂鬱な気持ちを抱えながらフローラリア邸に着いたジューリアはケイティの手を借りて馬車から降りた。外で待っていた執事の顔は以前と変わっており、本来なら最も厳重にしないとならないジューリアの部屋の結界だけ薄くしていた前の執事はとっくに解雇済み。
家庭教師だったミリアムが娼館落ちした挙句、魔族に身体を乗っ取られ最後は死刑待ちの末路となった。セレーネは何をしているかと気になるも誰に聞いても知らない、ジューリアは知らなくていいと話す。
それもそうか、とジューリアはセレーネの事を頭の片隅に追いやり、執事に先導されマリアージュやメイリン等が待つサロンに入った。
室内には既にマリアージュとメイリンがマダム・ビビアンに新しいドレスの注文をしている最中だった。
「ジューリア、来たわね」
マリアージュの青の瞳がジューリアに向けられた。
「私のドレスのデザインが終わったところだから、貴女もマダムに好きなドレスをデザインしてもらいなさい」
内心新しいドレスは要らないのだが殆どのドレスをセレーネに盗られた事になっているので要らないと強く言えず。皇后主催の茶会に行くのなら、尚の事新品は必要となる。
「お母様! 私もまだです!」
頬を膨らませたメイリンが抗議するも、先に一着デザインをしてもらった後らしく、ジューリアが終わったらまたメイリンにするとマリアージュは苦笑する。
マリアージュに呼ばれ、ビビアンの前に座ったジューリアは希望のデザインを聞かれた。
希望と聞かれてもジューリア自身特に希望はない。メイリンのドレスと自分のドレスを一瞥し、動きやすく飾りは最低限に抑えたデザインと注文した。
「お嬢様、ドレスの色は?」
「薄緑で。後はマダムにお任せします」
「お嬢様はいつも地味なドレスを好んで着られてますが偶には可愛らしいドレスでもよろしいのでは?」
「(悪かったわね)では、皇后陛下主催の茶会に出席するに相応しいドレスで。私からは以上です」
元々ドレスは一着しか必要としなかったジューリアは後は全てマダム任せにして終わらせるつもりだった。表には出さず、非常に分かり難いがマダムも無能の烙印を押されたジューリアを馬鹿にしている。
ジューリア、とマリアージュが呼び止めてもスルーをしてサロンを出た。外で待たせていたケイティを連れて歩き出すとマリアージュに追い付かれた。
「ジューリア!」
足を止めて振り向いたジューリアは仕方なしに耳を傾けた。
「折角のマダムビビアンのドレスよ? 後三着や五着はデザインしたら……」
「茶会に殆ど参加しない私にあまり新作のドレスも派手なドレスも必要ありません。こうやって外を歩き回る方が楽しいので動きやすさメインなら、マダムビビアンでなくても既製品で十分です」
「そんな」
きっとマリアージュとしてはドレスを利用してジューリアと少しでも会話をしたかったのだろうが、どうもマダムから馬鹿にされている気がしてジューリアは早々に帰りたくなった。
——私の気のし過ぎかもしれないけど
悲壮感を漂わせるマリアージュが何かを言う前にケイティの手を引っ張って素早く屋敷の外に出た。ふと、ケイティを見上げた。
「マダムビビアンって帝都では一番のデザイナーだけど私はあまり好きじゃないの」
「どうしてですか」
「多分、マダムの好みと私の好みが正反対だからな気がする」
彼女が今着ていたドレスもそうだが女性が好みそうな派手で美しさをより見せつけるもの。ジューリアの好みじゃない。
「ジューリアお嬢様だってきっと似合います」
「ありがとう。でも、私は今の方が好き」
何より、他家に行かないジューリアからするとやはり新作のドレスは必要ないのだ。
予定していたよりもずっと早くに終わり、大教会に戻ろうとなったが「ジューリア!」とよく知っている声が届く。
が、聞く気のないジューリアは停車させていた馬車まで行った。戸惑うケイティに「気にしない」と扉を開けて先に馬車に上がってもらった。
「ジューリア!」
間近に迫った声にうんざりとした面持ちで振り向くとグラースがいた。後方から走ってくる従者は見慣れない。前の従者は街で騒ぎがあった際、ジューリアとヴィルを置いてグラースとフランシスだけを抱えて逃げた事で強制解雇となったらしい。お気の毒にと思うがそれだけ。
「なんですか」
「母上が折角お前の為にとマダムビビアンを呼んだのにあの態度はなんだ!」
どうやら何処かで見ていたらしい。ジューリアの為とはどういう事だろうか?
「皇后陛下主催のお茶会用で新しいドレスをデザインする為でしょう?」
「それもある。だが大部分は、セレーネにドレスを盗られたお前の為に新しいドレスを用意する為でもある」
「今あるドレスで十分です。マダムにもお茶会用で着るドレスの注文をしました。これで満足してください」
「少しは歩み寄ろうとする気はないのか!」
「……は?」
「あ……」
口に出してしまえば時既に遅く。瞬時に周りの温度が下がった。ジューリアの視線が一気に氷点下に達した。
「あ……ごめ……」
「……いいえ。どうぞ、一切歩み寄る気のない娘や妹の事は一切お気になさらず。さようなら」
「まっ」
青褪めた表情で何かを言い掛けたグラースを遮るように素早く馬車に乗り込み扉を強く閉めた。御者に出発してもらい、ジューリアを呼ぶグラースの声に一切耳を傾けなかった。
「意味不明だわあの人。やっぱり、頭を何処かで打ったのね」
「グラース様は多分……お嬢様と仲直りしたいのでは」
「メイリンがいるんだから、私がいなくても兄妹仲良しは出来るわよ」
無能の烙印を押される前は父や母同様、グラースとも仲良くしていた。時折、庭で散歩をする際グラースと歩いた記憶があった。前世の兄と手を繋いで散歩などしたら大怪我を負うだけ。
「あ」
「どうされました?」
「ううん、何でもない」
ふと、頭に不思議な光景が映った。
見慣れた老夫婦に土下座している男。記憶違いでなければ多分前世の父。老夫婦は父方祖父母。家族から疎まれる樹里亜を常に気遣い、味方でいてくれた。一瞬だったのでよくは分からなかったが祖父母は非常に険しい顔付きで土下座している父を見ていた。
——私が死んだ後……だよね。
樹里亜を川に突き飛ばし殺した次兄はどうなったのだろう。殺意があれ、どうであれ、息子達を溺愛していた父の事だ、樹里亜が誤って川から落ちたと警察に話していそうだ。
——遠くなっていく馬車を見つめながら、力なく膝を崩したグラース。追い掛けて来た新しい従者に心配されるが今は声を掛ける気力がない。
ジューリアから発せられた冷たい声、徹底的なまでに拒絶する態度。どれもグラースや両親の扱いのせいでジューリアは心を閉ざしてしまったと言うのに、あんな言い方をしたらジューリアの逆鱗に触れると解っていたのに、何故か口から出てしまった。
一度口から出た言葉は無かった事にならない。ジューリアとやり直す機会をずっと窺っている母があまりに可哀想で、母の気持ちを知ろうとしないジューリアに腹が立ってあんな言い方をしてしまった。
「なんで……こうなるんだ……っ」
無能の烙印を押される前の関係に戻りたい。お兄様、お兄様、と雛鳥のように自分に付いて歩いたジューリアが思い出される。体が弱く、常にベッドにいたジューリアは時折外に出て良い日があった。そんな時は大抵父か母がジューリアを庭に出して散歩をさせていた。そこにグラースが加わる時があり、ジューリアと手を繋いでよく庭を歩いた。
三年前からそんな散歩だって無くなった。ジューリアが魔力以外取り柄のない令嬢と解った瞬間から皆ジューリアを見捨てた。
「ジューリアと……仲直りがしたい」
一度閉ざされた心を開く事がどれだけ大変か、誰も理解していなかった。その代償が今なのだ。
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