砂糖漬けの日々~元侯爵令嬢は第二王子に溺愛されてます~

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10 夜会当日

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 金の装飾がされた姿見の前に立つエウフェミアは紫のドレス・ヒール・髪飾り・首飾りと、全身紫色にコーディネートされていた。口紅まで紫では顔色が悪いと判断されるので、色は薄い桃色。行為の回数を2回に抑えてくれていたお陰で夜会に無事出席出来る。魔族にしては露出を抑えたドレスはエウフェミアの可憐な魅力を最大限引き出している。エウフェミアの準備を終えた侍女達は、部屋を訪れたヨハンと入れ替わるように出て行った。


「綺麗だ、フェミー」
「ありがとう、ヨハン」


 黒と銀を基調とした格好は王子としての風格を惜しみ無く押し出し、スラリとした長身ながらも適度に鍛えている引き締まった身体が服の上からも見える。つい赤面してしまったエウフェミアを引き寄せた。


「どうした? 俺に惚れたか?」
「もう、ヨハン以外には惚れないわ」
「当然だ。フェミーが俺を捨てて他の相手に所へ行こうとするなら、捕まえて城の最奥に閉じ込めてやる」
「じょ、冗談でも怖い冗談は嫌」
「冗談なものか。フェミーに飽きられないには、どうしたらいいか毎日考えているというのに」
「ヨハンは、私が誰構わず好きになると思ってるの?」


 心外だと思った。最初に魔王城の庭園で会話をし、次に出会った時は一目惚れしたから迎えに来たと告げて呆然とするエウフェミアを連れ去る形で城に帰った。たった1度の会話で惚れられる要素が何処にあったか未だに不明なエウフェミアでも、自分がどれだけヨハンに愛されているか分かる。
 父アロンは、最初邪魔なエウフェミアがいなくなるならと喜んだ。これでやっと、愛しい妻と娘の3人で暮らせるのだと。だが、ウェンディが存命中の頃から仕える使用人達は良い顔をしなかった。
 初めの頃は、よくヨハンが気を利かせて邸内の様子を使い魔を放って見させてくれた。皆言葉にはしないがアロンに良い感情を見せていなかった。


「……ねえ、ヨハン」
「どうした」
「私、ちゃんとヨハンの妻として、第2王子妃として振る舞えるかな?」


 誰の前で、とは言わず。
 言葉にしなくても、エウフェミアの心中を察しているヨハンは、そっと額に口付けた。


「当然だ。俺も側にいる。何より、そう固くならなくていい。フェミーは普段通りでいい。その方が十分魅力的だから」
「ほんと?」
「俺がフェミーに嘘を言ったことはあるか?」
「ううん」
「なら信じろ」


 真っ直ぐな気持ちや言葉を何度でも与えてくれるヨハン。それを聞くだけで、与えられるだけでエウフェミアの不安は消えていく。
 ヨハンに抱き締められ、使者が呼びに来ると2人は部屋を出た。



 ――場所は移動してパーティー会場へ。
 広々とした会場には、魔界中の貴族達が集まり一時の夜を楽しんでいた。
 第2王子夫妻として、挨拶回りを終えたエウフェミアとヨハンは壁際に寄って休憩を挟んでいた。新婚であろうと見目麗しい女性達への、ヨハンに向ける欲の籠った瞳は何時見ても慣れない。愛人でもいいから関係を持ちたい女性が何人もいる証拠だ。
 炭酸入りの水を飲んですっきりしている所にエウフェミアはヨハンを見上げた。


「今日はナスカ殿下からのアプローチはなかったわね」
「あの兄者でも、時と場所を選んでいる。毎回来られたんじゃ堪ったものじゃない。それにだ、兄者は王太子。相応の振る舞いをする義務もある」


 ほら、とヨハンが指指した方には、普段の異母弟に向けるだらしのない顔ではなく、次期魔王としての風格を持ち合わせた王太子の顔をしたナスカがいた。
 癖のある黒髪に、黄昏色の瞳をした美丈夫と語り合っているナスカの元へ海を思わせる髪と瞳の神経質そうな男性が来た。


「兄者と話しているのは、ノワール公爵で、後から来たのはフォレスト公爵だな」


 どちらも魔王を支える『五大公爵家』の当主達。エウフェミアは何度か顔を合わせた程度なのでどの様な人物かはあまり知らない。残る1人、ドラメール公爵とはまだ会ったことはないがヨハン曰く、会わなくても問題はないらしい。寧ろ、典型的な貴族思考のドラメール公爵とは話が合わないのだ。
 幾らかフォレスト公爵と言葉を交わしたナスカの表情が驚愕に変わる。眺めるエウフェミアとヨハンも何事かと身構えるが、すぐに困ったように溜め息を吐いたナスカが2人に向いた。断りを入れてその場から離れたナスカが来ると軽く頭を下げた。


「やあ、2人共。楽しんでる?」
「それなりには。さっき、何を話していた?」
「うん? うーん……良いことなのか、困ったことなのか、……判断の仕様が難しくてね。ヨハンにも話しておかないと、とは思っているんだけど……」


 言葉を敢えて濁す辺り、人の多い場所では話し難いということ。


「あの、でしたらヨハンとナスカ殿下で場所を移されては?」
「駄目だ。フェミーを1人にしておけない」
「私なら大丈夫よ。ちゃんと此処で待ってるから」


 まだ生家側の接触はない。来ているのだけは知っている。入場の際、アナウンスがあり、しっかりと姿を目にしたから。
 渋るヨハンをどう説得しようか思案していると――


「おや、どうかしたのかい」


 放浪当主と名高いシルヴァ公爵家当主、シャルルが姿を見せた。。


「ああ、丁度いいところに。私とヨハンで大事な話をしたいから、シャルルはエウフェミアといてあげてくれ」


 良案だと言わんばかりのナスカに対し、自分以外の相手とエウフェミアを一緒にいさせたくないヨハンの顔は険しい。おろおろとするエウフェミアを見下ろし、すぐに戻ると告げてナスカと会場を出た。
 残されたエウフェミアはシャルルに頭を下げた。


「も、申し訳ありません、シルヴァ公爵」
「気にする必要はない。ナスカ殿下の話とは一体?」
「さあ……。フォレスト公爵と何かを話した後、此方に来てヨハンに話すかどうかと言っておられただけなので……」
「……成る程。あの話か」
「シルヴァ公爵はご存知なのですか?」
「うむ。良いことなのか、悪いことなのか、判断が非常に困難でね。我々としても、どう扱って良いのやら」


 ナスカも同じ言い方をしていた。自分の知らない所で魔界のトップ達が頭を悩ませる程のこと。ふと、無意識の内に始祖の名を口にしてしまった。シャルルは苦笑し、頷く。


「そうだね。詳細は言えないが始祖……ウアリウス様のせいだとは言える。あの方も、非常に困った方だ。結果がどうであれ、私達は受け止めなくてはいけない」
「……何事もないことを祈ります」


 不穏な気配を漂わせる言葉に心底願ってしまう。
 給仕が飲み物を持って来たのでエウフェミアは甘いカクテルを、シャルルはワインを取った。


「ところで」
「はい」
「お父上には会ったかな?」
「……いえ、まだです」
「そうか。まあ、そうだろうな。ヨハン殿下がずっと側にいたのでは近付きたくても近付けられないのだろう。今も私がいる」
「外面だけはしっかりしているので……」
「否定はしない」


 さっきから肌に刺す熱く痛い視線。目を向けずとも解る。向けているのは父アロン。異母妹のティアラもチラチラとエウフェミアを見ている。近くにいたヨハンがいなくなったと思えば、今度はシャルルが来て余計接触出来ないと判断したのだろう。
 このまま、何事もなく夜会が終わってほしいと願うエウフェミアだが、彼女の運は今日に限って悪かった。


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