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11 恥さらし

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 ヨハンとナスカが戻るまでシャルルと会話を楽しむエウフェミアの耳は、聞き覚えのある短い悲鳴を拾った。見ると、銀色の美しいドレスを着た異母妹が派手な令嬢達に囲まれていた。よく見るとドレスの裾が葡萄色に染まっていた。先頭に立つ一際派手な令嬢が持つグラスの中身は空。
 彼女がティアラに飲み物を故意に掛けたのだ。事故なら、底意地の悪い笑みでティアラを見下さない。咄嗟に体が動いたエウフェミアだが、寸手のところでシャルルに止められた。


「待ちなさい、エウフェミア殿」
「ですがっ」
「ここは1つ、見守ることも必要ではないのかな? 平民出身の後妻が生んだ娘が貴族として成長したかを見る、いい機会だ」
「……」


 ヨハンに貰われるまでは、家庭教師との勉強についていけないティアラの為にエウフェミアは出来る限り手助けをした。最初は分からなくて挫けそうになっていたティアラだが、飲み込む能力は高かった。どんどんと知識を吸収していく姿はとても頼もしく、自分が教えることは近い内に無くなると寂しくもあった。
 シャルルの言い分も理解出来る。魔王城に移り住んで以降、今日までティアラを見かけたことはなかった。ヨハンが意図的にエウフェミアと会わせないよう仕組んでいたのもある。彼女が今までどの様に暮らしていたかは想像でしか分からない。

 エウフェミアは心配な気持ちを抑え、ティアラを見つめた。
 初めは呆然としてたティアラだが、主犯者の令嬢が馬鹿にした笑みを零すと真正面から向かい合った。平民の血を引くと言えど半分はアクアディーネ侯爵家の血が流れているのだ。
 狼狽えるか、泣いて悲劇のヒロインぶるかを期待してそうだった令嬢達は予想外な態度にたじろぐ。


「あなた方はお見受けするに、ミスリア伯爵令嬢、ソルト伯爵令嬢、ラーグバーン子爵令嬢、アスタル令嬢、それに……」


 次々と令嬢達の家名を言い当てていくティアラをエウフェミアは感動した面持ちで見守っていた。
 親鳥について回る雛鳥みたいにエウフェミアの後をついて回っていた可愛いティアラが、飲み物を掛けてきた令嬢相手に怯むこともなく堂々と立ち向かっている。


「ティアラ……とても成長していますわ……」
「ふうむ……」
「シルヴァ公爵様……?」


 エウフェミアがティアラの成長を喜ぶ反面、シャルルは浮かない顔をしていた。


「成る程……確かにティアラ嬢は侯爵令嬢として立派に成長している。だがティアラ嬢の状況を君の仕業だと思っているのが1人いる」
「あ……」


 1人。
 夜会が始まってからずっとヨハンといて、そのヨハンがナスカと席を外している間はシャルルがいて。1人になる時間がないエウフェミアが何時令嬢達をけしかけティアラに危害を加えられるか。魔術を使うか、夜会が始まる以前から手を回していたら話は違うがエウフェミアがティアラに危害を加える動機は皆無。今でさえ、堂々と嫌がらせをしてきた相手に堂々としているティアラに感動しているのに。
 シャルルの言う1人。考えらえるのもまた1人。

 ティアラに言い負かされ、令嬢達は悔しげに退散した。ホッと息を吐いたティアラは魔術でドレスの染みを消した。
 魔術の使い方も格段に上手になっていた。
 ティアラの翡翠色の瞳と目が合った。顔を綻ばせたティアラはヨハンがいないからか、エウフェミアの方へ来ようとした。
 時だ。


「エウフェミア」


 決して声は張り上げてないのに会場に響いた低い声。約10年振りに耳にした声にエウフェミアの体は無意識に強張った。
 ヨハンが一目惚れをして屋敷から連れ出してくれていなかったら、毎日胃痛に苦しんでいたであろう元凶――実父アロン=アクアディーネは、周囲の人が開けた道を進んでエウフェミアの前に立った。
 礼儀として挨拶をするがアロンは返さなかった。実の娘を敵意剥き出しの真紅の瞳で睨んでいた。

 シャルルの予感が当たっていた。


「貴様、取り巻きを使ってティアラに危害を加えるとは何事だ。恥を知れ」
「……」


 大切な愛人との娘、ティアラ。愛娘が腹違いの姉が仕向けた令嬢達によって辱しめを受けたと怒る父にエウフェミアの言葉は届かない。言ったところで別の意味に曲解して更に怒る。ウェンディとは政略結婚だったと言えど、過剰な敵意を剥き出しにする程嫌う理由はなんなのか。

 エウフェミアはどうアロンに言葉を返そうか思案した。すると助け船が出された。


「落ち着きたまえ、アクアディーネ侯爵」
「シルヴァ公爵殿。家庭内の事情に口を挟まないでいただきたい」


 シャルルがエウフェミアを庇うように間に入った。


「エウフェミア殿はヨハン殿下の妃。もうアクアディーネ侯爵家の娘ではない。それ以前に、エウフェミア殿がヨハン殿下の婚約者として魔王城に移り住んですぐ、彼女との親子関係はなくなっている筈だ」
「え?」


 初耳な事実。驚愕するエウフェミアに一瞥をくれたシャルルが説明した。


「君は後妻のライラ婦人と娘ティアラ嬢だけを家族としたいが為に、エウフェミア殿との親子関係を解消しただろう。そうだな、ルキウス」


 魔王の補佐官を務める優秀な魔族の名をシャルルが紡いだ。呼ばれたルキウスという魔族は、赤みがかった銀糸に紫水晶の絶世の部類に入る美青年だった。髪の色がアロンと同じだが、魔界だと珍しくもない色で血縁はない。
 彼は『五大公爵家』の一角フォレスト家の者。

 魔王の側に控えるルキウスは面倒くさそうに「そうだよ」と肯定した。


「第2王子妃はアクアディーネ侯爵家から戸籍を抹消されている。彼女の戸籍は今、前侯爵夫人の生家の養女、ということになってる」
「つまり、今の君とエウフェミア殿は全くの他人……となるのだよ。アクアディーネ侯爵」
「っっ!」


 腹立たしげにシャルルとルキウスを交互に睨んでいたアロン。
 自分が知らない間にアクアディーネ侯爵令嬢から、母方の生家ハートメロディ伯爵令嬢となっていると知ったエウフェミアは自分が分かるように情報を整理した。

 アロンが本当の家族をライラとティアラだけにする為にアクアディーネ侯爵家の戸籍からエウフェミアの存在を消した。代わりに前妻の生家の養女にした。つい先程身内の問題に首を突っ込むなとシャルルに忠告するも、既に身内ではなくなっていると指摘され逆上寸前。

 …………。

 聞いているだけで恥ずかしい。
 他人事ではないので、余計恥ずかしさが増した。

 父はここまで馬鹿だったのか、と信じたくない自分がいる。


「そ、そんな……お父様……」


 信じたくない思いを抱くのはエウフェミアだけではなかった。
 ティアラもまた同じだったらしく。戸惑いの眼を真っ直ぐアロンに向けた。


「お姉様はお父様の娘なのに……っ、……あ……もしかして、私が何度もお姉様に会いたいとお願いしても頷いてくれなかったのは既に戸籍を消した後だったからですか?」
「ティ、ティアラ」
「答えて下さい、お父様」


 愛娘に詰められると滅法弱いアロンはあわあわとする。
 更に恥ずかしい父の姿にエウフェミアは穴があったら入りたくなった。


「……はあ……先代侯爵も呑気に隠居生活を送っていられんな」
「は、はい……」
「やはり君は知らなかったみたいだね、戸籍がハートメロディー伯爵家の養女となっていたのを」
「戸籍を確認する機会が1度もなかったので……」
「……そうだろうな」


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