砂糖漬けの日々~元侯爵令嬢は第二王子に溺愛されてます~

文字の大きさ
12 / 13

12 宣言

しおりを挟む

 戸籍が知らぬ間にアクアディーネ侯爵家から、母方のハートメロディー伯爵家に移されていた。愛人ライラ愛娘ティアラを溺愛していたアロンがエウフェミアがいなくなったのを良いことに暴走するのはある程度の範囲内。
 なのに、自分で娘との縁を切っておいて忘れるとは……。シャルルに君は無関係だ、と慰められてもエウフェミアは恥ずかしさで顔が赤くなった。
 ティアラに詰られ、タジタジとなるアランの情けない姿といったらない。
 場が騒がしくなり始めた。
 例え縁を切ったといえど、親子の血の縁は深い。
 第2王子妃として、堂々と振る舞うと決めたではないか。エウフェミアはアロンとティアラに近付いた。
 
 
「アクアディーネ侯爵」
 
 
 どうせ今回が最後だと、言いたいことは言ってしまおうと自分に言い聞かせる。
 
 
「私が異母妹のティアラを害そうと、ですが自分の手は汚したくなくて他の相手を使ったとあなたは言いました。事実無根で御座います。私はティアラに邪な気持ちは抱いておりません」
 
 
 短い期間だったがティアラと過ごした日々の中で彼女を邪魔だ、疎ましいと思う感情は抱かなかった。ずっと平民として暮らしていた彼女が早く貴族社会に馴染めるようにと、文字の読み書きから令嬢としての作法・動作等沢山のことを教えた。
 エウフェミアがティアラに好意的だった理由で最も大きいのは彼女自身だった。
 善意でやっていることをさも当たり前のように享受し、逆に父に愛されていると上から見られていたら流石のエウフェミアも同じように接せられる自信はなかった。
 
 
「侯爵が私をどう思おうが勝手です。ただ、他家の令嬢に絡まれ自分の力で問題なく解決したティアラを心配もせず、私が手引きしたと決め付けるのは如何なものかと」
「っ……!」
 
 
 ティアラを大事に大事にする割に、頭に血が上ったせいもあるのだろうがアロンはティアラの無事の確認より真っ先にエウフェミアを非難した。
 これで娘を大事にしていると豪語されても説得力が皆無だ。
 周囲の貴族もエウフェミアを肯定する囁きを流し始める。
 
 公衆の面前で恥を欠かされたと顔を赤くするアロンは今にも罵倒が勢いよく飛び出しそうで。身を固くして警戒するエウフェミアだったが……
「なんの騒ぎ?」と場に似つかわしくない、不思議そうな声色が会場に届いた。声のした方向を見ると深い蒼の瞳を見開いた。
 途中消えたヨハンとナスカ、その背後に神経質そうな顔をした海を思わせる髪と瞳の男性ーーフォレスト公爵が2人の赤ん坊を手に抱いていた。
 
 
「フェミー」
 
 
 エウフェミアの姿を捉えるとヨハンはすぐにやってきた。対峙するアロンとの間に入るように。
 
 
「大丈夫か? 何があった」
「ううん、大したことはないわ」
「だが……」
 
 
 敵意の籠った紫水晶の瞳がアロンを睨む。徐々に上昇するヨハンの魔力が会場を揺らす。「ヨハン殿下」と諌めたのはシャルル。
 
 
「感情を妄りに表すものじゃない。それに双子を連れてきたということは……」
「……ああ、そうだよ」
 
 
 仕方なく、心の底から仕方なさそうに魔力を抑えたヨハンはエウフェミアの肩を抱いてナスカ達の所へ。去り際、アロンへ牽制の意を込めた眼を向けるのを忘れずに。

 
「ヨハン一体……」
「今から説明する」
 
 
 戻ったヨハンは頃合いだとナスカに目配せを送った。はあ、と面倒くさげに息を吐いたナスカはフォレスト公爵が抱いている双子の赤子を皆に見せた。
 
 
「彼が今抱いている双子の赤子はーー始祖の魔王、ウアリウス様の御子息達だ」
 
 
 会場中から音が消えた。
 人はいるのに、音だけが一瞬にして奪われた。
 呼吸すら聞こえない。
 エウフェミアでさえ、ナスカの放った言葉の理解を思考する能力が奪われた。
 
 始祖の魔王は魔界で最初に王になった最も偉大な魔族。遠い昔に眠りに就いたと授業で習うのが基本。だが、最近になってエウフェミアは知ったが始祖の魔王は生きていた。
 場の困惑を振り切りナスカは説明を続けた。
 
 
「この子達が始祖の魔王の息子なのは確かだよ。何たって、本人が腕に抱いてイグナイト公爵の所へ持って帰って来たから」
 
 
 捨て猫や捨て犬を拾った軽い調子で言うが、小声でヨハンが当時知らされたナスカも今の場と同じで言葉を失ったとか。
 衝撃があまりにも強烈過ぎるのだ。
 
 
「彼等の身に秘める魔力は尋常じゃない。現魔王や次期魔王である私を遥かに凌駕する。『五大公爵家』の当主達と話し合い決定した」
 
 
 ゴクリとエウフェミアは生唾を飲み込んだ。
 ナスカの次の発言を誰もが待っている。
 
 
「この子達を次期魔王候補とする。更に最近生まれたノワール家の三男とフォレスト家の長男もね。あの子達も類まれな魔力を持っていた」
 
 
 魔王に相応しい魔力を持つといえど、昔よりマシになったとは言えナスカは病弱な身。不安要素が消えない魔王よりも、より強く確固たる力を持つ相応しい候補がいるならそちらを優先するのもまた道理。
 誰も反対の声をあげない。
 反対するということは、始祖の魔王を軽く見るのと同義。
 最も偉大な魔族の血を引く子達とナスカが指名した2名の子達。
 どちらが魔王になっても歴代のどの魔王よりも強大な力を有するだろう。
 
 エウフェミアはそっとフォレスト公爵が抱く赤ん坊を覗いた。
 エウフェミアと同じ、魔界では珍しい純金の髪の子と流麗な銀の髪の子。2人とも眠っているので瞳の色までは分からない。
 
 
「名前はなんて言うの?」とヨハンに訊ねた。
「金髪の子がロゼ、銀髪の子がリエルだと言われた」
「子供か……ふふ、私やヨハンにもいつか出来たらいいわね」
「いらない。子供なんかにフェミーとの時間を邪魔されたくない」
「そんなことないわ。きっと楽しいわ」

「そうだ」と声を上げたナスカは手を叩いた。
 
 
「こういうことだから、私は王太子位を返上する。彼等がある程度成長したら……」
 
 
 ナスカの空色の瞳がヨハンとエウフェミアを視界に入れた。
 
 
「弟夫婦と一緒に人間界に移住するねー!」
 
 
 輝かしい笑顔で爆弾を投下したナスカに会場中から驚きと呆れの声が多発した。急に巻き込まれたヨハンは何を勝手にと額に手を当てて呆れ、エウフェミアはナスカらしいと苦笑した。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...