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12 宣言
しおりを挟む戸籍が知らぬ間にアクアディーネ侯爵家から、母方のハートメロディー伯爵家に移されていた。愛人と愛娘を溺愛していたアロンがエウフェミアがいなくなったのを良いことに暴走するのはある程度の範囲内。
なのに、自分で娘との縁を切っておいて忘れるとは……。シャルルに君は無関係だ、と慰められてもエウフェミアは恥ずかしさで顔が赤くなった。
ティアラに詰られ、タジタジとなるアランの情けない姿といったらない。
場が騒がしくなり始めた。
例え縁を切ったといえど、親子の血の縁は深い。
第2王子妃として、堂々と振る舞うと決めたではないか。エウフェミアはアロンとティアラに近付いた。
「アクアディーネ侯爵」
どうせ今回が最後だと、言いたいことは言ってしまおうと自分に言い聞かせる。
「私が異母妹のティアラを害そうと、ですが自分の手は汚したくなくて他の相手を使ったとあなたは言いました。事実無根で御座います。私はティアラに邪な気持ちは抱いておりません」
短い期間だったがティアラと過ごした日々の中で彼女を邪魔だ、疎ましいと思う感情は抱かなかった。ずっと平民として暮らしていた彼女が早く貴族社会に馴染めるようにと、文字の読み書きから令嬢としての作法・動作等沢山のことを教えた。
エウフェミアがティアラに好意的だった理由で最も大きいのは彼女自身だった。
善意でやっていることをさも当たり前のように享受し、逆に父に愛されていると上から見られていたら流石のエウフェミアも同じように接せられる自信はなかった。
「侯爵が私をどう思おうが勝手です。ただ、他家の令嬢に絡まれ自分の力で問題なく解決したティアラを心配もせず、私が手引きしたと決め付けるのは如何なものかと」
「っ……!」
ティアラを大事に大事にする割に、頭に血が上ったせいもあるのだろうがアロンはティアラの無事の確認より真っ先にエウフェミアを非難した。
これで娘を大事にしていると豪語されても説得力が皆無だ。
周囲の貴族もエウフェミアを肯定する囁きを流し始める。
公衆の面前で恥を欠かされたと顔を赤くするアロンは今にも罵倒が勢いよく飛び出しそうで。身を固くして警戒するエウフェミアだったが……
「なんの騒ぎ?」と場に似つかわしくない、不思議そうな声色が会場に届いた。声のした方向を見ると深い蒼の瞳を見開いた。
途中消えたヨハンとナスカ、その背後に神経質そうな顔をした海を思わせる髪と瞳の男性ーーフォレスト公爵が2人の赤ん坊を手に抱いていた。
「フェミー」
エウフェミアの姿を捉えるとヨハンはすぐにやってきた。対峙するアロンとの間に入るように。
「大丈夫か? 何があった」
「ううん、大したことはないわ」
「だが……」
敵意の籠った紫水晶の瞳がアロンを睨む。徐々に上昇するヨハンの魔力が会場を揺らす。「ヨハン殿下」と諌めたのはシャルル。
「感情を妄りに表すものじゃない。それに双子を連れてきたということは……」
「……ああ、そうだよ」
仕方なく、心の底から仕方なさそうに魔力を抑えたヨハンはエウフェミアの肩を抱いてナスカ達の所へ。去り際、アロンへ牽制の意を込めた眼を向けるのを忘れずに。
「ヨハン一体……」
「今から説明する」
戻ったヨハンは頃合いだとナスカに目配せを送った。はあ、と面倒くさげに息を吐いたナスカはフォレスト公爵が抱いている双子の赤子を皆に見せた。
「彼が今抱いている双子の赤子はーー始祖の魔王、ウアリウス様の御子息達だ」
会場中から音が消えた。
人はいるのに、音だけが一瞬にして奪われた。
呼吸すら聞こえない。
エウフェミアでさえ、ナスカの放った言葉の理解を思考する能力が奪われた。
始祖の魔王は魔界で最初に王になった最も偉大な魔族。遠い昔に眠りに就いたと授業で習うのが基本。だが、最近になってエウフェミアは知ったが始祖の魔王は生きていた。
場の困惑を振り切りナスカは説明を続けた。
「この子達が始祖の魔王の息子なのは確かだよ。何たって、本人が腕に抱いてイグナイト公爵の所へ持って帰って来たから」
捨て猫や捨て犬を拾った軽い調子で言うが、小声でヨハンが当時知らされたナスカも今の場と同じで言葉を失ったとか。
衝撃があまりにも強烈過ぎるのだ。
「彼等の身に秘める魔力は尋常じゃない。現魔王や次期魔王である私を遥かに凌駕する。『五大公爵家』の当主達と話し合い決定した」
ゴクリとエウフェミアは生唾を飲み込んだ。
ナスカの次の発言を誰もが待っている。
「この子達を次期魔王候補とする。更に最近生まれたノワール家の三男とフォレスト家の長男もね。あの子達も類まれな魔力を持っていた」
魔王に相応しい魔力を持つといえど、昔よりマシになったとは言えナスカは病弱な身。不安要素が消えない魔王よりも、より強く確固たる力を持つ相応しい候補がいるならそちらを優先するのもまた道理。
誰も反対の声をあげない。
反対するということは、始祖の魔王を軽く見るのと同義。
最も偉大な魔族の血を引く子達とナスカが指名した2名の子達。
どちらが魔王になっても歴代のどの魔王よりも強大な力を有するだろう。
エウフェミアはそっとフォレスト公爵が抱く赤ん坊を覗いた。
エウフェミアと同じ、魔界では珍しい純金の髪の子と流麗な銀の髪の子。2人とも眠っているので瞳の色までは分からない。
「名前はなんて言うの?」とヨハンに訊ねた。
「金髪の子がロゼ、銀髪の子がリエルだと言われた」
「子供か……ふふ、私やヨハンにもいつか出来たらいいわね」
「いらない。子供なんかにフェミーとの時間を邪魔されたくない」
「そんなことないわ。きっと楽しいわ」
「そうだ」と声を上げたナスカは手を叩いた。
「こういうことだから、私は王太子位を返上する。彼等がある程度成長したら……」
ナスカの空色の瞳がヨハンとエウフェミアを視界に入れた。
「弟夫婦と一緒に人間界に移住するねー!」
輝かしい笑顔で爆弾を投下したナスカに会場中から驚きと呆れの声が多発した。急に巻き込まれたヨハンは何を勝手にと額に手を当てて呆れ、エウフェミアはナスカらしいと苦笑した。
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