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13 人間界に移住しても変わらない
しおりを挟む――次期魔王候補が王太子ナスカから、始祖の魔王の息子達、ノーワル家の3男、フォレスト家の長男の4人に決定された夜会から1月後。
宣言通り、ナスカは弟夫婦と人間界移住計画を練り始めた。勝手に進めるなとヨハンは何度か苦言を呈するも、浮足立って準備を進める異母兄の気持ちも分からないでもないので強くは言わなかった。最近では自身も手伝いを始めている。しかしこの二人に待ったを掛けたのが周囲。
特に、魔王補佐官のルキウスが反発した。
「ちょっと。まだ君は王太子のままなんだよ? 勝手な事をしないでよ」
「いいじゃないの。病弱な王太子より、強く丈夫な体を持つ魔族が魔王候補になったんだよ? 魔界を出る絶好の機会を得たんだから邪魔しないでよ」
「邪魔するよ。おれだって魔王の補佐官なんて地位を捨てて『宝物』探しに行きたいのに」
ルキウスはフォレスト公爵の弟。『五大公爵家』には代々、困った体質の持ち主が生まれる。シルヴァ公爵家当主シャルルが一つの場所に滞在するのが出来ないのもこの体質のせい。ルキウスの場合は『唯一の伴侶を求める』という、魔物族の番に似ていた。ルキウスの『宝物』が人間、最悪の場合、魔族の永遠の敵天使だったらとんでもない為に彼を魔界に留めてく枷として補佐官の仕事を無理矢理命じた。
公爵家の当主達が。
ナスカやヨハンが人間界移住計画を嬉々として進めるせいでルキウスの不満が爆発。またも周囲は頭を悩ませたものの、空気同然だった魔王がナスカとヨハンを呼び出した。
第2王子夫妻の部屋で顛末をヨハンに聞かされたエウフェミアは苦笑を隠せなかった。不貞腐れたヨハンの機嫌を治してもらおうと頬に口付けた。
「もう、拗ねないで」
「ったく。ルキウスのせいで延長だ」
魔王候補となった4人は赤ん坊。彼等が成長し、次期魔王決定となるまで魔界に留まり、これまで通り公務を熟す決定となった。無論、不満タラタラだったルキウスも。三人揃って不満を隠さなかったが魔王を筆頭とした公爵達の説得を聞き入れた。
やはり不満タラタラで。
エウフェミアを膝に乗せて、頭に顔を乗せたヨハンが「フェミー」と呼んだ。
「あれからアクアディーネ侯爵家は大変だったみたいだな……」
「……うん」
あの夜会で発覚した事実。幼い頃、ヨハンの告白を受けて魔王城に移り住んだエウフェミアの戸籍をアクアディーネ家から消したのにも関わらず、エウフェミアを糾弾したアロンは愛娘のティアラから蛇蝎の如く嫌われる羽目となった。
元々、異母姉妹の仲は悪くなかった。それを己の都合のいいように曲げて、エウフェミアがティアラを虐げていると愛娘を守る父親像に酔うアロンが見捨てられるのは当然だった。
まず、先代アクアディーネ侯爵がついに重い腰を上げた。ウェンディとアロンの婚約を無理矢理押し進め、生まれたエウフェミアがアロンに蔑ろにされた原因を作ったのもある意味では彼。魔界の第2王子と王太子にアロンを排除するよう迫られ、頷くしかなかった。
魔界中の貴族、魔王の血族が参加する夜会にてアクアディーネ家の顔に泥を塗ったアロンは今王都にいない。家庭人としての顔は最低でも領地経営の腕は本物であるため、100年間の領地監禁となった。魔族は不老であるため、歳を取らない。100年は短いとヨハンは反論するが、エウフェミアが精神的虐待を受けたのは幼い頃で、それもヨハンが惚れて魔王城に連れて帰って来た。魔王城で住み始めてからアロンの接触は絶たれていた為、今日まで影響もない。よって、エウフェミアに関しての罰は100年が妥当だと判断が下された。
納得がいかないヨハンを止めたのはナスカだった。100年の領地監禁よりも辛い罰がアロンには待ち構えていた。
「ライラ様やティアラに領地にいる間会えないのは、あの人にとって最もキツい罰だと思うのです」
「だろうな」
平民出身のライラは兎も角として、アロンの血を引いているティアラは間違いなくアクアディーネ侯爵家の娘。侯爵令嬢としての教育を真面目に受け続け、婿養子を貰って侯爵家を継ぐ予定となっていた。アロンが領地に飛ばされても変わらず、寧ろ、先代アクアディーネ侯爵が彼女を正式な跡取りと認めたのだ。
アロンからライラとティアラには会えない。
けれど、ライラとティアラからアロンに面会へは行ける。
ライラは様子を見に行く決めたらしいが今回の一件で父を嫌ったティアラは2度と会わないと宣言した。
「お母様や私に、ライラ様とティアラが危害を加えた訳でもないし、そもそもこれからという時に私がヨハンのお嫁に行ったから殆ど交流もなかったのよね」
「なんだ、今になって怒っているのか?」
「いいえ。ライラ様とティアラが変わらず、侯爵家にいられて良かったと」
「まあ。あの2人は貴族社会に溶け込もうと必死だったみたいだし、1人暴走して、1人だけ罰を食らったのはお前達の父親だけって話だ」
父が母を毛嫌いしていた詳細な理由は結局最後まで分からなかった。ただ、最後に1度だけティアラに会った際聞いた。
実はアロンとライラが密かに交際していた時、天使に襲われかけた事があった。アロンは平民街に行く際は、父親に動向を探られないよう敢えて魔力制御装置を着けていた。運悪く当時もそれを身に着けていた。中級天使だったが為に制限された魔力で一撃撃退は叶わず、ライラが怪我を負ってしまった。
幸いにも騎士団が駆けつけ、天使は捕獲された。ライラも騎士の手当てを受け、大事に至らず、傷も残らなかった。
魔界では珍しい純金の髪は天使とよく似ている。当時、アロンとライラを襲った天使の髪も金色。愛しい女性を襲い、傷まで作った憎き天使と似ている女性をアロンが愛せる訳もなかった。
『お父様がお姉様のお母様をお嫌いになる確かな理由は分かりません。でも、お母様に昔の話を聞いた時、もしかしたらと……』
『そう……。ありがとうティアラ』
『いえ……。……あの、お姉様』
ティアラは後ろにいるヨハンを気にしながらも祈るようにエウフェミアを見上げた。
『これからは年に1度でもいいのです。私と会って頂けないでしょうか?』
『勿論よ』
異母妹からの嬉しい頼みにエウフェミアは満面の笑みを浮かべた。
『是非、手紙を送ってちょうだい。必ず会いに行くわ』
『は、はい!』
『私も偶にはティアラを招待しても良いかしら?』
『勿論です! お姉様からの招待、楽しみにしています!』
『良かった』
同じ屋敷で育っていたら、父の目があって厳しかったかもしれない。だが、こうして良好な関係を築けてはいた。
「ティアラとこれからも会うことが出来ると分かって嬉しいです」
「俺は反対したい……」
「もう、まだ言ってるの?」
「俺がフェミーといる時間が減る」
「ヨハン」
ティアラと約束した時から、話題が出るとこうして拗ねてしまう。ご機嫌取りをするのはエウフェミアの仕事。
ヨハンの頬に口付けると胸に顔を寄せた。
「人間界に移住してもずっと一緒にいるじゃない」
「人間界に行ったら行ったで兄者がいる」
「賑やかでいいじゃない」
「はあ……まあいいや。1人くらいうるさいのがいて丁度良さそう」
「もう」
口では憎まれ口を叩きながらも、病弱だった異母兄の心配を誰よりもしていたのはヨハン。
絶対に口にはしないがヨハンもヨハンでナスカとの人間界移住を楽しみにしている。
「いつか、私とヨハンに子供が出来たら更に賑やかになりそうね」
「子供ね……まあ、兄者はああ見えて面倒見がいいから、子供がいたら俺よりもそっちに手を焼いてくれそうだ」
「そんな事ないわ。ナスカ殿下のことだから、子供を見ながらちゃんとヨハンも見てくれるわ」
「はあ……やれやれ……」
ありありと浮かぶ未来にヨハンは呆れたように息を吐くと共に、金色の頭にキスを落とした。
魔界で住もうが人間界で住もうが、愛しい人から与えられる砂糖のような甘い愛情は消えない。
今日もヨハンに愛されるエウフェミアは、溺れたら2度と抜け出せない砂糖漬けの日々に浸っていく――――。
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完結ですか?なんか中途半端な内容ですね。
前魔王とか5大公爵とか義母に義妹、色々と登場人物出しながら何を書きたかったのかわからなかったのは私だけ?
アロンのクズっぷり書きたかっただけですかね?
ご意見ありがとうございます。
今後は気をつけながら執筆して参ります。
久しぶりの更新ありがとうございます😊
最後にまさかの爆弾発言♪( ´▽`)
次回どうなる?と楽しみになりましたヽ(´▽`)/
で、誤字というか誤表記(?)あったのでご報告ヲ。
目配せする所で、ヨハンがヨハンに目配せしてます。
ご確認ください(๑>◡<๑)
ちなみにこの一文読んだ瞬間おもったのが、ヨハン器用だな〜なんて♪
更新ありがとうございます(*ノ´∀`*)ノ
いそいそ読み返し…クズ父に…( -言-)
毎回思うのは、先代アクアディーネ侯爵を黙らせる位の功績をあげて、平民を子爵家辺りの養子に迎え入れさせて結婚する位の根回しも出来ないクズのクセに、前妻と娘に八つ当たりすんなクズがー(σ・ω・)σですねww
ティアラも恥知らずで気持ち悪い…いや、自分が不義の子だって自覚があるなら、普通、フェミーには近寄らない( ;´・ω・`)
親子3人でフェミーに関わらないで欲しい、切実に。
ざまぁよりも、この3人が永劫フェミーとヨハンを煩わせない事の方が重要かな。
フェミーにはクズに煩わされず、ヨハンと二人で幸せになって欲しい。
今までの苦労が報われますように(。-人-。)
どうぞお身体に気を付けて( ´∀` )b
また次回を楽しみにしております。