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短編
お茶会の後ー愛しい娘には必要ないー
しおりを挟む先日のお茶会でもそうだがドレスを気にするミカエリスの真意が読めない。前回は婚約者とのお茶会だったから自分の色をしたドレスを着てこなかったメアリーを気に食わなかったのだろうが、今回はホワイトゲート公爵夫人主催のお茶会だ。彼の色をしたドレスを着なくても問題ない。
険しい顔つきで睨んでくるミカエリスと向き合う。
「前の時もそうですが私がどんなドレスを着ようが殿下には関係ないではありませんか」
「ないわけあるか。君は俺の婚約者なんだぞ」
「ですが、今回は殿下には関係なく」
「……」
関係ないと言われるとミカエリスもそれ以上は言えず。腕に抱き付くマーガレットが何か言いたげな視線をミカエリスに寄越しているが、向けないでメアリーから逸らさない。
「第一、殿下にドレスがどうだのと言われたくありません。婚約者と言うのならば、一度でも私に贈り物をしてから言ってください」
「な……」
どうして驚くのか?
最初は期待していたメアリーでも、その最初で相手にされなければ以降は期待を抱かない。婚約者に愛されなくても絶対の愛をくれる大好きなお父様とパパ様がいれば十分だ。皇帝も何れ義娘……というより、親戚のおじさんのようにメアリーと接する。ミカエリスの態度があんまりでも気にしなかったのはここが大きい。メアリーの言葉に絶句するミカエリスに首を傾げた。
「ま……待ってくれっ。そんな筈はない。俺は何度も君に贈っている。贈っても使わない、返事も寄越さないのは君じゃないか」
青褪めた顔で話すミカエリスの声は嘘を吐いている人間の色ではない。事実を言っているのなら疑問が浮かぶ。ミカエリスの贈るプレゼントが何故メアリーに届かないのか。顎に人差し指を当ててメアリーは思案し、ちらっとマーガレットを一瞥してミカエリスと向き合う。
「……ホワイトゲート嬢と間違っていませんか?」
「なっ! 君は俺が相手を間違えて贈り物を贈ったと言うのか!?」
事実、社交界ではマーガレットが身に付けるドレスや装飾品はミカエリスが贈った物だと囁かれている。引き篭もり同然の生活をしているメアリーですら耳に入るのだ。彼が知らないのは有り得ない。ただ、ミカエリスの様子を見るにマーガレットに贈り物をしているのは事実だろう。顔を赤くして怒気の籠った金色の瞳で射抜かれる。
「酷いですわメアリー様! ミカの気持ちを踏み躙った挙句、ミカが悪いみたいに言うなんて」
先程から黙っていたマーガレットがここぞと言わんばかりに声を上げた。周囲の令嬢達もうんうんと頷く。
「事実、私は殿下から贈り物を頂いた事は一度もありません。皇族からのプレゼントは常に皇帝陛下から贈られていましたので」
「それはつまり……俺の贈った物が父上の名義で贈られていた、ということか?」
「いいえ。後日、皇帝陛下にお礼の手紙を出すとお父様かパパ様が返事を持って帰るのでそれはありません」
「では……本当に俺の贈った物は、君に届いていなかったというのか」
ミカエリスの青い顔は益々酷くなる。メアリーに当たりがキツいのは何となく察した。贈ったプレゼントの話題を全く出さない上、一切使用しない婚約者に不信感を募らせるのは仕方がない。別の問題が浮上した。ミカエリスの用意したメアリーへのプレゼントが何処へいったのかだ。
最初の態度から嫌われていると察し、好かれなくても自分さえ我慢すれば良いと思い込んでいた。現にミカエリスはマーガレットには優しげに声をかけ、親しげに瞳を細める。メアリーには険しい表情と短い会話だけ。態度から既に拒絶体勢に入られれば、父親達から溢れんばかりの愛情を一身に注がれ育ったメアリーは対処法が分からず――気にしなければいいと考えに至った。
実際、憂鬱だったり、不快な思いを抱いた事は何度もあるがミカエリスに特別な感情を抱かなかったのでマーガレットと何をしようが気にならなかった。
心配げにミカエリスに触れるマーガレットが空色の瞳を鋭くしてメアリーを睨んだ。
「メアリー様。正直に言ってください」
「何をですか?」
「本当は届いていたのでしょう? 届いていながら、ミカの気を引く為に嘘を言っているのではなくて?」
「嘘は言っていません。必要がありません。
私は殿下を慕っていませんから」
特別慕う異性はいない。尊敬している人はいる。
メアリーがミカエリスを心の底から慕い、愛していたら、自分への仕打ちに毎日涙を流し枕を濡らしていただろう。が、理想の男性像がお父様とパパ様なせいでミカエリスが特別魅力的だと抱かなかった。
「……」
顔から完全に感情が削げ落ちたミカエリスは呆然とメアリーを見やる。周囲の令嬢達は声を潜め、何事かを囁きあっているが内容は大体把握済みだ。マーガレットは「ミカ!」と声を掛けるも反応されず、一層敵意の込められた瞳でメアリーを睨んだ。
「シルバニア家の娘だからっていい加減になさっては!? 身分では皇太子であるミカが上なのよ!?」
「はい、そこまで」
場に似合わない穏やかな声色が飛びかかって来る寸前のマーガレットの怒声を遮った。見ると途中騎士団長と消えたアタナシウスが微笑みを携えながらメアリーの側に立った。温かくて大きな手に頭を撫でられ、気を張っていた体から力が抜けていく。顔が緩んでしまう。
「さっきからずっと見ていたけど言いたい放題だねマーガレット嬢。君が皇太子に懸想しているのは知っているけれど間違ってはいけないよ。確かに身分で言えば皇族が上だ。けどね、帝国は僕たちをこの国に留めさせる為には何だってするよ。例えば……メアリーにとって害でしかない君を殺せと僕たちが言えば、簡単に殺せるんだよ?」
「な……! な、そんなこと、できるわけがっ」
「出来るよ。まあ、僕やティッティが殺してもいいけどね。ホワイトゲート公爵家の娘である君を殺したところで帝国は僕たちを罰せない。シルバニアという存在自体が周辺国への抑止力となっているし、帝国の安全にも関わっている」
帝国全土に貼られている結界の術式展開と定期的魔力供給、更に強度を高める結界の向上は現シルバニア公爵であるアタナシウスとティミトリスの役割。本来であれば、数百人以上の魔法使いが必要になる結界魔法をたった二人で管理している。二人の人外級の魔力でなければ不可能だが、その上をいく祖父は一人で管理していた。帝国を出て行かないのは祖父が帝国を気に入っているからである。これだけだ。
当然シルバニア家が出て行けば、結界を維持可能な者はおらず、忽ち魔物の侵入や帝国の力を欲する周辺国が攻め入るだろう。
「君が帝国を滅ぼしたいのなら、僕たちは今すぐに出て行ってもいいんだよ?」
「そ、そ、んな……わ、私は……」
美しいと評されるアタナシウスの微笑みを向けられて赤面する女性は数多くいるが、青褪めていく女性はほぼいない。自分の言葉や態度でシルバニア家が帝国を出て行ったらタダでは済まない。震え出し倒れかけたマーガレットを呆然としていたミカエリスが咄嗟に受け止めた。
(これが私なら避けられそう……)
ドレスがどうの、贈り物がどうの、と言う割にやはりミカエリスにとって大事なのはマーガレット。メアリーとの婚約解消を拒むのも自分の為。
ひよこ豆程度の期待もしなくて良かった。ほんのちょっとでも期待すると気分の落ち込みが激しいのは自分でよく知っている。
「メイ」と大好きなパパ様に呼ばれてメアリーは顔を上げた。
「皇太子の贈り物の件。僕も聞いていたんだけど」
「届いていませんよね?」
「うん、届いてないよ。まあ、メイに選ばれないものなんて必要ないからね。届いていても使わなかったでしょう?」
「いえ……それはないです。ちゃんとお礼の手紙を送りましたし、殿下に会う時には使用しますよ」
「ふ、ふふ……そうなんだ。メイは律儀だね」
「当然かと思いますが……」
アタナシウスがこう言うのだから、現実ミカエリスからの贈り物はシルバニア家には届いていない。ならば、彼の贈り物は何処へ行ったのか? と抱くも。ふと、ミカエリスが気になって見てみるとアタナシウスを途轍もない形相で睨みつけていた。メアリーに向けていたものより凶暴さが増している。
「っ、そういうことかっ」
「殿下?」とメアリー。
「気にしないのメイ。さて、皇太子。これで分かっただろう? メアリーは君に期待していない。このまま婚約継続を続ける意味もない。第一、皇帝は不老の血は皇族に必要ないとこの前君に断言したんだ。そこのマーガレット嬢と婚約を結び直すことだ。メアリーを放ってずっっっと仲良くしていたんだ。まさかと思うけど当てつけで仲良くしていたんじゃないだろう?」
「皇太子妃になるのはメアリーだ!」
「はいはい。言っていなさい。帰るよ、メイ」
「は、はい」
最後、面倒くさげに吐いたアタナシウスや恋人がいる前で堂々と婚約継続を望む言葉を放ったミカエリスに驚きながらもアタナシウスの手を取ったメアリー。瞬間移動でホワイトゲート公爵家の庭園から、シルバニア公爵家に戻った二人。メアリーはアタナシウスと食堂に向かった。定位置に座ると侍女に甘い飲み物をとアタナシウスが指示を出した。
侍女が頭を下げて出て行くとメアリーは「パパ様」と呼んだ。
「お父様は?」
「その内戻るよ」
「どこから聞いていたのですか?」
「最初から」
途中、止めなかったのはマーガレット達がメアリーに危害を加えなかった事とミカエリスとのやり取りを聞きたかった為。
「お父様にも言いましたがやっぱり殿下が私との婚約継続を望む理由が分かりませんでした」
「はは。じゃあ、そのままでも良いじゃないか。メイは分からなくて困るの?」
「それ程ではありませんが……。不老の血が欲しい……とは思えませんでしたが、後ろ盾欲しさだったのでしょうか?」
「違うよ。他には?」
「うーん……」
問われて首を捻る。マーガレットとの仲を隠す為? なわけない。公式の場で堂々と仲睦まじい光景を何人もの貴族が見ている。マーガレットを嫉妬させる為? なわけない。相思相愛で他人が入る隙間もない。仮にそうだとしても好意的に接するのが普通なのに、ミカエリスは最初からメアリーに対し良好な関係を築こうという態度ではなかった。
幾ら考えを巡らせても答えは見つからない。溜め息を吐いたメアリーにアタナシウスは苦笑した。
「そう気にしないの。明日、皇帝にメイと皇太子の婚約を白紙にするよう言いに行くから」
「また殿下が粘るのでは?」
「気持ちを折られたから、もう拘る真似はしないだろうさ」
面白おかしく笑うアタナシウス。
――結局、ミカエリスの真意は謎のままに二人の婚約は解消された。最後までミカエリスが反対したとお父様ことティミトリスは話す。次の婚約者にマーガレットが持ち上がるが皇太子妃教育の出来次第だとティミトリスは言う。
眠るメアリーの髪を撫でながら不意に笑ったアタナシウスを不気味だと指摘したティミトリス。拗ねた面持ちをしたアタナシウスは「しょうがないでしょう」と紡ぐ。
「メイの皇太子への無関心ぶりが面白くて意地悪を言ったんだ」
「お前や俺がメイへの贈り物を捨ててるとか言われたあれか」
謁見の間で婚約解消の決定を告げられた時、ミカエリスが二人を詰った。
アタナシウスは事実を言った。
「夜会やパーティーに出席するドレス類は届いていたのは事実だ。毎回メイに選ばせて選ばれなかっただけ。でも、他の場所では着ていると教えても良かったかな?」
他の場所とは祖父母に会う時である。
「知るかよ。つうか、その他の贈り物とやらは何処へ行ったんだ?」
「どうも、皇太子の世話をする侍女の中にはマーガレット嬢贔屓の子がいるみたいで。その子がメアリーへの贈り物を密かに懐に入れていたみたい」
「皇太子は知ってるのか?」
「皇帝には知らせてあげたよ。処分はお任せだ。皇太子は……どうだろうね? 贈った割に感想を聞かなかった彼の自業自得だ。メアリーからの言葉を待っているようじゃまだまだだよ」
メアリーの好みの男性が二人の父親だと告げられたミカエリスは大変なショックを受けた共に、自分の事など眼中にないメアリーを絶対に好きになんてなるかと心に決めた。実際は年齢を重ねていくにつれメアリーは美しくなっていき、惹かれていった。気を引きたくて贈ったプレゼントが侍女の横流しと何も知らないメアリーに選ばれなかったせいで全く気付いて貰えず。気を引き作戦が別の女性と懇意にする様子を見せ付けるのに変わってもメアリーは振り向かなかった。
婚約解消になっても諦める気配のないミカエリスに呆れていた皇帝だったが、時間の問題だろうと零していた。
ミカエリスの真意を知らない、知ってもそれがどうしたと切り捨てるであろうアタナシウスとティミトリスは愛しい娘の寝顔に頬を綻ばせたのであった。
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