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23話
しおりを挟む修道院行の手紙を二枚書き終えたラヴィニアがペンを置くと、隣から伸びた手が便箋を攫った。書いている最中ずっと隣に座って文章を眺めていたメルだ。これはハリー宛に書いた手紙。院長サミュエルは先に書き終わった。先日修道院で世話をしてくれた相手が男性で名前をハリーと言うと抱かれている時に口を割らされた。翌日もメルの機嫌は直らず、二日間抱き潰されたのに今だってメルの違う手はラヴィニアの胸を掴んでいた。メルの気に障る言葉を綴ればラヴィニアの意思等関係なく抱かれていた。愛撫をする仕草もなく、ただ掴まれているだけだったから心底ホッとした。書いている最中に弄られたら折角の便箋を廃棄しないとならない。
メルの検閲を終えた手紙はテーブルに置かれた。どうやら彼の機嫌を損ねる文章ではなかったようだ。ハリーが男だとしてもメルが不安になる要素は一切ない。でもメルはそうじゃない。胸を掴む手に自分の手を重ねメルにキスをした。
「ん……メル……」
触れるだけのキスでもメルはラヴィニアからされるキスを喜んでくれる。
「今度……修道院へ一緒に行きたいの…………連れて、行って……」
「……そいつに会いたいの?」
「んん……」
低い声で囁かれ柔く胸を揉まれ、声を漏らしてしまう。メルの手を強く握った。
「違う、よ。院長にお礼を、言いたいの」
「手紙で十分書いていたじゃないか」
「ん……あ……、……それとね、メルと院長が世話をしている花畑を歩きたいの……」
サミュエルの魔法で管理されている花畑は最初メルに見つかった場所でもある。以前の関係に戻った今、あの花畑でメルとデートをしたいのだと甘えたら空いている手で後頭部を固定され深く口付けられた。
胸の愛撫は止まり、代わりに腰を撫でられる。やっと寝室から出られたラヴィニアは逆戻りは嫌だった。体は疼いているもののまだ我慢出来るレベル、キスの合間でサミュエルへの伺いの手紙を追加で書きたいと体を押すと渋々離れてくれた。
修道院へ行くのなら馬車の手配とその他準備も必要となる。
「フラム大公夫人のお茶会はどうしよう……」
「そっちは母上が対処すると言っていたんだ、気にしないでいい」
「そうだけど……」
嫌な予感がする。何度自分は気にしないと念じても消えない。何が気になるか口にすれば楽になれると助言をされ言葉を探して紡いだ。
「上手く言えないのだけど……お義母様とプリシラを誘き寄せるだけなのが目的なのかなって」
「他にあるとしたらラヴィニアを引っ張り出すことくらいじゃないか」
「お義母様とプリシラを人質にしても私がのこのこと顔を出すとは思っていないわ。私とあの二人の関係の悪さは、外だとプリムローズ様がよく知っているもの」
三人仲良くラヴィニアを虐めていたんだ。知らなかったら驚きである。
「こう言うのもなんだが……プリムローズはラヴィニアが思う程頭は良くない」
「と、言うと?」
「キングレイ夫人とプリシラを人質にしてラヴィニアをお披露目会に引っ張り出すんじゃないかって話」
「ないと思うけど……」
欠片の情も二人に持ち合わせていない。命の危機となれば自分達の行いをまるっと忘れラヴィニアに助けを求めるだろうが、求められても助ける気を起こすまでにどれだけの時間が必要となるか、抑々気が起きるのか疑問だ、自分のことなのに。
「メルはそう言うけど……ないよ、絶対」
「どっちでもいいさ。ラヴィニアを虐げる人間が一気に二人いなくなる。此方で処分せずに済む」
確定した訳じゃなくてもプリムローズが二人に何もしなくても、何れはシルバース家の力を使って処分しようとしていたのかと考えると薄ら寒い恐怖を抱いた。嫌いで斬り捨てても良い相手の命はとことん軽くなる。皇族の血が現れている。冷酷な面が強いのは皇女であったシルバース夫人とシルバース公爵は語っていた。皇帝は些か甘さが目立つと。メルは見目だけじゃなく、中身まで夫人譲りなのだ。
「プリシラがいなくなると困ったことが起こるわ……キングレイ家を継ぐ人がいなくなるの」
「侯爵の親戚筋には十歳未満の令息がいる。養子にしたらいい」
「お父様の親戚に息子がいたの……?」
知らなかった。親戚とも殆ど顔を合わせない。父と後妻がラヴィニアが我儘を言って顔を見せに来ないだけだと言い触らしているようだが会ったところで一度も接触してこなかった相手と会っても気まずいだけだから会おうともしなかった。家族構成すら知らないのは痛かったかもしれない。
「なら……一応心配はないのかしら」
「この話は実際にキングレイ夫人とプリシラが喰われてからにしよう。今は修道院へ行く話に戻そう」
「うん。帝都から馬車を東に行って十日だから、それなりの路銀と荷物を準備しなきゃ」
「服は足りなくなったら街で買えばいいさ。馬車はシルバース家の長距離用の馬車を使う。後で母上に報せておくよ」
「ありがとうメル」
「後いる物は?」
衣服は明日決めるとし、食料や飲み物の準備もいる。
二人である程度話し、決めると紙に書いていった。
「そろそろ昼食だよ。今日もラヴィニアの好物をたっぷりと用意したんだ」
「偶にはメルの好きな料理が食べたいな。私ばっかりじゃメルに悪いもん」
「気にしなくていい。俺がしたいだけ」
「私も」
相手の好きな料理を食べたいだけ。メルに関しては苦手な食材だったのに用意してくれた。メルの好きな料理にラヴィニアの苦手な食材はないが苦手なのに食べてくれるメルが堪らなく愛おしい。
夕食はメルの好きな料理にすると決めた。メルの頬にキスをするとお返しと唇に優しいキスをされた。
舌を絡め快楽を引き出す深く濃厚なキスも好き、ただ、こうやって触れるだけの優しいキスも好き。
どのキスもメルとするから幸せなのだ。
「――二人っきりになったことで乱れた生活でも送るようになったか? メル」
嫌味が多分に含まれた声色の相手は誰かと考える間もなく、脳裏に浮かんだ顔と扉に凭れてメルとラヴィニアを睨む顔は一致した。皇太子エドアルトはメルの腕の中にいるラヴィニアに殊更冷たい視線をやり、面倒くさげで敵意に満ちたメルを睨み返した。
「皇太子というのは余程暇みたいだな。頻繁に足を運ぶ時間があるなら、他のことに使ったらいい」
「生憎だが私の時間は私の物だ。私の物をどう使おうが私の勝手。ところでさっき修道院へ行くと言っていたな。やっと婚約解消をする気になったか?」
「ラヴィニアが世話になっていたんだ。院長にお礼がてら顔を見せに行くだけだ」
彼がどこからいたか知らないが修道院の話を出した辺り、少し前に来たと推測される。
「修道院にいたのか……?」
エドアルトの問いはラヴィニアに向けられている。頷くと空色の瞳は何かを思案し、逸らした目を再びラヴィニアへとやった。
「ハロルドという貴族はいなかったか?」
「修道院に身を寄せる方で貴族の男性はいませんでしたよ」
「そうか……」
一体誰なのか。ハロルドという名は珍しくなく、数も多いので誰かピンとこない。皇太子に名前を覚えられる人物なので高位の者だろう。高位貴族でハロルドと言うと候補は数名。可能性的に高いのは公爵令息の方。
「それより、プリムはキングレイ夫人と君の妹をフラム大公夫人が開く茶会に招待するようだ。君にも招待状を送っている。参加しないことだ」
「参加させる訳がないだろう」
「お前がいるから、そう言うとは思っていた。キングレイ夫人と妹にも欠席するよう言っておくんだな。プリムは君が来なければロディオンが違法で捕らえた魔獣を使って二人を見せしめにしようとしている」
「あの……殿下……」
メルと話していた内容をエドアルトがしに来るとは思わなんだ。メルには否定されたが付き合いの長いエドアルトに自身の見解を述べた。
緩く首を振られてしまった。
「プリムは病弱だったのを理由に勉学に全く興味がない。君の予想は幻。そんな考えプリムにはない」
プリムローズを妹のように可愛がるエドアルトでさえこの言い草。意外過ぎて何と返したらいいかラヴィニアは言葉の選択に迷った。更にエドアルトは兄ロディオンも頭の出来は良くないと嘆息した。優先の重きをプリムローズに置いていたロディオンは勉強中でもプリムローズに異変があればすぐさま駆け付けずっと側にいた。その間、勉強は中止。何度も続けば匙を投げられる。
大公令息と令嬢の知りたくもない勉学の現状を聞かされ何とも言えない気分となった。
ならば後妻とプリシラを止めるのが早いと思うもラヴィニアの言うことは絶対聞かない。他に聞き入れる人に頼んで止めてもらうしかない。
「……メル。お父様は屋敷にいるの?」
「キングレイ侯爵のこと?」
こくりと頷く。
「いるとは思うが……」
「……お父様に頼んでみる。お父様はお義母様とプリシラをとても愛しておいでだもの。二人が食べられてしまったらどうなるか」
「どうなろうがどうでもいい。……と言いたいがそうはいかない。分かった、ただ報せは俺が届ける。それでいい?」
これにも頷いた。
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