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魔法使いとして②
貴族の中には魔法使いを専門とする一族もいる。有名処で言うとステラ伯爵家。一族総出で魔法研究に勤しむ変わった貴族で当主も夫人も魔法使いとして活躍する。夫妻共に魔法使いとして働く貴族は僅かだがいても、妻が魔法使いとして働く貴族の家は何処にもない。
エイレーネーなら許されるのだろう。父親が大魔法使いのダグラス=ホロロギウムなのだから。
だが、それが事実としても現実はそうじゃない。
魔法使いの仕事をしながら公爵夫人の役割を果たせる自信がない。ましてや、現ソレイユ公爵夫人は社交界の鑑とまで呼ばれている淑女の中の淑女。エイレーネーでは到底熟せない。
ラウルとて公爵夫人の役割を甘く見ている訳じゃない。エイレーネーが厳しい教育に励んでいたのを1番知っている。魔法使いとして生きたい意思と今まで努力してきた公爵夫人になる教育を無駄にしてほしくない。両方を生かせる道は1つしかない。どちらか片方は絶対に嫌だった。
ラウルもエイレーネーも、どちらも引かない。
膠着状態に陥りそうになった時、ずっと項垂れていたエレンが復活した。
哀愁漂う姿は一切なく、そこにいるのは国王としての威厳のみ。
「これは個人的意見として聞いてくれて構わない。エイレーネー嬢がダグラスの娘として魔法使いになりたい気持ちも、ラウルがエイレーネー嬢と婚約を継続したい気持ちも伝わった。エイレーネー嬢の言う通り、筆頭公爵家の公爵夫人を務めながら魔法使いの仕事をするのはかなり難しい。ただ……」
ソレイユ公爵家は力を持ち過ぎていた。
カルロッタの姉は友好国の皇太子に嫁ぎ、今では立派な皇后となった。王弟を婿として迎え入れたソレイユ公爵家は、更に大魔法使いの娘を次期後継者の婚約者にいた。これ以上力を付け過ぎれば貴族界のパワーバランスの均衡が崩れてしまう。筆頭公爵家としての力は十分に発揮されており、逆に言うとエイレーネーが魔法使いのまま公爵夫人となる方が貴族側としては都合が良い。
ダグラスを背後に控えさせたまま社交をし、人脈を広げ、女性の頂点に立っても、誰もソレイユ家には手を出さなくなる。が、不満も大きくなっていく。魔法使いになれば社交界に顔を出す頻度は減り、貴婦人を集め情報を収集する茶会の場を設ける回数も減る。
完全に無くすのは無理でも回数を抑えれば交流は持てる。
「お前達は知らないだろうが魔法使いの持つ情報というのはな、実は女性が最も興味を持つ」
「そう、なのですか?」
「ああ。彼女達は基本、当主の留守を預かり屋敷を守るのが仕事だろう? 外の情報はお茶会や夜会等で得る。そこに魔法使いの情報が入るのは滅多にないそうだ」
女性で魔法使いとして働く者は少なく、社交の場に姿を現す者は殆どいない。皆、多忙を理由に参加しない。仕事が主にだが研究や鍛錬の為、無駄な時間を割くのが嫌なのだ。家を継がない、嫁入りしない女性が多いので社交をする理由もないのだとか。
「エイレーネー嬢が大魔法使いの娘と知らない奴は、この国の貴族では殆どおらん。君が魔法使いのまま、ソレイユ公爵夫人になれば、他の夫人達は君からの招待を今か今かと待つさ」
刺激のある話は退屈を消す。特に、未知の領域とも呼べる魔法使いの話題は彼女達の退屈を大いに刺激する。
「簡単ではないから大丈夫だとは言わん。だが、この国の夫人達が魔法使いの話題に興味津々なのは知っていてもらいたい」
夫が魔法使いでも己の話を拒む者が多い。魔法使いは秘密主義な人間なので。
秘密主義……と呟いたエイレーネーはダグラスを一瞥した。部屋に籠って研究ばかりしている父にどんな研究をしているのかと一緒に生活をし始めてすぐに訊ねた。ダグラスは淡々と教えてくれた。
秘密主義とは思えないがダグラスが別なのであって他はそうじゃないのだと自己解決。
エレンから思わぬ助言を貰ったものの、今日は解散となった。
名残惜しそうにラウルに呼ばれた。
エイレーネーは「もう1度、考えてみるわ」と前向きな姿勢を見せた。
「分かった……」
ラウルはそれ以上は言わなかった。エイレーネーを見つめる面持ちには、微かな希望を持っていた。
部屋を出ても誰もいない。噴き出したイヴに呆れるダグラスが「ルーベン、エレン、俺が転移魔法でお前達を戻そうか?」と提案した。
「いや。馬車で帰るよ。陛下もそうするでしょう?」
「ああ。転移魔法で戻されたら、馭者に申し訳ないからな。しかし、ホロロギウム家の使用人達はお前を大層恐れているようだな」
大方、エイレーネーにしてきた仕打ちをダグラスに露見されていると恐れ、誰も来ないのだ。リリーナとガブリエル、ロナウドが意気消沈となれば次は自分達の番だと勘違いしている彼等には特に思わず、エイレーネーはダグラス達と屋敷の外に出た。
「――ま、待ってくれ!」
エレンとアリアーヌ、ルーベンとラウルでそれぞれの馬車に乗り込んでいる時。ダグラスから事実を聞かされ放心していたロナウドが現れた。顔色は悪いままだがさっきと比べるとマシになっていた。
ロナウドは転移魔法使用寸前のダグラスに駆け寄った。息を乱しながらも緋色の瞳は真っ直ぐにダグラスだけを映していた。嘗てあった憎悪も怒りもない。
「どうした」
「も……もしも、母上がいなかったら、……私は会いに行けたのか?」
誰に、と言わないのはまだ抵抗があるからで。
ダグラスは淡々と「さあな」と紡いだ。
「当時の俺はよく魔法を暴走させていた。時に自分の放った魔法で大怪我を負った。お前に掛けた祝福の魔法は危険からお前を守る。なら、怪我を負う恐れのある俺と接触はさせなかったろうさ」
「だ、だがっ、陛下やルーベン様、それにメルルは会っていたじゃないか!」
「エレンもルーベンもメルルも諦めるという言葉を知らん。先に折れた方が楽だったから受け入れただけだ。お前と違って祝福の魔法は掛けていない。怪我をする恐れがあっても会えるさ」
「……」
俯いてしまったロナウドから漂うのは、神の弟(今は叔父さん)のイヴに聞かされた王子の真相を聞いたエレンとは違う哀愁だった。
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