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二章「温泉取材、クロフギヒメ」

出るかラッキー◯◯ベ!温泉取材!

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  わたしは芦屋桜子あしやさくらこ。いまさら本名なんて意味がないとは思う。だってわたしはだいたいの場所でオーコなんだから。

「いらっしゃいませー……て、なんだお前たちかよ」
「なんだとはなんだよ。こうしてオーコとランチに来てやったってのに」

  薄手の黒いフードつきのロンTに、デニムのジャケットとミニスカートを着たカゲちょんは、黒いエプロン姿のドーマくんにびしっと指を突きつけた。わたしはその後ろでニコニコと二人の姿を見守っている。ちなみにわたしの格好は桜色のオールインワンのスカートのやつを着て、インナーにはカゲちょんの着ているのとは色違いの白いロンTを着ている。わたしの提案でおそろいにしてもらったんだ。

  現状を説明しておくと、ここは駅前のテナントビルの五階で、わたしとカゲちょんがやって来たのはドーマくんがアルバイトをしているお店だ。イタリアンの『ペル=ウン=ポ』というお店で、ドーマくんはフロア担当をしている。

「客なんだからちゃんともてなせよドーマくん。ほら、笑顔でテーブルまで案内しなさい」
「俺にはいろいろと限界があるんだよ。笑顔で接客なんかできん。とりあえず窓側のいい席にテキトーに座ってくださいお客さま」

  そんなやりとりを終え、わたしとカゲちょんはテキトーにテーブルを選んで腰を落ち着けた。木目の調度品がそろっている店内は、奥の壁がなく全面ガラス張りになっているのでとても明るい。そのガラス張りの足元には危険防止のためかレンガ作りのプランターが並んでいて、可愛いお花がいくつも並んでいた。それ以上は進めないようにしているんだけど、太陽を浴びているお花達が嬉しそうだ。店主さんが毎日手入れを欠かしていない証拠に、みんな笑顔でわたし達を迎えてくれる。

「オーコの彼氏は無愛想な店員だよな。あんなんでよく接客しようと思うよなぁ」
「店主さんがドーマくんのお兄さんと同級生なんだよ」
「なるほどねぇ。コネで入ってるわけね?  ま、そうじゃなけりゃ誰も雇わないよね。笑わない接客店員なんてさ」

  そう言いながらカゲちょんは鼻で笑った。わたしがまあまあと右手をパタパタさせると、カゲちょんはさらに水がないぞと大きな声を出す。とりあえずお客さんはわたし達くらいなので、赤っ恥にならなくてホッとする。するとドーマくんが厨房からコップを乗せたトレイを持って参上した。

「店んなかで騒ぐな恥ずかしい。物事には順序ってものがあってだなぁ……」
「マニュアルならわたしも知ってるよ。次は笑顔でご注文は?  だろ。ほら、笑顔笑顔」

  カゲちょんがドーマくんの口の端を両手で引っ張った。トレイが邪魔でなにもできないドーマくんはそのまま喋る。

「ほまへはひひはへんに……」
「ほら、なんとなく笑える顔になってるいまがチャンスだ!  ご注文はって言ってごらん!」

  ドーマくんはトレイをテーブルに置いた。少しばかり乱暴だったようで、コップから水がこぼれる。ドーマくんはカゲちょんの両手を掴んでおろす。

「いい加減にしろ!  暴力行為で訴えるぞ!」
「あらやだ!  なんて失礼な店員さんなの!  水をこんなにこぼしてる!  店長さーん、接客がなってない従業員がいますよー。ファイヤーしちゃってくださーい」
「ちょっと待て!  いきなり俺の希望を断とうとするな!  笑顔のないままどーにかこーにかここまで来れたんです!  すんませんした代わりの水をただいまお持ちしまっす!」


  
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