上 下
12 / 18
another

herf year ago4

しおりを挟む
  俺は金縛りにあったように体を動かすことが出来なくなっていた。心臓がオーバーロード寸前と言わんばかりにドキドキしている。顔は自然といぃ~!  っていう感じになっていた。恐いぃぃぃぃ……!  帰りたい……もう帰りたい……。

「……うぬは……?  人の子か……」

  喋った!  よく分からないけどお婆さんみたいな声!  心霊系の信憑性が増してきた……そんなトッピングいらないよ!

ね……いぶせしものぞと、いとものしなり……」

  何言ってるか分からねえ!  余計に恐さがマシマシだ!  でも最初は分かった……稲、だろ?  いぶせしものぞと……つまりは稲をいぶしてる。いとものしなり?  古来から伝わる稲作の技かなにかか?  まさか!

「コメリマスヨさまが俺に秘伝の稲作の技法を伝えているのか!?」

  俺はテンションが上がり思わず振り向いていた――が、それが失敗だった。そんなことをしなければ、俺は普通の高校生でいられたはずだ。そのまま恐怖で走り去ってしまえば良かった――でも、それがなければ俺は、本当のことを知ることなんて出来なかった。

「あ……芦屋……?」
「……ドーマくん……!」

  そこにいたのは――俺にわけの分からない言葉で話しかけていたのは芦屋だった。夕陽のような赤髪、炎のような紅い瞳、血のような真っ赤な唇――そして赤い雫をポタポタと垂らす凶悪な爪。俺の知る芦屋とはまったく別の何かは、驚愕して目を見開いていた。

「おま……おまえこんな時間にコスプレ?  ああ、いや……俺たまたま散歩してて――」
「すぐにここから離れて――死にたくなければ去るがいい、小僧」

  はい?  なんだなんだ!  俺は目をゴシゴシと擦った。俺には芦屋と被るようにして、変な女が見えていた。真っ白な十二単じゅうにひとえのような着物を着た、銀髪の女だ。そして芦屋の声音は、その女が見えたり消えたりするたびに変化していた。

「わたしのことは――忘れるがいい――ドーマくんはなにも――見ておらぬ……そう立ち回らねばわらわが――クイモノがあなたを手にかける!」
「待て……さっぱり分からない……それはなんなんだよ……それ、幽霊かなんかか?」
「!  ニエが漏れ――て来てるみたい。ドーマくん――アレは人をむモノゆえ――逃げないとあいつにも狙われる!  早く!」

  芦屋はそう言い残すとダンッ!  と飛んで森の奥へと消えた。なんだ……なにが起きてるんだ……芦屋!

  俺がなにを考えていたか。それは芦屋への心配だった。俺は芦屋を追うように森の中へと分け入った。暗闇に飲み込まれていくような、不安しか与えてこない森を、手探りで進んでいく。

  俺は酷く焦っていた。あれは、あの爪から垂れていたのは間違いなく血だった。制服の切れはしに付着していたのが血痕だとしたら、芦屋はどこか怪我をしているはずだ。いや、考えなきゃいけないのはそこじゃない。クイモノ?  贄?  なんだそれ……なにしてんだよ芦屋……いったいなにが起きてんだよ!

  森の中にいると方向感覚ってもんが無くなる。目印も無ければ二メートル先も見えない。まったくの勘で言うなら、だいたい広場に向かっているはずだ。俺は木の幹に頭をぶつけたり、飛び出した根っこに足を取られたりしながら進んでいった。

  何分もさ迷い、遭難者の気分で進んでいくと灯りが見えた。この公園には唯一、広場に電灯がある。丸く空中に浮かぶ灯りが、電灯のものに見えた。俺はその目印に進んだ。進んで進んで……視界が開けると、そこは思った通りの広場があった。砂を敷き詰めた広場の端っこに一本の木が生えていて、その足元にはベンチがあり、それを電灯が照らしている。そして――

「芦……屋?  芦屋……芦屋!  なに……やってんだよ……!  そんなことやめてくれよ……芦屋あぁぁぁぁぁ!」

  ――最初は野良犬かなんかだろうと思っていた。野良犬が持ち帰った餌を食べてるんだろうと思った。だけどそれは野良犬じゃなかった……ましてや餌なんかじゃなかった。四つん這いになっていたのは芦屋だった。そして餌なんかじゃなかった。餌だと思っていたのは、人間だった……。

  俺は呼吸がまともに出来なくなり、喘息の発作のようにヒューヒューと喉が鳴った。理解が追いつかずに足だけが動いていて、少しずつ芦屋に近づいていく――

「芦屋……芦屋!  なんでそんなこと……なんで人間なんか食ってんだよ!」

  わけが分からないうちに、俺はボロボロと涙を溢していた。なんだか無性にムカついたし、なんだか無性に哀しくなった……。

  芦屋は学校じゃあすげえ人気者で、いつも笑顔で明るくて……とにかくすげえ可愛い奴だった。その笑顔は俺の記憶に鮮明に残ってる。突如として失われた一年間の記憶――だが芦屋の笑顔で俺はまた人間になれた。その一年の俺は、俺の世話をしていた看護師から聞いた話だが、俺は無表情で過ごし、そして誰彼かまわず暴力を振るっていた。首を絞められて殺されかけた人もいたらしかった。さらに自傷行為もやめられず、拘束衣で日々を送っていた――それが空白の一年の俺だ。まるで悪魔が憑いたみたいだと言われた。
  
しおりを挟む

処理中です...