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herf year ago4
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俺は金縛りにあったように体を動かすことが出来なくなっていた。心臓がオーバーロード寸前と言わんばかりにドキドキしている。顔は自然といぃ~! っていう感じになっていた。恐いぃぃぃぃ……! 帰りたい……もう帰りたい……。
「……うぬは……? 人の子か……」
喋った! よく分からないけどお婆さんみたいな声! 心霊系の信憑性が増してきた……そんなトッピングいらないよ!
「去ね……いぶせしものぞと、いとものしなり……」
何言ってるか分からねえ! 余計に恐さがマシマシだ! でも最初は分かった……稲、だろ? いぶせしものぞと……つまりは稲をいぶしてる。いとものしなり? 古来から伝わる稲作の技かなにかか? まさか!
「コメリマスヨさまが俺に秘伝の稲作の技法を伝えているのか!?」
俺はテンションが上がり思わず振り向いていた――が、それが失敗だった。そんなことをしなければ、俺は普通の高校生でいられたはずだ。そのまま恐怖で走り去ってしまえば良かった――でも、それがなければ俺は、本当のことを知ることなんて出来なかった。
「あ……芦屋……?」
「……ドーマくん……!」
そこにいたのは――俺にわけの分からない言葉で話しかけていたのは芦屋だった。夕陽のような赤髪、炎のような紅い瞳、血のような真っ赤な唇――そして赤い雫をポタポタと垂らす凶悪な爪。俺の知る芦屋とはまったく別の何かは、驚愕して目を見開いていた。
「おま……おまえこんな時間にコスプレ? ああ、いや……俺たまたま散歩してて――」
「すぐにここから離れて――死にたくなければ去るがいい、小僧」
はい? なんだなんだ! 俺は目をゴシゴシと擦った。俺には芦屋と被るようにして、変な女が見えていた。真っ白な十二単のような着物を着た、銀髪の女だ。そして芦屋の声音は、その女が見えたり消えたりするたびに変化していた。
「わたしのことは――忘れるがいい――ドーマくんはなにも――見ておらぬ……そう立ち回らねば妾が――クイモノがあなたを手にかける!」
「待て……さっぱり分からない……それはなんなんだよ……それ、幽霊かなんかか?」
「! 贄の香が漏れ――て来てるみたい。ドーマくん――アレは人を喰むモノゆえ――逃げないとあいつにも狙われる! 早く!」
芦屋はそう言い残すとダンッ! と飛んで森の奥へと消えた。なんだ……なにが起きてるんだ……芦屋!
俺がなにを考えていたか。それは芦屋への心配だった。俺は芦屋を追うように森の中へと分け入った。暗闇に飲み込まれていくような、不安しか与えてこない森を、手探りで進んでいく。
俺は酷く焦っていた。あれは、あの爪から垂れていたのは間違いなく血だった。制服の切れはしに付着していたのが血痕だとしたら、芦屋はどこか怪我をしているはずだ。いや、考えなきゃいけないのはそこじゃない。クイモノ? 贄? なんだそれ……なにしてんだよ芦屋……いったいなにが起きてんだよ!
森の中にいると方向感覚ってもんが無くなる。目印も無ければ二メートル先も見えない。まったくの勘で言うなら、だいたい広場に向かっているはずだ。俺は木の幹に頭をぶつけたり、飛び出した根っこに足を取られたりしながら進んでいった。
何分もさ迷い、遭難者の気分で進んでいくと灯りが見えた。この公園には唯一、広場に電灯がある。丸く空中に浮かぶ灯りが、電灯のものに見えた。俺はその目印に進んだ。進んで進んで……視界が開けると、そこは思った通りの広場があった。砂を敷き詰めた広場の端っこに一本の木が生えていて、その足元にはベンチがあり、それを電灯が照らしている。そして――
「芦……屋? 芦屋……芦屋! なに……やってんだよ……! そんなことやめてくれよ……芦屋あぁぁぁぁぁ!」
――最初は野良犬かなんかだろうと思っていた。野良犬が持ち帰った餌を食べてるんだろうと思った。だけどそれは野良犬じゃなかった……ましてや餌なんかじゃなかった。四つん這いになっていたのは芦屋だった。そして餌なんかじゃなかった。餌だと思っていたのは、人間だった……。
俺は呼吸がまともに出来なくなり、喘息の発作のようにヒューヒューと喉が鳴った。理解が追いつかずに足だけが動いていて、少しずつ芦屋に近づいていく――
「芦屋……芦屋! なんでそんなこと……なんで人間なんか食ってんだよ!」
わけが分からないうちに、俺はボロボロと涙を溢していた。なんだか無性にムカついたし、なんだか無性に哀しくなった……。
芦屋は学校じゃあすげえ人気者で、いつも笑顔で明るくて……とにかくすげえ可愛い奴だった。その笑顔は俺の記憶に鮮明に残ってる。突如として失われた一年間の記憶――だが芦屋の笑顔で俺はまた人間になれた。その一年の俺は、俺の世話をしていた看護師から聞いた話だが、俺は無表情で過ごし、そして誰彼かまわず暴力を振るっていた。首を絞められて殺されかけた人もいたらしかった。さらに自傷行為もやめられず、拘束衣で日々を送っていた――それが空白の一年の俺だ。まるで悪魔が憑いたみたいだと言われた。
「……うぬは……? 人の子か……」
喋った! よく分からないけどお婆さんみたいな声! 心霊系の信憑性が増してきた……そんなトッピングいらないよ!
「去ね……いぶせしものぞと、いとものしなり……」
何言ってるか分からねえ! 余計に恐さがマシマシだ! でも最初は分かった……稲、だろ? いぶせしものぞと……つまりは稲をいぶしてる。いとものしなり? 古来から伝わる稲作の技かなにかか? まさか!
「コメリマスヨさまが俺に秘伝の稲作の技法を伝えているのか!?」
俺はテンションが上がり思わず振り向いていた――が、それが失敗だった。そんなことをしなければ、俺は普通の高校生でいられたはずだ。そのまま恐怖で走り去ってしまえば良かった――でも、それがなければ俺は、本当のことを知ることなんて出来なかった。
「あ……芦屋……?」
「……ドーマくん……!」
そこにいたのは――俺にわけの分からない言葉で話しかけていたのは芦屋だった。夕陽のような赤髪、炎のような紅い瞳、血のような真っ赤な唇――そして赤い雫をポタポタと垂らす凶悪な爪。俺の知る芦屋とはまったく別の何かは、驚愕して目を見開いていた。
「おま……おまえこんな時間にコスプレ? ああ、いや……俺たまたま散歩してて――」
「すぐにここから離れて――死にたくなければ去るがいい、小僧」
はい? なんだなんだ! 俺は目をゴシゴシと擦った。俺には芦屋と被るようにして、変な女が見えていた。真っ白な十二単のような着物を着た、銀髪の女だ。そして芦屋の声音は、その女が見えたり消えたりするたびに変化していた。
「わたしのことは――忘れるがいい――ドーマくんはなにも――見ておらぬ……そう立ち回らねば妾が――クイモノがあなたを手にかける!」
「待て……さっぱり分からない……それはなんなんだよ……それ、幽霊かなんかか?」
「! 贄の香が漏れ――て来てるみたい。ドーマくん――アレは人を喰むモノゆえ――逃げないとあいつにも狙われる! 早く!」
芦屋はそう言い残すとダンッ! と飛んで森の奥へと消えた。なんだ……なにが起きてるんだ……芦屋!
俺がなにを考えていたか。それは芦屋への心配だった。俺は芦屋を追うように森の中へと分け入った。暗闇に飲み込まれていくような、不安しか与えてこない森を、手探りで進んでいく。
俺は酷く焦っていた。あれは、あの爪から垂れていたのは間違いなく血だった。制服の切れはしに付着していたのが血痕だとしたら、芦屋はどこか怪我をしているはずだ。いや、考えなきゃいけないのはそこじゃない。クイモノ? 贄? なんだそれ……なにしてんだよ芦屋……いったいなにが起きてんだよ!
森の中にいると方向感覚ってもんが無くなる。目印も無ければ二メートル先も見えない。まったくの勘で言うなら、だいたい広場に向かっているはずだ。俺は木の幹に頭をぶつけたり、飛び出した根っこに足を取られたりしながら進んでいった。
何分もさ迷い、遭難者の気分で進んでいくと灯りが見えた。この公園には唯一、広場に電灯がある。丸く空中に浮かぶ灯りが、電灯のものに見えた。俺はその目印に進んだ。進んで進んで……視界が開けると、そこは思った通りの広場があった。砂を敷き詰めた広場の端っこに一本の木が生えていて、その足元にはベンチがあり、それを電灯が照らしている。そして――
「芦……屋? 芦屋……芦屋! なに……やってんだよ……! そんなことやめてくれよ……芦屋あぁぁぁぁぁ!」
――最初は野良犬かなんかだろうと思っていた。野良犬が持ち帰った餌を食べてるんだろうと思った。だけどそれは野良犬じゃなかった……ましてや餌なんかじゃなかった。四つん這いになっていたのは芦屋だった。そして餌なんかじゃなかった。餌だと思っていたのは、人間だった……。
俺は呼吸がまともに出来なくなり、喘息の発作のようにヒューヒューと喉が鳴った。理解が追いつかずに足だけが動いていて、少しずつ芦屋に近づいていく――
「芦屋……芦屋! なんでそんなこと……なんで人間なんか食ってんだよ!」
わけが分からないうちに、俺はボロボロと涙を溢していた。なんだか無性にムカついたし、なんだか無性に哀しくなった……。
芦屋は学校じゃあすげえ人気者で、いつも笑顔で明るくて……とにかくすげえ可愛い奴だった。その笑顔は俺の記憶に鮮明に残ってる。突如として失われた一年間の記憶――だが芦屋の笑顔で俺はまた人間になれた。その一年の俺は、俺の世話をしていた看護師から聞いた話だが、俺は無表情で過ごし、そして誰彼かまわず暴力を振るっていた。首を絞められて殺されかけた人もいたらしかった。さらに自傷行為もやめられず、拘束衣で日々を送っていた――それが空白の一年の俺だ。まるで悪魔が憑いたみたいだと言われた。
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