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一章「俺がやらなきゃ誰がやる!」

説明不足で悪かった

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  俺の名前は道満みちみつ斗真とうま。自己紹介が遅れたのは悪かった。 だけど名前に意味なんてあるか?  俺はほとんどの場面で『ドーマくん』だ。芸名みたいたなもんで、一度呼ばれたら本名なんざオマケだろ?

  半魚人との戦いが終わった次の日の朝、とりあえず俺は学校への坂道を汗を流しながら登っていた。照りつける太陽を背に、なかなか涼しくならないムアッとした風に吹かれながら、小高いこだか丘の頂上にある空海うつみ高校への道のりを歩く。俺のまわりには高校の生徒がわんさかいて、熱気と戦っている。

  俺の住む空海市は、その名前のとおりに海が近く、反対側の山とで挟まれている。海に面したように街があり、その都市部はオフィス街になっていてビルが並んでいる。まあ大きな駅もあるから、それなりに栄えていると言える。なんなら港だってある。その風景は学校からも見ることが出来る。

  しかしだ。忘れてはいけない。ここは田舎いなかだ。その都市部というやつは半径十キロもなく、すぐに民家と畑に変わる。そして民家はポツポツしかなくなり、畑が大地に広がって、気づけば山と森の大自然だ。

  なんなら高校の裏手は見渡す限りが森だぜ?  高校を過ぎて坂を降りていくと、昨日の戦闘があった田んぼが広がってる。

「やあドーマくん、おはよう」
「おう……シャータ」

  俺が空海うつみ高校の校門につくと、クラスメイトの車折功太くるまおりこうたが声をかけてきた。背の小さいメガネだ。

  ちなみに『シャータ』とは、言わずもがなオーコのつけたアダ名だ。シャータは影でひそかに噂される『名害者ながいしゃ』の一人であり、オーコに名づけされてしまったのに、まったくそのことを気にしていない変わり者だった。

  ……そうだな、自己紹介を続けよう。俺は空海高校の二年生だ。男子の制服は学ランだが、いまはまだクールビズのため、カッターシャツに制服ズボンとローファーっていう、まったく普通の格好で登校している。

  サントノアザをどうしてるのかって?  あれは戦闘の時と言うか、オーコの『クイモノ』化に共鳴して発動するんだ。 だから日常生活では誰にも見えないし、クイモノ化に共鳴しても俺が能力を使おうとしない限りは浮き上がらない。

「おはようドーマくん。今日も目つきが悪いなぁ」
「ほっとけよゲゲさん」

  校門からシャータと一緒に校舎へ向かっていると、ゲゲさんこと水樹重幸みずきしげゆきがアイサツしてきた。名害者の一人だが、こいつのアダ名の由来は省かせてもらう。なんとなく推理してくれ。ゲゲさんはすらりと背の高いイケメン野郎だ。俺も身長は高いほうだがこいつは百八十センチはあり、パーツがそろっている。ゲゲさんは同級生でとなりのクラスだ。

  ふう……邪魔者じゃまものばっかりでなかなか自己紹介が進まないな。んじゃ俺の見た目だ。

  これまでの話を聞いて勝手に想像してたと思うが、本当に悪かった。ちょい長の黒髪、ゲゲさんの言ったように目つきが悪いらしい。まあ寝不足だからな。顔立ちはべつにかっこよくはない。オーコなんかに言わせると『普通よりはいい』らしいが、顔立ちに普通とかあるのか?  そこらへんは女子的感覚なので俺にはわからない。あ、それとスクールバッグを忘れないでくれよ?  赤のスクールバッグを俺は肩にかけている。

「よおドーマくん。オーコは?」
「カゲチヨ……顔合わせるたびにそれ聞くよな?  四六時中しろくじちゅう一緒にいるわけじゃねえって」

  三人目の邪魔者はカゲチヨ。名害者の一人。だって女なのにカゲチヨはないだろう。浦瀬聖美うらせきよみという名前からは想像もつかない。こいつの顔を例えるなら『眠そうなネコ』で、目が細い。一番印象的なのは背の高さ。俺とたいして変わらない。

  カゲチヨは紺のブレザーの制服を着ている。空海高校の女子は制服のカラーを選ぶことができ、オーコはもう一色の暗めの赤をいつも着ていた。

  そして俺は……いや、邪魔者が三人ついてくるから『俺達』は、ぞろぞろと下駄箱に歩いていった。昨夜の戦いからは一転して気の抜けた朝……と、

「おはよー!  ドーマくんカゲちょんゲゲさんシャータくん!」

  声と言うか高すぎるテンションで誰だか分かる。下駄箱の入口で振り返ると、オーコが全速力で砂ぼこりをあげて走り寄ってきて三人にハイタッチぎみに俺のほうへ……おい止まれ!  ドーンッ!  ぎゃあぁぁぁっ!

    ずざあぁぁぁぁぁっ!

  俺はオーコの一撃を喰らい、軽く二メートルは滑走かっそうしていた。普通ではありえない威力だが、忘れちゃいけない。オーコはクイモノで、その力は常時じょうじ発動している。しかしだからといってなぜ突き飛ばすかぁっ!

「こぉらオーコ!  朝からなにしやがるんだ!」
「おっはよードーマくんっ。昨日は寂しさびそうだったから、元気かなーって♪」
「声をかければっ!?  次回からはさきに確認しようっ!  うん、そうしようっ!」

  俺はむちゃくちゃなオーコを諭しさと(多分だけどなにも分かっちゃいない)、制服のホコリを払った。あきれつつ自分の下駄箱へと向かう。

「なに、二人は昨日も一緒にいたんだ?」
「そうなのカゲちょん。ラブラブなの♪」
「いやぁいいよ。青春だよねぇ」
「僕としてはうらやましいのだけど……」

  そう、俺とオーコはつき合っている。というか恋人ごっこ……だ。俺は四人が談笑しているのを横目にしながら上履きを取り出した。

  じゃあ、履き替えているあいだにそのへんの説明をしよう。空海高校では、俺とオーコはつき合っていることになっている。

  なんでかって質問はナンセンスだな。けっきょくはニエモノ達との戦いを有利にするためだ。私生活に支障ししょうが出てしまうとそれだけやりにくくなるだろ?  だから二人でいても自然なように、たとえ夜に密会をしてても怪しまれないように、二人はカップルだと公言しているわけだ。

  俺から言い出したことだった。既成事実さえ作ってしまえば……という下心があった。でも簡単にはいかない。オーコは『仕事のうち』のように割りきっているみたいだった。女は怖いぜ。

「きゃあっ!  こらカゲちょん!」
「ぼぼぼぼぼ僕はそういうのは好きではない……!」
「いやぁいいもの見せるねぇ!」
「朝採りいっただきぃ~☆」
「おまえらなぁ、遊んでるなら俺はさきに――」

  パンっと上履きを放り投げて履き替える。俺は遊んでいる四人を見た。

「――行くぞおぉぉぉぉぉぉいっ!」

  なにしてんすかカゲチヨさーん!  オーコの膨らみを後ろからそんなに持ち上げてなにしてんすか!

「この弾力がサイコー☆」
「やだやだカゲちょんんんっ」

  くっそおぉぉぉぉぉっ!  なにしてんだぁっ!  俺と代わってくれぇっ!  そのオーコの胸をワシヅカミにしている両手と俺自身をチェンジだぁっ!

  は?  おいっ待て待て待て……なにしてんだよ……なんで上下左右に動いてんだよっ!  やわらかいからか?  それとも新しいコンティニューコマンドでも試してんのかっ!?  ちょっとそのコントローラー貸してくれよぉ!

  俺はもはや意識を失いかけていた。ブレザーからはみ出した白いシャツの膨らみ……カゲチヨに振り回されるオーコの胸……。

  しかしさらなる衝撃が俺を襲う。

「ほれほれほれ~☆」
「カゲちょんっ、いい加減にしないとわたしもおこ……ん……あっ……!」

  声出ちゃったじゃねえぇかあぁぁぁぁ!  色っぽく泣かしてんじゃねぇよおぉぉぉ!  もうだめだ、もう我慢の限界だっ!  お願いだから一機やらしてくれえっ! 

  俺は硬いコンクリートの床に膝を落とした。愕然がくぜんとして頭を抱える。もうイヤだ……だって絶対コントローラー貸してくれないよ。もうちょっとでクリアできるとか言って貸してくんない。一機交代の約束だろ?  分かったよ……せめてAボタン触らしてください。は?  そうだよ、ダメもとで言ってんだよ!

  俺とオーコは仮面カップル。もちろんチチクリ合ったことなどない。だがしかし、俺はもうカゲチヨになりたい。なんで同性だからってあんなことが可能なんだ。俺も一回でいいからコマンド入力したいよ!

  俺は残機を使い果たし、その場にへたりこんでいた。立ち上がるのにはもう少し時間がかかる。部分的にじゃねえよ。俺自身がだよ。

  大勢の生徒達の気配が横を通過していくなか、俺はその姿勢のままじっとしていた。仮面カップルというのもオーコと交わした契約の一つだ。よし……立ち上がる気力が回復するまで契約について話そう。

  サントノアザを俺に『刻印』するには、俺自身がオーコに身を捧げなくちゃならなかった。と言っても食うとか食われるかとか、そういったことじゃない。必要なのは『帰属きぞく』だ。主従関係になるってことだ。

  言い代えればそれは下僕しもべ。ようするに俺は、オーコにとって使役しえきするための使い魔という立場だ。じっさいそこまで従っちゃいないが、昨夜のようにアニキの晩飯を買って帰る途中だろうが、睡眠中だろうが、海外旅行をしていようが、オーコのいる空海市に戻って来なくちゃならない。

  まあ、契約についてまだまだ説明は足りてないが、そろそろ立ち上がる気力が回復したのでまた今度。俺は頭を抱える姿勢を解いて、すっくと立ち上がった。

「よし……おまえら、遊んでないで行くぞ」

  ……いねえよちくしょおおおっ!

  登校時刻はとっくに終了しているらしかった。俺は下駄箱の前で、一人でポツンとしていた。他の生徒はいいさ。でもおまえらは友達だろ。声ぐらいかけろよ。それとも友達だと思ってるのは俺だけか?

  俺は泣きそうになりながら教室へと歩き出した。廊下はだいぶひんやりとしていた。誰もいないからなっ。
  
  俺の教室は二階にある。俺は突きあたりにある階段を登って、踊り場に上がると足を止めた。オーコがいたからだった。

「そろそろホームルームの予鈴が鳴るぞ。なにしてんだ?」
「彼氏を待っていた彼女なの。けなげでしょ♪」
「ああ……」

(名演技だ。確かに……)

  オーコはなにかある時以外はずっと笑顔でいる。学校でも噂のオーコスマイル。安直な感じはするし、カゲチヨが『オコスマ』と略したせいで『怒っている笑い』になってしまい、最近は誰も使わない言葉だ。でも俺はあんがい気に入っている。これも惚れた弱みってやつか?

  俺はオーコをよけて階段を上がった。オーコは大げさな足音を響かせながら元気よくついてくる。なんて可愛い奴だ!  そうは思っても表情には出さない。いや、出せない。

  教室につくまでに、最後の自己紹介だ。俺は仲間達と冗談を言い合う時も、爆笑の渦に巻きこまれても、絶対に笑わない。

  違うな……『笑わない』んじゃなく、『笑えない』んだ。いままでの俺を見ていたなら分かるだろうが、怒るし泣くし驚くことはあっても、笑ったことはない。

  原因になっていると思われるのは、中学二年の時におふくろが死んだことだろう。その事故があった瞬間に俺はいたみたいだが、記憶はまったく曖昧あいまいだった。道路に横たわるおふくろ。それが道路上だったから事故にあったんだろうと思う。無惨にも血を流して道路に横たわるおふくろは、まるで血を流す人形のようだった。なぜ人形だと感じたのか……表情かおが空っぽだったからだ。

  その光景は頭に焼きついている。だけどそれ以外の記憶がまったくない。なんなら中学二年あたりの記憶はすっぽり抜け落ちている。

 ……これはオーコには言っていないことだけど、俺の記憶は中学二年で途切れ、中学三年の春にまた始まっている。

  その始まりの記憶が芦屋桜子あしやさくらこーーつまりはオーコの笑顔だ。

  それと同じくして俺は笑えなくなっていた。医者が言うには『肉親の死に対する過剰なストレス』が原因らしいが、なんでもストレスで片づけるご時世の決まり文句のように聞こえ、俺はまったく信用していない。ただ恐怖によって人間はまったくの別人になることがある。いきなり黒髪が白髪に変わったり、心が崩壊してしまったりと。

  俺の『笑えない』は後者だ。あまりの恐怖に心が壊れた。目の前で母親が死んでしまう恐怖に俺は耐えられなかったんだ。

  まあゴチャゴチャ言ってきたが、俺はそのせいでひどくクールな奴だとみんなに思われている。そりゃみんなが笑ってる時に鼻でも笑わない奴だからな。心のなかでは大爆笑してんだぜ?

「ドーマくん歩くの早いぃ~。フツウは女の子に合わせるんだから」
「俺より強靭きょうじんなくせになに言ってんだ?  あ、そういやさっきのドツキは一つ貸しだからな」
「なんでよっ、いいじゃんっ、仲良さげだったじゃんっ」
「あのな、痛いんだよっ!  なによりも痛いんだ!」
「あードーマくんの器が小さい~」
「器?  器だと?  そんなもんはさっきの衝撃で大破したわっ!」
「わたしのせいみたいに言わないでよねっ」
「おまえのせいだろおっ!?」

  オーコが口を尖らせてそっぽを向く仕種は可愛かったが、こいつはじつは異常なんじゃないかと思う……クイモノやってる時点で異常なんだがな。そんなオーコが好きなんだがな。

  と、そこで近くの教室から先生が出て来て、早く教室に行けと怒られた。オーコとは同じクラス。一緒に小走りで教室へと向かう。教室に着くと、入る前にオーコが言った。

「……あのね、今日またお腹が空きそうなんだ」

  オーコが教室のドアを開く。その『飢餓感』の意味はニエモノが出現する予兆みたいなもんだ。昨日の今日でか……また寝不足かぁ……。

  まあ、おまえの笑顔が見れたらそれでいいよ。

  俺は心のなかの微笑みで、教室に元気よく入っていくオーコを眺めていた。

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