白すぎる女神と破滅と勇者

イヌカミ

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第3品「買い物に利用したことないんすよ、ここ」

頑張るよ~!……最兇の勇者!?

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「はいだよ~」

  そうフィアが答えるとシンディラは黒い階段をあがっていった。

  デッドプリズン三階である。周囲にはこちらの世界の民族衣装的なものが並んでいる。なかにはバッグとか色んなものが置いてある。

  フィアはしばらく黒い階段を見あげていた。必要以上にパチクリを繰り返してみたり、手をうしろで組んで石蹴りの真似をしてみたり、無駄にぴょんぴょんしたり、シーフと考えた『手だけヒラヒラ踊り』をしてみたりと――はい、飽きました。

「退屈だよー」

  フィアは暇なのでキョロキョロと三階を見まわした。見た目が暗いデッドプリズンのなかで、黒ばっかりの衣装が並ぶ。なんなら視界も暇である。

「ヒーマー、ヒーマー、ヒーマヒマー……だよ~」

  『暇です。オリジナルソング!』を歌ってみても暇である。

  ――と、黒い階段の向こう側に、こちら側とは雰囲気の違う区画を発見する。行ってみる。

「お~、宝石屋さんだよ~」

  フィアは瞳をキラキラとさせながらウィンドウショッピングを開始する。フィアだって女の子なのだ!  勇者のまえに女の子なのだ!

「これはシンディラにピッタリだよ。これはシーフでしょ~。これは豆腐の女神で、こっちはアルラだよ~」

  フィアはガラスの箱に入っている宝石を次々と見ていく。透明みたいな宝石(ダイヤ)はシンディラ。黄色い宝石(シトリン)はシーフ。赤紫の宝石(ルビー)は豆腐。紫色の宝石(アメジスト)はアルラ。イメージカラーを選んでみました。

  うん……楽しい!  自分たちの世界では宝石商や露店商が宝石を並べて売っているが、宝石がこんな風に綺麗に並んだりはしていないのだ。それは配置というよりも、宝石が綺麗に見えるように陳列していないのである。しかしこちらの世界ではしたに色のついた布を敷いていて、より宝石が映えるように気を配っている。それと斜めの台にネックレスを乗せてみたり、柔らかい胸像きょうぞうに引っかけてみたりと工夫がスゴいのだ!  これなら見やすいし、とっても綺麗に見える。

「あ!  耳飾りもあるんだよ~。丸くて赤くて可愛いよ?」

  フィアは縦長のラックにたくさんピアスがかけてあるのを発見し、そのラックが回転するようになっていることにも感心した。自分が動かなくても全部見れちゃうのだ。こちらの世界の人間は賢いよ~と、フィアはご機嫌である。

「赤くて丸いのもらうよ?  ん~……怒られるかよ?」

  フィアは気に入ったピアスのまえで悩んだ。人差し指をこめかみに当てて、む~と考えこむ。

  盗んだりしたらシーフに怒られちゃうのだ。シーフは盗賊のクセに盗みとかしないのである。ダンジョンの遺品とかには手を伸ばすこともあるが、基本的に悪いことはしない。

「よよ~、フィアも悪い子じゃないよ!」

  はい、フィアは良い子です。ていうか天の声を聞かないでください。

  ふんっふんっと、フィアは鼻息を荒くしながら黒い階段に戻った。シンディラの言いつけを守るためにである。さきほどの定位置に戻ってスクワットを始める。フロアを見てまわるフリをしてランニングでもしようか……そう考え始めたときだった。

「わわわわわわわ!」
「なんだよー?」

  ドーン!  フィアはうえからおりてきたなにかに突き飛ばされた。ドシンと尻もちをついて顔をしかめる。目のまえには同じような姿勢でいる黒いヤギのモンスターがいた。とっさに背中に背負っていた聖剣を抜き放つ。先端がスペードマークのようになっている、見た目はただの長剣である。

「やっつけちゃうよ?」
「わわわわわ悪かった!  小さくて見えなかったんだ!」
「おまえ悪いモンスターかよ?」
「待て!  いまはシンディラさまの使いがあるんだ。それを達成しなくては殺される!」
「シンディラの使い?  ん~」

  フィアはちょっと考えてから聖剣をしまった。シンディラがなにかを思いついて黒ヤギを利用しているのだろう。それならやっつけるわけにはいかない。

「……て、おまえニンゲンの子供だな?  こんなところでなにをしてるんだ」
「わたしはシンディラの仲間だよ?  デッドプリズンの調査をしにきたんだよ」
「そうか……ならば俺は同志もおなじだ。よろしく頼む。ブラックゴートと呼んでくれ」
「わたしはフィアだよ~。じゃあ長いからブラゴでいいかよ?」
「じゃあってなんだ、じゃあって。ブラックゴートという名前は俺の自尊心なのだ。おまえだって、じゃあ長いから『フ』でいいか、なんて言われても困るだろう?」
「ん~……フでもいいよ!  よろしくブラゴよ!」
「なんかゴメン……ブラゴでいいわ」

  黒ヤギことブラゴは、どこか疲れたような顔をしていた。鎧を見ると隊長クラスのようだ。中間管理職は大変なのである。

「さあ、わたしはひとりでうえにでも行こう!  護神が侵入したことを、ガデニデグに伝えなくてはならないのだからぁ!」

(シンディラ?)

  黒い階段のうえからである。フィアはシンディラが単独行動を開始することを理解した。ブラゴがうえを見ながらつぶやく。

「シンディラさまはガデニデグさまに報告か。俺もこうしちゃおれんな」

(……わたしはどうしようかな。とりあえず豆腐の女神とビデガンを探す?  それともこっそりシンディラの援護に向かったほうがいいのかな?)

「フィアと言ったな。おまえもシンディラさまの仲間ならば伝えることがある。このデッドプリズンは罠だ……俺にはよく分からないがシンディラさまからの伝言だ」
「罠なのかよ?  ふ~んだよ……」

  ブラゴは確かに伝えたぞと念をおしてから立ち去ろうとした。どこに行くのか訪ねると、北に向かうらしい。つまりはコンビニなのだが、そのまま行ったら殺されちゃうよ?

  フィアはブラゴに首から提げていたチョーカーを手渡した。シーフとおそろいで身につけているものである。その存在はコンビニでの暇潰しの会話でウィッグノリさんに伝えてあった。これがあれば通行証みたいな役割を果たしてくれるはずである。

「……身内の証というわけだな?  ありがたく借り受ける。では気をつけてな」
「ガンバれよ~」

  手を振ってブラゴを見送る。運悪く死なないことを祈るばかりである。

  しかしデッドプリズンが罠とは……勇者仲間との冒険でいろいろな罠を見てきた。正直なところ罠の専門家はシーフであるが、フィアの特技が罠に有効なこともあった。

(とりあえずやっておこうかな。罠がなんなのかは分からないけど、アニミスに反応する罠はたくさんあったからね)

  フィアは聖剣を抜き、まるで騎士が剣を構えるような姿勢になる。直立し、剣先がうえを向くようにまっすぐ持つ。

「……わたしはうたう。蝕神の呪詛により導かれ、善性を断ち切らんと魂のはかりは破滅する……さあ招くがいい。エクリプスの深淵に!」

  ……なにも起きない。フィアの外見に変化はない。しかし確実に変化しているものがあった。それは、

「見えるよ。黒い階段になにか書いてあるね」

  フィアの固有スキルである『天使と悪魔エバンドフロウ』は、フィアの持つアニミスと魔力を入れ換えるものだ。つまり現在のフィアは勇者でありながら魔力を持っている。だいぶ異なったものだが、神性転換と魔性転換を任意でおこなえるのだ。元魔剣士であるフィアだからこそ可能な極技である。

  だがアニミスをすこしばかり残してある。それがないといまの魔力をアニミスに戻せない。ちなみにアニミス状態では魔力をすこし残してある。そのおかげで魔力を敏感に察知することが可能なのだ。アニミスと魔力を同時に内包できるのは、世界を探してもフィアひとりだけである。

「でも悪い子じゃないからね」

  だから天の声を聞かないでよ。頼むよ。

  なにはともあれ、フィアはとりあえず黒い階段に所狭しと書かれている、魔族原語ダークフサルクの解読を始めた。

「うーん……ムズカシイなぁ。賢者くんがいれば分かりそうだけど」

  フィアにもダークフサルクに対する多少の知識はあったが、賢者のそれとは比べ物にならない。なので分かる文字だけ拾ってみる。

「む~……したぁとかぁ……方向ぉとかぁ……触るぅとかぁ――」

  ドゴオォォォォォォン!

  いきなりの爆発である。なんの前触れもなく近くの区画が爆発し、目が痛いくらいの発光現象が始まる。

「ちょ……!  わたしなにもしてない!」

  フィアがオロオロしているあいだに、発光現象はおさまった。なにが起きたのかはともかくとして、それは罠かもしれなかったし、なにかの力が働いた証明だった。破壊された区画を見てみるが、そこまで高威力のものではないようである。

(……黒い階段まで被害がなかったよ。だからわたしのせいじゃないよ~)

  原因不明の爆発はすぐにおさまった。とりあえず近づく気にはなれないので、原因を探るのはやめておくことにす――ドサッ……。

「え?」

  ちょうど爆発地点とは真逆の壁のほうから音が聞こえた。これまたいきなりにである。フィアはとっさに黒い階段に隠れた。コソッとのぞいてみます。

(イギギ……?  さっきしたにいたはずだよ~……って、ビデガンやられちゃってるよぉ!)

  フィアは素直に驚いた。あのビデガンがモンスターごときにやられるとは思ってもいなかったのだ。ビデガンはバッタリしてイギギに引きずられている。このままバーダーとおなじ末路かを考えると……フィアは思いっきり鳥肌がゾワワ~である。

(助けるしかないかよ?  ま、シンディラもさすがに敵になっちゃったイギギは倒せって言うよ~)

「……やるか」

  フィアは黒い階段から飛び出し、イギギに向かって全速力!  剣を背中から引き抜き、相手が気づくまえに斬りかかる!

  しかしフィアの聖剣『世界樹の長剣』はイギギをかすりもしなかった。剣が触れる直前にイギギが消えたのである。しかし引きずられていたビデガンは、ゴトンと床に落とされる。なんとも痛そうだ。

「うしろかな」

  フィアは直感で、振り向きざまに剣を横薙ぎにした。ザグ……!  あまり力のはいらない体勢だったので、剣はイギギの胴体に当たったものの致命傷には至らない。イギギが声なき悲鳴をあげる。

(……ごめんよ~)

  フィアは剣を戻し、斜めしたに構え直した。そして跳躍とともに剣を振り抜く!  ここまで一秒にも満たない時間である。

「バイバイ」

  ……ゴトン、ゴロゴロ――

  フィアの着地から遅れて、イギギの頭部が落下した音が反響した。フィアは背中の鞘に聖剣を納め、ゆっくりと振り向く。そこには頭部を失ったイギギが、横に倒れていく場面があった。
ドサァ……。

「害がないならこんなことしないのに。あんたが仲間に手をかけるからだからね」

  フィアは亡骸になったイギギをまたいでビデガンのようすを診る。ちょうどうつ伏せに倒れているビデガンの右肩には、噛み傷のような痕があった。

「毒針じゃなくて歯だったのか。死んだりしてないかな……」

  バーダーの姿を思い出すと不安である。しかしビデガンの胸がわずかに上下しているのを見て、フィアはほっとしていた。いまビデガンを侵しているのは、恐らくは弛緩毒しかんどくみたいなものだろう。体を麻痺させられているのだ。しかしバーダーは死んでいた。そうなるとイギギは毒の効果を変化させるモンスターなのか?

「毒針にあった微妙な魔力の原因はそれなのかも。魔術みたいなさ」

  そんなことよりビデガンをどうしようか。隠すにしてもビデガンはかなりの身長があるし、移動させようにも重すぎる。フィアは少女なので腕力はないのだ。

  モンスターが周囲にいるか確認!  魔力を追ってみる。このフロアにはいない。一階と二階もクリアだが、四階の片隅に魔力が集合しているのが分かる。うん……位置的にはどうやらアイテムを陳列しているスペースと、その裏側にもさらに部屋があるみたいである。

(ふんふん。隠し部屋があるんだよ?)

  隠し部屋(バックヤード)のほうにはまだまだモンスターがいるようである。いや、それが分かったところでどうしようか。

  ――あ、そうだ!  フィアは思いついたので実行します。まずありったけの衣装を持ってきます。そしてビデガンのうえにドササー。よし、隠せました!  どう見ても不自然に衣装が山積みになっているようにしか見えない!  しかしフィアは満足げにおでこを拭う。ビデガンは見えないからオーケーだ。

「さてと……ビデガンと一緒にいた豆腐の女神を探そうかな」

  フィアは四階に向かう。黒い階段をあがりながらダークフサルクを眺めながら進む。そのなかにはやはりアニミスを感知する原語が書かれていた。しかし現在のフィアのアニミスは微量なので反応しないはずだ。

  四階。あがってみるとすぐ、可愛らしいアイテムが並んだ区画を発見する。非常に興味深い。いや、豆腐の女神を探さなくては……だめだ!  体が言うことを聞かない!  体はどんどん可愛らしい区画に向かっていく!  助けてぇ!  と、フィアはひとり呪いごっこをしながらファンシーショップにはいります。

「あれ?  モンスターがいっぱい死んでる」

  ファンシーショップの中央付近には、十体近くのモンスターが倒れていた。魔力を感じないことから死んでいることが分かる。シンディラが倒したのだろうか?

  フィアはそこに向かう――途中で、なにかを蹴った。コツン。見てみると皿のようである。白くて丸い、ちょうど豆腐の女神がこんなのに乗ってたな。拾う。

「豆腐の女神も捕まったのかな……デッドプリズンの罠にかかっちゃったのか……」

  フィアは自分の頭をなでた。突入まえの豆腐の優しさを思い出して哀しくなる。助けなくては……。

  まだ近くにいるかもしれない。フィアは可愛らしいアイテムは放っておいて歩き出した。イギギは魔力を感じさせないモンスターなので、直感と目で探すしかない。

  気になるのは隠し部屋だ。もしかしたら階段とかがあって階層の移動ができるのかもしれない。フィアはきびすを返して黒い階段を通りすぎる。

  そちらにも初見のアイテムが並んでいた。フィアにも写真立てくらいは分かる。そちら側には宝石箱とかの小物がいっぱい置いてあるのだ。く……デッドプリズン……わたしが気になるアイテムをいっぱい置いてあるよ!  魔術の罠に加えて心に侵食する罠までしかけてあるなんて、なんて恐ろしい場所なのだ!  ソヨギの精神年齢が、フィアとおなじ十歳前後の証明だ!

  フィアは気になるアイテムをちょいと見てはほっぺをパシンを繰り返し、ようやく反対側の壁にたどり着いた。

「はぁ……はぁ……なんて恐ろしい罠の数々!  ああっ!?」

  フィアは自分の手に可愛らしい化粧ポーチが握られているのを見て愕然とした。無意識に手に取ってしまい、そのまま持っていたのだ。『勇者が盗んだらダメだからね!』というシーフのお説教する顔が浮かぶ。 とりあえず来た道を引き返すのは恐いので、手近な棚に置いておこう。ぽいっとして、

(イギギがいるよ!?) 

  フィアは物影から観察した。棚があって全身は見えないが、そのヒョロ長い生物の頭だけが見えていた。棚を挟んで向こう側を歩いている。

(イギギは一体じゃないのかよ?  豆腐の女神と一緒だったりするのかよ~?)

  フィアは棚からひょいと顔を出し、イギギが通り過ぎるのを待った。区画と区画のあいだにある通路を歩いているようだ……来た。イギギは両手を水をすくうような形にしてなにかを持っていた。豆腐である。

「この……!」

  カッとなり、フィアは物影から飛び出した。さきほどのイギギに対してやったような不意討ちをしかける。聖剣を抜いてイギギに斬りかかり――

  ――しかしイギギの反応も同じだった。姿が消える。スカッ。そして今度は捕らえた獲物も一緒に移動している。つまり豆腐がぽとりと落ちることはなかった。

  どうせまたうしろだろうと振り向くが、いない。だがその殺気をフィアはのがさなかった。うえか!  フィアは横に跳びながら聖剣を片手に構えた。

「ふっ!」

   できる限り力強く聖剣を投げる。イギギは天井にコウモリのようにぶらさがっていた。手には豆腐を持ち、大きく口を開いていた。その顔は気持ち悪い。

  その気持ち悪い顔を狙ったわけじゃないが、聖剣がズガッ!  とイギギの口内に突き刺さった。イギギの体がぐらりと揺れ、だらりとした感じで落ちてくる。

  どぐしゃあ!  耳障りな音が響き、イギギは床に叩きつけられて完全に沈黙した。

「……おっとっと」

  フィアは持っていた皿で、ひゅーんと落ちてきた豆腐をぺちょりと受け止めた。

  豆腐は力なくグデンとしていた。ビデガンと同じく弛緩毒だろう。意識もない。それと右足(?)のあたりにイギギの毒針を受けているようだった。シンディラには触ると危ないと注意されていたが、フィアは毒針に触れて引き抜いた。放り捨てる。

「豆腐の女神までやられちゃうなんて……」

  にわかには信じがたいことである。イギギは正直なところ、たいして強くはない。不意討ちはかわされているのに、その後は簡単に倒せている。不意討ちは目にも止まらない早さでかわされているわけだが、デビロイドたちに見せてもらったフェイクスターも似たようなものだ。イギギは強烈な殺気を放つようだし、動きで翻弄ほんろうされても攻撃時の殺気を感じ取れれば対処できる。

  ようするに、イギギに特殊性はまったく感じないのだ。まったく普通のモンスターと大差ないのだ。それなのにビデガンや豆腐が捕まってしまう事実が納得いかない。

「シンディラも心配になってきた」

  フィアはイギギから聖剣を引き抜くと納剣し、豆腐を皿ごと頭に乗せた。とても器用に小走りとかする。隠し部屋の件は全員のようすを確認してからでもいいだろう。えっほえっほと黒い階段を目指す。

  タンッタンッタンッと駆けあがり、五階に到着――した途端にドゴオォォォォォォン!

「いいぃぃぃぃぃっ!?」

  五階フロアの中央付近で爆発が起きたのである。さらにその爆発は連続的に起きた。キュバババババッ!  みたいに。

  とりあえずフィアは爆風にさらされていた。五階にあがりきったところだったのでモロに爆風に吹き飛ばされていき、のぼりの黒い階段の裏側に激突する――はずだが、無意識に使っていた魔術で助かることになる。

  背負っている聖剣から触手のようなつるが伸び、先端がズガッと突き刺さり、バネのような形になって衝撃を無効化する。

  この『悪魔の乖離デモンフォティ』は妖樹系に属する魔術であり、基本的にはえげつない効果の魔術である。だがフィアは聖剣を手にしたときからだいたいの魔術を封じているので、こんなときにしか、受け身くらいにしか使わないようにしている。

  こんなふうに破滅行為以外に魔術が使えるのも、すこしだけ残っているアニミスのおかげだったりする。ムズカシイ表現ならば抑止力になっているのである。しかし普通にこれをモンスターに使えば瞬殺である。まあやらないけど!

「豆腐の女神も無事っ」

  フィアは自分のバランスを誉めながら、ビヨヨーンとフロアの床に戻った。

  フロアはすっかり火の海になりかけていたが、最初から燃えるものが少なかったのか、あまり延焼はしていないようである。

  しかし放っておいていいものではない。だからと言ってフィアの勇者属性『大樹』は、火との属性相性が最悪である。つまりどうしようもない。

「ん~……せめて豆腐の女神の意識があればなぁ」

  豆腐は複合神であるが、基本属性は水である。火にはかなり強い。しかし目を覚まさせる方法は分からないのだ。

「全部燃えるまえに破壊する……聖剣燃えたら最悪だしなぁ――ちべたっ!」

  ……雨?  フィアは天井を見あげた。いきなりサアァ……という感じで雨が降り始めたのである。室内なのにだ。

  よく目を凝らしてみると、天井についている円盤形のなにかから、その水が出てきているようだった。どうやら建物を守るための反属性装置のようである。ガデニデグが非常用に取りつけていたのだろう。違います、スプリンクラーです。

  もともと火力の弱かった火事は、そのスプリンクラーのおかげで鎮火していった。かなりの水をまくように設計してあるようで、二センチくらいの水の流れが発生していた。と、

「う……う~ん……」
「女神?  豆腐の女神!  もしかしてこの雨のおかげで毒が浄化されたの?」

  まだ目覚めていないようだが、この水を与えていれば復活しそうである。フィアは安堵しながら皿を掲げた。水をいっぱい与えてみよう。

「ソヨギさま~……むにゃむにゃ」

  お、豆腐は寝返り(?)をうったりしている。もうすぐお目覚めかな?

  ――しかし、フィアには豆腐の目覚めを待っている時間がなくなった。左手のほうにあるアイテム倉庫のあたりから、空間を裂いてなにかがあらわれたのである。とてつもない魔力……。

「すっかり眠ってしまいましたのね。寝顔の可愛いこと……」

(シンディラ!?)

  蝶の羽を持った少女が、シンディラを抱えていた。シンディラはまるで人形のように眠っている。まさかシンディラがやられた?  心配はしていたが現実になるとは思っていなかったのだ。物理攻撃が通用しないシンディラを倒す……こうして見ていても信じられない。

「豆腐の女神……ちょっと待っててね」

  いまだに寝言を口にしている豆腐を、近くにあった植木鉢に置く。目立たない場所はここぐらいしかない。

  そしてフィアは全速力で走った。中央付近はパーテションやプランター、よく分からない縦長の箱などで区切られているので、ぐるっとまわっていくしかない。

  蝶の羽を持つ少女は黒い階段ではなく反対の方向を目指している。羽ばたきながらゆっくりと……飛行に雨は関係ないようである。向こう側にはなにもなさそうだが、もしかしたら隠し部屋へと向かっているのかもしれなかった。

(逃がさないよ!)

  角を曲がって蝶の羽を持った少女を正面に捉える。フィアは聖剣の柄に手をかけた。まだ二十メートル以上の距離はあるが、さきほどのように空間を移動するのなら、聖剣を投げつけてでも止めるつもりだ。

(追いつくよ!)

  だがまあとりあえずの心配はいらないようである。蝶の羽を持った少女は飛行での移動を続けていた。こちらには気づいていない。チャンスである。

「しかし灰の女神を造り変えるのには相当な魔力が必要ですわ……歪族ヒキュウの育成がうまくいかなければどうしようも……」

(ひとりでなに言ってるんだよ?)

  二メートルほどの距離にまで迫ると、蝶の羽を持つ少女はひとりでブツブツ言っていた。その独り言は記憶することにして、とりあえずやっつけちゃうよ!

  フィアは走る勢いをそのままに、聖剣を横薙ぎに振る。剣撃は完全に蝶の羽を持つ少女を捉えていた――はずだった。

  フィアは背後から衝撃を受けて吹き飛ばされていた。ほぼ真横にあった背丈ほどのタワー(盗難防止システム)に体をドガッ!  と打ちつける。フィアは水浸しの床にバシャリと横向きに倒れていた。

「背中がお留守のようですが?」
「あら。さすがに音を聞き逃すほど歳はとっていませんわよ?  誰かが背後から向かっていることには気づいておりましたの」

(泳がされたのかよ~……)

  追走が音をだしていたのだ。確かにこれだけ水が張られていれば、足音どころのボリュームではない。追いすがろうとするあまりに冷静さを失っていたのだ。

  フィアは痛む背中に顔をしかめながら、その男を薄目で見あげた。眼鏡をかけた執事風の男……の、はずなのに、下半身はダボダボズボンにブーツインである。上半身の燕尾服みたいなやつには似合っていない。蝶の羽を持つ少女も似たようなセンスのなさである。執事風の男はさらっさらっの黒髪に口当ては紫である。ダサい。

「見たところ人間の少女ですわね。灰の女神のお仲間かしら?」
「そのようですね。しかしあなたの魔力以外の魔力を感知したので、この少女は魔族でしょう」

(あいつらなんなんだよ……?)

  正直背中はだいぶ痛いが、動けないほどではない。幸運にも聖剣は手離していない。まだ戦える。

  しかしフィアは気絶しているフリをしながら二人の会話に耳を傾けた。まずは情報収集しなくては。

「魔族?  どこの部族なのです?  場合によってはヒキュウの利用を考えなくてはなりませんわよ。ところで……ヒキュウの育成はどこまで進んでいるのかしら?」
「ガデニデグさまが管理していることを、僕が知っているわけないじゃありませんか。ですが、灰の女神を造り変えるためにはまだまだ足りないかと思いますよ。勘ですがね」
「なんの裏づけも根拠もないことを、よく平然と口にできたものですわ。まあガデニデグさまは侵入した護神をさばくことに躍起になっておられるご様子……」
「護神?  僕は聞いていませんが?  またアレをやるつもりなのですかね……正直あまり効率的とは言えませんよ?」

(なに言ってるか分からないよ?)

  フィアもさすがにちんぷんかんぷんである。とりあえず言葉をそのまんま記憶して、みんなに伝えよう。すぐに立ちあがれるような姿勢になりたい……もう少しでうつ伏せになれるんだけど……ゆっくりゆっくり――ふたりの会話は続く。

「しかし灰の女神をどうするつもりなんですかね、ガデニデグさまは。また余計な魔力を使ってしまうじゃありませんか」
「まずは戦力の増強が最優先なのですわ。灰の女神をこちらに置けば、わたしたち以上の力となる」
「そうですけどね。僕たちもしっかり強いわけです。ならば僕たちを増強してもいいのでは?  コストパフォーマンス的にもね」
「だとしても決め手に欠ける力ですわ。必要なのは女神、そしてレアーズの霊級なのです」

(…………)

  フィアはなんとかうつ伏せになった。バッと立ちあがってズバッと倒す体勢は整った。でも……、

「しかし本当に可能なのですかねえ……破滅王やノヴァカースに匹敵する存在を造るなんて」
「さあ?  わたくしはガデニデグさまの命を守るだけですので。主命をまっとうするのがわたくしたちの存在意義ではなくて?」
「そうなのですがね……まあ、僕は別に実験体たちのことなどはどうでもいいですから。灰の女神しかり、レアーズしかり、人間もね」

  でも、このふたりの会話を聞いているとなんだか……。なんだか無性に――

「……ムカつくかな」

  フィアはバッと立ちあがった。でもズバッは保留する。こちらに気づいたふたりは驚愕して目を見開いていた。

「馬鹿な……たかだか人間が僕の一撃をしのいだと?」
「あら?  なんだか怖い顔をしてますわね」
「どうでもいいよ。あのさ、シンディラ渡してよ」
「せっかく苦労して捕らえましたのに……ガデニデグさまは徒労がお嫌いです」
「じゃあ見逃してやるから置いてってよ。わたし怒らせてもいいことないよ?」

  フィアはバシャッと一歩進んだ。

「同じ言葉をお返ししますよ。なんで僕の攻撃で死なないのですか。たかだか人間でしょう……人間ごときが僕の……僕の攻撃をおぉぉぉぉ……」
「さあ……弱いからじゃない?」

  バシャッ。もう一歩。

「なんだと!?  弱い?  僕がよわいぃぃぃぃ!?」
「落ち着きなさいな儡王らいおう。蟻王に続いて再調整などごめんこうむります。人手が足りなくなってしまいますわよ」
「かかか……関係ないですよ!  僕を挑発……ぼくをナメテ――こいつがあぁぁぁ!」
「警告はしたから」

  儡王とやらが体をバキバキと鳴らしながら飛びかかってくる。フィアは聖剣を肩にかつぐように構えた。魔力を高揚させる。

「お待ちなさい儡王ティンダルス!」
「しねしねしねしね……えぇぇぇぇぇあぁぁぁぁぁ!」
「そっちがだよ!」

  バギャアッ!  と衣服を破りながら、儡王が本性を現す。

  まるで人形の集合体のようである。テカテカした肌、グニャグニャと動く節くれだった関節、無表情で生気のない頭部――八体ほどの裸の人形が、儡王の全身から上半身だけをだしてうごめく。

「コマンダントギル――」
「おっそいんだよ!」

  儡王が技を放とうとした刹那、フィアは剣撃を浴びせていた。フェイクスターとも空間移動とも違う単純な『速さ』である。 

  始動の聖剣の重さは零。しかし肩から振りあげられた聖剣の荷重は、頂点を越えた瞬間にマックスとなる。それに合わせ、ただ前方に跳躍するだけ――ただし、荷重には魔術を上乗せしており、技の派生を最速にしつつ重量の増加もおこなっている。なので聖剣は通常の物理法則を越えたタイミングで重量がマックスとなり、さらに重さが加わったために破壊力は当然にあがる。すなわち、

「うが……!  があぁぁぁぁぁぁぁ!」

  ズゴギャガバッ!  やっていることに反して軽い音である。だが儡王ティンダルスの体は、一瞬でバラバラに砕かれていた。

  フィアが動いたのは踏みこみのただ一歩だけである。

「……なるほど。振りあげのときには重量を零にして速さを、振りおろしのときには重量を増やして速度と破壊力を生みだすのですわね。ついでに加速もさせているのかしら?」

  バシャシャシャバシャ……と儡王ティンダルスの残骸が床に降り積もる。フィアは無言で聖剣を鞘に納めた。歩く。

「あなた、ただの魔族ではありませんわね?」
「……」

  蝶の羽を持つ少女もさすがに警戒したようで、こちらが歩く速度と同じ早さで後退していった。

「いまのはカウンター。馬鹿にほど通用するんだよ。まあとにかく……」

  フィアは右手を差しだした。手のひらをうえに向けて動かす。

「シンディラ返せよ……!」
「やれやれ……わたくしが戦う羽目になってしまうなんてねえ……」

  蝶の羽を持つ少女は、シンディラを床に落とした。バシャンと床の水を跳ねさせてシンディラが転がる。

  フィアの我慢は限界に達した――

「シンディラをもてあそぶんじゃねーよクソババァァァァァァァ!!」
「わたくしは翅王ティンダルス。クソババァではございません……え?」

  翅王はフィアの激昂を見て、明らかに動揺してみせた。フィアは絶叫とともに、内在魔力をアニミスへと変化させていた。そして全力で高揚させていた。白く発光し、デッドプリズンすら鳴動させるほどのアニミス開放である。

「な、なんですのそれは!  その非常識なアニミスは!  あ……あなたはまさか……まさか!」
「さっきのは魔剣士フィア。でもいまは――」

  フィアは聖剣を抜いた。さきほどの長剣ではなくなっている。まるで聖なる白銀を思わせる光沢の鋼。そして世界樹のように先端が広がって両端は垂れており、錨のようにも見えた。刀身は針葉樹のようにギザギザである。お世辞にもカッコよくはない不恰好な聖剣――その真の姿である。

「――勇者フィアだよ」

  翅王はただ震えていた……。

                       続く。
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