対立していたはずの王子様に愛されたようで

永遠

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2 ヴァラドルという男

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2ヴァラドルという男

突如として現れた男、ヴァラドル=マルシャールは、自分を俺の夫であると言った。
随分と頭の湧いた男が迎えに来たものだと思った。


幼い頃から自分がどうなるものか、なんとなく予知していた気がする。
良い境遇では育てられないこと、人前に立つことのできないこと。


…………最終的には孤独死か、何処かにヤリ殺される未来が待っているのだ、と小さいながらも感じていたのかもしれない。


父の話すΩの話は散々なものだった。存在が不愉快、生きているだけで無様で価値のない。せめて、あったとしても子孫の繁栄。それにも、自分の遺伝を残さず、‪α‬である相手の遺伝をどれだけ強く残せるか。

俺に対して、直接そんなことは言わなかったが、言い分を要約すればこんなものだった。
けれど、弟ユリウスが、それを言われる対象でないことに心底ホッとした。自分だけで良い。差別主義のこの父に罵られるのは、俺だけで十分だ。





ヴァラドルにもたれかかった瞬間、自分の火照った身体に嫌気がさした。いくら拒絶しようとも、‪α‬のフェロモンにやられ、反応する自身の身体に。
しかし、これは俺だけではない。
それに、何よりこの男のフェロモンが、他とは比べ物にならないくらい強い気がした。

抑制剤を常備を命じられていた俺は、‪α‬のフェロモンにあてられても、今まではなんとか逃れていた。
城の中でも、来客に‪α‬が居ればそれなりに身体がそいつらを求める。けれど、抑制剤で抑え込んできた。


ヴァラドルがやって来た時だって、時間はかなり前だが、早朝に抑制剤を飲んでいた。
近距離というのもあれど、過去にない身体の熱さ、息をするのもやっと。意識は飛ぶ。
きっと、警告しているんだ。この男には近づくなと。






意識を飛ばしてから、どれだけ経ったのか。
重たい瞼を上げれば、俺は知らない部屋で横たわっていた。

「っん……」


床に転がされているのかと思ったが、ベッドの上に寝ていたようだ。特に身体にダルさはない。

……何もされていない、のか?


意識を失いつつも、次、目を覚ますことはできるのか、起きたらどんな地獄が待っているのかを考えていた。
あまりにも、普通で何処にも異変がない。






「起きたか」

低音な圧のある男声に身体をビクリと震わせた。聞き覚えのある声で、先程、俺を迎えに来たと言ったヴァラドルだった。
キィッと部屋のドアを開け、室内にズカズカと入ってきて俺に近寄る。


「……何の真似だ……、お前は何がしたい」

怯え、もあったが、覚悟はもとより決めていた。ひよらずに、ヴァラドルに強気にモノを言う。


「……そう怯えるな、別に無理矢理喰おうなんて端から考えていない」


ベッドがギッと軋む音をあげる。ヴァラドルはベッドの端の方に座り、長い腕を俺の方に近づけ、俺の前髪をかきあげる。


隠しているはずだったが、怯えていることに気づかれており、少し恥ずかしくなった。
上半身は先程までとは違い、ワイシャツ1枚、下は黒のスラックスのようなものを履いており、随分とラフな格好に変わっていた。

ハッと自分の格好を確かめると、脱がされた形跡もなく先程と同じ服をそのまま着ていた。
全裸とか下半身だけ脱がされているものだと思っていた。


「……っ、目的は何だ。俺をこんな所に連れてきて……しかも、ヤリ目的じゃないなんて、信じられる訳ないだろ……」


「っく……ヤリ、目的ではない……という訳では無いんだがなぁ……」


くくっと笑いながらヴァラドルはそう言う。結局、ヤリ捨て、ということか? なら、なんで何もしない……。


というか、先程までとは打って代わって身体が平常だ。薬を飲んだ記憶もない……。コイツからは少々フェロモンを感じるが、特に身体に害がない。


「ああ……、抑制剤が効いたようでよかった。 少し強めのヤツにして正解だったな」

「っ!」


この男の思考が理解できない。抑制剤を飲ませた……? 何のために……。普通は発情しているところを狙うだろ……それとも……平常時を犯すという一種の変態かサイコパスなのか……?


「お前の許可なく、お前を性行為に及ぼうなどとは思っていない」


「……は? 何言って……」


ヴァラドルは部屋に持ってきたポットとカップに手をつけ、カップにトポポ…と紅茶を注ぐ。
アールグレイの良い香りが鼻をかすめる。カップから仄かに白く湯気がフワリと浮かぶ。


「ミルクは入れるか」


ヴァラドルは俺に尋ねた。どうやら俺用らしい。ポカンと口を開けたまま閉じれない。

……この男の思考、行動、全てが理解できない!!


ヴァラドルは「?」と首を傾げる。早く答えろと言うような顔で見つめてくる。


「……嫌いか?」


「……きら、いではないが……」


まず、‪α‬から渡されたそんなモノ飲めるはずがないだろ! 何が入っているのかも分からない。 
ヴァラドルはそれなら受け取れと、カップを差し出した。嫌々ながらも、それを受け取る。
同じように彼自身用の紅茶も注ぎ入れ、少し啜るように飲んでいる。


……紅茶に何か入っている訳ではなさそうだ。暫く、紅茶と睨み合いをしていると、「ああ…」とヴァラドルが気づいたような声を上げた。


「心配するな、何か入っている訳では無い。 そもそも、抑制剤を飲ませたというのに入れるはずも無いだろう」


俺の考えを読んで、それに対して笑いながら答える。
言われてみればそれもそうだ。
しかし、どうにも飲む気にはなれず、カップを両手に持ち、俯いた。


「……話を戻す、お前、何のつもりだ」

「……何のつもりとは?」

ズズ……と紅茶をまた一口口にした。目を伏せながら、質問に質問で返してくるヴァラドルに腹が立った。


「っ、ち、父から話を聞けば金まで寄越したそうだな、理解出来ん……俺をどうにかしたいのなら、世に俺の存在をバラすとでも言っておくだけで父は了承したはずだ」


「……」


ヴァラドルは無言を貫くように、何も返してこない。
腹の中で何を考えているのか分からないこの男。この家に俺を置いてどうにかなるのか? それとも父や母が泣いて俺を取り返しに来るとでも思っているのか?? そんなハズないだろ。


「クロウス、お前何か勘違いをしていないか」


ようやく話し始めたかと思えば、また意味の分からないことを言う。
……勘違い……?俺が何をどう勘違いしているというのだ。


「……俺は国がどうとか、対立がどうとか、そんな理由でお前を連れてきた訳では無いぞ」

「っえ……」


……じゃあ何のために……? カップを持つ両手に力が入る。


「……俺はクロウス=ジェイラードという人間が欲しいから、お前を迎え入れただけだ。 お前を国を大きくさせるためだとか、対立している国を滅ぼすためだとかのために、ここに連れてきたわけじゃない」


ドクッと脈打つ。一瞬言葉の理解が出来なかったが、数秒で言葉の意味を紐解いた。


「っ、あ…おまえ、何を……、ウソだっ」


ベッド横にある小さなテーブルの上にポットが置いてあり、ヴァラドルはその横に静かに自分の空になったカップを置いた。
ベッドに腰をかけ、左足の膝をたて、そこに彼が顔を置き、フッと色気ある顔で笑う。口角が上がり、少し目が細くなる。


俺はブァッと顔が熱くなる。フェロモンか? また、コイツの強い匂いに当てられているのか?? 違うことは分かっている。俺は今、この男の笑う顔を見て心臓を跳ねさせた。

どうにか落ち着かせようと、両手に握ったカップに入った少し冷めた紅茶をグッと勢いよく飲み干した。
飲み干したとて、ドクドクと心臓の音も止まなければ、顔の熱さは増していくばかりである。


「俺は嘘なんてつかない」


ヴァラドルの顔が見れなくなる。彼の腕がスっと伸びてきて、ビクッとなる。ただ、空になったカップを取っただけなのに。


「……警戒心剥き出しの仔猫だな」


ヴァラドルは俺に一言そう言った。警戒心があるのは認める、実際この男を警戒している。 ただ仔猫とはなんだ、何処が猫だ! しかも小さいやつ!


「馬鹿にしてっ……んむっ」


目の前にはヴァラドルの大きな手があった。勢いよく飲み干し、声を荒らげたせいか、口元に残っていた紅茶がたらりと俺の唇に垂れていたようだ。
ヴァラドルはそれを親指でグッと拭い、「子供だろ」とまた笑う。
自分の顔が羞恥で真っ赤になっているのが分かる。

こいつ……絶対馬鹿にしているだろっ!!


キッとベッドが軋み、ヴァラドルはベッドから立ち上がり俺を見た。
ヴァラドルの後ろには大きな窓があり、気づけば外は暗く、月がうっすらと見えていた。


「……許可なく手をだ出すことはない。……ただ、そんな顔ばかりしていると、俺も男だ。 何をするかは分からない」


褐色肌に白く光るよく綺麗に並んだ歯、その中に八重歯のように尖っているものもある。グリーンの瞳に悲しくも、美しさを感じてしまった。


俺の頬をするりと撫でる、ヴァラドルに触られる度、ビクッと肩を揺らす。


「……鎖や首輪なんかで繋いでおかなくてもいいのか? 逃げ出すかもしれないぞ」


「あぁ、逃げ出してもいいぞ。追いかけるのは得意だ、それに反抗的な態度をとってくれた方が面白くて良い」


……やっぱり、一種の変態だ、こいつ。


「…あ、首輪で思い出したぞ、プレゼントだ」

ヴァラドルはポケットから何かを取りだし、またベッドに足を乗せ、俺の目の前まで迫ってくる。
何かされると目を強く瞑った。


ーーーカチッ


先程まで同じ紅茶を飲んでいたせいか、ヴァラドルから仄かに紅茶の香りがしたかと思えば、カチッと音がした後に香りが遠のいた。


「Ω用の"首輪"だ。 この城にも‪α‬は多くいる。 俺のモノだと知って手を出す奴はいないだろうが、護身用に外すな」


首筋を噛まれないようにと、優しく首に巻かれた黒い良質な生地で作られた首輪。

そう言って、ヴァラドルは部屋から出て行った。


何なんだ、ヴァラドルという男は……。
するりと自分に巻かれた首輪を触る。

……そういえば、アイツ、首筋を噛まなかったのか……と思いながら、逃げる気も起きず、ベッドに転がり、枕に顔を埋めた。


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