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第四章 エルフの少年ユピテル
025-正義の味方!
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【聖王歴128年 青の月 36日】
「あんにゃろぉ、絶対許さねえっ!!」
昨夜の襲撃事件の後に宿屋のオヤジに事情を説明したところ、有無を言わさず壊れた窓の修理代を請求された。
オヤジ曰く「アンタが事件に巻き込まれたんだから、自力で犯人から修理代を回収してこい」だそうで、そろそろ旅の資金もキツくなってきた俺としてはシャレになっていない。
『ゴメンよ、にーちゃん。またオイラのせいで……』
ユピテルがしょんぼりしていると、サツキが豪快に笑いながら小さな背中をバシバシ叩いた。
「気にしないくていいって! おにーちゃんはユピテルくんに弁償しろなんて、冷たい事はゼッタイ言わないからさ」
「代弁ありがとう。でも、そのセリフは直接俺の口から言わせて欲しかったかな」
そんなやり取りをしている最中、エレナが不安そうな顔で俺に目を向けた。
『でも、これからどうしましょう。このままずっと城でユピテルさんを匿うにも、イフリートの封印が……』
――実は俺達は今、プラテナの城のゲストルームに居るのである。
襲撃事件の翌朝、皆を連れて城へ向かった俺は門番兵に事情を説明したところ、前回のプリシア姫誘拐事件の解決に貢献した功績のおかげか、匿ってもらえる事になった。
さすがに大国の城だけあって要人を護る体制は万全だし、国王の寝室に俺達が突撃した反省からセキュリティが相当強化されているので、遠距離から猛毒の矢を城内に撃ち込まれたりアサシンが侵入してくる心配も無いだろう。
だが、ずっと籠城し続けるわけにもいかないし、そのまま時間切れでユピテルが暴走し始めたら目も当てられない。
「この状況を打破できるような、誰か心強い協力者が居れば良いのだけどな……」
俺がそんな事を呟いたその時――
「あら、今日は客人が多いですね」
「!」
聞き覚えのある少女の声に慌てて振り返ると、そこには我が国が誇る麗しの王女プリシアの姿があった。
『多いという事は他にも誰か居たのですか?』
「ええ。勇者カネミツ様が南方へ向かわれるとの事でお父様へ挨拶に来られていたのです」
「……」
となると、カネミツ達は前回と同様にエルフの森へ向かったと考えるべきだろう。
今回の勇者パーティにはシャロンが居ないため、森の樹木を焼いてエルフを激怒させるトラブルが起こらず、彼らがそのままエルフの村をスルーして次の目的地へ着いてしまう可能性はある。
しかし、もし『シャロンの行動に関係無く、最初からエルフ達が勇者パーティに因縁をつけて捕らえるつもりだった』とすれば話は別だ。
「俺の予想通りなら、明後日に街の酒場に向かえば"あいつら"に会えるかもしれない。今回ばかりは好きとか嫌いとか言ってられないしな」
『「???」』
【聖王歴128年 青の月 38日】
「まさか再会するとはね……」
俺達の目の前にいる三人組のうち、リーダー格の黒髪の男が微妙に気まずそうに呟いた。
この黒髪の男の名はカネミツ……そう、言わずと知れた「ホンモノの勇者様」である。
いつの間にかパーティメンバーも二人増えており、黒髪三つ編みの女の子が魔法使いシズハ、もう一人は無精ヒゲを生やした長身細身の男で、名前を剣士クニトキと言うのだそうな。
それにしても、シャロンの代わりの魔法使いを雇うのは分かるにしても、俺の代わりがシーフではなく剣士な理由は謎である。
やっぱり、シーフってのは不人気なのかなぁ……ってそんな事はどうでもいいんだ。
「俺も理由が無ければ話しかける事は無いんだけど、今回はちょっと訳アリでね」
「訳アリ?」
「……エルフの村で捜索の依頼を受けていないか?」
勇者は一瞬驚いた顔をしてから、俺の後ろで深くフードを被って顔を隠しているユピテルをチラリと見た。
「君らの要求が何なのかは知らないけど、その子の身柄と引き替えに金銭を要求するのなら、僕は君を軽蔑するよ」
カネミツは目に恐ろしく冷たい何かを感じさせながら、俺をジッと真顔で見つめてきた。
だが、コイツは正義の為に仲間を容赦なく切り捨てるクソ野郎ではあるが「正義の味方」という勇者の姿勢そのものは、紛れもなく本物だ。
「金なんざ銅貨1枚もいらねーよ。ただ、盗人の濡れ衣を着せられちまった、無実のチビッコを救う手助けをしてくれ」
ユピテルは自らフードを脱ぐと、勇者に深々と頭を下げた。
それを見たカネミツはやれやれといった顔で呆れ笑いしながら、ユピテルの小さな頭を撫でた。
「そこまで言われて、この僕が協力しないわけ無いだろう。詳しい事情を教えてくれるかい?」
【聖王歴128年 青の月 39日】
<迷いの森のエルフ村>
「勇者カネミツ、約束を果たしに戻った!」
カネミツが声高らかに宣言すると、村のエルフ達が集まってきた。
勇者達三人の後ろには、ロープに束縛されたエルフの少年ユピテルの姿があり、それに気づいた村人達がどよめいている。
『よくぞ戻った勇者よ。約束通り、お前達を無罪としよう!』
エルフの長老の言葉に、カネミツはホッと胸を撫で下ろした。
だが無罪と言われても、その罪状は『迷いの森で焚き火をした』という、言い掛かりとしか思えないシロモノだったので、シズハとクニトキはかなり不満げな顔をしている。
そもそも、魔物の出る森で焚き火もせずに一夜を過ごせとは、いくら何でも無理があるだろう。
『ユピテルよ。お前の罪は今宵に明らかになるだろう。……牢へ連れてゆけ』
『おい! こっちに来るんだ!』
『痛いっ。やめてくれようっ』
大人達がユピテルのロープを乱暴に引いて、村外れの牢獄へと向かっていく姿に、カネミツは怪訝な顔で村長に目を向けた。
「彼をどうするつもりだい?」
『部外者は口出しをしないでもらおう。我が村の掟に従って刑を執行するのみである』
カネミツの問いかけに対し、返された答えはあまりにも冷淡なものだった。
今にも暴れ出しそうな仲間達をなだめつつ、カネミツはやれやれと苦笑しながらエルフの長老に再び話しかけた。
「それは申し訳ない。ところで、こんな遅くに村を出ると僕達人間は再び森で火を炊く事になってしまうんだ。また捕まるのは勘弁願いたいし、宿を借りる事は出来ないかな」
『……良いだろう、今回の礼も兼ねてお前達に宿を提供しよう。だが、決して外に出る事は許さぬぞ』
「んー、宿の為だものね」
カネミツは胡散臭い笑みを浮かべると、仲間達と共にエルフの女に連れられて行った。
そしてやってきた場所は、村の入り口近くにある掘っ建て小屋だった。
「おや、今度は牢屋じゃないんだね」
『貴方達は客人なのですから、そんな無礼な事は出来ませんよ』
「客人に向かって外に出るなというのも十分無礼だと思うんだけどね。人族には理解出来ない文化だ」
笑顔のまま凄まじい皮肉を吐きかけるカネミツに、エルフの女はキッと彼を睨みながらドアを叩きつけるように強く閉めて去っていった。
「ふぅ、ちょっと言い過ぎたかな?」
「勇者様は何も悪くないですよっ!」
「むしろ、これで思う存分にやれるでござるよ」
二人の言葉にカネミツは少し嬉しく思いつつ、先程閉められたドアに手を伸ばすと、予想通り外から施錠されていた。
勢いをつけて体当たりをしてみたものの、肩がぶつかると同時に虹色の光が散るのが見える事から、何らかの魔力防壁になっているのは間違いなさそうだ。
「案の定、ここは小屋に見せかけているだけで、牢獄と何ら違いないね。僕達に処刑の様子を見られるのがよっぽどマズいんだろう」
「やっぱり、例のシーフ達の言っていた事は本当って事ですか勇者様?」
「我ら、危うく正義の道を踏み外すところでござったな……」
カネミツは苦笑しながら頷くと、部屋の奥にある木製の椅子に腰掛けた。
彼らは一昨日にも檻に閉じこめられたばかりだったが、前回とは違って安心した様子で窓の外を眺めている。
しばらくすると、窓の向こうの森の中から見知った顔がひょっこりと現れた。
「さて、今日は長い夜になりそうだね」
外に立った青年はガラス窓に向けて両手を広げると、小声で呟いた。
「アンロック」
カネミツは窓を開け、カナタと名乗ったシーフに向かって爽やかな笑顔を向けた。
「それじゃ、真実を自らの目で見定めるとしようか」
「ああ、いっちょ頑張ろうぜ」
――この瞬間、かつて違えた道が今再び交わった!
「あんにゃろぉ、絶対許さねえっ!!」
昨夜の襲撃事件の後に宿屋のオヤジに事情を説明したところ、有無を言わさず壊れた窓の修理代を請求された。
オヤジ曰く「アンタが事件に巻き込まれたんだから、自力で犯人から修理代を回収してこい」だそうで、そろそろ旅の資金もキツくなってきた俺としてはシャレになっていない。
『ゴメンよ、にーちゃん。またオイラのせいで……』
ユピテルがしょんぼりしていると、サツキが豪快に笑いながら小さな背中をバシバシ叩いた。
「気にしないくていいって! おにーちゃんはユピテルくんに弁償しろなんて、冷たい事はゼッタイ言わないからさ」
「代弁ありがとう。でも、そのセリフは直接俺の口から言わせて欲しかったかな」
そんなやり取りをしている最中、エレナが不安そうな顔で俺に目を向けた。
『でも、これからどうしましょう。このままずっと城でユピテルさんを匿うにも、イフリートの封印が……』
――実は俺達は今、プラテナの城のゲストルームに居るのである。
襲撃事件の翌朝、皆を連れて城へ向かった俺は門番兵に事情を説明したところ、前回のプリシア姫誘拐事件の解決に貢献した功績のおかげか、匿ってもらえる事になった。
さすがに大国の城だけあって要人を護る体制は万全だし、国王の寝室に俺達が突撃した反省からセキュリティが相当強化されているので、遠距離から猛毒の矢を城内に撃ち込まれたりアサシンが侵入してくる心配も無いだろう。
だが、ずっと籠城し続けるわけにもいかないし、そのまま時間切れでユピテルが暴走し始めたら目も当てられない。
「この状況を打破できるような、誰か心強い協力者が居れば良いのだけどな……」
俺がそんな事を呟いたその時――
「あら、今日は客人が多いですね」
「!」
聞き覚えのある少女の声に慌てて振り返ると、そこには我が国が誇る麗しの王女プリシアの姿があった。
『多いという事は他にも誰か居たのですか?』
「ええ。勇者カネミツ様が南方へ向かわれるとの事でお父様へ挨拶に来られていたのです」
「……」
となると、カネミツ達は前回と同様にエルフの森へ向かったと考えるべきだろう。
今回の勇者パーティにはシャロンが居ないため、森の樹木を焼いてエルフを激怒させるトラブルが起こらず、彼らがそのままエルフの村をスルーして次の目的地へ着いてしまう可能性はある。
しかし、もし『シャロンの行動に関係無く、最初からエルフ達が勇者パーティに因縁をつけて捕らえるつもりだった』とすれば話は別だ。
「俺の予想通りなら、明後日に街の酒場に向かえば"あいつら"に会えるかもしれない。今回ばかりは好きとか嫌いとか言ってられないしな」
『「???」』
【聖王歴128年 青の月 38日】
「まさか再会するとはね……」
俺達の目の前にいる三人組のうち、リーダー格の黒髪の男が微妙に気まずそうに呟いた。
この黒髪の男の名はカネミツ……そう、言わずと知れた「ホンモノの勇者様」である。
いつの間にかパーティメンバーも二人増えており、黒髪三つ編みの女の子が魔法使いシズハ、もう一人は無精ヒゲを生やした長身細身の男で、名前を剣士クニトキと言うのだそうな。
それにしても、シャロンの代わりの魔法使いを雇うのは分かるにしても、俺の代わりがシーフではなく剣士な理由は謎である。
やっぱり、シーフってのは不人気なのかなぁ……ってそんな事はどうでもいいんだ。
「俺も理由が無ければ話しかける事は無いんだけど、今回はちょっと訳アリでね」
「訳アリ?」
「……エルフの村で捜索の依頼を受けていないか?」
勇者は一瞬驚いた顔をしてから、俺の後ろで深くフードを被って顔を隠しているユピテルをチラリと見た。
「君らの要求が何なのかは知らないけど、その子の身柄と引き替えに金銭を要求するのなら、僕は君を軽蔑するよ」
カネミツは目に恐ろしく冷たい何かを感じさせながら、俺をジッと真顔で見つめてきた。
だが、コイツは正義の為に仲間を容赦なく切り捨てるクソ野郎ではあるが「正義の味方」という勇者の姿勢そのものは、紛れもなく本物だ。
「金なんざ銅貨1枚もいらねーよ。ただ、盗人の濡れ衣を着せられちまった、無実のチビッコを救う手助けをしてくれ」
ユピテルは自らフードを脱ぐと、勇者に深々と頭を下げた。
それを見たカネミツはやれやれといった顔で呆れ笑いしながら、ユピテルの小さな頭を撫でた。
「そこまで言われて、この僕が協力しないわけ無いだろう。詳しい事情を教えてくれるかい?」
【聖王歴128年 青の月 39日】
<迷いの森のエルフ村>
「勇者カネミツ、約束を果たしに戻った!」
カネミツが声高らかに宣言すると、村のエルフ達が集まってきた。
勇者達三人の後ろには、ロープに束縛されたエルフの少年ユピテルの姿があり、それに気づいた村人達がどよめいている。
『よくぞ戻った勇者よ。約束通り、お前達を無罪としよう!』
エルフの長老の言葉に、カネミツはホッと胸を撫で下ろした。
だが無罪と言われても、その罪状は『迷いの森で焚き火をした』という、言い掛かりとしか思えないシロモノだったので、シズハとクニトキはかなり不満げな顔をしている。
そもそも、魔物の出る森で焚き火もせずに一夜を過ごせとは、いくら何でも無理があるだろう。
『ユピテルよ。お前の罪は今宵に明らかになるだろう。……牢へ連れてゆけ』
『おい! こっちに来るんだ!』
『痛いっ。やめてくれようっ』
大人達がユピテルのロープを乱暴に引いて、村外れの牢獄へと向かっていく姿に、カネミツは怪訝な顔で村長に目を向けた。
「彼をどうするつもりだい?」
『部外者は口出しをしないでもらおう。我が村の掟に従って刑を執行するのみである』
カネミツの問いかけに対し、返された答えはあまりにも冷淡なものだった。
今にも暴れ出しそうな仲間達をなだめつつ、カネミツはやれやれと苦笑しながらエルフの長老に再び話しかけた。
「それは申し訳ない。ところで、こんな遅くに村を出ると僕達人間は再び森で火を炊く事になってしまうんだ。また捕まるのは勘弁願いたいし、宿を借りる事は出来ないかな」
『……良いだろう、今回の礼も兼ねてお前達に宿を提供しよう。だが、決して外に出る事は許さぬぞ』
「んー、宿の為だものね」
カネミツは胡散臭い笑みを浮かべると、仲間達と共にエルフの女に連れられて行った。
そしてやってきた場所は、村の入り口近くにある掘っ建て小屋だった。
「おや、今度は牢屋じゃないんだね」
『貴方達は客人なのですから、そんな無礼な事は出来ませんよ』
「客人に向かって外に出るなというのも十分無礼だと思うんだけどね。人族には理解出来ない文化だ」
笑顔のまま凄まじい皮肉を吐きかけるカネミツに、エルフの女はキッと彼を睨みながらドアを叩きつけるように強く閉めて去っていった。
「ふぅ、ちょっと言い過ぎたかな?」
「勇者様は何も悪くないですよっ!」
「むしろ、これで思う存分にやれるでござるよ」
二人の言葉にカネミツは少し嬉しく思いつつ、先程閉められたドアに手を伸ばすと、予想通り外から施錠されていた。
勢いをつけて体当たりをしてみたものの、肩がぶつかると同時に虹色の光が散るのが見える事から、何らかの魔力防壁になっているのは間違いなさそうだ。
「案の定、ここは小屋に見せかけているだけで、牢獄と何ら違いないね。僕達に処刑の様子を見られるのがよっぽどマズいんだろう」
「やっぱり、例のシーフ達の言っていた事は本当って事ですか勇者様?」
「我ら、危うく正義の道を踏み外すところでござったな……」
カネミツは苦笑しながら頷くと、部屋の奥にある木製の椅子に腰掛けた。
彼らは一昨日にも檻に閉じこめられたばかりだったが、前回とは違って安心した様子で窓の外を眺めている。
しばらくすると、窓の向こうの森の中から見知った顔がひょっこりと現れた。
「さて、今日は長い夜になりそうだね」
外に立った青年はガラス窓に向けて両手を広げると、小声で呟いた。
「アンロック」
カネミツは窓を開け、カナタと名乗ったシーフに向かって爽やかな笑顔を向けた。
「それじゃ、真実を自らの目で見定めるとしようか」
「ああ、いっちょ頑張ろうぜ」
――この瞬間、かつて違えた道が今再び交わった!
応援ありがとうございます!
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