社長の×××

恩田璃星

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社長との約束 6

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 「うちの葵に何か?」

 聞き慣れた声に顔を上げると、氷みたいに冷たい表情の律が、伊東氏の手を捻り上げていた。

 「真田…律!?君、婚約したんじゃなかったのか!?」

 「…うちの葵に何か用かって聞いてるんだけど?」

 捻り上げる手に、律が更に力を込めたのか、伊東氏は「いたっ」と小さな悲鳴を上た。
 律がパッと手を離すと、よろめきながら去って行った。

 「あ、ありがとう、りっちゃん。助かった」

 「何やってんだよ、アオ。まさか一人で来てないよな?」

 呆れ顔のりっちゃんを、後ろから誰かが追って来た。

 「律!何なのよ、急に走り出して…!」

 その綺麗なひとは私に気付き、一瞬驚いた顔をしたかと思うと、すぐに満面の笑みを浮かべた。

 「なんだ、お姫様のピンチだったのね。はじめまして。東雲瑠美です」

 とても華やかな雰囲気で、この人こそお姫様という感じだ。
 そして、律と並ぶととても絵になる。

 「はじめまして。真田葵です。あの…もしかして、りっちゃんの…?」

 「そう。今日正式に婚約を発表する予定なの」

 やっぱり。

 今日この場で、律の婚約者を紹介されることは、予想していた。
 でも、その時自分がどんな気持ちになるのか、何度もシュミレーションしてみたけど、全く想像できなかった。

 早々に現実となったこの瞬間、自分でも驚くほど晴れやな気持ちなのは、私の直感が、「この人なら、律は大丈夫」と言ったから。

 律と東雲さんの纏う空気は、不思議なほどしっくりきていた。

 「おめでとうございます。りっちゃんも、おめでとう」

 お祝いの言葉をかけたのと同じタイミングで、再びスマホが震えた。

 着信を知らせるディスプレイには、『天澤唯人』と表示されている。

 「あ、ごめんなさい。私、人と待ち合わせしてるので、失礼します。りっちゃん、本当にありがとね」

 二人にそう言い残して、走った。
 唯人の元へ。

 パーティーはまだ始まってもいないけど、心ごと唯人に飛び込みたい気分だった。

 「もしもし唯人?」

 「葵?今どこ?』

 私が説明するより早く、お互いがお互いの姿を見つけた。
 通話終了ボタンも押さないまま、唯人は私のところに駆け寄ってきた。

 その姿を見て目を疑った。
 ネクタイの結び目は思い切り下げられており、髪は乱れ、ジャケットは腕に巻き付けられている。

 「どうしたの、その格好?まさか、走ってきたの?」

 「葵が大丈夫じゃないなんて言うから、車その辺の駐車場に停めて、そこから走った。ごめん、遅くなって」

 確かに息も上がっていて、額にも鼻のてっぺんにも、汗の粒が浮かんでいる。
 普段は余裕たっぷりで、涼しげな顔の唯人が、私のためにー。

 そう思ったら、胸がキュッと熱くなった。

 「ありがとう」

 そう言いながら、鞄からハンカチを取り出し、背伸びして汗を拭ってあげると、唯人が少し屈んで、私に目線の高さを合わせて来た。

 「まさか、もうりっちゃんに会ったの?」

 唯人の目の奥が、心配と不安で揺れているのが分かる。

 「うん。でも、大丈夫だったよ。自分でもびっくりするくらい、平気だった」

 私の言葉に、唯人はホッと安堵のため息を吐いてから、すっかりいつもの調子になって言った。

 「そのドレス、すごくよく似合ってる。夜が待ちきれないな」

 「ちょっ!!こんなところで、変なこと言わないでよ!!」

 周囲に見せつけるように、唯人にガッチリと手を繋がれたまま、ホテルの中に戻った。






 
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