社長の×××

恩田璃星

文字の大きさ
75 / 131

社長との約束 7

しおりを挟む

 唯人が軽く身だしなみを整えた後、二人で受付を済ませても、パーティー開始まで少しだけ時間が余った。

 「さて、と。ちょっとご挨拶してくるかな」

 「ご挨拶?誰に?」

 「今日の主役だよ」

 「お爺様に?唯人、面識あったっけ?」

 「うん、ちょっとね」

 「私も行こうか?」

 「いや、葵はここで待ってて」

 そう言った唯人は、大事な商談の前と同じくらい、いや、それ以上に気合の入った顔をしていた。

 気圧けおされて、そのまま唯人の背中を見送った後、さっきの二の舞にならないように女子トイレで時間を潰そうと立ち上がった時だった。

 「アオっ!!」

 聞いた事ないくらい怖い声で律に呼び止められた。

 「り、りっちゃん?」

 こちらに向かって凄まじい勢いで走って来る律の顔は、声と同じでとても険しい。

 なんだかよくわからないけど、とにかく怒っている。
 それだけは分かる。

 「あいつは?」

 「あいつって、ゆい…天澤さんのこと?」

 さっき一緒にいるところを、手を繋いでいるところを見られたのだろうか。

 「どこにいる?」

 「お、お爺様のところ」

 私の一言で律の怒りの色が更に激しさを増したように見えた。





 「…アオ、ダメだ。天澤唯人は絶対にダメだ」

 「何がダメなの?」

 「あいつはお前には相応ふさわしくない」

 突然のダメ出しに戸惑いながら、一つだけ思い当たることがあった。

 私は、律に、唯人と橘社長が不倫していると言ったきり、その誤解を解いていなかった。

 「ち、違うよりっちゃん。天澤さんと橘社長とのことは誤解だったの。天澤さんは橘社長の息子さんで、不倫なんてしてなくて…」

 「そうじゃない!そんなこと、とっくに調べはついてる!!」

 律の怒鳴り声で、会場入りしている人も、受付の順番待ちをしている人たちも、一気に視線をこちらに送ってきた。

 「りっちゃん…声大きいよ」

 小声で嗜めようと律に近づいたのは失敗で、ガッと乱暴に上腕をつかまれた

 「いたっ。りっちゃん、痛いよ」

 「行くぞ、アオ」

 「行くってどこに…」

 「律?何をしている?」

 「おじさん!」

 騒ぎに気付いて現れた元おじさんの顔を見て、私は心底ホッとした。




 元おじさんが来てくれたから、この場は収まる。
 そう確信した。

 だけど、それは間違いだったらしい。

 「律。何を知ったかしらないけど、葵を離して瑠美さんのところに戻りなさい」

 「戻るわけないだろう!父さんは何もかも知ってて…俺を…葵を…!!」

 「律、お前は誤解している。ちゃんと説明するから話を…」

 「アオ以外の真田の人間と話すことなんて、もう俺には何もない!!」

 こんな律は初めてだ。
 10年以上一緒に暮らして来て、律が真っ向から元おじさんに逆らうところなんて、一度も見たことはなかった。

 目の前の光景が信じられず、呆気にとられていたら、腕を強く引かれた。

 「アオ!行くぞ!!」

 「ちょ、りっちゃん!?」

 「待ちなさい!律!葵!!」

 律はおじさんを振り切って、私を引きずるように会場から連れ出すと、そのまま車に押し込んだ。

 「シートベルトしろよ」

 それだけ言うと、律は行き先も告げずにアクセルを思い切り踏んだ。

 ほどなく律のスマホも私のスマホもひっきりなしに鳴り始めた。

 「絶対出るな」

 さっきと同じように、短く言い放たれる。
 見たことないほどの律の剣幕に、私はただ従うしかできなかった。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

年上幼馴染の一途な執着愛

青花美来
恋愛
二股をかけられた挙句フラれた夕姫は、ある年の大晦日に兄の親友であり幼馴染の日向と再会した。 一途すぎるほどに一途な日向との、身体の関係から始まる溺愛ラブストーリー。

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

お見合いから本気の恋をしてもいいですか

濘-NEI-
恋愛
元カレと破局して半年が経った頃、母から勧められたお見合いを受けることにした涼葉を待っていたのは、あの日出逢った彼でした。 高橋涼葉、28歳。 元カレとは彼の転勤を機に破局。 恋が苦手な涼葉は人恋しさから出逢いを求めてバーに来たものの、人生で初めてのナンパはやっぱり怖くて逃げ出したくなる。そんな危機から救ってくれたのはうっとりするようなイケメンだった。 優しい彼と意気投合して飲み直すことになったけれど、名前も知らない彼に惹かれてしまう気がするのにブレーキはかけられない。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...