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社長との約束 7
しおりを挟む唯人が軽く身だしなみを整えた後、二人で受付を済ませても、パーティー開始まで少しだけ時間が余った。
「さて、と。ちょっとご挨拶してくるかな」
「ご挨拶?誰に?」
「今日の主役だよ」
「お爺様に?唯人、面識あったっけ?」
「うん、ちょっとね」
「私も行こうか?」
「いや、葵はここで待ってて」
そう言った唯人は、大事な商談の前と同じくらい、いや、それ以上に気合の入った顔をしていた。
気圧されて、そのまま唯人の背中を見送った後、さっきの二の舞にならないように女子トイレで時間を潰そうと立ち上がった時だった。
「アオっ!!」
聞いた事ないくらい怖い声で律に呼び止められた。
「り、りっちゃん?」
こちらに向かって凄まじい勢いで走って来る律の顔は、声と同じでとても険しい。
なんだかよくわからないけど、とにかく怒っている。
それだけは分かる。
「あいつは?」
「あいつって、ゆい…天澤さんのこと?」
さっき一緒にいるところを、手を繋いでいるところを見られたのだろうか。
「どこにいる?」
「お、お爺様のところ」
私の一言で律の怒りの色が更に激しさを増したように見えた。
「…アオ、ダメだ。天澤唯人は絶対にダメだ」
「何がダメなの?」
「あいつはお前には相応しくない」
突然のダメ出しに戸惑いながら、一つだけ思い当たることがあった。
私は、律に、唯人と橘社長が不倫していると言ったきり、その誤解を解いていなかった。
「ち、違うよりっちゃん。天澤さんと橘社長とのことは誤解だったの。天澤さんは橘社長の息子さんで、不倫なんてしてなくて…」
「そうじゃない!そんなこと、とっくに調べはついてる!!」
律の怒鳴り声で、会場入りしている人も、受付の順番待ちをしている人たちも、一気に視線をこちらに送ってきた。
「りっちゃん…声大きいよ」
小声で嗜めようと律に近づいたのは失敗で、ガッと乱暴に上腕をつかまれた
「いたっ。りっちゃん、痛いよ」
「行くぞ、アオ」
「行くってどこに…」
「律?何をしている?」
「おじさん!」
騒ぎに気付いて現れた元おじさんの顔を見て、私は心底ホッとした。
元おじさんが来てくれたから、この場は収まる。
そう確信した。
だけど、それは間違いだったらしい。
「律。何を知ったかしらないけど、葵を離して瑠美さんのところに戻りなさい」
「戻るわけないだろう!父さんは何もかも知ってて…俺を…葵を…!!」
「律、お前は誤解している。ちゃんと説明するから話を…」
「アオ以外の真田の人間と話すことなんて、もう俺には何もない!!」
こんな律は初めてだ。
10年以上一緒に暮らして来て、律が真っ向から元おじさんに逆らうところなんて、一度も見たことはなかった。
目の前の光景が信じられず、呆気にとられていたら、腕を強く引かれた。
「アオ!行くぞ!!」
「ちょ、りっちゃん!?」
「待ちなさい!律!葵!!」
律はおじさんを振り切って、私を引きずるように会場から連れ出すと、そのまま車に押し込んだ。
「シートベルトしろよ」
それだけ言うと、律は行き先も告げずにアクセルを思い切り踏んだ。
ほどなく律のスマホも私のスマホもひっきりなしに鳴り始めた。
「絶対出るな」
さっきと同じように、短く言い放たれる。
見たことないほどの律の剣幕に、私はただ従うしかできなかった。
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